嗚呼、我が野球人生
「佐藤!勝負だ!」
そう言ってこちらに鋭い視線を向けるのは紅い髪に碧眼という何処の王子様ですか?と尋ねたくなるような美少年。
そんな彼の後方では、目をハートマークにした異性の集団がズラリと並んでいる。
片や
「おいサトー、また来たぞ~」
「よしっ、今度もやっちまえ!」
「り、リア充に死の鉄槌を!」
男臭さ満載な声援に思わず涙がホロリと流れそうになる。
勿論嬉しくて泣いている訳ではない。
そして、ここで「御断り致す!」などと言える度胸も俺にはない。
だから
「さっさと終わらせっか」
俺は仕方なしに脳内に浮かべたAボタンを嫌々押すのであった。
ジングウジ ナゲル が 勝負を仕掛けて来た。
「さあ、来い!」
場面は変わって、俺が立つのはマウンド。
騒がしい美少年と言えばバッターボックスに立ってこちらにバットを向けている。
うん、マナーもクソもねぇな、あのガキンチョ。
『ナゲルくぅーん、がんばって~!!』
そして、そんな選ばれし男には当然勝利の女神たちが複数付いている訳で、彼の後方から俺に向けられる視線には「分かってるだろうな、あん?」的な感情がしっかりと込められている。
だから、俺はそれに対していつものようにニッコリと紳士スマイルを発動。
じょしたちの 好感度が 下がった。
うん、いつものことだ。
気にせず行こう。
「サトー、やったれー!」
「だいちぃぃぃ、わかってんだろうなぁぁぁぁ!」
「死ぬ気で殺れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
こちらも毎度の負う炎だ。
負の炎が燃え滾ってるぜ。
話変わるけど、男の嫉妬って見苦しいよね。
だんしたち が くるった。
佐藤 大地 に 《負う炎》《男祭り》が発動。
一時的にステータスが大きく上昇。
異性の好感度が上がりにくくなった。
異性の好感度が大きく下がった。
理不尽である、俺は何もしていないぞ。
冤罪も甚だしいったらありゃしない。
被告は断固として再審を要求する所存である。
「おい、お前らさっさと始めろー」
「そうだぞー、先生たちを退屈させるなー」
「あ、お二方ツマミを持って来たんでどうです?」
「お、良いですなぁ」
「ありがとうございます、いただきます」
おい、そこの不良教師共、お前らはこの騒ぎを治める立場にあるんじゃないのか?
俺が間違っているのか?いや、騙されるな。こいつらがおかしいだけだ。
「何事ですか!」
お、教頭良い所に来た。
同級生が説明している。
よし、早くこの場を
「さっさと終わらせなさい!いつまでダラダラしているんですか!」
「ざっけんなや!」
何時の間にか被っていた野球帽を地面に叩き付けた俺は決して悪くない。
佐藤 大地 の 《ツッコミ》《短気》《怒髪天》が発動。
一時的に一部のステータスが大幅上昇。
一時的に一部のステータスが大幅低下。
ジングウジ ナゲル が 怯んだ。
異性の好感度が大きく下がった。
どうやらこの世界は俺に厳しいらしい。
『嗚呼、我が野球人生』
〇〇××年に日本の大波というゲームブランドから発売され、瞬く間に大ヒットした大作である。
遊べる機能はストーリーモード唯一つ。それなのに発売開始から僅か三日で日本全国の店からその商品は消え去り、発売から三か月以上経っても手に入れることが出来ないゲーマーが続出したという。
何故、こんなにもこのゲームが人気を博したのか。
それは唯一のストーリーモードがこれでもか、と言うほどに作り込まれていたからである。
このストーリーモードには二つの「シナリオ」が存在する。
一つが主人公の小学生時代からプロ入りするまでの「飛翔編」
もう一つがプロになってから引退するまでを描いた「伝説編」
育成シュミレーションゲームとしてはよくあるもののように思われるが、ところがどっこい、そうは問屋が卸さない。
投球フォーム、バッティングフォームは動作前から動作後まで細かく設定出来、更には走塁や守備の動きまでもと、かなりの拘りっぷりである。
そしてそのフォームの僅かな違いがプレイヤーにとってのオンリーワンの選手を産むのである。
実際、スイングの際、上げた足の高さで初期能力値が見事に違ったなどのスレが十も二十も立てられた。
また、ゲーム内のストーリーの数も百や千所の話でなく、実際発売から半年経ち、幾つもの攻略サイトがネット上に立ち並んだが、それらの情報全てを合わせても、未だ本作の全ストーリーの一割に届くかと言うほどなのだ。
ある住民曰く「『嗚呼、野球人生』一本あれば死ぬまで他のゲームいらん。つか、やってる暇がない」とのことだった。
