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レイド「ぶあっくしょーい!! ううー、寒っ」
こうして“喋る短剣”ことハムを含め、伝説のお宝である“闇の宝玉”までもが俺の手元に加わった。
一財産なんてモノじゃない。もしこの二つを売り払おうモノなら、それこそ一生遊んでも使い切れない金が付いてまわる事になるだろう。
「ハ、ハハ……マジかよ……」
途端、全身の力が抜けた俺は、そこが冷たい洞窟の中であるにも関わらず、壁沿いにズルズルとへたり込んでしまった。
正直、ハムの存在だけでも荷が重いと言うのに、闇の宝玉まで俺に預けるなんて、あの親父は何を考えていやがるのか……。
――だが、これで一つハッキリした事がある。
(間違いねぇ。親父のヤツ、本当にあの四人組に情報を流しやがったな)
あのアレッシオ率いる四人組は、俺の親父が闇の宝玉を持っている。或いは、俺がその在り処を知っていると確信して、ここまで俺達を追ってきた節がある。
そして親父が宝玉を隠し持っていた事も、俺にその隠し場所を伝えた事も、知っているのは当の本人である親父だけだ。
こればかりは、ゴルドの爺さんだって知りようがない。なら、その情報の出所だって、親父以外には有り得ない。
(クソ親父、一体何企んでいやがるんだ?)
「……あ、そうだ手紙」
そういえば、宝玉と一緒に手紙が入っていた事を思い出す。
手元の明かりを頼りにその手紙を開いてみると、案の定、それは俺宛に書かれたモノだった。
◆
レイドへ。
お前がこの手紙を読んでるって事は、お前なりに覚悟を決めたって事だろう。
俺からの伝言も解けたみたいだし、良くやったと褒めてやりたい処だが、お前は俺と母ちゃんの息子なんだ、それぐらい出来て当然だな。
だがまぁ、これでゴッコ遊びは卒業って事にしといてやる。ココから先は、何をするにしろ好きにやってみるといい。
ただ、この手紙と一緒に見付けた物について、一応の説明くらいはしておいてやる。
その黒い玉は大昔、“竜の目”とか“闇の宝玉”とか、そんな大層な名前で呼ばれていた代物だ。
かの伝説の三臣、“力のアタカ”が王より賜りし宝の一つ、“光の花”への道標。
今更だが、この期に及んで“三遺の十二宝”の存在を疑ってる、なんて事はねぇよな?
ゴルドの親父に口止めされてたから教えなかったが、“三遺の十二宝”は確かに存在する。
実際、俺は“光の花”に手の届く一歩手前まで迫った。結局は途中で引き上げたが、そこは俺が保障してやる。
まぁどっちにしろ、今となっちゃあソイツはもうお前の物だ。煮るなり焼くなり好きにしな。
だが、もし自分の目で“光の花”の存在を確かめる積りなら、今以上の覚悟をしておけ。
今の世界のあり方を根っこから変えちまう。アレは、それぐらい突拍子もない代物だ。だから俺は手を引いた。別に怖気付いた訳じゃねぇぞ。
この先お前ら若者が暮らして行く世界を、俺みたいなオッサンが如何こうするってのは、流石にどうかと思ったんでな。
それとだ、片方だけが情報を持ってるってのは公平じゃない。だから、お前にコレだけは教えておいてやる。
《守護の主たる黒き獣、その瞳、塔への入り口を常に見詰め、来訪の徒を導かん》
コイツは、その玉が元々あった場所に刻まれていた一文だ。他に知りたい事があれば、後はお前自身の眼で確かめてみな。
追伸。
もしお前を追ってくる奴の中に、顔にデケー傷痕のある厳ついオッサンがいたら、ソイツにこう伝えておいてくれ。
俺の息子は――
◇
入ったとき同様、滝に打たれながら洞窟を出る。見上げた空は完全に暗く染まり、そこには大量の星と双子の月が輝いていた。
(意外と時間が掛かったな)
だが、陽が完全に沈んだ時間帯にも関わらず、身体には熱い空気が纏わり付く。どうやら、思った以上に身体が冷えているらしい。
せめて手紙は外に出てから読むべきだったと後悔しつつ、俺は灯節筒の明かりを頼りにフールの許へと戻った。
「戻ったぞ――って、あれ?」
そうして、最後にフールと別れた場所に戻ってくると、そこでは既に火が焚かれていた。
焚火には水の入ったポットが掛けられ、下処理の済んだ蛇が串に刺さった状態で炙られている。
だが、それらの準備をしたであろう相方の姿が見当たらない。
「おいフール、居ないのか?」
そう周囲に呼び掛けるも、相方が出てくる気配はない。
(小便にでも行ってんのか?)
