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ユキの話

 祖父が亡くなった。初代乗組員の最後の生き残りだったので、大きなニュースになった。地球にも伝えられた。これでこの船で地球の大地を直接知る人は誰もいなくなった。

 葬儀には、多くの人達が参列してくれた。祖父は初代船長であり、船内大学の初代総長でもあった。公職引退後も東街区のリーダーとして力を尽くしてきた、そう、両親を早くに亡くした私にとって唯一の家族であり、優しくて自慢のおじいちゃんだった。

「ユキちゃん、久しぶりだね。大丈夫?」

隣に座ったのは、従兄弟のユーリだった。同い年で、小さい頃は、すぐ近くの部屋に住んでいたので兄妹のように育った。今は親の仕事の関係で、こちらとは中央遮断壁で隔てられている西街区に住んでいて、年に数回顔を合わせる程度だ。

「うん、大丈夫。おじいちゃん長患いだったから、そろそろかなって覚悟してた」私は小さな声で答えた。

「そか」

ユーリはため息をついた。

 葬儀が終了し、祖父が運び出され、親族以外の参列者が退席した。同じ列の端に座っていた叔母、ユーリの母親であるアリサが立ち上がり私の方に小さくうなずいて、言った。

「最後のお別れね、ユキちゃんは大丈夫?」

「大丈夫です」

私も立ち上がって言った。

「みなさんに、一緒に暮らしていた家族として挨拶もしなくてはいけませんし」

 私は親族一同、十人ほどとコミュータに乗り込み埋葬地区へと向かった。

 船の中では原則として物質は循環させる。でも人間の身体をすぐに再利用するというのは倫理的にも、心理的にも抵抗があるので少なくとも100年間は循環ルートに乗せないというのが定めになっていた。隔離された埋葬地区に埋葬されて微生物によって分解され、土に戻るのを待つのである。

 埋葬が終わり、私は祖父の唯一の家族として短い挨拶をした。昨日泣き尽くしていたので、もう涙は出なかった。

 再びコミュータに乗ろうとしたときに、アリサ叔母が声を掛けてきた。「ユキちゃん、夕ご飯、一緒にどう?」

 ありがたかった。祖父が入院した後、一人で食べることには慣れてはいたが、天涯孤独という状態には、まだ慣れていなかったから。

 

「ユキちゃん、私たちと一緒に住まないか?」

食事の後、お茶を飲んでいるときに和彦叔父が、そう切り出した。和彦叔父は私の母親の2つ違いの兄であり、ソフトウェアのエンジニアをしていた。

「ナオミがこの春から東街区で働くようになって出ていったので、部屋が空いているのだよ」ナオミはユーリの7歳上のお姉さんであり看護士をしている。美人だ。今日はシフトで葬儀に出られない旨、連絡が事前にあった。

「転校手続とかしなくちゃですね」

とっさに出てきたのは、なんとも事務的な言葉だった、バカだな私。

「同学年にユーリがいるし、慣れやすいのじゃないかな」

にっこりと和彦叔父が笑って、コーヒーカップをテーブルに置いた。

「ありがとうございます」

私は言った。なんだかほっとした。新しく自分の居場所ができた気がした。

「まだ新学年が始まったばっかりだし、クラスにも馴染み易いと思うよ」

ユーリも微笑みながら言った。みなさん、ありがとうございます。

 

 祖父の遺品整理や、引っ越しの準備、転居と転校の手続、東街区の友達との別れなど、ドタバタとした一ヶ月を過ごした後の10月中旬に、私は西街区へと移った。東街区と西街区を含む4つの街区は遮断壁で隔てられていた。万が一宇宙に漂う岩屑などで損傷を受けた場合にも被害を最小限にするための仕組みだった。さらにいうと東地区と北地区をひとかたまり、西地区と南地区をもうひとかたまり、として中央遮断壁で分けられていた。この中央遮断壁は多様性を意識的に作り出すという目的で、冠婚葬祭以外はわざと人の行き来を制限していた。もっとも情報の行き来は自由なのでその効果は不明だったが、なんとはなしに東街区と北街区の側は保守的で落ち着いた雰囲気で、西街区と南街区の側は開放的で明るい感じになっていたのは不思議なことだった。

 

「東街区から転校してきました、本田ユキです。ユキと呼んでください」

第4学年のAクラスは私を含めて12名、男5名、女7名だった。もっとも学習進度でクラスが組み替えになることも多いので、AクラスとBクラスの分け方が意味を持つのはHRの時間くらいだけど。

 隣に座ったブルネットの髪の娘が早速話しかけてくる。

「あなたBクラスのユーリの従兄妹なんでしょ、一緒に住んでるのよね、いいなぁ」

わ、うわさが早いぞ。ああ、とか、うー、とか生返事を私は返す。

「ユキちゃん、私はマリア、よろしくね」

人懐こくほほえみかけきた。私は少し顔を引きつらせて笑う。マリアは少し私に顔を寄せて小さな声で続けた。

「今度、ユーリを紹介して、一緒のクラスになったことないのよ」

いきなりかよ、参ったな。

 

 体育の時間はAクラスとBクラスの合同で行われる。バスケとかの球技の練習にはその方が人数的に適当だからだろう。で、西街区第四学年の英雄は誰あろうユーリだった。長身で、格好良くて、親切な上に運動神経抜群、ということで人気が無いわけない。第四学年の女子からの視線を一身に集めていた。ということで、必然的にユーリの従兄妹で新入りたる私にも好奇の目が向けられるのだが、おあいにく様、私はチビだし運動音痴です。性格も攻撃的で良くないです、ええ、わかってますよ、すみませんねぇ。

「おじいちゃんのお葬式の時にも思ったんだけど、ユーリ、背が伸びたね」

バスケのコートの横で待機しているときに隣になったユーリを見上げながら私は言った。

「そうだね、この1年でだいぶ伸びたね」

ユーリは汗を拭って微笑みながら言った、おお、爽やかな笑顔だ。マリア卒倒だな、こりゃ。

 

「ねえねえ、帰りに寄り道しましょうよ」

マリアが数学の授業の前にささやいてきた。

「いいよ、喫茶店?」

「うん」

「じゃあ終わったらね」

「ユーリも呼べる?」

おい、いきなり調子に乗りすぎだろ。まあ、いいか、授業が終わったらメッセするか。どうせユーリと一緒に帰るつもりだったし。

 

「アイデンティティ・クライシスというのかな、それが心配されてたんだってさ」

雑談の中でユーリが言った。

「乗組員は三代目くらいには目的を見失って、社会崩壊するだろうと心配されてたんだ」

 コーヒーが口に苦い。気のせいか東街区の喫茶店より少し焦げた感じだ。砂糖をもう少し入れよう。

「でも僕たちは、楽しくこの船で生きている、とんだ見当違いだったね」

ユーリは笑って続けた。

「そうね、なんの問題もないわね、どこで生きていようが同じだわ」

マリアも釣られるように笑う。私は笑えなかった。

「おじいちゃんは、そのことを少し心配してたのよ」

私は小さな声で言った。

「そうなの?」

ユーリは怪訝そうに私の顔をのぞき込んで言った。

「おじいちゃんそんなこと言ってたんだ?」

「うん」

私、余計なことを言っちゃったかな。雑談は別の話題へと移っていった。

 

