「脱皮」
「脱皮」
招待ハガキに記された画廊は、新橋と有楽町の中間あたりに、山手線の高架下のスペースにあった。
エッチングの抽象画のポスターが貼られた扉を開けると、広くはない個展会場の中央に置かれたソファあたりで談笑していた数人の女性が振り向く。しかし、知らない顔と分かるとまた、おしゃべりに戻っていく。
招待ハガキを受付で渡し、芳名を済ませて、2部屋に分かれている会場を軽く覗いたが、徹はいないようだ。常駐しているわけではないということか。それにホッとするような、同時に微かな苛立ちも覚える。
徹とは5年前に通い始めた、絵画教室で出会った。その時、徹はまだ美大生で、初老の講師の助手をしていた。あまり芸術的過ぎて、素人にはその意図するところが分からない講師のアドバイスと違って、徹のアドバイスは的確で分かりやすかった。いや、今にして思えば、年甲斐もなく、若い男によろめいた、だけかもしれない。
どちらが誘ったのが先だったか、教室のあとに、外でも会うようになった。他の生徒に気づかれぬよう、教室では努めて距離を取った。それも、良い刺激になったのかもしれない。歳が離れていることもあり、最初はお互い遊びだったと思う。
あるとき、待ち合わせ場所に先に着き、待っていると、雨が降ってきた。夕立のような激しい雨で、向かいのビルの看板に横殴りに雨が叩きつけて、散弾銃のような高い音を立てていた。慌てて走り出す人達の真ん中を、徹は掌を上に広げて、少し上を向くようにして歩いてきた。
「雨が降ると、世界が脱皮しているように感じる」
わたしの前まできて、少し笑ってそう言った。
一緒に暮らし始めたのは、それからすぐのことだ。
2つに分かれた会場の、入り口から近い方は素描やエッチングといったモノクロの作品が集められていた。作品の下の札にはタイトルだけで、制作年はないが、これは徹が展覧会に出し始めた頃の作品だ。それはつまり、わたしと一緒に暮らしていた頃の作品、でもある。
紙の下の方に土台のように幾重にも渦を巻いた線が重なり、そこから角のように反りながら紙の上のほうへと突き上がる線が伸びた作品。その唐突さが目を引く。タイトルは「嫉妬」。これを描いていた時の徹を知っている。
徹がアトリエとしていた、アパートの北側の4畳半は、冬になると底冷えが酷く、それでも徹は暖房を入れるのを嫌がった。ジジジッと不穏な音を漏らす電熱線ストーブを横に置いて、この作品を描いていた。夜半、コーヒーを持って陣中見舞いに行くと、コーヒーなんていらないよとキスをされた。描いていると、ずっとずっと会いたかった人に、結局会えなかったような感じで悲しくなると笑った。二人で並んで、その時はまだ描きかけで短かった角を見ながら、タイトルを聞いたら、それどころじゃない、描ききれるかもわからないと静かに返された。
わたしがいることを気にしてか、背後で先ほどの女性達が、やや声を落として話している。その会話から、現在の徹の立場がうっすらと分かる。自分の教室を持ったようだ。この女性達は、そこの生徒だろう。そのうちの一人が、先生は午後から来る予定らしいと話している。その声を背後に聞きながら、部屋を移る。奥の部屋は、最初の部屋とは一変、色に満ちていた。水彩や油絵で主に風景画が描かれていた。モノクロの抽象画から、大きな変化だ。色彩に満ちた風景画を描く徹を想像してみる。きっとそれは広く、日当たりのいい部屋だろう。キャンバスを立てかけ、絵筆を持つ、やや猫背な背中を思い浮かべようとするが、その姿は逆光に溶けてしまい、はっきりしない。
1年半、共に暮らし、別れを切り出したのはわたしからだった。
月並みといえばそれまでだが、先が見えない彼との暮らしに疲れていたのだと思う。別に、彼以外の誰かと一緒になったところで、安寧の地が保障されるわけでもないのに。
海で、その日はとても天気が悪くて、吐きそうな曇天すれすれに、鳶が風に煽られつつ、なんとか上昇気流に乗ろうと危なっかしい旋回をくりかえしていた。ところどころ、濡れて黒くなった、長く続く砂浜の向こう、波間にサーファーが浮き沈みしている。荒くなった波がちょうどいいのかもしれない。防波堤のコンクリートに腰をかけて、徹は真剣な面持ちで、別れたら僕は描けなくなると言った。それがあまりに芝居じみていて、わたしは笑ってしまった。
咲き乱れる、ダリアの水彩画を見ながら、ちゃんと描けてるじゃないと呟く。
まだいくつか作品はあったが、わたしは途中で入り口の方へと引き返した。
扉を開けると、昼前の喧騒と光が身体を包む。歩き出すと、こんなにもいい天気なのに一人だけ、雨を浴びて微笑む若い男とすれ違った気がした(終)




