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第一話 憑依

よろしくお願いします

 いつも通り目が覚めた。部屋には太陽の光が差し込みいい寝起きであった。しかし、周りを見渡していると何かが決定的におかしかった。見たこともない部屋だった。僕は混乱した。何が起きているのかもわからない。こんな引きこもりを誘拐するなんてことはないし、窓から外を見た景色は異国情緒あふれていた。ここは大きな屋敷であるみたいだし、外には帯剣した門番たちや、働いている庭師、まるで中世のしかもヨーロッパのような場所だった。


 僕は慌ててこの部屋のことを調べ始めた。広い部屋であり、調度品も素人眼に見ても高級さを思わせるような者ばかりだった。そう観察していると、ふと鏡が目に入った。鏡の中には金髪の12歳ほどのきれいな少年が写っていた。鏡の中の少年は僕と同じ動きをしていた。僕は激しく混乱した。僕の容姿とはかけ離れている。僕はもう20歳だし黒髪の純粋な日本人だ。


 そう思っていると途端に頭の中に激痛が走った。僕の中にもう一つの記憶があるみたいだ。気持ちが悪い。いったいこの記憶は何なのか。いったいこの体は何なのか。激痛で詳しい時間はわからなかったが体感では10分ほど続いた。頭痛が収まってくると今自分に何が起きているのか次第に理解し始めた。


 どうやら僕はこの少年に憑依してしまったようだ。


 この少年の名はルンハルト・フォン・ライプスト。オルドナル王国のライプスト領を統治する貴族の子息であった。父親で子爵のベルトルト・フォン・ライプストと母親のシャルート・フォン・ライプストとの三人家族だ。ルンハルト少年は本格的な貴族としての教育を10歳のころから始め一生懸命に努力し、

領民のためになるように努力していた。両親もそんな息子のことを思い大事に育てており、息子も愛されていることを実感していた。


 このルンハルト少年に不幸が起こったのは11歳の誕生日を迎えてから一月がたったある日の深夜のことであった。勉強で疲れてしまっていつもは深夜に目が覚めることはなかったのだが、この日はなぜか目が覚めてしまった。もう一度毛布にくるまり眠ろうとすると屋敷の下から少女のような声の悲鳴と、男性と女性の怒声が聞こえてきた。少年は不思議に思い廊下に出てみると1階に降りてみることにした、次第に聞こえる声が大きくなり、怖かったが同時に何が起きているのか知りたくなり、進むと、普段は行き止まりの道の先に地下への階段が現れていた。恐る恐る地下へと向かうとそこにいたのは、牢屋に入れられている10人ほどの奴隷とそれらに肉体的暴力や性的暴力をふるっている両親の姿だった。


「おらっ、奴隷の分際で私の役に立てることを光栄にっ…思うんだなっ!」


「あっ……い…痛い……や…め……て」


 ルンハルトはその光景に声も出せなくなり、すぐさま気付かれないようにその場から逃げ去った。

さっき見たことを信じられなかったルンハルトは部屋へと戻り、恐怖におびえながら布団にくるまって眠るのだった。


 ルンハルトは確かに奴隷というものについて勉強の一環として学んでいた。金で売り買いされる存在であり人とはみなされない存在であるとも知っていた。でも、子爵家の使用人に奴隷なんかいなかったし奴隷の実態を知る機会なんてなかったのである。


 ルンハルトは見たものが信じられなくなり、翌晩も確かめることにした。しかしその日もまた両親が奴隷に暴力をふるっていたのである。昼間は自分には優しい両親と奴隷に暴力をふるってる両親を結びつけることはむずかしかった。普段は温厚で規範となる貴族として活動している両親の姿しか知らなかった。

途端にこの差に――両親の裏の顔に気持ち悪くなった。


 ルンハルトはまじめで実直な少年である上に、今まで大切に世話をされてきた世間知らずの少年なのである。裏の顔を知ってしまった上でルンハルトには優しく接しているこの両親が同じ人間だとは思えなくなっていた。この両親の二面性に嫌悪感しか抱くことができず、耳を澄ませば聞こえてしまう奴隷の悲鳴や両親の怒声も相まってルンハルトは次第に心を病んでいったのである。


 両親は心配して話しかけてきたが逆効果であった。ルンハルトの目には両親はもはや意味不明な生き物にしか見えなかった。両親は単に病弱になってしまったのだと判断して、その後も自由に過ごさせた。


 しかし両親に対する嫌悪感と奴隷に対する罪悪感でいっぱいになったルンハルトは何も信じることができなくなり、12歳の誕生日を迎えた今日、自意識を心の奥底へと封印して眠りについてしまった。


 その空いた意識の部分になぜか僕の意識が入り込んでしまったのだ。それが今の現状である。


 もともとの僕の記憶とルンハルトの記憶が混在する状態ではあるが、頭の中ではうまく整理できている。現時点では、ルンハルトの意識は固く閉ざされてしまっているが、奴隷に対する無念の気持ちとこんなことをしている両親への嫌悪感と暴力行為を止めたいという気持ちが伝わってくる。


