最初の印象が大事
出会いと言うヤツはいつも突然やって来る。
それが当人の望みの有無に関わらず、という所が何とも言えないが。
とある休日、私めは空地の壁で投げ込みをしていた。
その日取り組んでいたのは《カーブ》の投げ込みで、正直上手くは行っていなかった。
何度投げてもすっぽ抜けるか変化してもそれはいつも通りのもので進化など微塵も見られない。
まぁ、そんな簡単にレベルアップやら覚醒なんかする訳ないとは分かっているものの、それでも期待してしまうのが人間の性というものでして、
まぁ、例に漏れず私もそんな淡い幻想を抱いていたもんだから
佐藤くん史上稀に見るほどイライラしていました。
そんな時、ふと後ろから声がしたのです。
君に一つ尋ねよう。
流行とは何だと思う?
昨今、メディアでは一定のスパンで“今流行りの〇〇”という見慣れたキャッチフレーズが飛び交い、少し経てばそれらは過去のものとして忘れ去られて行くものだ。
モデルたちに今期お薦めと一押しされる衣服、グルメレポーターたちが絶賛する数々の料理、突如として現れるヒーロー若しくはヒロインたちが活躍するマイナースポーツ。
それらはあたかも偶然として映されるが、果たしてそうなのだろうか?
計算された演出なのではないだろうか?
起こるべくして起きた必然ではないのだろうか?
君はどう思う?
無精髭生やしたおっさんがいた。
突如とした謎の語りに、如何にも怪しい風貌だったので、
「えーっと、とりあえず駐在所行っときます?ここから近いですし」
一先ず自首を勧めてみました。てへっ。
これが俺と師匠のファーストコンタクト。
あんな衝撃的な出会いがあろうとは・・・
何故ヒロインじゃないのだ!
取り敢えず俺は泣いた。
不審者は頑なに自分の名前を明かそうとしなかった。
スッとボールを握り投擲の構えを取る。
自衛だから仕方ないのだ。
「ま、待ってくれ!私は君の練習している球について話があるだけだ!」
その言葉にピクリと反応してしまう。
正直諦めよっかなぁと思っていたので、渡りに船という奴でもあった。
しかし、このオッサンが信用できるかと訊かれると、「それはちょっと・・・」と言いたくなるのも仕方のない事である。
見知らぬオッサンの「助言しますよー、私怪しくないですよー」という言葉を信じられる人がいるとしたら、それはよっぽど緩い奴か考え無しかのどちらかだと思う。
しかし、溺れる佐藤はワカメをも掴む気持ちでこう答えたのだった。
「聴いてあげないこともないので、おっちゃんが試しに投げてみてよ。話はそれからですぜ?」
そう言ってボールを投げ渡す。
口だけ野郎は許さないマン佐藤はどSですがナニカ?
おっちゃんは繁々とボールを見つめていたが、何かを吹っ切る様にこちらを向いた。
「よし、見てろよ」
少し距離を取り、ワインドアップから足を上げ、てかめっちゃフォーム様になってるやん。
大きく踏み出した右足、しなりをあげて振り下ろされる左腕。
アンタもサウスポーなのね。
放たれたボールはすっぽ抜けたかのような高い軌道を描き、いきなり消えた。
「ふぁっ?」
ボールは見事に佐藤くんの脛を狙い撃ち!
絶叫の佐藤君は痛みと師を一挙に手に入れたのであった。
因みにあの恨みは何れ何処かで倍返しする予定。
◇
ふと、変な出会いを思い出した今日この頃。
カーブが見事に決まったせいだろうか。
ま、いっか。
気を取り直して第三球。
サインはアウトローの直球。
振りかぶって、どっせい!
鈍い音を立てて打球は二塁手の前へと転がって行く。
絹氏、慌てず取って一塁へ送球、無事アウト。
カーブとはかくも偉大であったか。
一球目ぶち打たれた直球が、カーブの後だとこうも使えるとは。
『五番、ピッチャー、菱川くん』
おうおうおう、イケメンはバッターボックス入るだけでも様になるのう!
しかし、今の佐藤様からヒットを打つのは至難だぜ!
てやっ!
投げ込んだ直球は綺麗にストライクゾーンの真ん中高めに入って行く。
あ、と思った所で、手元を離れてるんだからもうどうしようもない。
人生諦めが肝心と言ったのは、職場の先輩だったか、それともパワハラ気味の上長だったか。
定かではないが、その言葉に間違いはなかった。
カキィーン!!
「おうふ」
白球はフェンスを優々と越えて場外へ。
つまりホームラン・・・
調子乗ってすんませんでしたぁぁぁぁ!
