心臓を求めて
7話
サウロはその間に見張り台の上に駆け上った。サウロは戦士の奴隷と狭い見張り台の上で向かい合った。サウロは腰の帯に秘剣を挟んでいる。見張りの高級奴隷は腰に青銅の剣を携えていた。
刹那の間、互いに対峙し、お互いに剣を交えた。サウロの入っている西の酉の肉体は思うより強く、サウロの剣さばきも上手だった。一太刀目で力押しし、戦士の奴隷がよろめいた。そのままひるんだ戦士の奴隷の心臓に秘剣を突いた。剣は戦士の奴隷の鎧をゆるりと貫き、心臓を貫いた。まるで、秘剣が心臓を求めているかのようだ。
西の酉の姿をしたものは倒れた。そのままバランスを失って、見張り台から落ちていった。
いま戦士の奴隷にサウロは入っている。戦士の奴隷改め、サウロは倒れ掛けたが、直ぐに立て直し、見張り台から落ち掛けた秘剣を拾った。
見張り台の下にはわらわらと人が集まっている。
叫びが聞こえた。
「西の酉だー。西の酉が倒れているぞー!捕らえろ!」
戦士の奴隷に入っているサウロは考えた。私が探されているのか。それともこの秘剣が探されているのか。
どちらにせよこの秘剣を持っている限り、難は続きそうだ。しかし、手放したくない。
サウロは灯火をみた。灯火はどろどろした油の壺から紐が伸びてとめられていた。サウロは紐を壺から取り出そうとした。幸いなことにサウロにはまだ視線は集まっていない。
サウロは剣で紐をバラバラにし、火をそれぞれに移し、油で重くなった紐をそこら中に放り投げた。
人々は戦士の奴隷の動きに気付いた。しかし、遅かった。火が幾つか燃え広がり、火事が起こった。
火事で市民はパニックになった。門に押し寄せる市民達、火を消そうとする市民達。
押し寄せる人々の力で門は開いた。サウロは見張り台から降り、人の流れに溶け込んだ。逃げる人々の流れに身を任せ、門を通り抜けた。人々はパニックになっている。戦士の奴隷の中に入ったサウロの姿を気にとめる者はいない。人々はポリスの柵の外側に群れて、ポリスの様子をみていた。ポリスの火はなかなか鎮火しそうにない。一人の貴族が苦しそうに言った。
「駄目だ。私の屋敷は燃えてしまった。どうすれば良いんだ。」
別の貴族が支える奴隷に命じた。
「くっ、私は中のポリスに行くぞ。中のポリスまでなら丸三日歩けばたどり着く。」
市民達の一部は中のポリスに向かって歩きだした。市民達は貴族とそれに連なる高級奴隷、そして下級奴隷も混じって歩いた。サウロもその列に混ざって歩いた。
日が沈む。夕日に向かって市民達は歩いていた。月が後ろに登ってきた。市民達は夜の間、休息を取ることにした。
市民達が休息を取るあいだ。サウロは一人、抜け出した。そして、昇る月の反対に向かって歩いた。月と反対向きに歩けば、中のポリスとやらにたどり着くはず。幾時も歩いた。月は真上にあった。サウロは星の形を覚えてきた。白銀に輝く星とそれに連なる星々を目指して歩いた。
星が消える。太陽がまた昇ろうとしていた。サウロの足は速かった。太陽の昇るところにうっすらと巨大なポリスの影が見えてきた。サウロはポリスの境までたどり着こうとしていた。
中のポリスは柵に囲まれていない。丘の上に神殿があり、そこから囲うように幾つもの建物が放射状に連なっていた。
ポリスの境には追い剥ぎが何十人も居た。サウロは何人もの荒々しい追い剥ぎたちに囲まれた。
(第一章─完)