『追』
【注意】
この話は前話『憶』の聡視点の作品になります。
露骨ではないですが同性愛描写があるので、苦手な方はご遠慮ください。
幼い頃、いつも一緒に遊んでいた男の子。高城祐司くん。一学年上の俺を兄のように慕ってくれていた。裕司くんは同学年のなかでも身体小さい方で、必死に俺たちについてくる姿が可愛らしかった。
そんな裕司くんの姿を見ていると俺は、彼を泣かせたい衝動に駆られてしまっていた。
その感情は、裕司くんのことが嫌いだから出てくるわけではない。まったくの逆で、俺は裕司くんのことが大好きだった。
好きだからこそ困らせたい、泣かせたい。涙を流しながらも、自分を慕う姿を見せる裕司くんの姿を見るのが、たまらなく大好きだった。その度に、言い様のない興奮が身体を襲っていた。
俺は裕司くんを自分のモノにしたかった。
だけど、祐司くんは俺の前から居なくなってしまった。
『オレのモノになれ――!』
そう、自分の感情をぶつけた翌日、祐司くんは遠くに引っ越して行った。
最後に見た祐司くんの顔は、訳の分からない不安に戸惑い、俺に怯えて涙を潤ませた瞳の姿。――たまらなくゾクゾクした。
だけど、もう祐司くんは居ない。俺は、その日から記憶のなかの祐司くんを思いながら生きていた。
時は過ぎ、俺も大人になった。
別れから十四年経った今でも、俺の胸を占めているのは、あの日の祐司くんの姿。過去に囚われていると言われても、否定はできない。ただ、胸を占める祐司くんの姿を塗り替えるほどの出逢いがないのも事実。
――もう一度、逢いたい。逢って、笑顔が見たい。怯え、泣く姿が見たい。もう一度、あのゾクゾクするような感覚を味わいたい。
ささやかな願いだけど、叶うことのない願いだと思っていた。だけど、諦めずに願い続けてみるものだ。
ある日、思いがけず願いは叶った。
「……祐司くん?」
仕事での外出先で見かけた男性。その姿に、我が目を疑った。すっかり大人になり逞しくなっているが、俺の知る幼い頃の面影は残っている。
ああ、祐司くんだ。
間違えるはずはない。身体が歓喜に震える。
「祐司く――……」
すぐにでも声を聞きたいという欲求はあったが、俺はそれを思い止ませた。
それは、小さなイタズラを思い付いてしまったからだ。懐かしい彼の姿を目にしたことで、俺の心は子供の頃に戻ったようだった。
まずは祐司くんの後を追い、職場を探し出した。そして、彼が帰宅する時間まで待ち、家も突き止めた。
それからは、ただ観察するだけの日々だ。幸か不幸か俺の両親はすでに亡く、しばらく遊んで暮らせるほどの財産はあった。祐司くんの姿を街で見かけて、すぐに仕事を辞めた俺には、それをする時間も経済的な余裕が充分すぎるほどあった。
祐司くんの住む部屋から少し離れた場所に部屋を借り、とにかく祐司くんの姿を追った。
よく行く飲食店で彼がよく食べるものを自分も食べ、味を覚え好みを知る。休日の行動を調べ、彼の趣味などを知り、それの知識を得る。他にも彼自身の服の好みや、女性の好み……色々と調べていった。
そして、俺は髪を伸ばし始め化粧を覚えた。
『俺』と言っていた自分を『私』と言い換え、仕草も女性らしさを意識していくように心掛けた。さすがに彼好みの巨乳にはなれないが、こうありたいという意識のおかげか、体つきが僅かに女性らしくなったような気がする。
一つのイタズラのために準備を整えながら祐司くんの姿を追い続けて、一年経った。
そんなある日、祐司くんが仕事で私たちの育った町に行くことになった。
この日だ――!