「東街区が一番、大学入学資格試験の点数が高いんだよね」

家に帰って晩ご飯を食べた後で私が自室に行く寸前、ユーリが私に言った。

「うん、そうだよ、だけどなんで?」

私は聞き返した。

「俺、数学苦手だからさ」

ユーリは苦笑いしながら続けた。

「ユキちゃんは、第三学年まで東街区で最優等だったでしょ、だからコツを教えてもらえないかなって」

コツなんかあるもんですか、努力あるのみよ。でも、

「わかった、明日の放課後からで良い?」

口が滑った。

「ありがとう、助かる。数学落ちこぼれていて、中間試験がやばいんだ」

そりゃ困ったわね。どうせだからマリアも誘うか、マリア、ほとんど数学の時間は寝てるし。

 

「ユキちゃん、こいつがユースフ。連絡したとおり一緒に面倒見てね」

ユーリが爽やかに笑う。ユースフと紹介されたBクラスの男子もにこやかに微笑む。

「はじめましてユキ、ユーリが言ってた通り可愛いね、会えて嬉しいよ。あ、マリア、今日も美人だね」

「よ、よろしく」

おもわずどもってしまった。明るい顔立ちのハンサムだけど、とてもノリが軽い。私が苦手なタイプだ、参ったな。それよりユーリ、なに言ってんのよ、バカ。

「この前も一緒になったわね、またよろしくね」

マリアは、イケメン二人に満面の笑みである。あなた、この放課後の集まりの目的を完全に間違えてるでしょ。

「ええと、じゃあ、なにから始めようか。電子教材に書いてあることは読めば良いから繰り返さないけど、まずどこがわからないか、から聞こうかな」

私は多少動揺しながら、3人組を前にセンセイ稼業を始めた。コーヒーとドーナツ2個のおごりで、この重労働は無いな。ま、いいけど。

 

 現時点で、船は地球から約13光日離れた場所を航行していた。要するに電波による通信だと往復で一ヶ月かかる位置ということである。最終的な目的地は地球のある太陽系から最も近い恒星の一つであるケンタウルス座α星Aである。到着するまで6000年以上かかることが予定されている人類史上もっとも長い旅である。ケンタウルス座α星Aは三重連星であり、ケンタウルス座α星Bというほぼ太陽と同じ大きさの恒星と、プロキシマ・ケンタウリという赤色矮星を伴っている。地球を出発するときには、ケンタウルス座α星Aのハビタルゾーン、すなわち地球と同様に液体の水が存在しえる距離に2つの岩石惑星があることが知られていた。なんという幸運か、はたまた宇宙の一般則なのか、一番地球から近い恒星に地球環境に近い惑星が存在していそうだというニュースは、軽薄なる人類に具体的な渡航計画を始めさせるのに十分だった。スタートは500人、最大1500人が住める恒星間宇宙船の建造がはじまった。

 宇宙船は、核爆発を宇宙船の外部で起こして推進力を得る、いわゆる「オリオン計画」の焼き直しで、スピードは光速の約千分の一程度まで加速できた。加速後は慣性飛行を行い、目的地到着直前に減速するというのが計画の骨子であった。

 6000年の旅と言えば、聞こえは良いが失敗に終われば全員宇宙の藻屑と消えるリスクの高い計画であり、万が一、首尾良く目的地についても金星のような硫酸の降り注ぐ灼熱の大地か、火星のような空気のほとんど無い荒野しか無い可能性も高い。誰がそんな宝くじのできそこないに参加するのかと思うかも知れないが、世の中には奇特な人が多いもので25歳から35歳の500人の男女を募集したところ、抽選倍率はなんと10万倍を越えるという大人気となった。応募資格のある人類の約100人に一人が申し込んだという計算である。まず書類選考で10万人近くが選ばれた後に、身体検査等が実施されて2000人にまで絞り、そこから訓練センターでの半年の選抜試験を経て男女250人ずつ500人が選ばれた。この計画はベタに「プロジェクト・ノア」と名付けられ現実に実行されることと相成った。

 この計画の社会科学的な問題点は、初めから明らかで、航海に乗り出す最初の世代と目的地に到着できる世代以外は、宇宙船の中で生まれてその中で死ぬことが確実であり、味も素っ気も無い言い方をすれば、生殖活動をおこなって命のバトンを繋いでいくことだけが目的になるということだった。そういうわけで、結果として半年間の選抜試験で実は最も重視されたのは、「つがい」になることで、有り体に言ってしまえば250組の夫婦が、この長い長い旅に出かけたのであった。

 しかし、いわゆる宇宙の専門家が乗り込まなかった訳では無い。宇宙飛行士としての経験を持つ夫妻が5組選抜されており、そのうちの一組がユキの祖父母だった。ユキの祖父は5年間を費やした最初の火星探査クルーとして知られており、祖母は月探査に参加した数少ない女性の一人だった。祖父はその経験に基づいてこの恒星間宇宙船の初代船長に任命された。

 乗組員の人選は遺伝的多様性が重視され、各人種から幅広く選ばれていた。公用語としては地球上で広く使用されているという理由で英語が採用されたが、自動翻訳機の発達が著しく進んでいたため、乗組員は必ずしも英語が堪能である必要は無かった。そうは言ってもユキの世代まで進むと公用語しか知らない人が大部分を占めるようになっていた。

 

「一月遅れとはいえ、地球からの情報がふんだんにもたらされている今は、言語も地球とあまり変わりがないと思うけど、あと千年も経って地球からの情報が限られるようになったら、だいぶ変化してしまうでしょうね、地球では通じなくなってしまうかも」

大きな黒い瞳を見開いてサマンサは言った。現実主義者のマリアはパフェを頬張りながら小首をかしげる。

「でもでも、そんなことどうでも良くないかしら?私ら船の中で通じれば、あとは翻訳機なり人工知能なりがなんとかするでしょ?」

「それはそうだけど、環境は言葉を変え、言葉は思考も規定するから、環境が変化するということは、思考形態も変わるっていうことよ」

理屈っぽいサマンサは、なおも主張した。

「例えばね、私たちには富の概念が希薄でしょ、っていうかどうでもよいというか。でも昔、地球上では富を求めて殺し合いさえ行われたわけで」

 なるほど、とユキも思った。そうか、私たちはどんどん変化しているんだ、どんどん地球から離れていくのだ、言葉も考え方も。

「それよりサマンサは進路って考えてる?」

マリアは尋ねた。明日までに、進路調査票を提出するように、と担任から言われたのであった。

 サマンサは、その問いかけには直接答えず、

「ユキはどうするの?」と言った。え?私?

