第4話
『そうか』
話を聞き終えた土方が口を閉ざす。
このような事態に初めて遭遇したのだろうか。
いつになく深く考え込んでいるようだった。
そしてしばらくしてから、ようやく言葉が返ってきた。
『わかった。こちらのことは私が何とかする』
「ありがとうございます」
かなり難しい要求だった気がするが、なんとかすると請け負ってくれた。
「ではお伝えした通り、禊は明朝に行います」
『ああ。………だが、この話は念のために信頼のおける刀剣男士にもしておいた方がいいだろうな』
それはもっともである。
自分も一度は考えた。
だが。
『万が一、審神者が不在となった場合を考えれば――――』
「私は」
土方の言葉を遮る。
「………私は、彼らを……刀剣男士たちを信じています。彼らなら大丈夫です」
「主」
誰かの声が静かな室内にやけに大きく響く。
声に驚いて振り返ると、そこには視線を鋭くし、自分を見つめる三日月の姿があった。
「…………あとで架け直します」
『おい、どう―――』
受話器を置き、体ごと向き直る。
「主。今の話はなんだ?」
「……どこまで聞いていましたか?」
三日月の問いかけには答えず笑顔のまま、問い返す。
それには三日月の眉根が僅かに跳ね上がったが、これは問題はないだろう。
「身に巣食っている瘴気と思われるもの。それを祓う為に明朝、禊を行うことだけだが」
それはほぼ全ての話の内容だった。
さて、ここはどうすればいいのだろうか。
しばし思案する。
「…………主よ。もう少し我らを頼ってもいいのではないか?」
「…………」
「あれに事後を頼むくらいだ。通常の禊ではないのだろう?」
そこまで気づいていたのか。
表情が強張るのを感じ、無理やり笑顔を貼り付けた。
だが、見抜かれていることは承知の上だ。
「これは私自身の問題です。それにこれは恐らく………私自身でなければ落とせないものだと思うのです」
「…………なるほど。我らの出番はない、と」
そうではない、とそう言いたかった。
ただ、この禊は自分でもどのような結果をもたらすことになるのか予想がつかないのだ。
極力、危険を回避することが求められた。
「主よ。我らを見くびってもらっては困るな」
「…………」
視線の先、三日月が不敵な笑みを浮かべてみせた。
「我らは神なれど、人の穢れなどに侵されるほどヤワな鍛え方をしておらんぞ」
「…………本当にあなた達は強いですね」
だからこそ、その強さに憧れを抱いた。
「わかりました。数名の刀剣男士に助力を願いましょう」
「話がわかる主で安心したぞ。ならばまずは腹ごしらえといこうか」
腹が減っては戦はできぬとも言うしな。
笑顔の三日月を見ながら、きっと自分は今後も舌戦では彼に勝てないだろうと感じた。
さて、三日月とともに食堂へ行ってみれば、既に食事の支度は整っており、先に席についていた二人が今か今かと待ち構えているのがわかった。
「少し長話をしてしまいました」
すみません、と謝罪を述べるも、二人とも気にはしていない様子である。
そうして、ようやく遅い夕食が始まった。
こうして食卓を囲んでみると、それぞれの性格がよくわかる。
と言っても、元の主の気質をそのまま受け継いだような二人が一番食いっぷりがいいようだ。
思わず苦笑を漏らす。
「どうした?」
それに気付いたのは和泉守だ。
「いえ。それほどお待たせしてしまったのかと思ってしまいました」
やんわりと遠回しに言ってみる。
直接的に言ってしまえば、“よほど腹が減っていたのだろうか。見事な食いっぷりに思わず笑ってしまった”なのだろう。
ただ、和泉守はその裏に隠された言葉に気付いたようだった。
「それはあっちだろ」
ちらりと陸奥守へと視線を向けて呟いたのが聞こえた。
どちらも同じような食べっぷりだったのだが。
だが、それを言ってしまえば反発は必至なので、言わない方がよいだろう。
次に自分の隣の席に座って食事を採っている三日月を見ると、それに気付いたのか箸を止めた。
「どうした?」
「いえ。なんでもありません」
なんでもないことはないだろう。
そう自分に突っ込みを入れてしまった。
和泉守や陸奥守があのような豪快な食べっぷりを見せているのなら、三日月はどのような食べ方をするのか興味が引かれる。
だから思わず見てしまったというわけだ。
「俺の食べ方がそんなに気になるか?」
「……………気付いていたのなら、そのような問いかけはやめてもらえませんか」
ほう、と溜息をつく。
皆で会話をしながら食卓を囲むのはいつ以来だろうか。
以前はこうやって食べていたというのに。
いつの間にか一人で食事をすることが当たり前になっていた。
「…………このような事を考えることでは、審神者失格ですね」
「主?」
ぽつりと思わず呟いてしまった言葉尻を、三日月が捉えたようだった。
だが、内容は本当にわからないのだろう。
怪訝な表情をしているのが見えた。
「本当になんでもありませんよ」
そうこうしているうちに、食事が済んだ。
先に席を立った和泉守と陸奥守を呼び止める。
「大事な話があります。他にも数名呼びますが、誰にも何も知らせずに、午前零時に私の部屋にまで来てください」
その声音が緊張をはらんでいたのか、振り返った二人がやけに驚いた表情をしていた。
そしてしっかりと頷いてくれた。
二人が食堂を出ていった後、それまで黙っていた三日月が口を開いた。
「あの二人にも話すのか?」
三日月からすれば、あの二人はまだ若輩者なのだろう。
主の大事を任せるのは荷が重いとでも思っているのだろうか。
「あの二人は私が一番最初に顕現させたから、というのもありますが……。彼らにはまだまだ強くなってもらわないといけません」
「禊で何事か起こる、と主はそう思うのか?」
「それはどうでしょう。私は全てを見通す全知全能の神ではありませんからね」
苦笑を漏らす。
そうして表情を改めると、三日月へと向き直った。
「あなたにはこれから伝える者たちに、先ほどと同じ言伝をお願いします――――――」