第5話
懐中時計を確認すると、時計の針が午前零時の五分前を指し示していた。
「主よ」
呼びかけに視線を上げれば、三日月が部屋に入ってくるところだった。
そのあとから、自分が呼んだ数名が入ってくる。
その人数は七名…太刀では三日月宗近・鶴丸国永、打刀では和泉守兼定・陸奥守吉行・山姥切国広、脇差では骨喰藤四郎・にっかり青江である。
「皆、揃ったぞ」
「そのようですね」
それぞれの顔を見つめ、礼を述べる。
「みなさん。三日月宗近さんからおおよその話はお聞きかと思います」
七人の視線が己に突き刺さる。
ただ、その瞳に映る感情はそれぞれのようだ。
「まずはこれを見てください」
そう言って、彼らの前に右腕をさらす。
符によって封じられているとはいえ、やはり僅かに瘴気が漏れている。
「そこは確か……」
鶴丸が声を上げた。
「今朝、一緒に風呂に入った時に見た傷があった場所だろ?」
「ええ、そうです」
頷く。
「この傷は約一年ほど前に歴史修正主義者から直接付けられました。今現在では傷自体は残っているものの、痛みはなくなったはずでしたが」
「俺が見た時も、しっかりと傷口は塞がっている感じだったな」
「それがなぜ、そのような状態になっているんだい?」
青江が首を傾げながら問う。
「それがわからないから禊を行うのだろう」
今度は骨喰が、控えめに言った。
山姥切は口を開かず、皆の話をじっと聞いているだけだ。
「まあ、今は議論よりも審神者の話を聞くのが先決だ」
話が逸れ始めたのに気付いた三日月がそう告げ、自分へと視線を向けた。
それに頷いて、再び口を開く。
「今は辛うじて符の力で封じていますが、このままでは皆さんに迷惑をおかけするかと思い、今回、禊を行うこととしました」
「なるほど……」
符の貼り付けられた箇所を食い入るように見つめるのは和泉守だ。
彼には思い至ることがあるのだろう。
その視線から隠すように、そっと袖の中に戻した。
「禊は裏の森奥にある泉で行います」
「主が禊を行っている間、我らはその周囲で瘴気に対する警戒を行う」
言葉を引き継いだ三日月が告げる。
その一言で、部屋の空気が一瞬にして変化した。
大袈裟な、とは言わない。
言っても仕方がないことなのだ。
主である自分が受けた傷。
その傷口から瘴気が漏れている。
それが真実。
「午前五時より禊を行います。みなさん、よろしくお願いします」
「なあ、主」
陸奥守ではなく、和泉守が不意に声を上げた。
「まさかとは思うが……その傷―――」
「その話は後ほどにしましょう」
話を遮る。
自分にしては珍しいことなのだが、これは一年ほど前の話であり、事情を知らない者たちに話す時間が今は足りないのである。
そのため、彼らには詳細を語らず、目の前の大事に集中してほしいと考えている。
話を遮ったためか、幾人かは訝しむような視線を送ってきたが、それは無視を決め込んだ。
「さて」
三日月が口を開いた。
「これから各自仮眠をとり、万事滞りなく事に当たるよう」
それが解散の合図だったようだ。
部屋には三日月、和泉守、陸奥守が残っていた。
二人はわかるが、三日月も残っているとは意外だった。
いや、自分の知らないことが気になるのだろう。
「そういえば、あなたには話したことはありませんでしたね」
椅子に座り、ちらりと視線を三日月へと向ける。
「そうだな。主は俺の事は全て知っていても、自身の事は全く話してくれんからな」
そう言いながら笑うが、目だけは笑っていなかった。
傍らに座る二人は居心地が悪そうに身じろぎする。
「なるほど。あなたは自分だけが仲間外れになるのは寂しいと、そう言うのですね」
まあ、そういうことにしておこう。
そう結論付けた。
「この傷を付けたのは、時間遡行軍を統率する歴史修正主義者です。その者は……私の近しい人でした」
今でもそう告げる時は一番緊張する。
夢であればどれだけよかったことか。
だが、これが現実なのだ。
「それは刀傷だろう。刀で斬られたのか?」
「………ええ」
「なんの躊躇いもなく、じゃったのう」
その時のことを思い出し、苦虫をかみつぶしたような表情をする陸奥守。
「それでも私はもう一度、あの人に会わなければなりません」
ぽつりと呟くように言った。
三人の視線が自身に向けられる。
「会って……なぜこのような事をするのか、問わなければならない、と私は思うのです」
「問いたいっつったてな。あれは主の言うことを素直に聞くと思うか?」
そう言ったのは和泉守だ。
彼も陸奥守と同じく、あの時自分とともにいた。
そして、あの人についても知っている。
だからこその言葉なのだろう。
「それに。どうせ答えたとしても“歴史を変える為にはお前の存在は邪魔だ”としか言わねえだろ」
「その通りじゃな」
珍しく意見が一致したのか、二人が同時に大きく頷いた。
それに苦笑を漏らす。
「まあ、考えても詮無いことだ。今はまず目の前の大事へと目を向けようではないか」
現実へと引き戻す三日月の言葉。
「詳しい話は全て終わってからにした方が、主も心安いだろうしな」
その笑みは氷のようで、背筋に冷たいものが伝い落ちたのはこの際、言わないでおこう――――――