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5.今夜はお楽しみですか?

 


「せ、聖者様! 私が淹れたお茶、お口に合いますでしょうか!?」

「うん、美味しいよ。ありがとうリコリー」

「き、恐縮です……」

「リコリー、どうしたの? 顔、真っ赤だよ?」



 * * *



「さ、おまちどおさま聖者様! 酒場マンタムの看板メニュー、キメラのステーキだ! 食べてくれ!」

「……」

「あれ、どうしたの聖者様? キメラ、好きじゃない?」

(俺がパーティを追い出されるきっかけになったキメラが、ここでは看板メニューのステーキか……しかも美味い……)



 * * *



「どうですか聖者様! うちの秘蔵のワイン、美味しいでしょう!」

「え、ええ。香りが芳醇で……少し強めですが……」

「おいしーい!」

「アンタ、これ魔族用じゃないか! 人間の聖者様にはキツすぎるって!」



 * * *



「……はああ。やっと落ち着いた……」

「もみくちゃでしたねー。さすが聖者様です!」


 デラスを治癒した一件から、俺はタエリアの里の人々にすっかり聖者として認められていた。

 おかげでいくつもの民家に引っ張りだこで、お茶からワイン、料理、焼き菓子、作っている野菜など、いろんなものをご馳走になってしまった。


「もうお腹もパンパンだよ……」

「あはは! おひるごはん代わりになっちゃいましたね♪」


 解放される頃にはすでに昼も回り、頭上の太陽は落ち始めているところだった。

 今はレティの案内で、俺がこれから住むことになる家に向かっている。


「そうだ。俺、聖者様ってことになってるみたいだけど、具体的にどんなことをすればいいんだ?」


 道すがら、隣をぴょこぴょこ歩くレティに訊いてみる。


「なんか、聖者様がいないせいでいろんな問題が……とか言ってたけど。俺、それを全部解決できる気なんてしてないんだけど……」

「ご安心ください! このレティ、リント様のことをしっかりサポートいたしますので!」


 胸をドンと叩いて高らかに宣言するレティ。

 自信満々なのはいいけど、答えになってない気がする。


「聖者様のお仕事は、基本的には里のみんなのお悩み解決みたいな感じです。最初に会った時の私やさっきのデラスみたいに、怪我をしている人がいたら治していただければ!」

「ああ、それくらいならできそうだ」


 元々、どこか落ち着いた町の教会で神父としてのんびり過ごそうと思っていた矢先だったからな。

 相手が人間か魔族かの違いしかないし、その違いすら、人間に追い出された今の俺には些細なものだ。

 この里の魔族のみんなは、俺に対してめちゃくちゃフレンドリーだし。


「土壌問題とか、外敵問題とかは……うん、きっと大丈夫! だって聖者様が来てくださったんだもの! ぜったい良くなります!」


 無根拠に断言するレティに、俺は乾いた笑いを返すしかない。

 俺にどこまでできるかは分からないが、せめて農作業の手伝いとか、それくらいはやらせてもらおう……。


「――ちょっと、レティ! 一緒にいるのは、もしかして噂の聖者様かい?」

「おばさん! そうそう、私たちの聖者様です!」

「ど、どうも。リントです」


 近くの商店からの呼びかけに、俺は会釈で答える。

 というか、既に噂になっているのか……。


 出てきたのは、ふさふさな毛をもつふくよかな女性だった。

 何らかの種族の獣人だろうか。ともあれ、彼女はどこか焦った様子で俺に縋りついてきた。


「実はさっき、旦那がぎっくり腰をやっちまってね! 聖者様、なんとかならないかい!?」


 ぎっくり腰か……! 歳を食ってくるとやってしまうこともあるだろう。俺も気を付けなければならない。

 それはそれとして、なんとかならないか、か。

 さすがに旅の最中にぎっくち腰の対処をさせられた経験はない。治癒魔法でどうにかなるものなのか……!?