後続を何とか退け、二回の表は終了。
スコアは0-1、先行されてしまいマチタ。
「見事に打たれてもうたなぁ」
「スッと真ん中に入って行ったっぺよ」
「・・・交代」
キミたちはアレかな?
良心をお母さんのおなかの中に忘れて来たのかな?
仕方ない、良心100%の男、佐藤大地は許してやろう。
三沢君、ちょっとキャッチボールに付き合いたまえよ。
何でかって?
そりゃあ、鬱憤晴らしには思いっ切り物ぶん投げるのが一番だろう?
え、駄目かね?
二回の攻撃は見事に四、五、六番が三振に打ち取られチェンジ。
バットにかすりもしないとは正にこの事だ。うむ、しゃーなし。
三回の守り、相手は八番からの打順。
手遅れの感が否めないが試行錯誤第一弾。
テンポを速めてみよう、サインには基本頷いてさっさと投げましょ投げましょ。
おや、打者より捕手が慌ててない?
八番くんは三球目を打ち損じてくれてセカンドゴロ。
善き哉善き哉。
何やらバックの愚民どもが騒いでいるが、王様としては無視するに限る。
と言っても鬱憤溜められて爆発されたら目も当てられないので、軽く手を振っておこうか。
よし、これで無問題。
余計に野次罵声が酷くなった気がするが、恐らく気のせいだろう。
まさか、私のような優しさと誠実さの権化に向かって怨嗟の声が向けられるなど有り得るだろうか!いや、有り得ない!
打者集中!
えーつと、お、お、オスマン帝じゃなくて、押忍、萬平!でもなくて、そう、おしゃまんべ!
紛らわしい名前しやがって、処刑じゃ!
という訳で怒りの直球を連発します。
内角高め、内角低め、外角低め。
打者おっしゃ!アブねぇ氏は三球目を高く打ち上げてキャッチャーフライでツーアウト。
佐藤氏の制球が光ります。
「一番、キャッチャー、船井くん」
思ったけどキャッチャーで一番打者って珍しいよね。
打力のある奴は中軸、打力なし若しくはリード優先なら下位みたいに。
つまり、この一番打者くんはそんな定石を替えてでも相応しい能力持ちだと。
俊足巧打タイプ、って感じじゃないよなぁ。
捕手だから駆け引きが上手そうだな。でもそれだけだと一番になる要素が弱いから、選球眼がよろしい感じでしょうか?
うむ、なんとなくイメージが固まって来たぞ。
初球は外角ね、っとぉ。
ワンストライク。
見逃しとは余裕ですなぁぁぁ(推測)
良いでしょう、その余裕、ぶち壊してあげましょぉぉたぁぁぁいむ。
内角に、これでも喰らいな!
直球ぅ、直球ぅぅぅ!!
カキィィン!
SSRはマダデスカ?
おっと、一〇〇連の悪夢が・・・
SR以上確定をほざきながら、SR2、R47、HC36、C15という渋さを超越した悪意には流石の拙者も心が折れたぜ。
そんな悪夢を思い出す金属音の行く先に目をやると
「どらっしゃぁぁぁ!」
鬼さんダイビングキャッチ!
取った!
あ、ベースカバーせねば。
佐藤くんダ、ダ、ダッシュ!
走る!走る!
ここで打者セーフなどになろうものなら、俺はこの回が終わると同時に短い人生を終えることになるだろう。
鬼さん、キレさすとかやっべえぞ!
「ぎやああああああああああああああ!」
塁審さんとバッター君のギョッとした顔がそれぞれ視界に入るが知ったこっちゃない。
こっちは命掛かってんだよ!
鬼さんが、あれ、来るなのジェスチャーから、自分で塁を踏みましたこわさ。
あるええええええ???
俺の頑張りは無駄ぁぁぁぁぁぁ???
「っしゃあー!」
「ナイスファースト!」
「オッケーオッケー!」
内野陣盛り上がっております。
が、しかし、私のやり場のないこの不完全燃焼感は何処にぶつければ良いのでしょうか?
塁審さんの目が「強く生きろよ」と慰めてくれているように感じました。
あと、バッター君が目を逸らすようにしてベンチに戻って行きました。
辛いです。
「な、ナイスランだよ、佐藤くん」
「砥部よ、言うな」
優しさが痛い時もある、それを知って僕は少し大人になりました。
佐藤 大地 12歳 身長169cm
ポジション:投手 左投げ右打ち
MAX98km/h 球種:ストレート カーブ
能力:《ツッコミ》《短気》《怒髪天》《非情》《煽り》《度胸》《太胆浮敵》《火付け役》
称号:《益荒男》
好敵手:円城寺 凪解流
敵 :乙女たち
仇敵 :神界 真




