『瞳』
暑かった夏も終わり、過ごしやすい季節になった頃、私のクラスに転校生がやって来た。
中途半端な時期ということもあり、朝からクラス中がその話題で盛り上がっている。女子生徒は「イケメンだったらいいな」と期待し、男子生徒は「かわいい子きてくれ」と懇願している。
一方、私は「こんな時期に訳ありかな……」と、見たこともないクラスメイトの人生を色々なストーリーで妄想をしていた。
チャイムがなり担任が教室に入ってくる。普段なら慌てて席につく生徒たちだが、今日ばかりは目先の興味にかられ教室のドアに意識がいっている。
「はいはい。さっさと席につきなさい」
教室の雰囲気がいつもと違う原因を理解している担任は、両手を打ち鳴らし落ち着つくようにと注意する。
「皆さん知っての通り、このクラスに転入生が来ます」
担任がドアの外に立つ転入生に、教室に入るよう促す。
入ってきた転入生を見て教室内がざわめきたつ。
転入生は女生徒だった。
小柄で華奢な身体。茶色がかったフワフワの長い髪。白く整った小さな顔。何より目をひくのが、皆を見つめる大きな瞳だ。異国の血を引いているのか、その瞳は光の加減でグレーにもグリーンにも見える。
「中原真由です。よろしくお願いします」
透き通るような可愛らしい声。クラスの大半が一目で彼女の虜になっていた。
休憩時間になると、中原真由の周りには男女関係なく多くの生徒が群がっていた。
「前の学校どこ?」
「趣味とかある?」
「部活どうするの?」
なんて定番の質問を投げ掛ける。中原真由は嫌がること無く全ての質問に答えていく。
そんな様子を私は少し離れた場所から見ていた。季節外れの転校生の中原真由に興味が無い訳ではない。ただ、私は彼女に対して近寄りがたい何かを感じていた。それは大雑把でがさつ、背も無駄に高い私自身とは全く違う、お人形さんのような彼女に対する嫉妬のようなものから来るのかもしれない。
ぼんやりと見ていると、ふいに中原真由の大きな瞳と思いっきり視線がぶつかる。ニッコリと満面の笑みを見せる彼女。変に逸らすこともできず、私も笑顔でかえす。
その時は笑顔の挨拶をするだけで言葉を交わすことはなかった。
中原真由と話すことなく放課後になった。部活に入っていない私は学校に残る理由もないので、帰ろうと荷物を片付けていた。椅子を引き、机の中へ手を突っ込んだ時だ。急に手元が暗くなり、人影が揺らいだ。顔を上げると、私の机の前に中原真由が立っていた。
「中原さん?」
彼女は前の席の椅子を動かし座ると、ジッと私の瞳を見つめる。
「伊藤さんの瞳ってキレイね」
一瞬、何を言っているのか分からず、思わず目を丸くした。面と向かって交わす始めての言葉が、挨拶でもなく容姿のこと。それ以前に、なぜ私の名前を知っている? 様々な疑問で軽く混乱している私の目の前で、彼女はニッコリと微笑んでいる。
「伊藤奈央子さんよね。菊地さんに聞いたの」
「ああ、そういうこと」
名前を知っていたことは納得できた。菊地さんはこのクラスの委員長だ。席も彼女の隣だから色々聞いているだろうし、菊地さんも早く馴染んでもらおうと積極的に話しているだろう。
「わたし、貴女とお友達になりたくて」
少し照れたように彼女は言う。同性なのに、なぜか私までドキドキしてしまう。
「私なんかで良ければ……」
私と彼女では不釣り合いな気もしたけど、彼女の気持ちを無下にすることもできず了承した。
「ありがとう。わたしのことは『真由』って呼んでね。貴女のことは『奈央』って呼んで良い?」
「うん、いいよ」
本当に嬉しそうに真由は喜んでいた。第一印象では大人しそうな雰囲気だったが、本来は随分と人懐っこい性格のようだ。そして、かなり積極的である。
「それにしても、奈央の瞳ってキレイね」
うっとりとしたように真由が言う。
「そんなことないよ」
私は否定したが、内心は嬉しかった。私は父方の祖母が西欧の人間だ。つまり私はクォーターになる。そのせいか髪は茶がかり、瞳もグレーやグリーンが混じったような色をしている。教師からは「カラコンを入れるな」、「髪を染めるな」とか色々言われていた。そのうえ背も高いせいか、同級生たちからは「カッコいい」とは言われるが「キレイね」とか「かわいい」など、女の子が言われて喜ぶような言葉は言われることがなかった。私は自分を変えることもせず、ただそれを仕方のないことだと諦め受け入れていた。
しかし、自分の理想とする姿をした真由が現れ、皆に受け入れられた。私は真由のことをよく知りもせずに嫉妬し妬んだ。それは醜いことだ。
それと同時に、私は真由に惹かれた。真由は自分にないものを持っているからだけではない。真由は魅力的で人を惹き付ける。話していると自ずと分かってしまう。