「考えてないな」

私は答えた。

「まだ第四学年だよ」

そしてコーヒーを一口飲んだ。う、砂糖を入れすぎ、甘すぎだ。

 マリアは言った。

「ユキは余裕だなぁ、勉強できるから、なににでもなれるでしょ、バスケの選手とかじゃなければ」

ほっとけ。

 それまで黙っていたシーハンがゆっくりと会話に加わった。

「私はね、精神科の医師になりたいわ」

そして黒い長い髪を左手でいじりながら続けた。

「あるいは心理学者、カウンセラーもいいな」

「シーハンは他人の話を上手に聞けるからいいかも」

サマンサは言った。

「ここでは一番大切な仕事かもね、どうしても狭い社会だし、ストレスを溜める人も多いから」

そして続けた。

「私も目指そうかしら、カウンセラー」

「やめといたほうがいいよ、サマンサ。あなた相手じゃみんなやっつけられちゃう」

思わず私は言ってしまった。あ、ごめん、つい本音を言ってしまった。

 サマンサは手を振りながら大笑いして、

「それもそうね、とろいこと相談されたら、私はイライラしてやっつけちゃうわ」と言った。

そしてもう時間ね、と言って立ち上がった。じゃ、帰宅しますか。

 

 晩御飯をアリサ叔母、和彦叔父と食べている最中に、ユーリが帰宅した。バスケクラブの練習が長引いたらしい。もうすぐ街区対抗戦なので、特訓中なのだ。ユーリは高校生だがレギュラーメンバーだった。応援行かなくちゃだ、マリアも張り切ってるし。

「早く着替えといで。私らは食べ終わっちゃうけど」

アリサ叔母がユーリに声を掛ける。わかった、とユーリが返事をして自室に向かった。

「そうかぁ、明日までだったね、進路調査票」

ユーリは付け合わせのジャガイモをつつきながら言った。

「なんて書こうかな、バスケの選手?」

 まじめな和彦叔父は顔をしかめて言う。

「ユーリ、それはここでは職業になりえない」

「わかってるよ、父さん」

ユーリは豚肉を突きながら答えた。

「ここじゃスポーツで身を立てることはできないさ、それに」

ユーリは続けた。

「VRAIで地球の同学年の一流選手と戦っても、全く歯がたたないから僕の才能はちっぽけなものだと自覚してるよ」

「ユキちゃんはどうするの?」

アリサ叔母が私に矛先を向けてきた。いや、ええと、あのですね。

「まだ未定ということで、勘弁してもらおうかと」

 正直でよろしい、とアリサ叔母が笑って、その場は収まった。本当に決まってないから答えられないんですよ、はい。

「じゃあ、僕も未定で出そう」

ユーリも笑って言った。

「正直、なにをしたいか分からないんだ」

 

 敵方、東街区のチアリーディングのリーダーは、なんとユーリのお姉さんであるナオミ姉さんだった。青のポンポンと制服がよく似合う。うーん、ナオミ姉さん、可愛い。7歳も年上の従姉妹に可愛いという表現はどうかと思うが、可愛いものは可愛い。栗色の髪のポニーテールが最高である。

 試合は西街区の4番、パワーフォワードのユーリが奮闘するも空しく、東街区が第一ピリオドから西街区を圧倒する。センタープレーヤーのレベルがそのまま差になってしまっている。ポイントガードも東街区の方が一枚上手で、3Pががんがん決まる。二桁離される。マリアは早くも涙目である。ただしハーフタイムショーでナオミ姉さんを堪能した私はご機嫌であった。

 第3ピリオドから西街区が盛り返す。喧嘩上等のラン&ガンだ。点の取り合いが始まった。やけくそとも言える戦術がはまる。東街区に攻撃のミスが出て、ユーリのスティールなどもあって、5ポイント差まで追いついたところで、第4ピリオド開始まで2分間の短い休憩に入る。面白くなってきた。西街区の黄色いポンポンも元気に揺れる。さあ最終ピリオド、ユーリ頑張れ!

 最初は東街区に圧倒されていた西街区のインサイド二人も、相手の特徴をつかんでリバウンドで負けないようになってきた。よし、行けるかも。

 あと残り1分という時間で、1ポイント差まで迫る。東街区の3Pがリングに嫌われる、ユーリ、リバウンド!獲った!!そして反攻、一気にラッシュをかける西街区。東街区の戻りもディフェンスも早い。一旦戻す、残り30秒。シューティングガードが右から切り込む、パスを受けた西街区のセンターがシュートを決める。やった!逆転、残りは10秒。

「ディフェンス!ディフェンス!」

西街区の応援団も総立ちだ。東街区チームが素早く展開する。ポイントガードから東街区の3番にパスが回り、ユーリのディフェンス、残り時間は?ボールがアウトサイドに戻され、東街区の3Pシュートがきれいな弧を描く。会場のカウントダウンが悲鳴に変わる。絵に描いたようなブザービーターだった。青いポンポンが跳ね回る。残念!

「あれを決められちゃあ、しょうがないよね」

ロッカールームから出てきたユーリは言った。

「次の試合、また頑張るよ」

うん、リーグ戦は続く。がんばれユーリ、私とマリアは応援するぞ。

「ユーリ、あれは無理して前に出ても止めなくちゃだよ。ドフリーだったよ」にこにこ顔のナオミ姉さんは手厳しい。東街区が優勝ね、と続けた。

「でもさ、僕がマークを外れて前に出たら、すぐインサイドに戻されて、結局逆転されただろうな」

ユーリはぶつくさ言う。確かにあそこは対面でも出られないだろう。まあ、よく追いついたと言うべきか。

 

 クリスマス休暇が明けると、新年だ。みんなHappy New Year!新しいクラスもしっくりと行き始め、というか、まあ元々顔見知りばかりなわけで、私だけが馴染んだのかもだが、それなりに新生活を私は楽しんでいた。おじいちゃん、西街区も悪くないよ。

 今日の放課後お茶会はケイト、ベッキーと私という組み合わせで、南街区の喫茶店まで出張だ。といっても15分くらい遠回りになるだけなんだけど。

「でね、ユキに話というのは、ユースフのことなの」

コーヒーを前にポツリとケイトが話始める。場所を変えて相談といったら、そりゃ恋バナでしょうけど、なんでユースフとの話を私に?ベッキーが言った。

「あのね、ユキはユーリの従兄妹でしょ。だから」

話が見えないよ、ベッキー。

「秘密にしてね、絶対」

ケイトが話を繋ぐ。わかった。で、なに?

「ケイトがユースフに付き合ってほしいって告白したの。でもユースフは好きな人がいるって」

なんと!それを私に言うということは、もしかして、ユースフは私に気があるのか?!私は激しく動揺する。あの軽薄ユースフが私を好きだと?どうやって断ろうか、ええと、ええと。

「あ、違うの。ユースフが好きなのはね」

私の動揺を見て、慌ててベッキーが言葉を繋ぐ。

「ユースフが好きなのはユーリなの」

私はポカンと口を開けたまま、言葉にならない唸り声をあげていたと思う。なんとまあ。

「だからどうしたらいいか、分からなくて」

ケイトは顔を伏せて黙ったままである。そりゃあ、どうしたらいいか、分からないよね。私にも全くいい知恵が浮かばない。でも一体なんで私にこの話をするの?沈黙が座を支配する。



「ユキからユーリに言って欲しいの」

ようやくケイトが絞り出すように小さな声で話し始めた。

「ユースフにユーリを諦めるように、ユーリからそれとなく言ってもらいたいの。そう言ってもらえるよう、ユキにユーリを説得して欲しいの」

私は絶句してしまった、それは難しいよ。数学の難問なんかよりはるかに難しい。

「私はユースフが子供の頃からずっと好きなの、諦められないの」

ケイトは静かに涙を流す。

「この前まで、ずっと同じクラスで、初等部の時も同じクラスで、ずっとずっと一緒で、このままずっと一緒にいられたらって、ずっと思っていて、だけど言えなくて。別のクラスになって、初めて告白したら、好きなのが男子だなんて言われても、諦められないの」


 朝、一緒に学校へ行く道すがら、ユーリに話そうと試みる。あのさユーリ、ええと。いやいや、歩きながらできる話じゃないな。なに?いや、なんでもない。そうなの?うん。放課後、一緒に帰るときも、うまく切り出せなかった。うーん、困った。まるで私がユーリに告白しようとしてるみたいじゃない。参った。ケイトごめん、私にはハードル高過ぎだ。