ストーリーが豊富ということはそれに比例して登場するキャラクターも増える訳で、これまた検証スキーな猛者たちによると少なく見積もっても一万人以上の歴としたキャラクターがいるのだそうな。
これほどまでに馬鹿げた作り込みっ振りに世のゲーマーたちは歓喜、感激、涎に涙と大忙し。
かく言う俺も相当やり込んだ人種である。
そんな俺が気付くと佐藤大地という野球少年になっていたのだから驚きだ。
名前からして普通な匂いがぷんぷんするが、案の定俺はクラスメイトCぐらいの立ち位置のモブだった。
さぁ、何故俺が「嗚呼、野球人生」の世界に生きていると認識したのかと言うと、それはとある人物の存在であった。
それがバッターボックスに立つ少年“円城寺 凪解流”である。
多くの女性ユーザーから圧倒的人気を誇るイケメンっ振り且つ、存在が明らかになっているキャラクターたちの中で上位5%には入るであろう能力値の高さは確かに優れものなのだが、一方で男性ユーザーからは蛇蝎の如くに嫌われているキャラクターでもある。
曰く、コイツが同じチームにいるとレギュラー獲得難易度が格段に上がる、だったり
曰く、レギュラー争いに勝ったならば、闇堕ちして強制イベントを連発し、主人公のステータスを落としに掛かる、だったり
曰く、交通事故イベントを引き起こし、プレイヤーキャラクターをゲームオーバーに引きずり込む、など超絶サイコ野郎と罵りたくなるほどの所業である。
が、彼が男共に嫌われている最たる理由は別の所にある。
それは、
「異性キャラクターの好感度を軒並み奪って行く」点にある。
シュミレーションゲームの花形と言える恋愛要素。
リアルで哀しみに暮れる野郎どもにとって唯一の安息の地である筈のゲームが“円城寺”という存在によって大惨事世界大戦における戦地並みの焦土と化してしまうのだ。
被害者の一人が掲示板で以下のような文言を記していたのを俺は記憶している。
「(奴が現れたら)惚れたあの娘はもういない」
奴のせいによってゲーム内童貞が軽く数千は生まれたとか生まれなかったとか。
そんな円城寺くんではあるが、俺自身はゲーム内で彼にエンカウントしたことがない。
ネット上に上げられた画像で顔は知っているが、まさかの転生先でご対面するとは思わなかった。
「プレイボーッ!」
そして突如として現れた球審の登場によって俺の思考は現実へと引き戻される。
てか、アンタどっから出て来た。ゲーム世界だからってふざけてんだろ。
「佐藤、来いッ!」
うーむ、なんだろうこの自分がまるで噛ませ犬であるかのような茶番感は。
うん、とりあえず
「死に晒せぇぇぇぇぇ!」
狙うはただ一つ。
奴の玉のみ!
ギュイン!
「っな!」
キーン!
スゲーなゲーム世界。
SEまで完璧じゃねーか。
「グハァァァ!」
当てるが勝ちいうじゃろう?
「キャー!?」
「ナゲルくぅぅーん!」
「ちょっとアンタ何してんのよッ!」
女子たちが悲鳴を上げ、そして次に俺に非難の視線と罵倒を叩きつけて来る。
ふん、イケメンに尻尾振る雌ゴリラどもめ!
君達に相応しい言葉を送ってあげよう。
「テメーらがコイツに振り向いてもらえる訳ねえだろ!自重しろや!」
異性の好感度が底をついた。
佐藤 大地 は 称号《非モテ》を獲得した。
佐藤 大地 は 《非情》を習得した。
佐藤 大地 は 称号《男子の尊敬》を獲得した。
佐藤 大地 は 称号《男子の畏敬》を獲得した。
《男子の尊敬》と《男子の畏敬》が統合され《男の中の漢》になった。
ああ、色々と終わったな。
しかし、不思議と後悔はない。
『……コロス』
いかん、女どもの目からハイライトが消えた。
おまわりさーん、落とし物届いてませんかねぇ、主に希望的な何かとか?
あ、女子の雪崩がこちらに。
でも、なんだろうテンションがヤヴぁい。
「ヒャッハー!乱闘じゃぁぁぁぁ!」
グローブを外し臨戦態勢に入る。
レディーファーストってアレだろ、ムカつく女に先ずは一発先制パンチをお見舞いするアレだろ?
オラァァァ、俺は男女平等じゃぁぁぁ、罵声には罵声を拳には拳を三倍返しじゃ、こんチクショー!
「お、お前たち、英雄を守れぇぇぇ!」
「今こそ革命の時だぁぁぁ!」
「こっそり女子にタッチしよっと(やってやるぜ!)」
誰だ本音と建て前逆な奴。
まぁ良いや。
戦士たちよ、いざ、ヴァルハラへ!
その後、校庭には死屍累々と化した男子たちが転がっていたとかいなかったとか。
佐藤 大地 11歳 身長166cm
ポジション:投手 左投げ右打ち
MAX90km/h 球種:ストレート カーブ
能力:《ツッコミ》《短気》《怒髪天》《非情》
称号:《男の中の漢》