ユウの話(7)
ユウは、どう答えたものか迷った。
ジムが、「自分達」の状況を否定的に捉えているのは間違いない。
私は違うわ。
でもどう答えたらいいものかしら?
ユウはコーヒーを飲みながらホーキング「叔父さん」や、ジョシュアとした話を思い出していた。そして<情報体>だった私に肉体を与えてもらったときの戸惑いや、喜び、初めて「もの」に触れるという感覚、「本当の草」の匂いを感じたときの感動を思い出していた。
ジムは顔を強ばらせたままだ。
どうしよっかな?
ジムが沈黙を破った。
「俺は、どうしようもない空しさを感じている。だからそれを埋めるために必死に生きている。でもそれには限界がある」
そして続けた。
「ユウは、『フランケンシュタイン』という大昔の物語を聞いたことがあるか?」
ユウは聞いたことは無い、初めて聞いたと言った。
ジムは言った。
「フランケンシュタイン博士は、いくつもの人間の死体をつなぎ合わせた、いわば人造人間を作った。人造人間は醜く、人間達から疎まれて孤独に陥り、自分の存在自体に疑問をいだいた。そして創造者であるフランケンシュタイン博士に復讐をし始めた、そういう物語だ」
そして乾いた笑い声をあげた後に続けた。
「俺は、その人造人間の気持ちがわかるような気がする。もっとも俺を作り出したのはAIルイーズだし、ルイーズに復讐しようとしても無駄だけどな」
そしてジムは、黙ってうつむいた。
ジムは、結構格好いいのにもったいないな、ユウはある意味、「あさってなこと」を考えていた。ジムも私も醜い人造人間なんかじゃないじゃん。
ユウは一気にコーヒーを飲み干してから、朗らかに言った。
「ジム、明日、ハイスクールの陸上クラブの部屋に来てもらますか?」
え、なんで?とジムは驚いた顔をする。
「私、陸上クラブに所属しているんです。でね、そこで、今日のことについて私なりの答えを教えてあげます」
沈黙の後、戸惑った顔のままジムは肯いた。
「わかった、何時頃行けばいい?」
ユウは答えた。
「そうですね、15時少し前が良いかな、他のメンバーが来る前」
あ、それから、と付け加えた。
「陸上クラブの女子の部屋の方ですからね、一応ノックして名前を大声で言ってください。いきなり入って、誰か着替えてたら痴漢だと思われるから」
「ねえ、ジョシュア?」
ユウは研究室にいたジョシュアを捕まえて言った。
「『フランケンシュタイン』の物語って、知ってる?」
ジョシュアは、大雑把には知っている、と答えた。大昔の物語だね。
ユウは尋ねた。
「あの人造人間って、私と似ているかな?」
ジョシュアは驚いた顔をした後、真顔に戻って答えた。
「全然違うと思うけど」
そうよね、私は友達はいっぱいいるし、可愛いし!
次の日の午後14時45分、ジムはハイスクール陸上部の女子部屋の前で、ユウを呼んだ。
入って良いよぅ、という大声が中から響いた。
ジムは戸惑った。中にいたのは見覚えのないショートカットの子。
「ビックリしました?」
ユウだった。ポニーテールに結んでいた長い髪をバッサリ切って、
まるで男の子である。
「似合うでしょ?!」
クルリと一回転、ポーズを決める。
そしてにやりと笑うと、やおら制服を脱ぎ始めた。
慌てたジムが後ろを向くと、ユウは笑って言った。
「大丈夫ですよ、中にユニフォーム着ていますから」
ほらね、というユウの言葉を聞いて、ジムは振り返ったが、また驚いた様子。
「でもちょっと露出度高めですかね?!」
そう言ってから、ユウはジムにトラックに一緒に出るよう促した。
少し待っててね、とストレッチをユウは始める。
手持ち無沙汰なジムも、一緒にストレッチをする。
「ジムは、何か運動しているんですか?」ユウは尋ねた。
「空手を少しな」ジムは答える。
へー、格闘技なんだ?!とユウは意外に思った。
らしくない気がする。
ユウは聞いた。
「強い?」
ジムは苦笑しながら答えた。
「オマケで黒帯」
凄いじゃん!
でも先輩にはボコボコにされてるよ、とジムは言った。
「そんじゃあ、800mを、ひとっ走りするので見ててくださいね」
そう、ユウはジムに声を掛けると、一瞬、スターティングのポジションを取った後、
弾かれたようにスタートを切った。
加速して、みるみる離れていく。バックスタンド前では一定の速度になり、コンスタントな足の運び。そしてコーナーを回って、快調にジムの前を通過、あと一周。スピードが上がる、少し疲れたのか、向こう正面では、少し顎が上がってきた。コーナーを回って、最後の直線。明らかにバテてる。そして両手を挙げてゴール。
ぜえぜえ荒い息をつきながら、膝に手をつく。
ジムはユウに声を掛けた。
「お疲れさん」
ユウは、宙に向かって言った。
「ルイーズ、タイムは?」
どこか近くに仕込まれているスピーカーから、ルイーズが答える。
「2分20秒52です」
あれまあ、頑張ったのに、全然ね。
「でね、昨日の話なんですけどね」
ユウは、ようやく息が収まったところで言った。
「答えは、こういうことなんですよ!」
ジムは驚いて聞き返した
え?どういう意味??
楽しんでもらっているでしょうか?
それだけが心配です。
では次回更新をお楽しみに!