 地球からの超高速ストレージ船が1月6日に到着した。これだけ離れると電波で送れる情報の容量にも限界が出てきて、考えた地球側は我々の乗っている船より20倍以上早い、情報の詰まった超高速ストレージ船を開発したのである。加速中5G以上が一ヶ月くらい掛かり続けるので中には生物は載せられない。我々の船と同じ推進システムなので加速減速部は大きいが、運ばれてくるのは大容量の記録ディスクの束と、金属などの追加資材少々だけである。この旅で2回目のストレージ船到着であり、今後はあるかどうか分からない。地球からの最後の贈り物かもしれなかった。

 核パルス推進システムの制御プログラムといった、万が一ハッキングされると危険の高い情報を除いて、ほぼ全てのデータが、船の乗組員全員に公開された。その中で好評を博したのは地球上の多くの場所のVRAIデータだった。特に広大な自然を再現したVRAIは、常に狭い船内に閉じ込められている乗組員にとっては格好の娯楽で、憧れのものだった。

 

「中央公園もいいけど、VRとはいえ大草原の散策とかするのは、きっと気持ちがいいわ」

とはマリアの意見であった。

「今度、みんなで行きましょうよ」

地球の大草原か、私は一生行くことができないところだな。それどころか、6000年後の私の子孫だってケンタウルス座α星Aの岩石惑星上の大草原なんか散歩できないかも。

「どこ行こうか、アフリカのサバンナとか?」

とは、大乗り気で喫茶店にやってきたユーリだった。

今は一応冬だから、なんか暑いところは違和感があるな。

「ハワイとかモルジブとか海はどう?」

ユースフは大きな目をくるくるさせて、いたずらっぽく笑う。おい、女子の水着目当てだろ、スケベ野郎。あれ、ユースフは男子が好きなんだよね、それとも両方?ああ、そうだあの相談どうしよう。頭痛い。それはともかく、そうだな、私も提案するか。

「日本の上高地というところはどうかな?穴場だよ、綺麗そうだし」

おじいちゃんの行ったことがあるところ。見せてもらった写真には雪の残る美しい山々を背景に私くらいの年頃の祖父母がリュックサック姿でにこやかに写っていた。おじいちゃんとおばあちゃんは幼馴染みだったのだ。

「あ、おじいちゃんの写真で僕も見たことある、綺麗なところだろうね。いいな」

ユーリも賛成してくれて、結局日曜日の私達4人の行き先は、上高地と決定した。


 VRAIは全身で体感できる仕組みを持っていた。脳内で感じるモードだけではなく、ちゃんと歩いたり走ったりもできる。長く歩けば筋肉痛にもなる。途中でやめて現実世界に戻ることも可能だけど、ちゃんとした装備を持って行くほうが感じも出る。脳内再生でお菓子を食べることもできるけど、実際のお弁当を食べるほうが楽しい。ということで、前日私は準備で大忙しであった。

 朝5時に歩き出して、往復8時間のコースを設定したので、現実世界でも早起きをする。

「おはよう、ユースフ!」

私と一緒に家を出てVRAI施設に来たユーリが、先に着いて待っていたユースフに声をかける。

「おはよう、ユーリ、ユキ」

ユースフが少し眠たそうな笑顔で右手を挙げる。

「マリアは10分くらい遅れるって」

私は二人に伝える。


「これってさ、現実とは思えないよね」

ユースフが小声でつぶやく。なにを間抜けなことを、VRだよ。

「いや、そうじゃなくてさ、綺麗すぎでしょ、これは」

河童橋から奥穂高岳の方向を眺めながら、なおも感激のおももちである。うん、私も同意する。これはすごい。真っ青な空に奥穂高岳が正面に見える。右が明神岳、左が西穂高岳か。その前を流れる梓川が例えようもなく美しい。天国かい、ここは。

「本当だね」

ユーリも笑顔で言う。

「前見たスイスも良かったけど、こちらはなんというか箱庭みたいにかわいらしいな」

 私たちの周囲にいる、他の観光客もこの美しい眺めには大いに感心している様子でカメラを構えたりしている、もっとも観光客達はAIが生成しているものだろうけど。

 

 道端に咲く白い花を付けた木は「ズミ」というそうである。マリアが律儀に持ってきたガイドブックに、そう書いてあった。他にも背の低い高山植物が小さなかわいい花を咲かせている。いやあ良い道だ。私たちは、すっかりご機嫌であった。木漏れ日が温かく差し込み、初夏の高原の香りがする。のんびりと歩く私たちを他の観光客が抜いていく。中にはマットを丸めてリュックに結わいて担いでいる人もいる。泊まりがけで登山か、どこまでいくのかな。北アルプス縦走?少しくたびれたリュックを背負う年配の男性が少し早足で行く。しかしAIも芸が細かい。



「ちょっと疲れたわ、そろそろ休みましょうよ」

マリアが言う。え、まだ、歩き始めて15分だぞ。

「そか、少し休もうか」

ユーリが同意する。おお我が第四学年の王子様は優しい、さすが。

 私はチョコのかけらをみんなに配る。これは本物よ、AI製作の脳内チョコじゃない。

「お、染みるねえ、美味しい、疲れが取れる」

ユースフ大げさ、先は長いぞ。

 梓川に流れ込む支流か、道に沿って左側に清流が見え隠れする。薄緑色の葉を付けたシダ類が流れの側でそよ風に揺られ美しく輝く。20mくらい私とユーリが先行する。風が心地いい。マリアとユースフはおしゃべりに夢中である。

「それでユキちゃんがね、言ったらユキちゃんは怒るんだけどね」

おい、聞こえてるよ。

 

 明神池を過ぎ、しばらく行ったところでマリアからメッセが入る。

「先に行っといて、私たち疲れたから少し休んでる。昼ごはんは待っててね!」

マリアとユースフの声が聞こえなくなったと思ったら、勝手に二人は休憩を取っていて、随分距離が離れてしまったようだ。

「私たちも、少し休もうか」

メッセの画面を私はユーリに見せる。

「うん、そうだね。でも徳沢は、もうすぐでしょ。徳沢まで行ってしまってユースフたちを待とうよ」

昼ごはんを徳沢周辺で食べて、引き返す予定だった。あと地図だと10分くらいの距離かな。

「ユキちゃん、疲れてる?大丈夫?」

ありがと、私は元気。


 森が明るくなり、徳沢に到着した。少し開けた芝生広場を渡って来る風が心地いい。

「終点、徳沢に到着っと」

少しおどけた口調でユーリが宣言する。私は木陰にあったベンチに座り、さてどこで弁当を食するか、あたりを見回す。結構日差しは強いかも、木陰にビニールシートを敷こうかな。

「あと15分くらいで追いつくよ、もうちょっと待っててね」

マリアからメッセが入る。随分、離れたな。

「河原で周囲が少し開けたところがあるって」

近くにあった山小屋へ偵察に行っていたユーリが戻ってきて報告する。そこで山を間近に眺めながら食事にしようか。それはいいわね。



「看板のところで待っててと連絡しといて、僕らは偵察に行ってみようか、ここから5分くらいのところだっていうからさ」

うん、そうしよう。

 ということで、メインの道から左に抜けて川の方向に私たちは探検に出かけた。すぐに森から抜けて視界が広がる。河原だ。北穂高岳だろうか、眼前に迫っている。いいところだ。ここで昼御飯を食べようと言って、ユーリの方を振り返ろうとした時に、河原の石を踏み外して左足首を捻ってしまった。わああ、こんなことまで再現しないでよ。痛いなあ、もう。