フールは基本、料理の最中にその場を離れる事はない。
まぁイキナリ強烈な便意に襲われた可能性もなくはないのだが、ポットも食材も火に掛けっぱなしというのは、アイツにしては珍しい。
(妙だな……)
そこで、何故か妙な胸騒ぎを覚えた俺は、周囲を警戒しつつ灯した時とは逆の手順で灯節筒の明かりを落す。
灯節筒の白く強い光が消へ、周囲は中央で燃える焚火のオレンジ一色となった。
(特に争そったって形跡はないが……)
焚火の周囲を見渡しても、特に荒らされた痕跡はない。置いてある荷物を見ても、カバンがひっくり返されていたり、中身が散らばったりもしていない。
普段ならこの程度、相方がトイレか何かで少しこの場を離れただけ、と結論付けるのだが、今回は何故か嫌な予感を払拭できない。
と、その時――
シューーー
「あっ、イカン!」
突如、背後の焚火から水の焼ける音が鳴る。ポットから吹き零れたお湯が、下の炎をより一層高く燃え上がらせた。
こんな暗がりで火が消えてしまうのは流石に困る。俺は近くに落ちていた木の枝を手に取ると、ポットの取っ手に通して直ぐに火から遠ざけた。
「アッチチ!……ふぅ」
「レイド~」
ポットを火から下ろして一息吐くと、それまで姿を見せなかったフールのヤツが、横の茂みからひょっこり顔を覗かせた。
「何だよ、トイレにでも行ってたのか?」
「ごめんね~」
どうやら、本当にトイレか何かだったらしい。
「別に良いけどよ、火に掛けっぱなしは止めとけ。折角の焚き火が消えちまう」
「“そう言うな”」
「ッ!?」
それは、明らかに相方とは違う声音。そう理解した瞬間、俺は反射的に身構えていた。
「コイツはさっきまで我々の相手をしていたんだ。大目にみてやれ」
そうしてフールの背後、茂みの暗がりから続けて姿を現したのは、例の四人組の一人――最も体格の小柄な人物。
「お前」
「動くな。貴様には聞きたい事がある」
ソイツはフールの後に寄り添うように立ち、鋭い視線で俺を睨み付けている。
俺は言われた通り体を固めるが、目と耳に最大限意識を集中し、真っ先にフールの様子を確認した。
光源は足元の焚火のみ、そのうえ距離が有るので詳しくは分からなかったが、それでも怪我を負っている様子はない。
少し窮屈そうにしているのは、たぶん後ろ手に縛られているからだろう。ここからでは見えないが、背中にナイフでも突きつけられているのかもしれない。
「無事かフール?」
「うい~、ケガとかしてないよ~」
嘘ではないだろう、そこは安心してよさそうだ。
「安心しろ、少し話を聞かせて貰っただけだ。手荒な真似はしていない」
「“今はまだ”――か?」
「“私が決める事ではない”」
(言いやがる)
だが事実、今この場の主導権を握っているのは向こうだ。癪だが、ここで下手に動く訳にはいかない。
(さて、どうするか……)
見たところ相手は一人。もしコイツが単独で行動してるなら、他の連中が合流する前に行動を起こしたい。
俺は顔を動かさず、視線だけを周囲に素早く走らせる。
今手の届く範囲にあるモノは、腰にある短剣とカバンの中身。それと焚火から降ろしたばかりのポットと、降ろすのに使った木の枝。
(どれか投げ付けて、その隙にフールを掻っ攫うか?)
「おーっと、変な気は起こさない方が良いよ」
「ッ!」
すると、そんな俺の考えを見透かしたのか、右手から気の抜けた声に釘を刺される。
少しだけ首を回して視線を向けると、そこには〈メルトス〉の町中で俺に矢を放ったあの緑髪の男が、軽薄そうな笑みを浮かべて立っていた。
ガサッ
続けて今度は反対側、左手の茂みが揺れ、あの全身鎧までもが姿を現した。
回り込まれた気配はない。詰まりコイツ等は最初から周囲の茂みに身を隠し、俺がこの場に戻って来るのを待ち構えていた事になる。
と、言う事は――
(……ま、そりゃあ居るわな)
やがてフール達の後方、俺の前方にある森の暗闇と茂みを掻き分け、四人組最後の一人が姿を現した。
これで前方に追っ手が二人、左右にそれぞれ一人。背後には河が流れている為、完全に逃げ場が絶たれた状態だ。
どうやら単独行動をしているなんて甘い考えは、コイツ等相手には最初から通用しなかったらしい。
最悪、俺だけでも後ろの河に飛び込めば逃げ切れるかもしれないが、ソレは流石に色々とリスクが高過ぎる。
(成る程。ゴルドの爺さんが言っていた通り、こりゃ確かに慎重だわ)
〈メルトス〉出発の前夜にした、ゴルドの爺さんとの会話を思い出す。どうやら、コイツ等に俺たちを逃がす気は微塵もないらしい。
まぁ当然といえば当然だが、かといってコッチも素直に捕まってやる気もなければ、フールを置いて逃げる気だって更々ない。
(取り合えず、軽く煽って出方を見るか?)