そんな真由に、自分の求めていた言葉をかけられ本当に嬉しかった。
真由が来て数日がたった。真由はクラスに孤立することなく、すっかりと馴染んでいた。私以外にも名前で呼び合うような友達もできたいた。
ある日の放課後、いつものように教室に残り真由と話していた。いつも通りだったが、今日の真由は頻りに目を擦っていた。その仕草が気になりっていると、
「……ちょっと、真由。その目どうしたの」
「え? なに?」
真由は何が起こったか理解しておらずキョトンとしている。私は鞄から鏡を取りだし真由に見せた。
「えっ……」
鏡を見た真由の顔がみるみる青ざめていく。
真由の左目は真っ赤に充血していた。いや、充血といっていいのだろうか。白目の部分が残らず赤くなり、一部分は赤を通り越し黒くなっている。尋常ではない状態だと一目で分かる。
「……真由、大丈夫?」
真由の身体が細かく震えている。
「……ご、ごめん。わたし、帰るね……」
ぎこちない笑顔を見せたが、かなり動揺しているようだ。おぼつかない手つきで荷物をまとめると、慌てて教室を出ていった。
それから一週間、真由は学校を休んだ。
さすがにこれだけ休むとクラスの中にも心配し連絡を送ったりする人もいたが、返事はないらしい。私も何度かメールを送ったが返信は来なかった。担任に聞いてみても「体調が悪い」と、連絡が来ているだけだと言うだけだった。
私は最後に見たあの赤く染まった目が気になり、いてもたってもいられなくなっていた。
放課後になり私は真由の家に行くことに決めた。担任に住所を聞くと、最初は言い渋ったが、授業のプリントなどが溜まっていたのでそれを届けることを条件に聞き出すことができた。
真由の住むアパートはわりと近くだった。
アパートに向かう最中、私はふと考えた。以前の私は他人にそこまで興味を持つことはなかった。他人と距離を置き深く関わることを避けていた。そんな私が真由と出会って、他人のために必死になっている。私自身こんな風に変わるとは思っていなかった。
でも、私が必死になるのは真由だからだ。私と似ていて、でも全く似ていない存在の真由。他人を惹き付ける魅力を持つ、私の理想の姿をした存在。そんな真由の魔力に魅せられたのかもしれない。
早く、会いたい。真由に会って安らぎたい。私の願望が大きくなっていく。そんな思考を遮るように鞄の中でも携帯がなった。取り出してみると、それは真由からのメールだった。あれだけメールしても返信がなかったのに、突然のメールで私は嬉々として確認した。内容はただ一言。
『わたしの部屋まで来てくれる?』
私の歩く速度がドンドン早くなっていく。部屋の番号をしっかり確認し、ドアの前に立ち一度深呼吸した。チャイムを押すと、すぐに真由はドアを開けた。
「あっ、奈央……。来てくれてありがとう」
ゆっくりとした動きで中へ招き入れてくれる。真由は少しやつれているようだった。そして、左目には眼帯があてられている。僅かだか目の回りも腫れているのか、白い肌が赤みがかっている。
「真由。大丈夫なの? 病院には行った?」
部屋を見回してみると液体の入った小瓶はいくつかあったが、病院で処方される薬らしき物が見当たらなく不安になり尋ねてみた。トレイにカップと茶菓子を乗せ戻ってきた真由は首を横に振る。
「えっ、病院に行ってないの?」
「これは、人間の病院では治せないから……」
左目に手をあて、苦しそうに笑顔を見せる。なぜ『人間の』なんて言葉をつけたのか少し引っ掛かったが、今は目の前にいる真由の体調が気になり、そんな些細なことはどうでもよかった。
私は預かっていたプリントを渡し、一週間の出来事などを話した。その間も目が痛むのか、時折左目を押さえていた。
「ねえ、本当に大丈夫なの? ちょっと見せて」
私は無理やり眼帯を奪った。
無理やりというか、真由は抵抗しなかっ。素直に眼帯を取らせ、その下にあるものを私に見せつけた。
「……な……に、これ……」
そこにあったのは、どす黒く染まった何かだった。光の加減でグレーにもグリーンにも見えた綺麗な瞳の面影は一切ない、ただの黒い球体。
「フフフ。こんなになっちゃったの」
歪んだ笑顔でおどけて言う。
私は始めての真由に対し恐怖を感じた。――怖い。目を逸らしたい。けど、できない。目をそらすことができない。綺麗な瞳と、黒く染まった瞳が私を見つめて離さない。
「……あっ」
急に瞼を閉じ、俯き微かに震える。その姿は、痛みに苦しんでいるようだった。
「……大丈夫?」
あんなにも恐怖したはずなのに、目の前で苦しむ真由を見ると、不思議と心配し声をかけてしまう。
しかし、再び顔を上げた真由の瞳を見て、私は声すら上げられなくなってしまった。