「ユキちゃん大丈夫、本当に捻っちゃった?」

ユーリが慌てて駆け寄って来た。うん、リアルに足首を捻った。AI、現実を再現し過ぎ、参ったな。ちょっと見せて、とユーリが言った。捻挫が酷いようなら、VRを離脱して治療した方がいいからさ。私は、河原にへたり込んで、運動靴と靴下を脱ぐ。うーん、格好悪い。少し動かしてみると、足首の外側が痛いけど、うーん、なんとか。

「ちょっと触って良い?」

うん、もちろん。でもあんまり動かさないでね。

「そんなに腫れてこなそうだね、こうやっても大丈夫?」

うーん、大丈夫、そんなに痛くない。ユーリの手が温かだった。

そか、テーピングすれば行けそうだね。え、テーピングの道具持ってるの?僕はバスケやってるから、いつも簡単な道具は持ってるんだよ。そうユーリは言うと、リュックから小さなハサミと固定用のテープと圧迫包帯を取り出して、手際よく私の足首を固定してくれた。あ、マリアから連絡だ。状況を説明して河原まで来てもらうことにした。

「ちょっと歩いてみて」

そろそろと立ち上がって、歩いてみる。おお、足首がちゃんと固定されていて大丈夫そう。

「うん、大丈夫、ありがとう、ユーリ」

良かったね、でも無理しないで。痛くなったら遠慮なく言って。途中で離脱しよう、ユーリがそう言ったところで、ユースフとマリアが少し離れた所から声を掛けてきた。

「ユキちゃん、大丈夫ぅ?」

うん、平気、少し足捻っただけ、ユーリが固定してくれた。ありがと、ユーリ。


 各自持ってきたお弁当を広げて、河原で食べる。ユーリの分は、昨晩私が「特別に」作ってあげていた。一人分も二人分も作る手間は、ほとんど変わらないんだけど。軽く恩を着せたつもりが、足首の捻挫の治療をしてもらって、チャラどころか迷惑かけちゃったな。

 ユースフの持って来たケバブサンドがスパイシーで美味しい。ルーツを大事にしている家なんだな、ユースフの家って。そうかもね、でも僕はメッカというか地球に向かって礼拝はしないな、ユースフは明るく笑う。神様はいると思ってるけど、僕を助けてくれるにはちょっと遠いかな。

「神様は全知全能だから距離なんて関係ないはずだよ」

変なところで理屈っぽいユーリが、少し口を尖らせて主張する。そうね 、神様だもんね、とマリアも笑って同調する。

 真っ青な空、美しい山々。VRAIの作り物と分かっていても気持ちが良い。私は無言で感謝した。今日は良い日です、ありがとう、神様。


 帰り途、私とユーリは少し遅れ気味になった。足首の痛みはほとんど無いものの、痛くなるんじゃないかという予感が歩幅を狭める。ずっとユーリが私の荷物も持ってくれた。ごめん、ユーリ。

「ちょっと、休もうか」

ユーリが声を掛けてくれる。うん、だいぶ疲れてきたな。

「あと1時間くらいかな、行けそう?」

大丈夫。足首は?平気。お昼を過ぎて、今が一番気温が高い時間帯だね。そうね。ユースフたちも今、休憩中だってさ。ごめんね。え、なにが。だって荷物持ってもらって、私だけ離脱した方がよかったかも。

「そんなこと言うなよ、ちょっとユキちゃんも大変だけど、一緒に帰った方が楽しいだろ」

ユーリがにこりと笑い掛けてくれる。

「それに少し荷物があった方が筋トレになって、かえって良いさ」

やっぱり王子様だな。


 予定より1時間ほど遅れて河童橋に戻ってきた。今度は岳沢には正面から陽の光があたり、奥穂高岳の残雪が白く輝く。いつか登ってみたいな。

「楽しかったねー、綺麗だったねー」

先に着いていたマリアが手を振って迎えてくれる。

「足首はどう?」うん、大丈夫。

「帰りは、なんだか早かったな」

ユースフもうっすらと額に汗を浮かべて満足の様子。

本日のハイキングはおしまい、ソフトクリームでも食べない?というマリアの提案で橋のたもとにあった売店でAI特製脳内ソフトクリームを楽しむ、いくら食べても太らないしね。初夏の美しい景色の中でのソフトクリームは最高!


「温泉寄って行こうか?」ユーリが提案する。

「温泉ってなあに?」

近くのホテルに立ち寄り風呂があるのだ。他の人と一緒に入る公衆浴場は、日本にルーツがある人にとって知識としてはあるけど、他の民族出身だと戸惑うかな。朝、VRAI施設に向かう道すがら、私とユーリで議論になったのだが、一応ユースフとマリアに提案してみることにしていた。

「汗かいたしね、脳内とはいえ気持ちがいいかな」

「そうね、興味があるわ」

二人も賛成した。

ということで、立ち寄り温泉に寄ることになった。後でテーピングし直すから風呂では外しちゃいなよ、窮屈だろ。うん、そうする。


 お風呂の中で、公衆浴場初体験のマリアとひとしきり盛り上がった後、長い髪の毛を念入りに乾かすマリアを置いて、私は先に外に出る。木陰のベンチにユーリが先に上がって座っていた。

「ユキちゃんの足首は細くて綺麗だね」

足首のテーピングをやり直しながら、ユーリがふいに言う。なによ、いきなり言うな、いくらユーリだってなんかドキドキするじゃない。

 なんとなく気まずい沈黙が流れそうになった次の瞬間、ユースフの笑い声が響く。背後を振り返ると「意外に陽に焼けちゃったよ、これ脳内だけかな?」と屈託無く笑うユースフが立っていた。どうだろうね、ユーリがテーピングの道具を片付けながら釣られて笑う。

「お待たせ。じゃあ帰ろう!」

マリアが温泉から出て来た。うん、帰ろう。


 VRAI施設から出て、マリアたちと別れてユーリと一緒に家に帰る。楽しかったね、またどこか行こうよ、でももう期末試験だよ、ユーリ大丈夫?今度また数学教えてよ、いいけどパフェおごりね、えー今月厳しいんだけど、そんな会話をダラダラしながら歩く船内は、半分脳内とは言え小旅行の後だからか、なんだか少し懐かしく思えた。


 期末試験直前だ。なにを隠そう私はガリ勉である。ええ、ガリ勉ですとも。かわいげのないことおびただしいと、自覚している。頭のできはたぶん普通だが、いつも誉めてくれる祖父の期待に応えようと、努力だけは怠らなかった。ま、知らないことを知ること、できないことをできるように自分を訓練することは、性分にあってはいる。というわけで、これまで東街区では最優等を維持してきた。勉強は一人でやるものだと思って、自分の部屋や図書館でカリカリ勉強してきた私だが、西街区に移ってきてからは、ユーリやマリア達に教える役目も出てきたりして、喫茶店で友人と一緒に勉強する機会が多くなった。本日喫茶店隅っこの二人席に陣取ったのは、私とシーハンだった。この席は少し奥まっていて観葉植物の陰になっており、半分個室のような独立空間を形成していたため、西街区のハイスクール年代のカップルには人気の場所であった。それはともかく今日は勉強だ。