 僕はルンハルトに感謝している。まだ自分に自信を持つことはできないが、自分を変えられるような機会をくれたからだ。ルンハルトが考えていたことは伝わってきて、もはやそれは自分の感情と同じことのように感じられる。ルンハルトに対する感謝を示すために奴隷に対して何かできることをこれからしていこうと思う。自分もそうしたいと思っていることだし。


 そのためには現状のままではだめだ。ルンハルトの記憶通りなら、いくら法的に人として認められない奴隷とはいっても、あまりにも残虐な扱いをするものがこの貴族には多い可能性が高い。それに自分はこのまま貴族としてこれからも生活することはできそうもない。この体は両親に対する激しい嫌悪感と憎悪の気持ちを持っている。両親をこのまま放置することは決してできない。ルンハルトの無念を晴らさなければ。


 僕は今日からルンハルト・フォン・ライプストとして生きていくことに決めた。


 ルンハルトの記憶によるとこの世界には冒険者という職業が存在し、その者たちは冒険者ギルドに所属し魔物討伐や盗賊討伐、ダンジョンを攻略することで素材や財宝を得たりその他さまざまな依頼を受けることで報酬をもらう職業のようだ。その職業の特色上身分を問われるようなこともなく、誰でもなれる職業として有名であった。そのため貴族という身分を隠して生活するには、冒険者になるのが一番いいだろう。そのために戦うすべを身につけなくては。それまではせいぜいこの家を利用させてもらうとしよう。今は我慢の時期だ。


 そうと決まれば早速父上を利用させてもらうとしよう。すっかり調子が良くなったことをつたえ適当な理由をつけ戦闘に関する教育を受けさせてもらうのだ。僕はすぐさま執務室に向かった。


 僕は執務室のドアをノックした。


 「失礼します、父上。お話ししたいことがあるのですがよろしいですか?」


 「おおなんだ、ルンハルトよ。体の調子は大丈夫なのか?それで話しとはなんだ?」


 父上は本当に驚いた顔でこちらを見ているが、ルンハルトを心配しているのは本当の気持ちのように見受けられた。だからこそ気持ちが悪い。ルンハルトの魂がひたすらに嫌悪と拒絶の気持ちを伝えてくる。

それが伝わってくるのが分かるから僕はこの人を憎く感じる。でも今は我慢だ。我慢するんだ。


「ええ、最近は調子がいいんです。それで話なのですが僕に戦う方法を教えてほしいのです。身体が弱いままではいけないと思いますし、誇りある貴族として領民を守るために学びたいのです。」


「ふむ、そうかわかった。可愛い息子の頼みだ。とりあえず剣術と魔法の指導でいいかな?それなら10日ほどで指導者も用意できるだろう。」


「ありがとうございます、父上。」


「良いのだ。頑張るのだぞ。」


 許可は得た。僕はいち早く父上から離れたかったので早々に執務室から離れた。今はとりあえず力をつけることが先決だ。目標をはっきりと設定してやりきる気持ちを持たないと僕はまた途中であきらめてしまう。両親に関する問題は、ルンハルトの感情に引っ張られてやりきる自信はあるが、僕はその後も冒険者として生きていかなければならないのだ。この世界は人が簡単に死ぬ。自分に自信はないが死ぬのは嫌なのだ。感情との折り合いをうまくつけないといけない。


 先ほど魔法という言葉が出てきたのでルンハルトの記憶をたどると確かにあった。まだルンハルトの記憶を完全に自分のものにしたわけではないのでいちいち思い浮かばなければならない。じきに自然に思い出せるようになるだろう。


 魔法についてだが、ルンハルトが知っていることはそう多くないが大体は想像通りのもののようだ。

属性は火・水・土・風・無の基本属性と光・闇の特殊属性で成り立ち、初級・中級・上級という順番で階級分けされているようだ。ルンハルトは書物でしか見たことがなく、詳しく知ろうとする前には

心を病み始めていたのであまり詳しくないらしい。


 まあ大丈夫だ。今度来る先生にその点は詳しく聞こう。それより先生たちが来るまでにしておくことは何だろうか。まずはルンハルトの知識にさらに肉付けする必要があるだろう。ルンハルトがまともに勉強していたのは10歳までなのだ。情報は大事だ。知らないということはそれだけで不利になることが多いのだから。あとは体作りもする必要があるだろう。何しろしばらくほぼ寝たきりの生活をおくっていたのだ。時間は足りないがやらないよりましだろう。毎日走るか、そうしよう。


 明日からは忙しくなる。なんせやることがたくさんなのだ。目標があるというのはそれだけで助かる。

両親のことを何とかした後の目標も考えていこう。目標は大切だ。


 そんなことを考えながら僕は明日に備えて眠るのだった。

ありがとうございました。

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