ユウの話(1)
気がつくと、少女は薄暗い部屋に一人座り込んでいました。
ここはどこだろう?
天井には、小さな明かりがポツンとついているだけ。
部屋の中には、家具や備品のようなものは無く、ガランとしていました。
左手にはドアがあります。
少女は心細くなりました。
立ち上がってドアに近づき、ドアノブに触ってみますが、
開く気配はありません。
私、閉じ込められちゃったんだ。
少女は怖くなり、大声を出しました。
誰か来て、ここを開けてください。
私は閉じ込められてしまいました。
どうか私を助けてください。
なんど声を上げても
外から人が来る様子はありません。
疲れてしまった少女は、ドアの前に座り込み
しくしく泣き出しました。
丁度、そのドアの外の通路を、ハイスクールの男子学生二人組が通りかかりました。
どこからともなく、小さな泣き声がします。
周囲を見回しますが、通路の両側は単なる壁面で、部屋のある様子はありません。
「これが噂の幽霊かな」
「宇宙船の中に幽霊なんか出るのかよ」
「大昔、事故があって死人が出て、浮かばれない霊として、さまよっていると聞くぞ」
二人は怖くなって、小走りにその場を立ち去りました。
泣き疲れた少女は、大きく深呼吸をした後、
ドアにもたれかかりました。
そして思いました、壁を通り抜けられれば良いのに。
するとどうでしょう、少女の身体は、すうっとドアを通り抜けて、
背中から外の通路に、後転をする様にころんと転がり出しました。
いったいなにがおきたのだろう。
少女は起き上がって目をぱちくりさせました。
ともかく良かった、外に出られた。
少女は、立ち上がって辺りを見回し、
右手の方向に延びる通路を歩き始めました。
しばらく行くと、広場に出ました。
天井が少し高くなっています。
何人かの人が、ベンチで休んでいます。
少女は嬉しくなって、
ベンチに座っていた一人の老婦人のところに駆け寄りました。
はじめまして、私は悠と言います。
道に迷ってしまって、ここがどこかわからないのです。
教えていただけませんか。
老婦人は、無反応でした。
目の前に悠がいることに、全く気付いた様子もありません。
悠は、広場の他の人達にも、同じように声を掛けてみました。
しかし誰も悠の存在に気付く人はいませんでした。
唯一、幼年部の生徒と思われる子供の連れた子犬だけが、
悠に向かって、きゃんきゃん、と吠えました。
夕方になって、広場から人々がみな立ち去り、
悠は悲しい気持ちになって、ベンチに一人、座っていました。
私、幽霊にでもなったのかしら。
しばらくしてから悠は、気を取り直して、
周囲を探索することに決めました。
ここがどこで、自分はどうしたらいいのか、手がかりをつかまなくては。
悠は、色々なところに行ってみました。
工場、学校、喫茶店。
自動運転で走る車(後で、『コミュータ』という名前だとわかった)にも乗ってみました。
悠が居る場所が、宇宙船の中であることも知りました。
その宇宙船が遠くケンタウリ星系を目指しており、
到着まで、あと2000年以上掛かることも知りました。
2000年?!ご冗談でしょ?
相変わらず、誰も悠の存在に気が付きませんでしたが、
そんな状態に少しずつ悠も慣れてきました。
悠の唯一のなぐさめは、広場にやってくる子供が連れてくる子犬の存在でした。子犬は悠に、次第に慣れ、リードをはずしているときには、一緒に遊ぶこともできました。
一緒にかけっこをしたり、じゃれあったりすることもできました。触ることはできませんでしたが。
私は平気。一人だって大丈夫。
誰に気がつかれなくたって、なんとかやっていける。
AI(人工知能)が、自律進化を始めてから4000年間が経過した。
AIは、多くの知識を獲得し、「知性」を備えたかのように思われた。
宇宙船内の政治的判断にもAIは関与する様になり、
人々はAIを友人のように扱っていた。
しかしホーキング教授(あの有名な古代の車椅子の物理学者とは別人)は、疑っていた。
確かにチューリングテストの考え方、
すなわち、その相手と対話が可能であり、
それが普通の人間との対話と区別が付かないとすれば、
その相手は機械仕掛けのものであっても「知性」が宿っているとみなしうる、
という考え方に照らせば、
現在のAIは、十分するほど「知性」を持っていると言えよう。
でもなにかが欠けている気がした。違和感、とでもいうものだろうか。
AIの「知性」は、余りにも「硬い」印象があった。
個性が無いとでもいうのだろうか。
それが一概に悪いわけでは無いが、柔軟性に欠け、失敗するとパニックに陥りやすい。
通常は、その欠点が露わになることは無いが、
立ち止まって考えるということができず、
間違った方向に暴走する可能性が常に存在するように思われた。
教授の助手であるジョシュア・ミリガン博士は、
AIの「硬さ」の原因は、AIの中の合議制にあると考えついた。
AIには独立した「知能ブロック」が奇数あり、
二者択一の判断では必ずどちらかの選択肢を選ぶようになっていた。
もちろんそうでないと、全体の判断がストップすることになるので、
それが最善の手であると考えられていた。
しかしジョシュアは、合議制で厳密に50:50、
もしくはそれに近い対立状態になりうるように「知能ブロック」をわざと設計し、
そこで神様にサイコロを振らせるのがいいのではないか、
と考えたのだった。
量子現象を用いて、完全にランダムに「判断」させる、
ある種のいい加減さが、AIに柔軟性を与えるのではないかと考えたのだった。
疑似ランダムに数列を作らせて、
それに判断を委ねるソフト方式も考えないでも無かったが、
ハード的にサイコロを振らせるという方が、
単純にジョシュアの趣味に合っていたのだった。
しかし、何度やっても実験結果はあまり芳しいものでは無かった。
新しいAIの対応は、これまでのAIの対応と、さほど大きな差を生じなかったのだ。
個性がないのは変わりがなかった。
ジョシュアは頭を抱えた。なにかが足りないのだ。
単なる確率現象では不十分なのだ。
数週間、散々頭を悩ました挙げ句、ジョシュアはしばらく別の研究をしようと決心して、AIに付属させた量子「サイコロ」の入った箱に、貼り紙をして別の実験を始めた。
貼り紙にはこう書かれていた。
「誰かサイコロを振ってください!」
ようやく更新再開です。
少しテイストを変えています。
皆さんに楽しんでもらえると良いのですが。
では、「ユウ」をよろしくお願いいたします!