私も彼の後を追い、懐かしい思い出溢れる町に帰ることにした。
「祐司くん?」
声をかけられた祐司くんは、私を覚えていないことを申し訳なさそうにする。だけど、知らなくて当たり前。『私』は『俺』ではないのだから。でも、そんな困ったような顔も、胸の奥をくすぐられるようで良かった。
自分の過去を知るのに、自分は覚えていない。戸惑いながらも、『私』に興味を示す祐司くんの様子が手に取るように分かり、私の感情も高まっていく。
別れ際に、改めて祐司くんの連絡先の交換を求めた。裕司くんは懐かしさに気が緩み、私に対する警戒が薄れたのだろう。すんなりと私の要望に応じてくれた。祐司くんの連絡先はすでに知っていたが、これで堂々と連絡できるようになったのは純粋に嬉しかった。
私は積極的に祐司くんと連絡を取った。そして、二人っきりで逢うようになるまで、そう時間はかからなかった。
祐司くんの好みの服を着て逢い。お呼ばれすれば、好みの食事を振る舞う。そして、わざと子供の頃の話しをして祐司くんの記憶を揺さぶり、戸惑わせる。
たまにイタズラ心が涌き出て、ちっちゃなイタズラをすることもある。その度に祐司くんは困ったような顔をするけど、すぐに笑顔を見せてくれる。その笑顔の先に見えるのは、私に対する愛情。
祐司くんが日毎に、『私』に惹かれていっているのが分かる。
私は言いたくて堪らなかった。『私』が『俺』であることを――
でも、駄目。まだまだ、もっと追い詰めてでないと……。必死に自分を抑制し『私』を演じ、裕司くんを自分に惹き付ける。
だけど、私を慕い始めていた祐司くんに変化が現れ始めた。
――それは、不信感。
祐司くんは、『私』の存在に疑念を抱くようになっていた。『私』は自分の過去を知るのに、いつまで経っても自分は『私』を思い出せない。それがつもり積もって、不信感へと変わっていったのだろう。私に向けられる視線は、不審の色が濃くなっていく。
正直、それは不愉快だったけど、なぜか向けられる愛情も濃くなっているように感じられた。不審と愛情が濃くなるなか、私は耐えられなくなっていた。
『私』の真実を知った祐司くんが、どんな反応をするのか……。
拒絶? 絶望? それとも、再会を喜ぶ歓喜?
どんな反応でも良い。きっと、その根底にあるのは困惑だから。
早く、祐司くんの困った顔が見たい。――もう、我慢できない。
その日、祐司くんの部屋に来た私は妙な興奮を覚えていた。私の感情に感化されたのか、どことなく祐司くんの様子もいつもと違う。互いが感じている興奮は違うだろう。だけど、求めているものは同じだと思う。
触れた手が熱っぽく絡まってくる。そして、重なり合う唇。
もう、限界だ――!!
押し倒されそうになった身体を逆に押し倒し、祐司くんに馬乗りになる。
「私のものになってよ」
そして、告げる言葉。祐司くんと『俺』の最後の思い出と同じ状況。
戸惑いの眼差しで、私を見上げる祐司くん。まだ、足りない。
早く、早く、思い出して。俺をゾクゾクさせて――
もう一度、囁き、記憶を揺さぶる。
押さえ込む腕にも力が入ってしまう。一瞬、裕司くんは痛そうに顔を歪めたが、その表情は何かに気付いたようにみるみる変化していく。
「あーーーーっ!!」
そして、様々な感情のこもった叫び声を上げる。
「思い出してくれた?」
自分に向けられる視線の変化に、身体が反応する。
「……も、もしかして、聡くん……?」
戸惑いや困惑……そして、僅かに見える懐かしさ。祐司くんは複雑な表情で『私』ではなく『俺』……三村聡を見ている。
「嬉しいな。思い出してくれて」
俺の下で祐司くんの表情がまた変化する。複雑さが消え、一つのものに集約していく。
――恐怖に怯える顔。
ああ、嬉しい。すごく嬉しい……。また、祐司くんのこの顔が見れるなんて――
もう、心も身体も我慢できない。
「やっと、あの日の約束が果たされるね」
怯え震える祐司くんのシャツのボタンを外し、俺も『私』だった志村聡美の姿を脱ぎ捨てる。
そして、俺は三村聡として、ずっと秘めていた欲を祐司くんに突きつけた――
【終わり】