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2.捨てる神あれば拾う魔族あり

 

 翌朝。

 俺は朝早くに宿を出て、この街の教会に向かった。


 魔族領に程近いこの街は、強固な防壁と上質な施設の数々を持つ、有数の都市だ。

 店で売っている武器や防具のランクも高く、宿の質も上等。

 そして、大きな教会もある。

 勇者パーティをクビになった俺の、これからの職場になるだろう。


 俺は昨日のレジーナとの会話を思い出す。


「……でも、レジーナ。俺が抜けて、パーティはどうなるんだ?」

「リントの代わりの回復役は、この街の教会の人に入ってもらう。タイラーとイクスには、その交渉を頼んでおいた」


 嫌な言い方になるが、俺が死んでる間に根回しの相談も万全らしい。

 もちろんそれは歓迎すべきことだ。俺がいなくなった後もパーティは今までよりもうまく回るだろう。

 脱退してまで迷惑をかけていたら、目も当てられないところだった。喜ぶべきなのだ――


「リントには、その子の代わりにここの教会で働けるようにしてもらう。リントが嫌じゃなければ、だけど」

「嫌なもんか。そんなにしてもらって、申し訳ないくらいだよ」

「……そう」


 どこまでも気遣いのできるリーダーだった。

 彼女の厚意を無碍にはできない。


 そうして俺は、まだ仲間たち(元、だが)が起きないうちに、宿を出た。

 すでに別れも済ませてある。


 といっても、それはレジーナだけだ。

 タイラーとイクスは昨日はその教会でのスカウトに出ていて、帰ってきたらすぐに宿の自分の部屋に戻ってしまった。

 あの二人は、お荷物だった俺と別れられてせいせいしてることだろう。ならば、いちいち別れの挨拶などしないほうが彼らのためだ。


 教会への道すがら、開店の準備を始めた商店などを見つつ歩く。

 これから俺はこの街に住むのだ。

 勇者パーティの回復役としてはダメだったが、この街の人々の役には立てればいいな、と、今度こそ思う。




 * * *




「……異端? 異端者だって? 俺が?」


 教会で突きつけられたのは、思いもよらない言葉だった。

 神父は顔も見せず、重く厚い木の扉の向こうからうんざりしたような声を発する。


「昨日、勇者パーティの戦士様が言ってらしたよ。うちのパーティの治療役があまりにも役に立たないもんで調べたら、やつはすでに神の加護を失った異端者だったと。この街で切り捨てるが、やつはこの教会に取り入ろうとしてくるだろう、くれぐれも注意してほしいってね」

