第35話 クライアントの言うことはー絶っ対っ☆
「いいからソレ寄越せよ」
…そんな台詞で思考も体も絶対零度に凍った阿久津ヒロムでーす。今現在まで起こった事をタイムスケジュール順に有りの侭話すぜぇ。
事務所集合→トークショーの現場デパート台栄へ→クライアントさんに御挨拶→アーティスト様にも御挨拶→台栄店内をぴぴぃザウルスで愛想振りまく→トークショーまで後30分
…うん、別段平常通りだよねぇ、トークショーの場所にパテーションの壁で囲ったぴぴぃザウルス着替え場所がある程度だよねぇ…。
何故にソコにアーティスト様がふんぞり返って衣装強奪しようとしてるのかしらー、丁寧にだが断るをしたら冒頭の台詞でござるーアハー回想終わりー。
イヤイヤイヤ…それは俺の仕事の衣装でして…
「俺が着て出るから」
…あっはっは、そろそろトークショーの準備なんかもございますでしょうし
「着るんだっての」
…えーと見ての通りモコモコなのでこの季節熱気ムンムンで汗だくになりますよ
「そのズボンのモコモコと、靴履かないから別に問題無ぇよ」
…ぴぴぃザウルスは表起毛のドピンクのズボンと、恐竜型スリッパデッカイ版を履いて頭からスポッとハリボテな全身を被るタイプの衣装なんですが…。
このアーティスト様め、中途半端に着る…だと…?
土方さんは所用で席外してるし、そんな格好で表出す訳にもいかないし何よりコイツ気に入らん(ここ重要)し、いい年した大人めが、断固拒否でごーざーるぅぅう
「いいのよ~、その人の好きにさせてあげて」
そんな声に振り向くと、ニコニコ顔のクライアントさんと見事なまでの半眼微笑の土方さんが後ろに立っていたでございます。
うわーあの半目…、山崎さんにトドメさす前のヤツと一緒っすね。どうやらクライアントさんに止めるようにあちらでも説得してくれてたみたいだけど…、土方さん「クライアントさん着ぐるみと仕事するの初めてだからやりづらい現場になりそう」とか言ってたなぁーこーゆー事なんだろうなー。
「ホラ、クライアントから許可出てんだから。手伝えよ。」
しぶしぶ渋々しーぶーしーぶ!アーティスト様に全身ハリボテだけを被せる。
「うっわ重てぇー暗ぇ、熱い肩凝りそー声こもるー。良く出来るなぁこんな仕事、俺絶対無~理~」
げひゃげひゃ笑いながら中で何か暴れてるアーティスト様。 ムカつく ムカつく 何かムカつく
「んぢゃ、ちょっと出てくるー」
その一声で身体中の血流が一気に沸騰するんじゃないかって位の感覚が走って思わず尻尾掴んで止めた…んだけど、クライアントの許可がある以上手を離すしかなくて…
アーティスト様はSNSで被るって拡散してたみたいで待っていたファンの人達と交流、写真撮って会話して熱いって言ってその場で脱いで…
写真撮るまではいいケド何喋ってんのお前ぴぴぃザウルス喋れる設定な訳?しかもその場で脱いでどうする何の為のパテーションだよファン以外にもお客様居るんだぞ子供達ポカンと見てるだろが雑に扱うんじゃねぇよ曲がりなりにも公式イメージキャラクターなんだぞ
今まで山崎さん達が教えてくれた基本を全て否定されてる行動に段々と息が詰まっていく。
満足したのか「片付けといて」と転がしてステージに向かっていった。あぁ今からトークショーだった。
お前なんかステージに引っ掛かって転んじまえ
そんな可愛ーい俺のお呪いは効かず(チッ)トークショーは始まる。喋るのはアーティスト様と担当クライアントの女性。
速やかにぴぴぃザウルスをパテーション内に入れてトーク中は表側で待機。聞きたく無いけどスピーカー通してだからハッキリクッキリ内容は聞こえる。くそぅ絶対見てやらん、と目線だけでも抵抗してやる。
あのアーティスト様ったら展示会場のBGM作曲したのかーふーん、クライアントさんは前々からソイツのファンで権力使っちゃったのねー…へー、イメージキャラクターに入ってるのはそこにジャージ姿で居る阿久津ヒロム君なんだー……
はぁっ!?
何言ってんだこの人ぉぉおおおおお!?な俺を見ながらソレに続くアーティスト様
「そうそう、俺が着たのと違ってもう生きてるみたいでさー。折角だから今着てもらおうよ」
おいこら待てお前のは100パー嫌がらせだろ
…初めてですぅ、お客様の前で衣装着るの。俺達は子供達に夢をー、ってコンセプトでやってる仕事であって裏方であって自身にスポットライトを浴びなくても縁の下の力持ちだって言う誇りを持って…。山崎さーん、俺…物理的にスポットライト浴びてまーす。アハー、目から汁が出ますー何でだろ。
…この仕事、泣いてても外からは気付かれないって助かるなぁって初めて思いました。