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『夏』

 夏は嫌いです。


 日本は四季があって趣があるなんて言われますが、とにかく夏は嫌いです。

 太陽カンカン照りの痛いほどの陽射しも、煩いほどの蝉の大合唱も、暑さにぐったりしながらも、なぜか生命力と活気に満ちた人の姿も……。


 全部、全部、嫌いです!!



 だから、私はひっそりと暮らすのです。人里離れた山奥に――




 現在、私が住んでいるのは廃れた村です。廃れただけあって、今は誰も周辺には住んでいません。それはもう、ひっそりとしています。それに加えて、村の側には大きな池や、あまり手のつけられていない深く暗い森もあって、とても静かでヒンヤリもしていて落ち着く場所です。


 そして、我が家は村の奥にある古くて大きな日本家屋。長く人が住んでおらず、少々痛みは目立ちますが、ダラダラと暮らすだけならば、全く問題ありません。女一人で住むには多少は危ない感じもしますが……。まあ、あの暑さや騒がしさを耐えるよりかは全然マシです。それに以外と街までは近いので、不便は感じません。

 なぜ、そんな廃れた村に私一人が住めるのかと申しますと、ここら一帯が私の一族所有する土地だからなんです。いわゆる地主というやつです。


 と、いうことで文明から切り離された村に住み始めて数年経ちますが、特にこれといった不満もなく暮らしています。



 ……あっ。不満、ありました。すっごい不満が。



 ここって、人里から離れていて木々に囲まれているせいか、昼でもすごく涼しいんです。夜になると池の方から吹いてくる冷たい風で、夏なのに扇風機やクーラーなんていらないくらいなんです。

 窓を開けていれば、吹き込んでくる冷たい風。生い茂った草木から聞こえてくる虫の声。山からは鳥や動物たちの声。煩くなく、耳に心地よい音が子守唄となって聞こえてきます。

 街ではできなかった安眠。それが、ここでは得られるんです。だから、私は都会を捨てここに住んでいるんです。



 なのに……、なのに……。夏になるとやってくるのです。


 煩わしいヤツらが――!!



「ぎゃははっ!」


「マジでっ!?」


「向こうに池があるぞー」


「うわー、なんか出そうな家だなー」



 来た……。また来た。

 大きな声で騒ぎながらヤツらは来るんです。


 ここが街と比べて涼しいせいか、涼を求め不特定多数の人間が来るんです。しかも、決まって夜にっ!!

 正直に言って非常に迷惑です。私は、ここに涼しさと静けさを得るために住んでいるんです。それなのに、誰とも知らぬ輩にそれが阻害されてしまうんです。私のイライラは最高潮です。

 甲高い女の笑い声や、下品な男の笑い声。自然の音を子守唄にしている私には、耐え難い苦痛です。しかも、私が住んでいると気づいていないのか、勝手に家に上がり込もうとまでする始末です。


 そんな時、私は決まってすることがあります。


『うぁあぁあぁ……』


 地の底から響くような唸り声。

 私は普段は出すことのない声を搾り出し、我が家への侵入者を脅します。そして、スイッチポンで家中の灯りをつけ、追い討ちをかけるように脅してやるんです。


 すると侵入者たちは、


「ぎゃああぁぁぁあっ!!」


 と、情けない声を出して逃げ出していくんです。

 情けない姿を滑稽に思い、面白おかしく笑ってしまいます。でも、いっときの興奮が覚めると、傍若無人な若者たちの襲撃に要らぬ労力をしいられたことにイライラとしてきてしまいます。で、ようやく取り返した静寂なのに、イライラした気持ちを持ったまま眠りに就かなければならなくなってしまうのです。



 しかし、遂に苛立ちを怒りに変えてしまうことが起きてしまいました。


『ねぇ。あんたの家、ネットに流されてるよ』


 遊びに来た友人が、私の顔を見るなり唐突に告げた言葉。意味が分からず、何のことやらと首を傾げました。しかし、色々と友人に教えてもらい、その事実を知ることになりました。

 私の家は一応電気は通っていますが、文明からほぼ隔離されています。もちろん、携帯の電波なんてものも届いていません。だから、ネットだなんて言われても確認なんて取れません。そもそも、最初言われた時は、虫取網の一種なのかと勘違いしていました。


 私は確認のために、友人と街に赴きました。久し振りの街はとても煩く、夜にも関わらずチカチカと目に痛く、人の活気に溢れています。長らく世捨て人のような生活を送っていた私には、非常にきつい状況でした。

 街に長く住んでいる友人に案内され、ネットを自由に見ることのできる場所とやらに行ってみました。友人は普段、フラフラと浮遊した生活を送っているので、色んなことを知ってます。このネットカフェと呼ばれる場所にも、たまに遊びに来ているみたいです。で、その際に、問題の動画を見つけたようです。

 私は友人が操作する様子を後ろから眺め、ネット上に上げられているという動画を確認してみました。


『あぁ……これは、確かに家ですね……』


 そこに映し出されたのは少々痛みの目立つ日本家屋。見事に我が家でした。それだけでも驚いたのに、どういう訳かそこには私の姿も映っているんです。しかも、着替えている様子がっ!!