「そんな、言いがかりだ!」


 俺は焦って反論する。

 だって、そうだろう。旅立ってから、俺は一日だって祈りを欠かしちゃいない。

 パーティの役に立って、魔王を倒し、人々に安心を。どうか、そのための力を。

 その思いは、頼られていた旅立ちのときから、役立たずになってからも、ずっと変わらないものだった。


「見てもらえればわかる! 頼む、俺は誰かの役に立ちたいんだっ……!」

「そう思うなら、今すぐ街を出て行ってくれ! わ、私たちだって、勇者パーティの戦士様に睨まれたくはないんだ!」


 神父の必死な声に、扉にすがり付いていた俺の手がむなしく離れた。

 結局は、そこなのだ。

 元凶は昨日まで仲間だったはずの戦士タイラーで、神父は自分の教会を守らなければならないだけだ。


 おそらくこれは、タイラーの独断だろう。

 レジーナは高潔な勇者だ。教会に脅しをかけるような、こんな姑息な真似はしない。

 イクスは分からないが、少なくとも、首謀者はタイラーだろう。


 タイラーのやつ……不満があるなら俺に直接来ればいいだろうに。

 やつは戦士で俺は神官。レベル差もある。簡単に一ひねりできるだろうにそれをしないのは、勇者レジーナを恐れてのことだろうか。

 大きな図体の割りに、変にずる賢いところのある男だった。


 さて、こうなっては仕方ない。

 これ以上ここにいても、教会や街の迷惑になるだけだ。


「……分かったよ。邪魔したな」


 一言だけ告げて、俺は教会を去る。

 大通りを抜けて、そのまま街の門からも出る。

 タイラーの策略どおり、俺はまんまと独りになった。




 * * *




「さて。これからどうするかなあ」


 森の中、足を動かしながら、とりとめもなく考える。


 街を出たはいいが、別に目的なんかありゃしない。

 旅に出てから一年以上、魔物との戦いだけが日々の生活だったようにも思う。


 戦い、というのも、思えば二つの意味での戦いだった。

 単純に魔物の戦いがひとつ。

 もうひとつは、強くなっていく仲間たちに振り落とされないようにという、いわば内との戦いだ。


 一日の終わりに宿のベッドや野営の寝袋の中でも、心休まるどころか、どうすればみんなの役に立てるのか、明日には捨てられてしまうのではないかと、気が気でなかった。

 そんな心労の日々からも、開放されたわけだ。


「ああいうのはもう御免だな」


 苦笑がもれる。

 そんな何気ない笑いすらも、久しぶりのことのようで、そのことにまた苦笑してしまう。

 開放感からか、独り言も多くなっている自覚があった。


「ああ。しばらくはのんびりしたいもんだ……」


 肩の荷が下りてみると、なんというか、急に『普通の生活』のようなものが恋しくなってきた。

 俺も三十路だ。普通の生活をしていれば、所帯を持っていてもおかしくない歳である。


 どこか、異端の汚名の届いていない場所で、教会の神父としてのんびり過ごすのはどうだろうか。

 理想を言えば、俺自身の故郷でもある王都が望ましい。

 だが、レジーナやタイラーの故郷でもある。あいつらが見事魔王を討伐した暁には、大手を振って凱旋してくるだろう。


「……そいつは、あまりよくないな」


 そのときに鉢合わせにでもなれば、タイラーには不都合に違いない。

 あいつに気を遣っているのではなく、俺の新生活を邪魔されたくないと言うのが本音だ。

 名残惜しいが、王都は避けるのが無難だろう。


「でも、人間の街である以上、勇者パーティへの信頼は絶大だ……やつの流す悪評から守られる安住の地なんてあるのか……?」


 タイラーの俺への嫌い方は、きっと尋常のものではない。

 敵の攻撃を一番受けるのがタイラーで、それを治す役目が俺だったのだから、役目を果たせなかった俺を恨むのは当然ともいえるが。

 だからって、なあ?


「……あれ?」


 などと、考え事をしながら歩いているうちに。


 右を見る。木。

 左を見る。木。

 前も後ろも、とにかく木。木。木。


「おいおい、マジかよ……」


 俺はいつの間にか、森の中深くに迷い込んでしまったようだった。


 これはまずいかもしれない。なにせ、ここは魔族領と人間領の境目の森だ。

 以前にこの森を探索したときは、パーティを組み、魔法地図(オートマッピング)を確認しながらだったが、今はそれがない。

 今が魔族領側なのか人間領側なのかも定かじゃない。万が一魔物に襲われたら、頼れる仲間のいない、レベルが足りない神官が一匹。


「……ど、どうする!?」


 つぶやけど、当然ながら独り。

 こういう時頼りになるのは、普段なら探索系の技能を修めていた射手のイクスだった。

 確か不測の事態では、俺たちを静かにさせ、じっと耳を澄ましていた……んだったか?


「…………」


 思い出しながら、それを真似してみる。

 なんの技能もないおっさんの俺では、本職ほどには状況をつかめたりはしないだろう。

 それでも、なにもしないよりはマシなはず。祈るような気持ちで、耳を澄ます。



 ……。



 …………。




 …………か、……けて……!




「っ、今、何か聞こえた?」


 かすかに、女性の声のようなものが聞こえた。

 こんな森の中に、女性? 街の人間なら迷い込んだりはしないように思うし、冒険者だろうか?


 冒険者なら事情を説明してパーティに入れてもらい、ひとまず森から抜けさせてもらおう。

 そうと決まれば、声のした方へと急いで駆ける。

 木々の根に躓かないように注意しつつ、魔物がいないかを確認しつつ、全速で。


「誰か、助けてっ……!」


 声もはっきりと聞こえるようになってきた。

 助けを求める声に、俺の足はさらに早まる。

 木々を掻き分け、茂みから顔を出せば、果たしてそこには。


「……ひっ。に、人間……!」


 少女だ。

 十代後半……レジーナと同じくらいの歳だろう。


 肩にかかる金の髪はわずかに乱れ、汗で肌に張り付いている。

 座り込んだ足元、くるぶしの辺りにギザギザ状になった金属の刃が痛々しく食い込んでいる。

 見たことがある。確か、ベアトラップと呼ばれる罠だ。


 そして、特筆すべきは。

 髪の中から伸びる、緩やかな曲線を描く黒灰色の角。

 俺のことを『人間』と呼んで怯えを見せたことからも、分かる。


 人間とよく似た姿を持つ魔物――魔族。

 であるならば、単独でこんな森の深くにいることも納得だ。

 俺はすでに、森の魔族領側に足を踏み入れていたということなのだろう。


 きっと、俺にとっておそらく一番ベターな選択肢は、このまま何も見なかったことにしてくるりと向きを反転、引き返すことだろう。

 魔物や魔族に関わってもろくなことはない、なんてのは、学校で習うまでもなく誰でも知っている常識だ。


 ……それでも。


 今の俺は、きっと、誰でもいいから役に立ちたかったんだろう。

 それがたとえ、魔族の少女であっても。

 それで礼を言われることはない、自己満足だとしても。


「ひっ! こ、こないで……!」

「すまん。ちょっとの間だから、我慢してくれ」


 怯える少女の元へ座り、怪我をした足に魔法を行使する。


治癒ヒール

「……ふわあっ」


 足の傷がたちどころに治り、ベアトラップも外れる。

 治癒の魔法には、その損傷の原因となったものを取り除く効果もあるのだ。

 そういえば、いつもよりも治癒の効果が高かった気がする。気持ちが楽になったためだろうか?


「……」

「ん?」


 晴れて自由になった少女は、そのまま一目散に逃げだす……ことはなく。

 なぜか俺のことを、じっと見ている。


「ど、どうしたんだ?」

「……も、もしかして」


 ゴクリ、と少女の喉が大きく動く。

 期待に満ち満ちた、キラキラとした瞳を大きく開いて。


「もしかして、聖者様ですか!?」


 ……はい???


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