第22話 あれよあれよで着ぐるみデビューです。
ある晴れた午後にマーケットに売られていく子牛の気分な阿久津ヒロムです、俺を売った母牛オカンも売られてしまえばいいのに…。
これまでの経緯はさておき、明日着ぐるみデビューが決まってしまったのですよ。
すると、まぁ何と言う事でしょう、獣神者班のみんなが着ぐるみのイロハについて教えてくれるそうです有難や~☆
丁度[魔女見習いいろは]班が帰ってきたので[いろはちゃん]を借りて近藤さんが着ています。
当然片付け前なので汗だく使用済みのいろはちゃんなので申し訳無いなぁと思ってたら、「まぁ急な怪我とかで2回目に入るキャラクター変わったりとか、サイン会中に気分悪くなってスタッフが途中で着替えたりとかあるからそんなに気にしないよー。」との事。
「気分悪くなったと言えばさぁー、忘れもしないあの黒い伝説。…中の人が体調不良で握手会中に面の穴から「自主規制キーーックッッ!」ぅごふぅうっ☆」
…何か良からぬ事を言おうとした斎藤先輩を、いろはちゃんな近藤さんが綺麗な足刀で床に沈めました。グッジョブです☆そのまま来世まで倒れてればいい。
「さ、邪魔者は消えた事だし、まずは目線だね。
近藤ー自分の目線で阿久津見てー。
…な、いろはちゃんものっ凄くふんぞり返って偉そうだろ、口のラインが覗き穴でそこから自分の目で対象物をしっかり確認しようとするとこうなる。新人はコレ失敗しやすいから要注意☆
あくまでも対象物はそこにだなー程度でな。
今度はキャラクター目線に戻してー、近藤ー今の状態だと目線には何が見えんのー?阿久津の足元らへん?
前に言ってたろ?周りの認識し辛くなるってのの理由がコレ。明日はスタッフ土方さんだからその辺のフォローは完璧だから安心しとけー。
後はー…動きか、いろはちゃん手ェ振ってー、あー、可愛いだろ中身分かってると犯罪だろって思…イイエ何デモ無イヨー、イロハチャン可愛イイナー☆
…グーパンチノママ近寄ッテ来ルノヤメテ下サーイゴメンナサーイ。
…次、普通に近藤として手ェ振ってー、な、動きが小さくて分かりにくいべ?着ぐるみ着て厚みが出てる分手ェ振るにしても、大きく動かないと何かキャラクターがモゴモゴ動いてるだけで正直キモい。歩き方とかもちょっと考えないと、ダラダラ歩いてるのは格好悪い。」
その辺気を付けとけばオッケー☆と芹澤さんが笑う。
うぅぅ自信無いっす逃げたいっす…。近藤さんも態々すいませんありがとうございました。
「明日何やるんだっけ?デパート小丸のペーターラビッツ展で、ペーターラビッツ?
あー、イタズラ好きな兎って設定だけどデパート展示会だしなぁ、ひたすらに可愛らしさを出しとけばいいんじゃねぇ?アイツ父ちゃんパイにされて食われてんだよなぁ…意外とシビアな世界だよなぁペーターって」……と井上さん。
次は準備する物を教えてくれるそうな、メモメモ…。えーと、まずは…
基本はスタッフの時と一緒っと…追加品は?
「水着でもいいんだけど、欲を言うなら衣装の下は[十部丈スパッツ]かなぁ。上は夏でも[長袖Tシャツ]、極力衣装に直に肌を付けないのが暗黙のルールと言うかマナーと言うか。
色は衣装の色を邪魔しないヤツね、結構目立つのよ横のライン線とか。え?白?…うん衣装的には問題無いけど、何て言うか昔先輩が「新幹線」とかって下ネタ…うん…止めときなよ、黒一色のヤツとか探しな。」
遠ーい目をして話しだしたんで一部聞かなかった事にした、誰だよそんな下ネタかました先輩って…。でもよっぽど(自主規制)
「ささ、話を戻して。あーとーは、[手袋]だね、女性が手肌保護に使う様な短い薄手のヤツね。100円ショップで売ってるヤツでオッケー。
理由はさっきと同じプラス、衣装の手袋ってでかいからカッコ悪く見えない様に「あんこ」の役目も担ってる。
そんでもって重要なのが意外と靴下。
メルヘン系列の衣装の靴って、中身が草履状になってるのが大半だから足先割れてるの[足袋ソックス]が最高最適☆
因みに余談だが近藤は、足袋ソックス穿いてたのにショー中に靴がすっぽぬけたので2・3足重ね穿きするようになったなー。
あ~、忘れてた頭、面の下は内面をするんだけど、ショー中って動き激しいから中で髪の毛ぐちゃってなるんだよ。
タオル巻いたりバンダナしたりするんだけど、ズレて視界が塞がれる危険があるからオススメは[水泳帽]だね☆学校用のメッシュタイプのヤツ。ガッチリ固定、万が一ズレても何とか見えるし態々買わなくても持ってるし。
その他にも曇り止めクリーナーとか体型誤魔化す為の布ガムテープとか、色々あるんだけどこれは追々揃えればいいんじゃない?ペーターラビッツなら大丈夫だろ。
はい、持ってくる物は以上~☆」
うぅぅーありがとうございましたぁぁあ、えーと[水泳帽][長袖Tシャツ][十部丈スパッツ][手袋][足袋ソックス]と…。
俺に出来んのかなぁ兎…。新見さーん、世界的に有名なネズミーマウスみたいな動き方しとけばいいですかねぇ?
「あの動きって素人がやると、ただのうるさくてウザイ動きになるからオススメはしない。アレって簡単そうに見えて意外と難しいんだぞ。」
即座に否定されて思わず項垂れる俺に山口さんが声をかける。
「デビューって言っても、お金を頂いてる時点でプロ扱いだからな、ちゃんと自覚して仕事しろな。
[赤レッド]着ちゃえばその日デビューだろうが、何10年演ってるベテランだろうがソイツはその日のその場は[赤レッド]なんだから。赤レッドがだらしない立ち方するの見たお客はどう思う?まぁ上手い下手はともかく変に照れてウダウダするより気合い入れて演れよな。」
うををぅ、トドメの一言ですな耳も頭も心も痛いッス。ますます途方にくれる俺に、いつの間にか復活してた先輩が満面の笑みでこう言った。
「俺はさー、この仕事って壮大で真剣な大人のごっこ遊びって思ってんの。
現実的に兎になれるのなんてバニーガールちゃん位だろ?
お前が一生モブって言ってたこの世界で兎やれるんだぜ、凄いって思わねぇ?絶対無理じゃん?自分の身体と性格で「ほぇえええ?」とか「オーッホッホッホ」とか「ひれ伏せ愚民どもがぁぁあ」とか他人の前でやれる?クラスの奴等の前でとか絶対無理じゃん。
それが出来るのがこの仕事。
いい年した大人がさ、脳筋な正義のヒーローにだって、きゃっぴるーん♪な魔法使える女の子にだって、性格のくっそ悪くて世界征服企む悪の総統にだって何でもなれるんだからさ、真剣なごっこ遊び楽しんで来いよ☆」
先輩は格好良く言ったつもりなんだと思う、うん確かになんか心動かされた感はある、ドキドキする。
…途中のバニーガールちゃん発言さえなければな、このゲス野郎が。近藤さんヤっちまって下さい。
本日2度目の自主規制キックを放つ近藤さんに、俺は心からのサムズアップをおくるのでした☆