己の失態には自分では案外気付けないものです
ロッカールームでひと悶着起きましたが、気分を改めて参りましょう。
そんな佐藤くんであります。
「ジョージさんや、ありゃちぃとばかし危なないか?何か背中から炎が見えるんやけど」
「あれぐらいならまだ大丈夫だと思う。限界3歩手前ぐらいかな?」
何やら後ろでヒソヒソと話している彼奴等。
何時の間にか打ち解けた様で何よりですね、ええ。
そんな感じでやって来たグラウンドには多くの人で賑わって、いなかった。
いやね、人はいっぱいいるんですよ。
けど、なんつーか無言の重圧って言うのかね。
兎に角、ピりついてんの。
自然と声も小さくなる。
「(おい、なんだよこの空気。葬式で遺産相続冷戦開戦ですよ、ってか?)」
「(いやいや、不謹慎やで、サトー)」
「(猿渡、佐藤はこれが平常だよ)」
「ああん?」
おっと、いけない。
遂声が出ちまった。
周囲からの視線が刺さること刺さること。
とりあえずじゃぱにーずお家芸の愛想笑い&会釈コンボでエンカウント画面から逃走を選択。
「(誰が常時不謹慎極まりないだぁ?)」
「(最早、立派な芸風やなぁ)」
「(褒める所?)」
などと三人でコソコソと話していると、周囲がざわつき始めた。
見ると、ナイスミドルなオジサマと見覚えのあるイケメンな青年を筆頭に数人の大人が歩いて来ていた。
「(おい、あのおっちゃんって確か)」
「(日本野球界の若き首領、正狩泰芯はんや!)」
そうそうそんな名前確か。
えーっと、設定だと歴代日本球界史上最強のピッチャーで、世界最高峰の海外リーグにおいても突出した活躍を残した伝説の人、だっけ?
この人も、ゲーム内では終ぞ絡まなかったから詳しくは知らないんだよなぁ。
「(神界真・・・)」
円城寺がポツリと呟いたのは恐らく、正狩のおっちゃんに続く爽やかイケメンの名前か。
うん、間違いない。ヤツだ。
「ククククク、ケケケケケケ、ココココココ」
「(うわっ、サトーが狂ってもうた!また一段とどす黒く燃えとるし)」
「(これは初めて見るかも)」
モンキーズが何やらヒソッているが今はそんなことどうでも良い。
俺にとっての仇敵が目の前にいるのだから。
神界 真
前から読んでも後ろから読んでもしんかいしん。
通称:王子、黒王子、人外神
超一流の野球スペックに一見して爽やかで甘いマスク、そして完璧なファンサービスにマスコミ対応。
プロ選手編である飛翔編において日本野球界史上最高傑作と謳われるのが彼の御仁である。
勿論、彼の男とのイベントは美味しいものばかりで、同性ユーザー人気も高い。
しかし、この男のファン率は女性ユーザーが120%で占められている。
『嗚呼、我が野球人生』では女性選手での育成も可能となっており、プロ選手としてのプレイも可能となっている為に他のスポーツゲーに比べてより多くの女性ユーザーが存在していた。
また、男性キャラとの恋愛も可能であった為、多くの乙女たちがデジタルなイケメン君を求め戦っていたのである。
好みの男性キャラとの行動を繰り返し、「オマエストーカーかよ」と避けられようと、必死に家事能力値を上げて料理を差し入れるも「重い」と逃げられようとも、彼女たちはまるでゾンビが如く立ち上がり、特攻を繰り返していたと聞いている。
俺は怖くて近寄れなかったが、女性ユーザー御用達スレに潜入した同志はこの言葉を残し、掲示板を後にしている。
「俺、三次元はちょっと無理だわ。優美ちゃ~ん(←女性キャラ名)今行くよ~」
その同志が彼女持ちであったこと。
潜入後、その彼女と別れたとの呟きをSNSでキャッチした別の同志からの報告により我々は戦慄を覚えたのである。
闇は深い。
話が逸れた。
そんな恐徒女なユーザーから絶大な人気を誇っていたのが神界真というキャラクターなのだ。
曰く、
爽やかさがダンチ!
心を開いて来てくれると見せるSっ気が堪らない!
何もかもが王子様!
まことくんまことくんまことくんまことくんまことくん(以下略
など、正に狂信して終いには刃物持ち出しそうな勢いなのだ。
そんなこの男、
俺が『嗚呼、我が野球人生』において最も嫌悪し憎悪の炎を燃やす男である。
□
進行役の冴えないおっさんが漸く長々とした来賓紹介を終え、やっと本題に入るかと思いきや正狩氏の挨拶となった。
やっぱり、偉い人って長話好きなんかね?
