1.神官落としました。
はじまりました。よろしくお願いします。
昔は良かった。
そんな風に考えてしまうのは、間違いなく、今が良くないことだらけだからだろう。
「――オイ、オッサン! 早く治癒しろッ!」
戦闘の最前線にて盾を構え、大型キメラの爪を受け止めている戦士タイラーが叫んだ。
オッサン。
それはつまり、十代後半~二十代前半が大半を占めるパーティ唯一の三十路、俺のことだ。
断っておくが、名前じゃない。俺にはリントという立派な名前がある。
「わ、分かった! いくぞ、治癒!」
呪文を唱える。
光がタイラーを包み、キメラの爪に切り裂かれ血を流していた肌が少しずつ回復していく……が。
「遅ぇんだよ、クソッ!」
悪態をつくタイラー。
その理由は、俺も分かっている。本来、このレベル帯での戦闘ならば、俺の治癒の倍以上の回復力がなければ話にならない。
このパーティの生命線であるはずの神官……つまり俺は、明らかに、お荷物だった。
事実、本来なら射手として攻撃に参加しなければならないイスクが上級ポーションを使ってタイラーの傷を治す。
みるみる塞がる傷。上級とはいえ、治療薬に負ける治療役……それが、俺だった。
そのことを直視すると、自分の居場所がなくなってしまいそうで。
なにかひとつでもパーティの役に立たなくてはと、俺は焦った。
「う、おおおおっ! 毒魔弾!」
突き出した掌から、紫色の液体が放たれる。
神官が持つ唯一の攻撃手段、毒魔法。
役目を増やすべく最近習得した、俺の最後の足掻きだ。
――ジュウッ。
そんな音を立てて、俺の攻撃はキメラの肌を浅く焼き、それだけだった。
キメラの怒りに燃える獰猛な瞳がこちらを向いた。
「バカ、オッサン!!」
「……あっ」
インフレに取り残された後衛職の限界。
猛スピードで迫りくるキメラの牙を、俺はただ眺めていることしかできなかった。
* * *
「今日という今日は、やってくれたなぁオッサン」
「……すまん」
目を覚ました俺を待ち受けていたのは、仲間たちからの非難の視線だった。
「治療役にはならないわ、いらんことして迷惑かけるわ。回復職に落ちられたら、パーティ全員が危険になるんだぞ!?」
「しかも、貴重な蘇生アイテム『リザレクトポーション』まで使わされるとはな」
「レジーナの決定だから従ったが……死体のまま捨てておいても良かったと俺は思ってるんだぜ!」
戦士タイラー、射手イクスから順番に文句を言われた俺は、そのまま、宿の部屋の隅に立っていた少女を見る。
俺たちのパーティのリーダー、当代の勇者・レジーナだ。
流れるような赤い髪を下ろしている少女は、いつもどおりの無感動な眼差しで俺をじっと見ていた。
俺も、なんとか役に立たなければ――そんな気持ちからの行動だったとはいえ、さすがに彼女も呆れかえっていることだろう。
「……タイラー。イクス。少し席を外してほしい」
小さいながらも不思議とはっきり耳に届く声。
勇者の言葉に従い、仲間たち二人は部屋を出て行く。
扉が閉まる間際、タイラーの舌打ちが俺の気分をさらに沈ませた。
「……リント。貴方は、私たちのパーティに多大な貢献をしてくれた」
レジーナが言葉を続ける。
これから何を言われるのか、俺にはうっすらと想像がついていた。
「まだ私たちのレベルが低かったとき。貴方は回復職として、年長者ゆえの高いレベルで、私たちを支えてくれた。今の私たちがあるのも、貴方がいてくれたおかげだと思っている」
そう。そうだったのだ。
昔は良かった――そんな風に考えてしまうのは、確かに昔、俺が頼られていた時期もあったからだ。
旅に出る前。レジーナよりも、タイラーよりも、イクスよりも、俺のレベルは高かった。
王都の教会で一番熱心に修行に励み、次代の新官長も期待されていたほどだった。
だからこそ、聖剣を抜く勇者が現れたときも、王の間に招かれて勇者パーティ入りを頼まれたんだ。
旅の序盤はまさに、俺の活躍の最盛期だった。
レジーナが振るう聖剣の攻撃力は高かったが、戦闘の経験は浅かったため、敵の攻撃には頻繁に晒されていた。
そこで負った怪我を治すのが俺の役目だ。低レベルのうちなら、俺の治癒で全回復させられた。
中盤になって、俺は違和感を覚えていった。
レベルが伸び悩み、他のメンバーに追いつかれる。一度の治癒で、全回復しきれなくなる。
役目の幅を増やすために覚えた防壁結界の魔法も、数度の攻撃で破壊されるようになっていた。
そして、現在。
俺の治癒は敵の攻撃にまるで追いつかず、高い金で買ったり魔物からドロップした治療薬でカバーしなくてはならない。
結界は一撃で割られ、今日苦し紛れで試した攻撃魔法も、魔物のヘイトを買ってしまう始末。
その一撃を、避けられもせず、耐えられもせず。完全に、役立たずだった。
「そんな貴方だから、私も、ちゃんと言わなくちゃいけない」
レジーナが近づいて、俺の目の前にしゃがむ。
床に腰を下ろしていた俺と、ちょうど目が合うように。
「ここから先の戦いに、貴方はついていけない。ここで、パーティを別れよう」
「……」
「今までありがとう」
そんな役立たずな俺を、ここまで辛抱強く使い続けてくれたのは、他ならぬレジーナだ。
捨て置けばいい俺に、貴重なアイテムまで使ってくれた。
これ以上、迷惑はかけられない。
「……ああ」
お荷物のオッサンに、反対などできるはずはなかった。
こうして俺は、勇者パーティから落とされたのだった。