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『神』

 ――俺は、神だ。


 と、言っても……世界を創造したり、全能の神みたいに大それた神ではない。特定の地域で崇められるくらいの、神の中でも下位の存在だ。それでも、その地域での信仰は根強い。俺が住まう祠には、毎日、朝昼晩と供物が供えられている。

 俺はその熱心な信仰心に感謝しながら、ここに住む人々を見守っていた。


 普段、暗い祠に祀られている俺だが、寂しいと感じたことはなかった。こうやって、信仰してくれる人の存在もそうだが、俺には一つ楽しみがあった。俺には神の能力として、『人化の能力』と『錬成の能力』を持っている。俺はその二つの能力を使い、度々人間の世界に赴いていた。


 そして、今日も人々の生活を体感するために、自身の姿を神から人の姿に変え、緑広がる大地に降り立った。




 一面に広がる緑。そして、頭上には真っ青な青い空。鳥の歌声に、人々の生活の音。普段暮らす祠とは全く異なった明るく眩しい世界。

 人の身体を実感するため、大きく背伸びをしてみる。そして、深呼吸して人の世界の空気も感じる。


「…………」


 何の匂いも香りもしない。草の匂い、土の匂い。こんなにも近くにあるのに、何も感じられない。おまけに何かが触れている感覚も乏しい。

 俺の『人化の能力』には欠点があった。それは、味覚や嗅覚など感覚的機能が損なわれている所だ。どんなに鍛練しようとも一向に向上しない。これが神であっても、下位の地位にある俺の限界なのかもしれない。


「まだまだ、精進が足りないかな」


 そう自分の力の弱さをボヤキながら、俺はもう一つの能力『錬成の能力』で創り出した鎧と武器を手に、緑の大地を歩き出した。


 この世界の文明はあまり進んでいるとは言えなかった。現在、立っている場所から見渡しても、視界に映るのは緑の平原ばかり。もっと遠くを眺めると、少し離れた場所に辛うじて小さな集落は見えるくらい。その集落も民家は少なく、建物自体も木と土で作られた質素な物だ。風の噂で聞く『機械』と呼ばれる高性能な物とは無縁な世界だった。

 まあ、そんなゆったりと穏やかな空気の流れる世界が俺は好きなのだが。



「お、ジンさん」


 集落に入るなり、一人の青年が声をかけてきた。俺は人の姿でいるときは『ジン』と言う名前で過ごしている。

 俺が神だと知らない青年は、気さくに話しかけてくる。しばらくその場で青年と話していると、いつの間にか周囲には数人の人間が集まってきていた。その誰もが形状の異なった鎧を身に纏い、様々な武器を手に持っている。

 その中に、一際貧相な様相の人間を見つけた。その人間はどこかオドオドとした様子で、周囲を窺うように集団の背後に立っていた。


「あれ? 君、初めて見る顔だね」


 俺は気弱そうな青年に声をかけてみた。


「オレ、新人なんです」


 新人と言われ、その貧相さや場馴れしていない雰囲気にも納得する。


「新人さんか。そんな装備じゃ不安だろ。これ、あげるよ」


 俺は『錬成の能力』で創り出していたそれなりに性能の良い鎧と武器を、その青年に与えた。


「えっ!? いいんですか?」


 不安そうだった表情が、パッと明るくなる。それに合わせるように周囲も沸き上がる。彼らが鎧や武器に一喜一憂するには、この世界の情勢に訳があるからだ。


 この世界は、ある驚異に苛まれていた。



 ――それは人外の存在。


 俺のような人間から崇められる神がいるのと同様に、人に災いをもたらす魔神もこの世界には存在している。魔神は人間の数倍もある大きさのモンスターを使役し、人を襲い、集落を破壊する。

 人間は世界を守るために、日夜魔神に立ち向かっている。だが、魔神やモンスターたちの力は強力だ。脆弱な装備で向かっていけば、人間などまるで蟻を潰すかのように簡単に倒されてしまう。だから、人々はより強力な鎧や武器を求めるのだ。

 人間にも、それなりに強い物は作れるが、やはり非力な人の力。とうてい強大な魔神の力には及ばない。だから神である俺は、敵である魔神に立ち向かう勇敢な人間たちに、『錬成の能力』で創った装備を与えていた。

 そうこうしているうちに、俺の周りには立派な装備で身を固めた戦士たちが揃っていた。


「さーて、今日も行きますか」


 一人の青年の一声で、俺たちは人の世界を護るための戦いに赴いていった。




「うーん」


 青年たちと別れ、背を伸ばし一息つく。

 今日も、皆の力でモンスターを数体倒すことができた。しばらくは集落に危害を加えるようなモンスターは現れないだろう。戦利品もそれなりに得たから、経済的にも潤うだろうな。新人君も出掛ける前はあんなにも弱々しかったのに、集落に戻る頃には立派な戦士になっていた。