先程まで黒く鈍く輝いていた球体が、自身の形状を保てなったのかドロリと溶け出ていた。粘着質のある液体はゆっくりと頬をつたい、ピンク色のパジャマに黒いシミを作っていく。真由は頬に付いた液体を指に取り、残った右目で見つめた。
「アハハ。溶けちゃった」
さも溶けることが当たり前にかのように真由は言う。タオルを手に取り汚れた指と頬を拭くと、そのまま左目の窪みへと押し込んだ。中に入れた指を動かし、残った液体を拭っていく。真由はそれを平然と行う。私はそんな非現実的な事態を呆然と眺めるしかなかった。
そして、真由はとんでもないことを言い始めるのだった。
「実はね、わたしこの星の人間じゃないの」
愛らしい顔にポッカリと空いた空間が私を見つめる。普段なら「冗談いって」と、笑うことができるが、目の前で起こった衝撃的な出来事のせいで何も言うことはできなかった。
「この身体も特殊な素材で作った作り物」
真由が私の手を取り、自分の肌に触れるように運ぶ。肌は少しヒンヤリしているが、私たちのものと全く変わりのない。普通の人間の肌そのもの。
「その素材っていうのがね、気に入った素材を死体から集めて培養して作ってるの」
「……死体を……」
「そう。気に入った髪、爪、皮膚、眼球……色々集めてわたしの身体の中で培養して今の姿を作っているの」
突拍子もない話だった。今の真由の姿を構成しているのは、死体から作られた偽物の身体。
混乱している私をよそに真由は話を続けようとする。しかし、その表情は先程まで見せていた笑顔ではなく、視線を落とし暗い顔をしていた。
「……けどね、眼球だけが上手くいかないの。何がいけないのか分からないけど、時間が経つとこうやって溶けちゃうの。何度やっても同じ。眼球だけが無くなる……」
真由はタオルを強く握りしめる。タオルに染み込んでいた黒い液体が指の間から滲み出てくる。
「でね、わたし思ったの……」
ゆっくりと真由が顔を上げる。
「生きた人間の素材から培養すればいいんじゃないかって」
真由が歪んだ微笑みで私を見つめる。私と同じ色の瞳、闇を孕んだ暗い窪み。私を見て離さない。
逃げたいのに、逃げられない。
「ねえ、奈央。わたしに貴女の瞳を一つちょうだい」
ゆっくりとした動きで近づく。簡単逃げられるはずだった。だけど、身体は逃げることを拒否する。それは真由の窪みから赤黒く細長いミミズのような何かが、ウネウネと何本も這い出しているのを見たからだ。人ではない別の存在を認識し、恐れてしまったから。
「……ちょっと、……ウソでしょ」
真由は私に覆い被さり、両腕を押さえる。小さな身体にそぐわない力で私の動きを押さえていく。
私は眼前に迫った真由の窪みから逃げようと、顔を逸らそうとする。しかし、滑りを持ち、人と同じ温もりを持つ触手が私の顔に絡まり、動くことさえできなくなっていた。
「大丈夫。痛くはしないから」
さらに数本現れた触手が私の眼球に触れる。ヌルヌルとした触感の物質が、眼球を這い奥へと進もうとする。拒絶しようとするが、瞼も押さえられ閉じることがきない。痛みは無いけど、異物が入り込む嫌な感覚が全身を襲う。声を上げようとするが「あうっ……ああぁ……」と、呼吸に音が付いただけの声しか出すことができなかった。さらに触手は数を増やし、ゆっくりと進んでいく。
「わたしの身体の一部になって」
真由が優しく囁く。私はいつの間にか抵抗することを止めていた。
「……もう少しだから」
右目の視界が揺れる。目の奥に締め付けられるような軽い痛みを覚えた瞬間、頭の奥にブチブチと何かが千切れる音がし、私の右目から光が消えた。
そして、意識も消えていった。
――数日後。真由は以前のように明るい表情で教室にいた。グレーにもグリーンにも見える綺麗な瞳で世界を見ている。
私の瞳は以前と変わらない姿であった。見える世界も変わらない。けれど、これは真由が作ったの偽りの瞳。いつか、あの時の真由の様なるのではと震える時がある。
あの日から、私は昔のように人と距離を置くようになっていた。真由も目的を果たしたせいか私に興味が無くなったようだった。
ふと思う時がある。私が真由対して執着していたのは、彼女が不思議な魔力を使っていたからではないかと。求めていた生きた瞳の為に、私を操り導いた。だから、あんな恐ろしいめに合っても逃げることができなかったのだ。
魔力の切れた今、私は真由に執着を感じなくなった。
だけど、そうだとすると私が今感じている、この気持ちはなんなのだろう……。真由の一部になれたという一体感。そして、優越感。この感情はどこから来るのだろう。まだ魔力が残っているのだろうか。それとも、これは私の中から出てくる感情なのだろうか?
どれだけ考えても答えは出てこなかった。
私は左目のを手で覆い、偽物の右目だけで世界を見る。
真由が見ている世界と同じ世界を――
【終わり】