「改めまして、紹介に与りましたJBA強化育成部門長の正狩です」
何と言うイケボ。
軽すぎず、かと言って渋すぎることのない絶妙な重み。
これは女性ファン卒倒不可避案件ですわ。
「かったるい話はもう十分だよな? つーか、俺も飽き飽きしてる」
まさかの全否定とか。
進行役さんやお偉いさんカワイソス。
ていうか口調変りすぎて大草原なんですが。
「なので、なるべく簡潔に伝える。
俺たちは君たちのことを知らない。勿論大まかなデータとしては知っている。
けど、それだけだ。君たちのほんの一部しか知りゃあしないないんだ。
だからさ、俺たちに見せてくれよ。君たちの全てを、さ。
ここに集められてんのは国内でも選りすぐりの原石たちだ。
そんな君たちの可能性を俺たちに見せてくれよ。期待してるぜ?」
これがジャガイモ顔だったら凍死どころじゃすまんけど、あの顔に声に立ち振る舞いだもんよ。
拍手と歓声が半端ないことないこと。
スゲー皆テンションばりアゲじゃないかね?
この一人だけ波に乗り遅れて取り残された感じ辛いんですが・・・
「えー、続きまして、今年度の選考会はアシスタントコーチとしてこの夏の甲子園で活躍した選手の皆様にもご参加いただいております。代表として、皆様ご存知、竜命館高校のエースとして今夏の甲子園で見事優勝投手となりました神界真選手からご挨拶賜りたいと思います。神界選手よろしくお願い致します」
引っ込めやごらああああああああ
しばき倒すぞ、てめええええええええええ
生憎、俺の熱い情熱は野球坊主たちやスタンドで見守るママさん方の歓声と悲鳴で掻き消された。
「皆さん、こんにちは!」
こんにちは!そして、多比ね!
「ご紹介に与りました、神界真です」
聞いてねえぞー、引っ込めー
「こういう場では何を話していいのか分からなくてちょっと緊張してます」
じゃあ、尚のこと引っ込めー!
「この度の選考会ですが、少しでも皆さんのレベルアップに貢献できるよう尽力していくつもりですので何卒よろしくお願い致します」
カー、ペッ
「神界選手ありがとうございました。それでは本日のスケジュールを
ヘドロ野郎から進行役の人にマイクが戻る。
幾分かマシになった。
ツンツンと隣のモンキーが呼んでいる。
「(なぁ、サトー、自分神界真嫌いなん?)」
「(ん?あぁ、あんな腐れ外道見てるだけで反吐がでらぁ)」
「(割かし佐藤も外道な時あるけどね)」
「(それは何となく分かるわぁ)」
分かるんかい!
こんな優等生捕まえて貴様ら余程死にたいようだなぁ?(悪役感)
「(でも、あの怒り具合は尋常じゃなかったで?何か理由があるんやろ?)」
「(まぁ、なんつーか、一言で表すならあの外道イケメンが弩級の外道だから?)」
「(訳わからんわ。150越えの直球に多彩な変化球、プロ顔負けの制球力に打撃守備でも本職顔負けの野球センス。そんでもって礼節を弁えた眉目秀麗な日本球界の至宝やで?)」
長々とした説明台詞ありがとう。
しかし、そんなありきたりな設定こっちは食傷気味なんだわ。
ゲーム作製者側が調整してんじゃないのかってくらいに、味方打線がコイツを打ち崩せず、何度接戦で敗れフラストレーションを貯めて来た事か。
それだけなら、まだどうにか耐えられた。
それだけなら。
「(話せん理由があるのかもしれんけど、あんまし、そん面は外に出さん方がええで。見る奴が見たら分かるやろうし)」
猿渡よ、気遣いは有難いがそりゃあ無理なお願いだ。
太陽が東から昇って西に沈むように俺があのクソド外道を嫌悪し続けることは最早変えようのない摂理な訳でして。
と言うかいつまで我々は小声で話し続けるのでしょうか?
その後、ようやっと開会セレモニー的な催しが終わり、遂に選考合宿がスタートする。
佐藤 大地 の ヤル気 が 急上昇 した。
猿渡 文貴 が 佐藤 大地 に 恐怖 した。
猿渡 文貴 と 円城寺 投解流 の 友好 が 深まった。
猿渡 文貴 の 評価 が 上がりにくく なった。
正狩 泰芯 と 出会った。
神界 真 と 出会った。
佐藤 大地 12歳 身長169cm
ポジション:投手 左投げ右打ち
MAX98km/h 球種:ストレート カーブ
能力:《ツッコミ》《短気》《怒髪天》《非情》《煽り》《度胸》《太胆浮敵》
称号:《益荒男》
好敵手:円城寺 凪解流
敵 :乙女たち
仇敵 :神界 真