理想郷
9話
右足は酷く傷つけられ、焼かれていた。石の追い剥ぎの顔が現れた。
「何も気付いていなかったのか?」
サウロは驚いた。
「何故、脚が?一体どういう事だ?」
石の追い剥ぎが悲しそうに言った。
「お前が寝ている間、お前の剣を奪おうとする輩がいた。その輩が大きな石のさでお前を殴り殺そうとしたのだが、そこときお前はさっと避けた。だが、避けきれず、石はお前の片足を砕いてしまった。輩の動きに気付いていた私達が来たところ、その輩は去って行った。お前は気を失っていた。出血も酷かった。私は粉々に砕け散ったお前の右脚を火で焼いた。お前はうめき声をあげていたのでまだ死んでいないとわかった。これも何かの縁、何故かお前を助けたくなってな。お前はそのまま気を失っていたよ。まさか、覚えていないとは思わなかったがな。もしかしたらお前の心が身を守るために心を閉ざしたのかもしれんな。なあに、安心せい。その剣は大事にならぬよう、布に包んでおいた。」
サウロは悲しさと嬉しさの混じった声で応えた。
「そんなことが、私は全く何も気付きませんでした。剣を守ろうと私の心というか、魂が勝手に身体を動かしたのかもしれません。命があるのは幸いです。そのことを喜ぶべきなのでしょう。しかし、右脚をほぼ失ってしまった。どうすれば良い?」
石の追い剥ぎが答えた。
「なあに、あんずることはない。お前も人の命を知る旅に出ていたのではないか?私はそうなのだ。私は太陽と砂の国の王子だった。しかし、いざ、王の座を得ようとする寸前、王の座を奪われた。そして、人の命を見極める旅に出た。いまはここで追い剥ぎとして落ち着いた。人の命とは何かをお前も学ぶことが出来るかもしれない。お前はまだ若そうだがな。」
サウロが応じた。
「私は西の果ての国の一族の長の息子でした。しかし、我が一族は飢え、新しい理想郷をみつけるための旅をしていました。そこを野党どもに襲われ、一族は散り散りばらばら、ポリス集う国の奴隷として、連れて行かれました。いままで一族の長だった暮らしがいきなり奴隷となり、奴隷の生活に身も心も生きるということを忘れてしまいました。あなたは生きるということが何なのかおわかりなのですか?」
石の追い剥ぎは顔をしかめながら言った。
「生きるということ、それは答えがないように思える。しかし、人というものはここで暮らしていて見えてきたことが幾つもある。どうだ、お前も脚がない。奴隷にもなれぬであろう。ここで人の命というものを見極めてみては如何かな?ふふふ、その剣は何か特別な力がありそうだがあえて聞くまい。」
サウロは神妙な面持ちで応えた。
「そうですねを私は当分ここに居ることにします。ここで人の命について考えてみたいと思います。」
石の追い剥ぎは応えた。
「うむ。そうか、そうか、そうするが良い。歓迎するよ。先ずは言葉から学ぼうか?」