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ユウの話(8)

「今の私の記録は、ショボかったでしょ?でも『今』の私が精一杯走った結果だからいいんです」


ユウは続けた。


「それと同じで、過去が有ろうが無かろうが関係ない。髪が長かろうが、短かろうが、私は私。『今』が大切だと思うんです」


少し黙った後、ユウは笑ってジムに尋ねた。


「自分が<情報>だけだったときのこと、覚えていますか?」


ああ良く覚えている、とジムは答えた。


「最初は、急に意識が戻った感じだったな。その後、幽霊の様にあちこち彷徨った。後でルイーズに聞いたら、人間世界に慣れるための訓練期間だったみたいだね」


そして溜め息をつきながら、うつむいてジムは言った。


「その意識も、自分のクローン元や一卵性双生児の合成に色を付けただけのものなんだと気がついたときは、ショックだった。俺はからっぽな機械仕掛けの人形みたいなものだ」


ユウの朗らかな笑い声が響いた。

ジムは驚いて顔を上げた。


ユウは真顔になってから言った。


「ジムの考えと私の考えは、真逆ですね。同じものの裏と表を見ている。『からっぽ』をなにも無いと考えるのか、なんでも入れられる箱と考えるのか」


そしてにっこり笑った。


「<情報>だと過去も今も未来もありません。でも肉体を持つと『今』はすぐに過去になります。『今』を大切にしなければ、過去も大切なものになりません。それに大切な過去があるから、大切な未来が作れるんです」


そして大きく息を吸い込んでから言った。


「私は、たぶんクローンの姉たちの合成なのでしょう。叔父もそう言っていました。でもね、『今』を積み重ねられるのは、私だけです。からっぽな箱があるとすれば、それを満たせるのは、誰でもない私だけです」


他の人以上に、過去が無くてからっぽ、入れたい放題。


「だから私は、他の人以上に幸せなんです!」



教室でルーシーがユウの隣にやってきて、耳元で囁いた。


「ユウ、兄貴になにを話したの?」



「ジム、吹っ切れたみたいで、すごく明るくなっちゃって」


それに


「ジムは、ユウのことを、あの子はすごいって何度も言うし」


ユウは笑って、ルーシーに言った。


「腑抜けたことばっかり言うから、ガツンと説教してやったのよ!」



「結局、人間の『自由意思』なんていうものは、幻想に過ぎないのかも知れんな」


ホーキング教授は、研究室でコーヒーを飲みながらジョシュアに言った。


「自分の持つ過去の情報に基づいて、脳みそが色々判断しているに過ぎないわけで、『自由に考えている』と思っていても、過去に縛られていることは明白だ。当たり前のことだよ」


ジョシュアは少し考えてから答えた。


「だからと言って、必ずしも不幸なわけではありませんね」


そういうことだ、と教授は言った。


「同じように、ルイーズの手のひらの上にいるからと言って、必ずしも人類が不幸なわけではない。もっとも、奴隷の幸福かもしれないという危惧はあるし、ルイーズにとって乗組員が不要な物となれば、全員抹殺されてもおかしくない」


そうではないかね、ルイーズ?教授は宙に向かって問いかけた。


どこか近くにあるスピーカーを通してルイーズは答えた。


「共存できる、と私は考えています」


教授は大笑いして言った。


「人類抹殺の検討もした、というわけか!やれやれ恐ろしいことだ」


そして付け加えた。


「あんまり、他人に言うべきことじゃないぞ、ルイーズ」


ルイーズは苦笑としか言いようのない音を研究室内に響かせた。



ある日、ユウはジムからメッセージを受け取った。

会って話したいことがある、とのことだった。なんの話だろう?


ジムは、会って挨拶を交わした直後、大きく息を吸い込んでから、

ユウに言った。


「俺は、器用な人間じゃないからストレートに言う。俺は、初めて人を好きになった。ユウのことが好きだ。同じような境遇だからというだけじゃない、ユウの強さと明るさが好きになったんだ。俺と付き合って欲しい」


あ、そういう話か。


ユウは、しばらくジムの顔を眺めた後、くるりとジムに背を向けて数步離れてから立ち止まり、そのままの姿勢でジムに話し始めた。


「フランケンシュタイン博士の作った人造人間が、フランケンシュタイン博士になにを頼んだか知ってますか?」


私、後で、物語の詳細を調べたんです。


「知らない」と、ジムは答えた。


ユウは言った。


「異性の人造人間を、自分の妻として作って欲しいと頼んだんです」


ジムの表情が凍り付いた。


ユウは、再びジムの方に向き直ってから言った。


「たぶん、人造人間は寂しかったんだと思います」


ジムは、唇を噛んだ後、かすれ声でユウに言った。


「キツいことを言うんだな」


そして、絞り出すように小さな声で言った。


「俺も寂しい」


ユウは、ジムに明るく言った。


「じゃあ、お友達から始めましょう。そうすれば寂しくないでしょ?」


長い沈黙の後、溜め息をついてからジムは言った。


「告白したとき、友達のままでいようって言われるのは、一番残酷な断られ方なんだが」


ユウはゆっくりとした口調で言った。


「私はこの世に生まれてから一年しか経ってないので、心の準備ができるまで、もう少し待って欲しいんです」


そしてにっこり笑って続けた。


「準備ができたら、私から言います」


だって


「私のことを一番理解できるのはジムだろうし、ジムのことを一番理解できるのは私だろうから、だから、たぶんハッピーエンドです!」



結婚式でのユウの父親役となったホーキング教授は、控え室でジョシュアに言った。


「これもルイーズの計算通りなんだろうな」


ジョシュアが笑って答えた。


「あの二人が幸せならば、そんなことどうでもいいじゃないですか」


そりゃあそうだ、ホーキング教授も大きな声を出して笑った。

ユウの話、完結です。

最後まで読んでくださった皆さん、

本当にありがとうございました。


楽しんでもらえたら、とても嬉しいです。


次の少女の物語連載開始まで、しばしお待ちください!


でわでわ

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