 静かに呟いてますが、苛立ちどころではありません。怒りの最高潮です。

 うら若き乙女の着替えを撮影し、あまつさえ不特定多数の人間が観れるようにするなんて、到底許せることではありません。

 ネット関係に弱い私は、友人に色々と教えてもらいながら動画の削除依頼を出し、動画の投稿者を捜すことにしました。


 しかし、ネットというものは便利で危ないものですね。動画からSNSなどを辿っていき、意外に簡単に投稿者を見つけることができました。しかも、職業、年齢なんかだけでなく住んでいるところまでです。



 ――ピンポーン、ピンポーン。

 見つけたその足で、早速投稿者の家まで来た私は何度もチャイムを鳴らし相手が出てくるのを待ちました。しかし、なかなか出てきません。仕方なく、しばらく時間をおき、またチャイムを連打です。

 すると、ようやくガチャリと音をたてドアが開きました。出てきたのは眠気眼な若い男。チャイムで起こされたのか、不機嫌そうに大きな欠伸をしています。


 私は自分よりも身体の大きな男に怯むことなく、部屋のなかに上がっていきました。相手も勝手に私の家に上がったのです。私が了承もなしに上がり込んだところで文句は言えないはずです。

 先に部屋に入った私に遅れ、男がのらりくらりと戻り、ベッドに腰を下ろします。しばらくぼんやりとしていた男は、おもむろにリモコンでテレビを付けると、私の目の前で煙草を吸い始めたのです。私は騒がしさも嫌いですが、煙草も大ッ嫌いです。こちらに漂ってくる煙を思いっきり吹き返してやりました。男は自分に返ってきた煙を怪訝そうにしていましたが、決して煙草を消すことはありませんでした。


 男は私を見ることなく、煙草を咥えテレビの画面を観ています。一向にこちらの方を見ない態度に苛ついた私は、乱暴にテレビを切り、男の視線が向いているテレビの画面に自分の顔が映るように移動しました。一度はビクリと身体を震わせ、「えっ?」と、間抜けな声をあげたのですが、男は「気のせいかなぁ……?」などとぼやきながら懲りずにまたテレビを付けて見始めました。


 さすがにムカついた私は、ベッドの側にある小さなテーブルを手で力強く何度も叩き、私の方を向かせようとしました。叩く勢いが強く、置かれていたリモコンや灰皿がガチャガチャとテーブルの上で跳ねてしまいます。これにはさすがに驚いたのか、男は少し怯えたように跳ねる灰皿を手に取り煙草を消しました。まだテレビはついてますが、男の視線は確実にテーブルを叩き続ける私の方を見ていました。


 そして、私はこれでもかと言うほど、彼に怒りをぶつけました。


『あのですね、どうして私の家を撮影してネットに流したんですか?』


『しかも、着替え中! 失礼だとは思わないんですか?』


『全く。いい歳をして、やっていいことと悪いことの区別がつかないんですかっ!』



 テーブルに手を打ち付けながら捲し立てるように言い放つと、男の顔はみるみるうちに青くなっていきました。私の剣幕に驚いたんでしょうね。寝惚けた表情が怯えた顔に変化していくのを確認すると、なぜか変に満足感を覚えてしまいました。


 私はこれくらいで良いかなと考え、震える男に、


『もう、止めてくださいね』


 と、釘をさし部屋を出ました。部屋を出る際、ちょっとしたイタズラ心で部屋の電気を全部消してやったのですが、すごい悲鳴が聞こえてきましたよ。

 普段なら煩わしい人間の声が妙に心地よく聞こえ、私は浮かれた足取りで静かな我が家に帰りました。



 ……だけど、一度ネットに流れたものはなかなか消えることがないんですね……。


 いっときは落ち着いたように思えたのですが、しばらくすると以前以上に私の敷地に人間が来るようになってしまいました。友人の話では、あの動画に色々と尾ひれがついて広まってしまったみたいです。何でも、ここは本物の幽霊屋敷で撮影者は呪われた、みないな訳の分からない内容のようです。


 呪いだなんて……、本当に失礼な話です。私は注意をしただけで、彼を呪ったりはしていません。現に、彼のところに行ったのは、あの一回だけなんですから。



 今夜も煩い人間がやって来ました。

 この煩さは夏に集中していると分かっているのですが、私もここに静けさと涼しさを求め来ているのです。本当に、いい加減にしてほしいものです。



 生きた人間なんて本当に煩わしいです。


 あぁ……、夏なんてなくなればいいのに……。




【終わり】



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