 俺は今日の成果に満足し、祠に戻るために集落を出ようとした。


「――ジンって奴、生意気だよな」


 ふいに届いた言葉に耳を疑う。


「あー、アイツに群がってるヤツらもムカつくよな」


 次々、届く冒涜の言葉。

 強い力を持つ者は、時に蔑みや妬みの対象になる。それは神である俺に対してもだ。……いや、今は人の姿だから同じ人間に対しての妬みだ。最初から立場や地位が違えば多少なり諦めがつく感情でも、同じ位置に立つ存在だとその負の感情は思いの外大きくなってしまう。

 妬みなどの軽い感情だけならば、俺は無視するつもりだった。しかし、それは悪意に近いものだった。『ジン』という人間の存在を完全に否定し、俺を慕い寄ってくる人間たちをも冒涜する言葉。


 直感的に感じとった。これらは魔神の眷族だと――


 これほどの悪意を発せられるのは、人間なんかじゃない。人間にあだなす存在だ。


 ――粛清しなければ。


 この世界に生きる人間の為にも、この地に生きる神として災いは消さなければ。


 俺は魔神の眷族を探しだし、その存在を消滅させた。



 全てを終え、俺は薄暗い祠に戻った。


「ふー。疲れたな」


 『人化の能力』は意外と疲れる能力だった。一度使用すると、人間の感覚で六〜十時間は休まなければならなかった。


 俺は新人君の成長と魔神の眷族数名の消滅という、今日の成果に満足しながら静かに意識を深淵へと沈めていった。


 ◇ ◇ ◇


 今日もいつものように、俺は人間の世界に赴いていた。そして、戦う戦士たちの為に『錬成の能力』を使い、強固な装備品を創り出していた。

 実を言うと、この『錬成の能力』も完璧ではなく、意外に当たり外れの大きい力だった。しかも、今日は調子が悪いのか、ガラクタ同然の物が創り出されることが多かった。


「う〜ん。今日は調子悪いな」


 そう、ぼやいた瞬間、性能の良い武器が立て続けにでき、自分の能力ながら「おおっ」と、感嘆の声をあげてしまう。

 「よしっ!」と、意気込み次を創り出すために能力を発動する。


「……?」


 突如、装備品が現れなくなった。能力は発動しているはずなのにだ……。


「あれ? どうしたんだ?」


 何度『錬成の能力』を発動しても、装備品は現れない。今までにこんなことはなかった。初めての異変に、何が起こっているのか分からず混乱してしまう。


 これは魔神の妨害なのか? そんなことが脳裏を過った瞬間、


「――――……えっ!?」


 突然、明るい緑と青の世界が消え、見慣れた薄暗い景色が広がった。慌てて見渡してみると、そこは普段居るの祠だった。『錬成の能力』だけではなく、『人化の能力』まで妨害されたのか? 再度『人化の能力』を試みるが、やはり能力は発動しない。

 訳がわからなかった。魔神がこれ程までに強大な力で妨害してくるなんて、今までなかったから。


「……やつら、本気で仕掛けてきたのか」


、集落や戦士たちの身を案じながら、能力を封じられた俺が何をするべきか考えた。


 ――そんな時だ。祠の入り口の方から、悪意に満ちた声と、邪悪な者の侵入を阻止するために張られた結界を無理矢理破壊する音が聞こえてきた。


「……魔神がここにも来たのか」


 俺は立ち上がった。神聖なこの場所を護るために。邪悪なる魔神どもを消し去るために――



 手に小さなナイフを握り締め。



 ◇ ◇ ◇


 四角いモニターの中に緑の大地が映る。木と土で作られた、質素な家の集まる集落に、立派な装備で身を固めるキャラが行き交う。




○○:最近ジンさん見ないな

▲▲:そういや見ないな

××:お前ら知らないのか

○○:なに?不正でもやらかしたか

××:ヒキニートが両親コロしたってヤツ

   散々話題になってただろ

   あれアイツのことだよ

▲▲:マジで

○○:マジかよ

   あれジンさんだったのか

××:マジだよ

   あいつのことリアで知ってるから

○○:うわぁ ヒキニートかよ

   どうりで ずっとinしてるはずだよ

▲▲:時々言葉通じなくて

   キモいなとは思ってたけど

   ヤバいヤツだったんだな

○○:課金アイテムくれるから重宝してたんだがなw

××:ヒデェwww

○○:そりゃそうと今日はなにする?

▲▲:北の平原の狩り場に行くか

××:そうだな

  :そろそろレベルあげたいし

○○:じゃ行きますか



 戦士たちは行く。

 電子世界に広がる世界を――




【終わり】



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