ディー
少女はディーと名乗った。
「5年前、勇者様は村に来て、お母さんを助けてくれたでしょう? ……覚えてないですよね……」
5年前なんて俺はこの世界に来ていない。完全に人違いだ。
「それ、俺じゃないから」
「え? ……勇者様じゃないんですか?」
「違うよ」
「そっくりなのに……」
それはきっと同じ日本人の勇者だったんだろう。外国人にしてみれば、日本人なんて皆同じに見えるんじゃなかろうか。
「じゃあ、どうすれば……」
ディーはガックリとうなだれた。
「助けてほしいって、何があったの?」
キースがディーに問いかけた。俺も気になっていた。
「……うちのお父さん、右手を怪我して仕事ができなくなっちゃったんです」
「勇者なら治せるの?」
「はい。5年前、お母さんの病気を治してくれたし、隣りの子の怪我も治してくれました」
その勇者は治癒の能力があったのかな。いいなぁ、ヒーラーかぁ……。
「ポーションで治らないの?」
キースがそう訊くと、ディーは悲しそうに首を振った。
「神の雫じゃないと治らないって言われました」
神の雫? 酒か?
「神の雫……ものすごく高いよね……」
「はい……」
二人でなんか納得してるけど、神の雫ってのはものすごく高価な薬ってことかな。で、それが買えないから治らないと。
「買えないなら、作ることはできないの?」
「無理だよ。材料の薬草がものすごく高いらしいし、だいたい薬師じゃないと作れないよ」
俺の疑問にキースが答えてくれた。
材料の薬草……よし、そんなに遠くない。
「その薬草をたくさん採って来て売ったら、薬が買えるんじゃないか?」
「……あ!」
俺の提案に、キースは期待するようにこっちを見た。
もちろん、俺のナビさんは優秀だから、高価な薬草の生えてる所もバッチリ案内してくれますよ。
「ディー、お父さんの怪我はすぐに治さないと命にかかわるってわけじゃないよね?」
「そうですけど……でも仕事ができないとお父さんが」
「わかった。俺たちで薬草を採ってきて神の雫を手に入れてみせるから」
キースがディーに約束してるけど、それって俺を信頼してるってことでいいんだよな? ディーに良いところを見せたいだけじゃないよな?
「それなら私も一緒に行きます!」
「え、でも危ないから」
俺はそう言って断ろうとしたけど、ディーの決意は固いようだ。
「私、こう見えて力持ちなんですよ! 荷物持ちとかしますから! それに私、冒険者ですから!」
そう言われれば、彼女は俺よりずっと冒険者らしい格好をしていた。
けど、足でまといになるかもしれない女の子を連れては行けないだろう。
「ディーはお父さんについててあげてよ」
キースがそう言って説得を試みている。
「そうだよ。お父さんが無茶しないように気を付けてあげて」
俺もそう言うと、ディーは迷ったようだが頷いた。
そうして、俺とキースは明日薬草を採りに行くことをディーに約束したのだった。