 シーハンは落ち着いていて余計なことを一切言わない。たまに私から声をかけると、じっとこちらの目を見て、長いストレートの黒髪を左手の指先で触るともなく弄りながら、ゆっくりとした低い声でいつも的確な答えを返してくれる。静かで頼りになり勉強相手としては最適である。

「ミルク入れる?」

「うん、ありがとう、シーハン」

少し離れたところで話し込んでいる第五学年のカップルの声が、途切れ途切れに聞こえてくる。小さな笑い声が店内に響く。今日は比較的空いているせいか、音が響きやすい。コーヒーを一口飲んで、さて集中集中。

 一時間ほど、私とシーハンはそれぞれ黙々と自分の勉強に勤しんでいた。ふう、ちょっと休むか。顔を上げると、シーハンも気がついて、すっと面を上げた。

「少し休む?」

シーハンが微笑んで言った。

「うん、ちょっと疲れたから、休憩」

そう私は答えて冷めたコーヒーを飲む。

ふう。肩が凝った。私は肩凝り?ってわからないの、背中が張る感じなの?大体そういう感じかな。血行が悪いんでしょ、クルクル肩を回すといいんじゃない?そうね。

「ユーリは元気?」

シーハンはジュニアハイスクールの時、同じクラスだったので、ユーリのことをよく知っている。

「無駄に元気だよ」

私はドーナツを頬張りながら答える。

「無駄ってひどいわね」シーハンは笑って言う。

「試験期間直前でバスケができなくてストレス溜めているみたいよ」

「南街区に連敗したみたいね」

「そうなの、せっかく応援しに行ったのに」

そんな他愛もないやりとりにホッとする。そうだ、シーハンにあのことをそれとなく相談してみようかな。

「あのね、シーハン」

「なあに?」

周囲に知り合いがいないことを確認して、少し声を落として私はシーハンに話し始めた。

「私の東街区の時の友達が、同じ学年の男子に告白したの」

私から恋バナをされるとは意外だったらしく、シーハンの切れ長の綺麗な目が見開かれる。

「でも、その男子から好きな子がいるって言われて断られたの」

私が続けた。ふう、とシーハンはため息をついてから言った。

「それは、仕方がないわね」

ねえシーハン、あっさりすぎ。

「だけど、しょうがないじゃない?」

シーハンは静かに続ける。

「他人の気持ちは変えられないもの」

私は粘る。

「私、どうにかしてって頼まれちゃったの」

 シーハンは私の目をじっと見つめて沈黙する。そしてコーヒーを一口飲んで、言った。

「その男子って、ユーリだよね」

いやいや、違う違う。

「そうなの?てっきりユーリのことかと思った」

そしてシーハンがゆっくりと続けた。

「ユーリは、ユキのことが好きだしね、好きな子ってユキだと思った」

はあぁ?!私は随分と間抜けな声を上げたに違いない。どうしてそうなる。

 シーハンは微笑みながら答えた。

「そんなのユーリのことを見てれば、一目瞭然よ、ユキ鈍すぎ」

「そりゃあ、ユーリと私は従兄弟同士だし、小さな頃から知ってるし、一緒に住んでるし、親しいのは当たり前だよ。でも、お互いに異性として好きとかないよ、絶対」

私は早口で否定する。うん、そんなことは絶対ない。

シーハンはコーヒーを飲みながら、しばらくの間、黙って私から視線を逸らした後に、再びこちらに黒い瞳を向け直してから言った。

「違うわね、ユーリはユキが好きで、ユキもユーリが好き。ユキは自分に嘘ついちゃだめだよ」

 私は動揺した。ええ、今も十分動揺していますとも。シーハンと別れて家に帰ったが、完全に上の空のままだった。ケイトのことを相談したつもりが、全部吹っ飛んじゃったな。明後日から期末試験だというのに、全く私はなにやってるんだ。


「ユキちゃん、ユキちゃん?」え、なに?

「なんかボウッとしてるけど、熱でもある?風邪でも引いた?」

ユーリが箸を止めて、心配そうに私の顔を覗き込む。

「食欲も無さそうだし、大丈夫?」

「ちょっと頭痛がするだけだから」

まともに、ユーリの顔が見れない。あんたに訳なんか言えるわけ無いでしょうが。

 半ば目を回しながら自室に戻って、ベッドに倒れ込む。ふうむむ。しばらく仰向けになってぼんやりと天井を眺めていた。やっと落ち着いてきたな、私。そして自問自答してみた。


「私は、ユーリのことが好きか?」


私は即答する、好きだ。

「私は、異性としてユーリが好きか?」

愚問だ、好きに決まってるじゃん。いつも一緒にいてくれて、いつも笑顔で接してくれて、優しくて、何に対しても一生懸命で、そんな奴、好きに決まってるじゃん。


そういうことだった。


 しかしながら問題は全く解決していなかった。むしろ事態は悪化した気がした。それでどうするの、私は?シーハンはあんなこと言っていたけど、ユーリが私のことを好きかどうかなんて分からない。そりゃあ従姉妹として仲は良いわけで、親族としては、嫌いではないだろうけど、それ以上の感情はあるのか。

 こっちから直接確かめる?いやいや、違ったら毎日顔を合わせるわけで、えらく気まずい。無理無理無理、ありえない。ベッドにうつ伏せになり足をバタバタさせる。あーもう、どうする私。


 なかなか眠りにつけなかった。寝れないなら勉強をするかと、机に向かっても気が散ってどうにもならない。私、メンタル弱すぎ。もう最悪。ベッドの上をのたうち回る。

って言うか、何も起こっていないのにジタバタしすぎと、気がついた午前3時過ぎ、私はようやく浅い眠りについた。


 期末試験期間が終わった。答案が返され、席次も発表された。直前に心が大いに乱されたものの、なんとか乗り切り、シーハンを際どく抑えて私は西街区での最優等を維持した。私の唯一の取り柄だからね。頑張った、私。

 では延び延びになっていたケイトの問題解決を全力でしようと、私は決意する。まずケイトを南街区の喫茶店に呼び出した。まず私は謝る、ごめんなさい、ユーリに話せてない。ケイトは、あまり私には期待していなかった様子で、それは難しいわよね、当たり前だわ、無理な御願いしちゃってかえって悪かったわ、と言って俯いた。続けて私は聞いた。状況は変わってない?ケイトのユースフへの気持ちも変わってないの?うん、どちらも変わってない、とケイトは小さな声で答えた。

「わかった。じゃあ、こういう作戦はどうかしら」

私はケイトに提案した。

「ユーリに、ケイトのユースフへの気持ちを打ち明けてみるの」

え?ケイトは不思議そうな表情をした。そしてゆっくりと私の方に顔を上げて

「どうなっちゃうの、それで?」と言った。

私は答えた。

「ユーリは、たぶんケイトの味方をして、応援してくれると思う。で、ユースフへのケイトの気持ちを、ユーリからユースフに伝えてもらうの。それはユースフのユーリへの想いが叶わないことを、ユースフに対して間接的に伝えることにもなるじゃない?」

ケイトは少し考え込んでいたが、心を決めた様子で言った。

「分かったわ、そうしましょう。それでダメなら、元から上手く行かない話よね」


 ユーリは、ケイトと私という珍しい組み合わせに呼び出されたことに、少々戸惑っている様子だった。私はユーリに言った。

「ケイトからユーリに相談したいことがあるの、ちゃんと聞いてあげて」

わかった、とユーリは、真剣な表情で答える。ケイトは、話し始めた。早くも目を潤ませている。

「ケイトのユースフへの真剣な気持ちは、よくわかったよ」

ケイトが語り終えて、しばらく沈黙した後、ユーリは言った。私はすかさずユーリに頼んだ。

「ユーリ、ケイトを助けてあげて、お願い」

ユーリは、私の勢いにびっくりした様子だったが、少し間を置いてから頷いた。

「わかった。僕からケイトの気持ちをユースフに伝えてみるよ」


 木曜日の放課後、私はケイトに呼び出された。どうしたの?

