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エンドリア物語

「裁きの結末」<エンドリア物語外伝2>

作者: あまみつ

 円蓋の天井は、首をそらし見上げる高さにあった。

 はめ込まれたステンドグラスから、七色の光が差し込む。

 コロッセウムのようなすり鉢型の巨大な会議場。中央には位置された壇上には、ルブクス魔法協会の重鎮が並んで座っている。

 中央の老人が、重々しく会議の開始を告げた。

「これより、ムー・ペトリの今後の処遇についての審議を行う」

 一段低い位置に並べられた椅子に、オレとムーとモップが座っている。

 オレとムーはともかく、モップが椅子に座っている光景は、通常なら失笑ものだが、会場を埋め尽くす魔術師達からは、笑い声どころか咳払いすら聞こえない。

 不気味なほど、静まり返っている。

「意見のある者は、挙手せよ」

 会議場には千人近い魔術師達がいるはずだが、誰一人手を挙げようとはしない。

 沈黙の会議場に、刻々と時間だけが流れていく。

 議長の老人が困惑した顔でオレをみた。

 なんとかしてくれ、ということらしい。

 オレは首を横に振って拒否した。

 オレだってイヤだ。

 下手なことを言って、ムー・ペトリの後見を怒らすのは。

 しびれを切らしたのは、ムー。

「もう、お家に帰っていいでしゅか?」

 公式の場なのに、幼児語だ。

 オレが肘でつっつき、間違っていることを教えると、慌てて魔術師としての話し方に変えた。

「エンドリア魔法協会に所属しておりますムー・ペトリと申します。かつて、女神召還という禁忌を犯しましたこと、この場をお借りして深くお詫び申し上げます。

 現在、エンドリアの王都ニダウに居を構え、魔法の研究を行っております。私自身といたしましては、この生活を続けていきたいと思っております」

 世界を破滅の危機にさらしていながら、普通に生活したいとは図々しいにもほどがある。

 というのが、ここに集まっている多くの魔術師の意見だろう。

 危険な術を使う魔術師なのだから、幽閉しても当然だが。

「ムー・ペトリより、希望が出された。

 この件に関して意見があれば、挙手せよ」

 誰も手を挙げない。

「意見がないようであれば、希望どおり、ニダウでの生活を認めることとする」

 面倒くさくなったらしい議長が、終わらせようとした時だった。

 小さな声で、誰かが言った。

「危険だ。どこかに閉じこめろ」

 場内に緊張が走った。

 その緊張に応えるように、声が響いた。

ーー 来よ ーー

 脳内に直接聞こえる、荘厳な響き。

 ひとりの若い魔術師が、オレ達の頭上高くに現れた。

 おそらく、閉じこめろと言った魔術師だろう。

 空中に転送された魔術師は、絶叫しながら落下してくる。

 オレは周りの椅子を蹴りとばして場所を作り、受け止めた。

 腕にかかる重い衝撃。

 肩が抜けそうだった。

 床におろすと腰が抜けているらしく、へたりこんで震えている。

ーー 話せ ーー

 この場を支配する暴君は、意見を言った魔術師に命じた。怯える魔術師は震える唇から言葉を紡ぎ出したが、単語の羅列で意味をなしていない。

 千に近い視線が、オレ達を注視する。

 神レベルの異世界生命体というのは、知識として知っていただろうが、実際にその力を目にしたのは初めてだろう。

 呼称、モジャ。長い柄とふさふさな紐が先端部についたモップ型生命体。

 議長の隣に座っていた魔術師が立ち上がった。

「モジャ殿。ここは権威ある裁きの場。人として理性ある行動がとれないようならば、退出願おう」

 太った壮年の魔術師。

 これを理由に追い出せると思ったのかもしれない。

 モジャは噂と違い、良識のある心優しいモップだ。

 ムーに関わることでなければ。

ーー 人とな ーー

 笑いを含んだ響き。

 次の瞬間、壮年の魔術師はカブトムシに変身していた。

 6本足をバタバタさせる180センチ越えの巨大カブトムシ。

 意識はあるらしく、隣の魔術師に何かを伝えようと細い腕を伸ばしたり、羽ばたいたりするが、隣の魔術師は完全に逃げ腰だ。

 1分ほどして人間の姿に戻ったが、錯乱状態に陥っていた。側にいた白魔術師がスリープで眠らせる。

 議事進行役の老人が、恐る恐るといった様子でモジャに進言した。

「今はムー・ペトリの処遇について話し合っております。議事を妨げるような行為は慎み願いたい」

 モジャの嘲りの声。

ーー 妨害とは、このような行為のことか? ーー

 前触れもなく、宙に現れたのは金貨。

 無数の金貨が、途切れることなく現れ、議場に降り注ぐ。

 表裏に彫刻のない平らな金貨。

 転送ではなく、モジャによって生成されたものだとわかる。

 歓声を上げ、かき集める魔術師もいるが、ほとんどの魔術師は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 錬金術は魔術師の原点のひとつであり、同時に目標のひとつでもある。それをたやすく実行しているモジャ。

