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3.魔族の里「タエリア」

 


「こっちです! こっちですよ、聖者様!」

「だから俺は聖者じゃな……うわっ、そんなに引っ張るなって!」


 グイグイと力強く手を引かれながら、俺は森の中を進んでいた。

 前方やや下方、頭一個分低いところに、金の髪が揺れている。

 両サイドから伸びる黒灰色の角は、彼女が魔族であることの証に他ならない。


「もうすぐ里に着きますからね!」

「レティ、話を聞いてくれ~~っ!」


 先導する魔族の少女、レティとの、しばらく前のやり取りに遡る。




 * * *




「聖者様! とうとう現れてくださったんですね!?」

「ちょっ、ちょっとちょっと!」


 茫然としてこちらを見ていた魔族の少女が、目を輝かせて詰め寄ってくる。

 彼女の足を治癒した俺の手をガシッと掴み、力強く握り締める。

 掌から伝わってくる熱が、あまりにも久しぶりに感じるものだったので、思わず背筋が伸びてしまう。


「レティは信じておりました……! 我がタエリアの里にも、いつか必ず聖者様が訪れてくださると……!」

「だから、なんなんだよ、その聖者って!」


 夢中でまくしたてていた少女が、ぴたりと止まる。

 コホン、咳払い一つ。落ち着きを取り戻し、胸に手を添え語りだす。


「これは失礼しました。まずは自己紹介をば……魔族の里『タエリア』の民、レティと申します」

「こ、これはご丁寧に……神官の、ああー、元神官の、リントです」

「元?」

「いろいろあってな……」


 魔族の少女レティは首を傾げたが、俺が言葉を濁したのを見て取り、それ以上の追及は控えるようだった。


「で、ですね。我が里は、古の聖竜『ホーリードラゴン』様の庇護下にあると伝わっております。ホーリードラゴン様の祝福を受けた聖者様が里を治め、豊穣と繁栄をもたらしてくださるのです」

「それはすごいな……」


 俺たち神官が奉るところの神が、彼女たちにとってのホーリードラゴンとやらなのだろう。

 信仰の大事さは、さすがによく分かっているつもりだ。


「ですが、先代の聖者様がお亡くなりになってから、タエリアの里には長く聖者様が現れになりませんでした。そのため田畑は荒れ、病が流行り、敵対する魔物の侵攻も盛んになっていて……」


 レティは涙を滲ませながら、現在の里の悲惨さを訴える。

 彼女の語る里の現状の、すべてが聖者がいないせいではないかもしれないが、暮らす人々が不安さを抱えているのは事実だろう。

 悪いことは連鎖しやすい。不安と不幸の積み重ねで、今の里の悪環境が作り上げられていることが想像できた。


「事情はなんとなく分かったけど、どうして俺が聖者ってことになるんだ……?」

「はい! 占いで出たのです……『次なる聖者様がお出でになる。彼の者は、内と外、貴と賤、人と魔、あらゆる境界を越えし者なり』と」

「……つまり?」

「人間でありながら、魔族である私を助けてくれた、リント様! 貴方こそ、私たちを救ってくださる聖者様に違いありません!!」


 そう叫ぶや否や、レティは俺の手を握ったまますくっと立ち上がる。つられて俺も立ち上がる。

 大きな瞳を爛々と輝かせ、とびっきりの笑顔を浮かべている。


「ささ! こんな森の中で話し込んでいるのもなんですから、タエリアの里に招待したします! お屋敷で、里一番のお茶をお召し上がりください!」

「い、いや、俺は迷い込んだだけで聖者では……」

「れっつごー!」

「う、おおわあっ!」


 さっきまで罠にかかって倒れていたとは思えない元気さで、レティは俺を引っ張って走り出す。

 十歳以上若いだろう女の子に引っ張られて抵抗できない自分のレベルの低さに悲しくなりながら、そのままついていくことしかできなかった。




 * * *




「――着きましたよっ! ようこそ、タエリアの里へ!」


 歩き続けること一時間くらいで、ようやく魔物の里に到着した。

 おそらく、人間の冒険者や敵対する魔物から見つからないようにするためだろう、何度も曲がったり丘を上り下りしたりと、かなり複雑な道のりを進まされた。

 おかげですでに汗だくのヘトヘトだ。これでも勇者パーティの一員として戦い、それなりの体力はあるつもりだったんだがな……。


 大きな石柱で作られた門の向こうには、のどかな田園風景が広がっている。

 そこで働くのは、レティのように角を生やしたり、獣じみた耳や尻尾を生やした魔族の人々。

 魔物や魔族に抱いていた「敵」としての野蛮なイメージとは裏腹な、実に牧歌的な雰囲気だった。


「ではさっそく、族長のお屋敷にお連れしますね!」

「うわ、ちょっと!」


 さっきまでと同様、抗えない力でぐいぐい引っ張られていく。

 この力強さは、やはりこの子が魔族だからなのだろうか? それも、上位種族の?