「ユースフに言われたの」

ケイトは言った。

「少し待って欲しいって」

おお、そうなんだ。

「気持ちを整理して、それから答えたいって」

ユースフ、誠実な奴じゃん。

「そうね」

ケイトが半分泣き笑いをしながら答えた。

「ユースフは失恋しちゃったばかりなんだから、時間が必要よね」

上手く行くと良いね、と言うのが私には精一杯だった。


 少し経ったある日、学校から一緒に帰る途中、ユーリは苦笑しながら私に言った。

「この前のことなんだけど」

うん、なあに?

「ユキちゃんからお願いごとをされたら、僕は断れないよ。だから、あんまり難しいお願いは勘弁してね」

ごめん、ユーリ、難しい役目を押し付けちゃって。


 授業が終わり、第四学年のAクラスとBクラスの合同HRが始まった。議題は4月終わりにおこなわれるHome Coming Dayの企画をどうするか、であった。Home Coming Dayとは、元々は文字通りハイスクールの卒業生を迎えて催される、合唱発表会などがあるだけの小さな集いだったが、年々大規模なものになり、年に一度、船全体を挙げて行われるイベントとなっていた。各種模擬店や、ミニコンサート、ダンスパーティー、その他色々趣向を凝らした企画もあり、2日間に渡って開催される。各街区のハイスクール、ジュニアハイスクールだけでは人数的に寂しいということで、全街区合同で行うのが習わしで、場所としては本年度は西街区での開催順だった。

第六学年は大学入学資格試験等の準備があるので、あまり積極的には関わらず、第五学年が中心になって全体の企画が進められる。そして、お気楽な第四学年が一番元気よく個別の催し物を準備するのだった。ジュニアハイスクールの子たちは、お兄さんお姉さん世代に遠慮して、隅っこの方で可愛らしい演劇とかをすることが多い。このくらいの年代だと、年齢差が大きく影響する。

 AクラスのHome Coming Day実行委員は、東街区出身だから彼らとコミュニケーションが取りやすいんじゃないの、という曖昧な理由でサマンサが私を推して、あれよあれよと言う間に決まってしまった。で、Bクラスの実行委員も、バスケの対抗戦で各街区に知り合いが多いからという安易な理由でユーリに決まった。ほら、ユーリとユキは一緒に住んでるんだから何かと都合がいいでしょ、とはユースフの弁だったが、私は若干目眩がした。どうしよう、学校でも家でもほんとにずっとユーリと一緒になっちゃう。もちろん嬉しいのだが、微妙でもあった。私、ボロ出しそうだ。好き好きオーラを間違って全開にして、ユーリにドン引きされたら取り返しがつかない。自重しろ、私。


 第1回の全体実行委員会が開催された。実行委員長は、慣例に従い開催地である西街区から第五学年のチェン先輩が選任された。良い人だけど何言ってるのか分からないんだよね、とユーリが苦笑して話していた通り、熱血漢ゆえに気持ちが先走りしがちな語り方をする。私は気付かれないように小さなため息をついた。これは苦労しそうね。

 東街区の第四学年実行委員の一人は、私が東街区で一番仲の良かったサキだった。いつも明るいさっぱりとした気性の娘だ。サキ&ユキの再結成ね、とサキからメッセが入っていた。VR会議中、こっちに向かって手を振ってくれる。こっちも小さく手を振り返す。良かった、知ってる人がいて、しかもサキだし。 

 さて仕事の分担が決まり、前年度の委員会からの引き継ぎが始まる。予算配分、部屋の割り振り、催し物の募集開始、学校外からの参加申込みの促進、各学校間での調整、山のように仕事がある。これ、あと二月で仕上がるの?

 ユーリは資材調達、分配、大道具、小道具の製作指揮、その他講堂の担当、私は広告宣伝、催し物の交通整理、当日の進行チェック担当となった、要するになんでも屋だ。忙しくなるなあ。早速、明日から自主開催の催し物募集開始だ。申込用紙の受付サイトを立ち上げる準備を北街区の実行委員に依頼する。ポスター製作手配もしなくちゃだ、これは南街区の委員と私で分担か。


「ねえ、ユーリ」

「ん、どうしたの?」

「そっちの歴代業務引き継ぎ書の出来ってどう?」

「最低限は網羅してるかな」

そか。羨ましい。

「ユキちゃんの方はイマイチなの?」

うーん、必要な時間が読めない業務が多いのよね

。「逆算して考え、時間をこちらで決めてクオリティーはそこまでのベストで進めるしかないだろうね」

そうね、そうするしかないわ、ありがと。


 今日は東街区のハイスクールに一人出張って打ち合わせだった。音楽とか演劇関係の進行の事前相談はVR会議よりも、直接出演者と雑談した方が早い。打ち合わせは順調に進み、思ったより早く終わったので東街区の実行委員会室に顔を出す。サキが難しい顔をして予算とにらめっこをしていた。

「予算足りそう?」

「寄付をもう少し募れば」

私は、長机の隅を借りて、少し仕事をさせてもらう。

 実行委員会室は生徒会室も兼ねていて、人の出入りが激しい。活気はあるけど集中できないな。そんなことを思っていたときに、サキから提案があった「喫茶店でも行く?」

おお、いいね。

「東では私がおごるよ」

サキは太っ腹だねえ。

ということで、実行委員会室から我々は退散して、東街区の喫茶店に向かった。

 その喫茶店は、祖父と一緒によく来た場所だ。壁に古い木材を使っており、落ち着いた雰囲気はずっと変わらない。懐かしいな。

「私はココアね」

あれ?ユキ、今日はコーヒーじゃないんだ。

うん、気分を変えたくて。Home Coming Day関連の雑談が続いた後、サキがドーナツを食べながら急に聞いてきた。

「ユキ?」

なあに。

「いつもユキと一緒に東街区に来る男子は、ユキの彼氏だよね?」

飲んでいたココアでむせそうになる。違うよ。

「えー、メッチャ仲良しじゃん。もう夫婦というか」

からかわないで。面倒臭いのでちゃんと説明するとだな、ユーリは私の同学年の従兄弟なの。私、叔父さん、つまりユーリのお父さんに引き取られいて一緒に住んでる、それだけ。

「えー、そうなの?!ふーん」

サキは全く納得していないそぶりである。なによ。


 Home Coming Dayまで、あと二日。学校全体が高揚感に包まれ始める。放課後、講堂でのバンドや合唱隊の最終リハーサルに付き合うことになった。私はタイムキーパー役である。演奏時間が延びるグループが結構多い。こりゃあ、当日は巻かないとまずいな。照明と音声のリーダーをユーリが担当する。ヘッドセットをしてバンドのメンバーとステージ上で打ち合わせをするユーリは、なんだか裏方っぽさが板に付いていて格好いいなって、私、なに考えてるの。