相手の狙いはあくまで宝玉の筈。なら、イキナリ人質を手に掛ける、なんてことはないだろう……多分。
「……あんたが“アレッシオ”か。国軍のお偉いさんが子供を人質に取るなんて、中々良い趣味してるじゃねぇか」
「貴様ッ!」
そんな安い挑発に真っ先に反応したのは、フールの後ろに立つ小柄な人物。
だが、アレッシオらしき人物がソイツの前に手を翳すと、今にも俺に襲い掛かりそうなソイツの興奮を即座に諌めてしまった。
激昂から一瞬の沈静化。その一連の動きは、手を翳した人物に対するソイツの強い忠誠心のようなモノを窺わせる。
どうやら、コイツがこの四人組の頭――〈アレッシオ・ソラーゼン〉に間違いないらしい。
「気に触ったか? でもなぁ、事実を指摘されて怒るってのは、当の本人に自覚があるって証拠だぜ。自分が下衆だって自覚がな」
「……」
しかし、更にそう皮肉交じりの言葉を重ねても、アレッシオは特に反応を示さず、被ったフードの内側から俺に視線を向けるのみ。
フードの内に出来た暗がりの中、焚火のか弱い揺らめきを映す二つの瞳が、さっきから値踏みでもするよう俺のことを見詰めている。
(何だ、コイツ?)
その視線に、ドコか薄気味の悪さを感じていると――
「成る程、黒瞳黒髪とはな。顔立ちも、あの男とは似ても似つかん」
そう言いながら被っていたフードを脱ぎ、ソイツは初めて俺にその素顔を晒した。
「しかし、あの“女狐”の面影がないのは、私としては僥倖だ」
「ッ!!」
瞬間、俺は本能的に理解した。
(マジか、こんなヤバイ奴だったのかよ!)
幾筋の藍色の混じった白髪に、彫りの深い顔立ちに刻まれた幾本ものシワと、口元に生え揃った短い髭。
右目の上から左目の下にかけて奔っている大きな傷跡が特徴的だが、俺が何より強い印象を受けたのは、その男の両目に宿る鋭い眼光だった。
口で上手く説明できる類のモノじゃない。だが、この男の眼を見た瞬間に分かった。
コイツの眼に宿っているモノは、俺の親父や〈黒羽〉のマスター、そしてあのゴルドの爺さんと同種のモノだ。
他にも同じような眼をした発掘者を何人か知ってはいるが、その人達も皆経験豊富な玄人ばかり。
正直、俺みたいな若造が太刀打ちできる類の人間ではない。
ゴルドの爺さんが一杯食わされたと語ってはいたが、その時点でも内心では半信半疑だった。
だが、こうして直に対峙したからこそ分かる。コイツは“並”じゃない。
間違いなく親父やマスター、そしてゴルドの爺さんに比肩する実力の持ち主だ。
下手に関われば一瞬で捻り潰される。この男は、そういった雰囲気を纏っている。
(これが“国軍トップ”って奴か……)
未だ滝の水に濡れているにも関わらず、顔の横を一筋の冷や汗が伝うのが分かる。
今では自分の意思で身体を動かさないのか、それとも相手の雰囲気に飲まれ動けないのか、正直よく判らない。
「……まぁ良い」
そうしてその男、アレッシオ・ソラーゼンは俺を見下すようにその眼を細めると――
「渡して貰おう」
そう言って、自身の右手を差し出してきた。
その口調は穏やかではあったが、そこには相手に有無を言わさず、また問答も無用と言外に語るだけの迫力があった。
対する俺は相方を人質に取られ、逃げ道を塞がれ、おそらく“闇の宝玉”を見付けた事すらも見抜かれている。
絶体絶命。万事休す。一歩下がれば真っ逆さまの、まさに崖っぷちに立たされているような状況だ。
下手に逆らえば拙い事になるのは目に見えている。ここは大人しくコイツ等に従って、機会を伺うのが得策だろう。
だが――
「何の事だおっさん? 悪ぃが何を言ってんだかサッパリ分かんねぇよ」
俺は、あえて正面から白を切った。
相手も俺が惚けている事は百も承知だろう。だが、俺も別に妬けになった訳じゃない。
寧ろその逆、フールのヤツがコイツ等に捕まっているからこそ、絶対にコイツ等の言う事を素直に聞く訳にはいかない。
「白々しい。コイツがどうなっても良いのか?」
フールを拘束している奴が言葉にドスを効かせるが、今の俺の相手はお前じゃない。
俺が今この場で相手をしなきゃいけない奴は、この四人組の頭であるアレッシオただ一人。
俺は他の連中には見向きもせず、アレッシオの視線を正面から真っ直ぐ見詰め返した。
「……良かろう」
すると、アレッシオは俺からの無言の要求を汲み取ったのか、差し出した手をゆっくり下ろす。
「その虚勢がいつまでもつか、見せて貰おう」
(さぁ、気合を入れろよレイド・ソナーズ!)
何故なら俺と相方の命運は、ここからの“交渉”に掛かっているのだから。
フール「捕まっちゃった~」
レイド「取りあえず大人しくしてなさい」
フール「う~い」