「とりあえず、やってみます。ご主人を診せてください」


 店に上げてもらうと、入ってすぐの床に、夫人と同じ種族だろう獣人の男性が寝そべっている。

 苦悶の声を上げ、表情も辛そうに歪めていた。


「アンタ、聖者様に来てもらったからね!」

「せ、聖者様……!? すいやせん、こんなお見苦しい姿で……」

「お気になさらず。治せるかは分かりませんが、努力してみます」

「またまた、謙遜しちゃって聖者様! あのデラスの傷をたちどころに治したってんですから、ぎっくり腰くらい軽いもんですよ!」


 本当に、ガッツリ噂が広がっているみたいだ。

 小さい隠れ里だというし、聖者様というのは彼らにとってもビッグニュースだろうから、仕方のない面はある。

 過度な期待はどこかむず痒い感じもするが、隣で「がんばってください!」と応援しているレティのこともあるし、まあ、やるしかない。


「では失礼して……治癒ヒール!」


 パアァ、と淡い光が主人の腰を包む。

 主人はハッと表情を変え、すぐさま立ち上がる。どうやらちゃんと治せたようだ。

 一安心……したのも束の間。


「お、おおおっ!? なんだこれは? 腰が治った……だけじゃなく、身体が軽い! まるで若い頃のようだ!」


 大声で捲し立てながら、主人はその場で跳びはねたり大きくストレッチしたりする。

 ついさっきまでぎっくり腰だったとは思えない動きにおかみさんはハラハラした様子で、


「お、おいアンタ、そんなに動いて大丈夫なのかい?」

「ああ、へっちゃらよう! 今夜は久しぶりにお前を満足させられそうだぜ!」

「ふわっ!?」


 主人のジョークに、隣で見ていたレティが顔を真っ赤にする。

 俺も非常に気まずい感じになる。頼むから、年頃の娘さんの前でそういうのは慎んでほしいものだ。


「これが聖者様の御加護ッてか! ありがとうな聖者様! うちの店のものでよければなんでも持ってってくれ!」

「い、いや、俺はそんな大したことはしてないです」

「ハハハハハ! 人間まで出来てるとは、さすがは聖者様だぜ!」


 快活に笑いながら、近くの棚に陳列されていた薬瓶を握らせてくる。

 中には深緑色の怪しげな液体が揺れている。


「これは俺の自信作、ヘルマムシのドリンクだ。飲み干せば一瞬であちこち超元気になって朝まで何度も……」

「もう! もぉーーうっ!!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたようで、レティが俺の手を掴んで店の出口へ引っ張っていく。

 やっぱりこういう話はレティには刺激が強すぎたようだ。

 店を出る直前、おかみさんに頭を叩かれている主人が見えた。




 * * *




「まったく……オジサンって、どうしてああいう話題が好きなんでしょうね!」

「えっと……め、面目ない」

「あっ! 聖者様のことを言ったんじゃないです! 聖者様はその……す、素敵ですよ!」


 店を出た後も、レティは頬に朱を残してご機嫌斜めだった。

 ここは話題を変えなければ。


「しかし……治癒とか、今みたいなお悩み相談ならいいけどさ。人生相談とかされたら、困ってしまうな……」

「そうなんですか?」

「ああ。なにせ、ほとんどの時間を修行と旅で費やしてきたから、人生経験が偏ってるんだよね……」


 勇者パーティ入りせずに教会に残っていたら、今頃は王都の民の懺悔を聞く相談役になっていたかもしれないが。

 戦いの日々にあっては、そんな豊かな人生経験を育む機会など皆無だった。


 思い返せばなんとも灰色の日々だった。

 これまでの人生よりも今日一日の方が、よほど彩りに溢れているとすら言える。


「……じゃあ、恋愛経験とかも?」


 ぶはっ、と思い切り咽てしまう。

 せっかく話題を変えようとした俺の努力を、他ならぬレティが無に帰してきた。

 一体どういう風の吹き回しかとレティを窺えば、赤い顔のまま、真剣そうな表情で俺をじっと見ていたので、


「……ない」


 と、こちらも正直な答えを返してしまう。

 たった二文字に、苦々しい感情がこれでもかと詰まってしまった気がする。


 だって……だって、仕方ないだろう!?

 一番身近な女性といえば勇者レジーナだけど、恋愛関係になるような相手じゃない。

 確かに美人ではあったものの、無感情に淡々と魔物を倒す姿は正直言って恐ろしさを感じる時もあった。


 どこかの街に訪れた時も、そこの娼館に繰り出すという選択肢はあった。

 だが、神に仕える敬虔なる神官として、そういうことはしてはいけないと自分を律していた。

 思えばつまらないプライドだったかもしれない。タイラーなんかは頻繁に入り浸っていたらしいし。


「へえー。そうなんだ……ふぅん……えへへ♪」


 俺の返事に、レティは意味深な含み笑いを漏らしている。

 なんだなんだ。ニコニコと身体を揺らして、ずいぶん上機嫌じゃないか。

 聖者様が三十路で恋愛経験ゼロの童貞なことが、そんなに面白いのか……?

 そう思うと、すごく情けない気持ちになってきた。


「……あ、着きましたよ! こちらが、聖者様のおうちです!」


 レティが手を向けた先には、大きな家がどっかりと鎮座していた。

 一人で住むには少し持て余しそうな、周囲に隣家のない一軒家だ。


 扉を開けるレティに続いて中に入れば、最低限の家具がそろったシンプルな内装が広がっている。

 空き家の割には家具に埃が被っているなんてことはなく、掃除が行き届いているように見えた。


「ほぉー。綺麗なもんだなあ。最近まで誰か住んでたのか?」

「えへへ、ありがとうございます! 最近というか、今も住んでますよ!」

「えっ」


 台所から飲み物入ったカップを両手に持ってきたレティの言葉に、俺は固まった。

 嫌な……嫌ではないかもしれないが……予感がした。


「私です」


 カップを片方差し出しながら、レティは未だ赤さの残る笑顔で、言い放った。

 私です。つまり、この家に住んでいるのは私=レティ。

 そして、俺の家でもある。


 すなわち、今日からこの家の住人は――!?


「改めて……これからよろしくお願いしますね、聖者様っ♪」


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