 「ユキちゃん、このバンド、一曲多く演奏する時間ある?5分くらいの曲なんだけど」

ユーリが、ヘッドセットを通じて連絡してきた。無理、ただでさえ押してる。「そうか、残念。じゃあ最後のリハね」

ユーリが小走りで音声や照明の調整室に戻り、照明が暗転、イントロが始まる。昔のハードロックと呼ばれるジャンルのコピーバンドであった。ステージに照明が当たる。エレキギターの歪んだ音色がステージ上から心地よく響く。うん、これはなかなか新鮮で良いわね。恋の歌だ。「お前のことを想うと、頭がおかしくなりそうだ」という意味の歌詞が繰り返される。ああ、私も頭がおかしくなりそうだわって、抑えろ、私。


 前日は、準備のために授業はすべてお休み、各学校から次々に荷物が搬入される。私も大忙しであった。模擬店のためのテントが張られ、お祭りらしい雰囲気が次第に高まってくる。普段授業が行われている教室も、様々に模様替えされていく。ハイスクールだとジュニアハイスクールの時より盛り上がるわね。

 夕方になって前夜祭が街路に設けられたステージで開催された。最初にチェン委員長が珍しく分かり易い挨拶をバシッと決めて、やんやの喝采を浴びる。おお、チェン先輩頑張った。続いて先生から注意事項。はあい。実行委員会からの連絡事項が伝えられ、最後に北街区にあるハイスクールのダンスグループと、南街区のバンドのコラボ、おお、結構格好いい!大喝采の中、前夜祭が終了した。さあ、いよいよ明日から本番ね。


 初日が無事に過ぎ、Home Coming Day 2日目の午後、科学教室を使って催されていた人形劇の会場には、お客さんが20人くらい入っていた。親子連れが多い。現在の出し物は、東街区ジュニアハイスクールの第二学年の女子が演じている。悪者役のオオカミがステージに登場したが、可愛らしい声なのであまり悪そうに見えない。ユキがその様子を見て、つい微笑してしまったときに、一人の男子学生が教室に入ってきた。見かけない顔、制服は南街区のハイスクールのものだった。辺りをキョロキョロと見回す。ユキはなんとはなしに胸騒ぎを覚えた、なんかイヤな感じ。無意識にポケットの中の携帯デバイスを握りしめた。

ステージ上でオオカミがウサギ達に、言うこと聞かなければ食べてしまうぞ、と脅かしたその瞬間、その男子学生が席を立ち上がって叫んだ、全部作り物だ、俺たちは騙されているんだ。そして果物ナイフを頭上に振りかざしながら、ステージ前に進み出た。観客は凍りついた。これはヤバイ、ユキは思った。握っていた携帯デバイスでユーリにメッセする。今、科学教室 ナイフ男 助けて。男子学生は、落ち着き無くステージ前を行ったり来たりしながら、大声で再び言った。騙されているんだ、ケンタウリには誰も辿り着けない、みんなこの船に閉じ込められたまま死ぬんだ、そして最前列に座っていた小さな男の子にナイフを向けて叫んだ、お前も死ぬんだ。

 観客の中から小さく悲鳴が上がった。その悲鳴を聞いて男子学生がさらに興奮して大声を出す。船を地球に戻せ、そうしないとお前ら全員殺して俺も死ぬ。


 ユキは決心した。おじいちゃん、私のことを助けてね。ユキは立ち上がって、静かに呼び掛けた。

「私は死にたくないわ」

男子学生の動きが止まり、視線がユキの方に向けられる。ユキは教室の後方へ後ずさりをした。男子学生は、ナイフを持った手を下げ、こちらを興味深そうに見ている。親子連れが何組か慌てて教室の後方ドアから逃げ出す。注意を引き付けて、時間を稼いでみんなを逃がそう。

「私だって怖いわ、でも仕方ないじゃない」

ユキは努めてゆっくり言った。男子学生がステージ前からユキの方に近づいてくる。なんか言わなくちゃ。

「あなたは第何学年?」

男子学生は動きを止めた。質問されたことが意外だったのだろう。男子学生は、答えた。

「第六学年だよ、それがどうした?

」ほとんどの観客が教室から脱出した。残りはユキを含めて3、4人か。ステージの後ろに座り込んで泣いている子が複数いる。ユキは言った。

「正直に言って、私だって船の上の生活だけして死ぬのは不本意だわ。でもしょうがないじゃない、そういう運命なんだから」

運命か、男子学生は静かにつぶやいた、そうだな、運命だな。じゃあその運命を変えればいい。

「どうやるのよ」

ユキは尋ねた。男子学生に意識を集中させる、もう少しの辛抱だ

。「船を止めて、また戻るんだよ、地球に」

男子学生はそう言って、ユキの方に再び近づいてくる。

「そんなこと、できっこないじゃない、第六学年ならあなただって習って知ってるでしょ」ユキは部屋の隅にじわじわと追い詰められながら、なおも質問をする、相手の注意を逸らすんだ、「あなた南街区の人でしょ?」

そうだが、それがどうした?

「この前、連敗しちゃったわ」

男子学生の動きが止まる、なにを言われたか理解できなくて戸惑ったのだろう。ユキは頭を抱えてしゃがみこんで、大声を出した。

「ユーリ、今よ」

 男子学生が振り返るより早く、ユーリが大きな網を男子学生の上にかけて、壁際に突き飛ばす。ナイフが落ちる。ユーリはナイフを遠くに蹴り飛ばして、倒れて網の中でもがく男子学生の上に馬乗りになる。その直後に何人もの警察官が部屋に飛び込んできた。


 私に構わず、Home Coming Dayを続けて下さい、お願いします。ユキは集まって来た教職員達に懇願した。私、全然平気ですから。みんな一生懸命練習してたし、楽しみにしてたし。だから続けて下さい、大丈夫ですから。ユーリがずっと私の肩を抱いてくれている。温かい。震えがだいぶ止まってきた、もう大丈夫。「それより時間だわ、講堂のタイムキーパーしなくちゃ」ユキちゃんは休まなきゃダメだよ、ユーリが優しく頭を撫でてくれる。でも。「サキちゃんに頼もう。予算係は当日ひまなはずだから」そうね、予算係は今日はひまなはずよね。緊張が解けてなんだか眠い。

「ユーリ?」

「なあに、ユキちゃん?」

「あのね」

私は気を失った。


 気付くと病院のベッドの上だった。

「やっと気がついたね、良かった

」ユーリが心配そうに顔を覗き込む。うん、大丈夫。そしてユーリの手を握りしめていることに気がついた。あ、ごめん。

「ずっと私、ユーリの手を握ってたの?」

ああ。

「ごめん」

手を離そうとしたら、逆にぎゅっと握り返してくれた。全然良いよ、それより気分はどう?なんか夢見てたみたい。そか。私は言った。

「おなか空いた」

大きな声でユーリが笑って、私も釣られて笑った。笑いながら私は思った。ユーリがいれば、それでいい。船の中で生まれて、そのまま死ぬ運命だとしても、ユーリの側にいられれば、私はそれで十分。

「ユーリ?」

「ん?」

「ありがと。それからね、大好き!」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ハードSFでもないし、ラブコメでもないし、

結局ほんわかした話になってしまいましたw

この1週間くらい、ぽちぽちと連載していきますので、

おヒマでしたら是非お付き合いください!



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