 魔術師など畏れるに足りぬと、この行為で伝えている。

 溢れるほどに降り注いだ金貨は、一瞬で消えた。

 数十人の魔術師が、失った金貨に悲痛の叫びをあげた。

 オレはあきれた。

 降り注いだ大量な金が市場にでれば、混乱することがわからないのだろうか。

 しつこいようだが、モジャは常識あるモップだ。

 そうでなければ、昨日の夕飯が2切れのパンと野菜スープだけのはずがない。

 壇上の人間が1人。すくっと立ち上がった。

 若い。

 銀縁のメガネがどことなく冷たそうな印象を与える。

「議長、他に意見がないようでしたら、ムー・ペトリはエンドリアで研究を続けるということでよろしいのではないでしょうか」

 助かったという顔で議長が、うなずいた。

「では、ムー・ペトリは本人の希望どおり、エンドリアで研究を続けることとする。

 これにて、閉会とする」

 閉会宣言が出されたが、魔術師は誰ひとり立とうとはしない。

 モジャが動かないため、動けないのだろう。

 気配を読んだモジャが、宙に浮かんだ。

 ふわふわの紐でムーをくるりと巻き上げる。

ーー 世話になった。人の世で高価なものをプレゼントしよう ーー

 そう言い残して消えた。

 オレはひとりで、魔術師の喧噪のただなかに残された。

 モジャの残したプレゼント。

 オレのいる会議場のあるルブクス魔法協会の建物全体が、ダイヤモンドになっていた。

 光がうるさいほどに差し込み、階下の人々も含め、プライバシーゼロの間が抜けた空間が広がっている。

 会議場の扉が開かないと騒ぎだし、多くの魔術師がダイヤモンドの扉をどうやって開けるか相談をはじめた。

 これだけの魔術師がいるのだから、いつかは開くだろうと、倒れた椅子を直して、腰を下ろした。

「理由を教えてくれないか?」

「何の話だ」

 オレに話しかけてきたのは、壇上にいた銀縁メガネ。

 オレと同じくらいの年に見える。

 年齢は同じくらいだが、頭はオレに比べて非常に良さそうだ。

 首にかけられている豪華な飾りは、高位の魔術師の証。

「モジャがきた理由はわかっている。知りたいのは来なければならなかった理由だ」

「何を言っているんだ?」

 オレは首を傾げてみせた。

 メガネはあきれた顔で、

「下手な演技だ」というと、一枚の紙をオレに差し出した。

「手を組む気になったら連絡してくれ」

 オレは差し出された紙を読まずに、粉々にちぎった。

「噂通り、変わった奴だな。その気になれば、地位も名誉も財産も、手に入れ放題だろう」

 メガネの言っていることをオレが理解するに、十数秒を要した。

 言っていることはわかった。

 ただ、メガネが想像しているオレの現状と、オレの現実があまりにかけ離れていた為だ。

 モジャはきわめて誠実な常識モップで、ムーは制御不能な危険魔術師で、オレは古魔法道具店で働く店員だ。

 オレはわかりやすく、メガネに現状を伝えた。

「オレは肉が大好きだが、ここ一週間ほど食っていない」

 虚を突かれたメガネだったが、すぐに我に返って爆笑した。

 腹を抱えて苦しそうに笑っているメガネ。

 さっきは「下手な演技」で誤魔化したが、このメガネ、油断がならない。

 メガネが最初にわかっていると言った、モジャが来た理由。

 ムーに対する魔術師達への牽制。

 派手なデモンストレーションで、自分の力を見せつけて、ムーに手を出せないようにする。

 様子から見て、目的はほぼ達せられたと思う。

 メガネが次に聞いてきた、モジャが来なければならなかった理由。

 モジャほどの力があれば、魔法協会の呼び出しに応ずることなどせず、ムーの側で魔術師を排斥すればいい。

 それが出来ない理由。

 滞在時間の限界。

 オレとムーしか知らないが、モジャはこの世界に長い時間いられない。1日約10分、最大でも60分が限界だ。さらに60分こちらの世界にいた場合は、翌日から5日間は来られない。

 ムーの側にいられる時間は、非常に短い。

 モジャが留守の間、魔術師達が手を出さないように牽制するために、モジャは今日、この場所に来なければらならなったのだ。

 今はオレとムーだけしか知らないが、いつかはばれるかもしれない。

 だが、ばれるのが今でないことは確かだ。

 笑い疲れたメガネが、まるで友達にでも話すような気安さでオレに言った。

「なあ、教えてくれよ」

「オレには何を言っているのかわからない。知りたいことがあるなら、直接モジャに聞けよ」

 メガネは肩をすくめると、偉い魔術師の群に戻っていった。

 信じられない一言を残して。

「代われるものなら、君と代わりたいよ」

 ムーとモップとの共同生活。

 オレは心の中で怒鳴った。

 代われるなら、今すぐ代わってやる。




 オレを忘れたことに気がついたモジャが、ロラムからエンドリアに向かって旅するオレを迎えに来てくれた。徒歩5ヶ月の予定の旅は、1週間で終わりを告げた。

 時間制限でこちらの世界に来られず、オレの迎えが遅くなったと謝るモジャ。その隣で、家中の食い物を食べ尽くしたムーが、うまそうにモジャ特製の野菜スープをすすっていた。

 ルブクス魔法協会の建物は、3日目に火災が起きて半焼した。大会議場の天蓋がレンズの役割を果たしたらしい。

 焼けただれた巨大なダイヤモンドの建物のせいで、ダイヤモンドの価値が大幅にさがったらしい。

 希少だから価値があるのだ。人外の力で大量に作るのは、この世界にとって良くない。

 と、頭ではわかっているが、モジャを見る度に一枚でいいから金貨を出してくれないか思ってしまうオレだった。




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