 あるいは、ステータス適性が前衛系なのかもしれない。

 後衛職で、レベルが頭打ちになっているとはいえ、大人の男である俺が普通の女の子に力で負けているとは思いたくなかった。


「族長のお屋敷は、この道をまっすぐ進んだところにあるんですよー」

「……」


 俺の手を引いたまま、上機嫌で語るレティ。

 その後ろで俺は、なんとも居心地の悪さを感じていた。


 というのも、それまで農作業に従事していた住人たちが、みんな奇異の眼でこちらを見ている。

 まあ、気持ちはわかる。魔族の里に、場違いにも人間がいるんだ。

 そりゃ注目せずにはいられまい。逆の立場なら、俺だってつい見てしまうだろう。


「なあ……やっぱり、まずいんじゃないか? 人間の俺を魔族の里に入れるのは……」

「でも、聖者様ですから! 大丈夫、みんなも分かってくれます!」


 エッヘンと、お世辞にも豊かとは言い難い胸を張って、レティは断言する。

 そうだろうか、と不安な気持ちになるが、彼女としては里のためを思って、良かれと思っての行動なのだろう。

 そう思うと、無理に引き剥がすのも忍びなくなってしまう。いや、パワー差的に無理にもできなそうなんだけれども。


 やがて、歩き続けていたレティの足がぴたっと止まる。


「ここです! こちらが、タエリアの里の族長・バーグ様のお屋敷です!」


 その言葉に俯かせていた顔を上げると、目の前に、木造の大きな屋敷が鎮座している。

 里を歩く中で見かけたどの家よりも大きい。

 かといって、王都の裕福層が住まう邸宅ほどの大きさではないのが、隠れ里の規模を俺に分からせた。

 まあ、都会の喧騒を離れて隠居生活をするには、このくらいの規模の里がしっくりくるのかもしれないが。


「族長、失礼します!」


 扉を開けて、屋敷につかつか入っていくレティ。

 いいのだろうか、と思いつつ、手を引っ張られている俺もそのまま入ることになる。


 扉から入ってすぐの居間に、その女性はいた。

 薄褐色の肌。長くピンと伸びた耳に、知性を感じさせる鋭い瞳。すれ違ったなら、誰でも一度は振り返ってしまうような美貌。

 旅の中でも何度か見た、メジャー種族。ダークエルフの女性だろう。


 エルフの種族は魔族の中でも長命で知られる種族だ。

 見た目には二十代半ばに見えるこの女性も実際にはかなりの年月を生きているのだろうし、だからこそ族長の座についているのだろう。

 その族長は、暖炉の火に当たりながら、書物を読んでいたようだった。


「ん……おお、レティじゃないか。昨日仕掛けたウサギ獲りの罠の成果はどうだった?」

「えっとえっと……へへへ」


 族長の言葉をレティは笑ってごまかす。

 ウサギ獲りの罠……って、もしかしてあのベアトラップのことだろうか。

 もしそうなら、この子は自分が仕掛けた罠に引っかかって倒れていたことにならないか?


「なあ、レティ。ひょっとして」

「聖者様! しーっ! しーっですからね!」


 慌てた様子で人差し指を口元に当ててわめく。

 図星のようだ。

 ……薄々思っていたことだったが、レティってもしかして頭があまり……いや、これ以上はよそう。彼女の名誉のために。


「うむ? レティ、今その者を、聖者様と呼んだね?」

「あっ。そう、そうなんですよ! 聖者様をお連れしました! ね、リント様!」

「うわっ、おい」

「……ふむ」


 レティに背を押され、族長の前に出される。

 俺が何かを言うよりも早く、族長バーグは俺の肩に手を置いて、瞳をじっと見つめてくる。

 なんというか、その、顔が近い。


「えっと、族長さん……?」

「顔を逸らさないでくれるかな? 少し、見させてもらうよ」


 そう言われてしまうと、じっと我慢する他なくなる。

 こちらの全て見透かすような、鋭い視線に射抜かれる。

 俺は敬虔な神官であったから、美人の女性にこんな至近距離で見つめられた機会など当然なく、まったくもって落ち着かない。


「……なるほどね」


 何かを理解したかのように頷いて、バーグは真剣な表情をふっと崩す。


「過酷な旅と、仲間からの裏切り。そんな荒涼の中でも、心には一点の陰りもなく、優しい光を保ち続けている。いい魂だ」


 その言葉で、心が軽くなった心地がした。

 これまでの俺の人生。彼女の言うように、荒涼と表現すべき、つまらないものだったんだろう。

 それを、分かってくれた。労ってくれた。慈しんでくれた――


 これまでの俺の頑張りを、誰かの役に立ちたいという思いを、肯定された。

 それだけで、俺は。

 いい年して、泣きたいような気持ちになっていた。


「聖者様かはともかく……行くところがないんだろう? なら、こんな魔物の里で良ければ、腰を落ち着けてみちゃどうかな?」

「……宜しく、お願いします」


 深く、深く。俺は頷いた。


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