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久方ぶりの更新です。
週一で更新できるといいなー(希望
◇
新たに判明した目的地を目指し、俺たちはさっきまで居た場所から北へと向け森の中を進んでいた。
「……お?」
暫く進んでいると、やがて前方から水の流れる音――というか、水の“落ちる”音が聞こえてくる。
「滝かな~?」
「みたいだな」
どうやら、この先に滝があるらしい。距離的に、たぶん其処が親父の示した“到達点”だろう。
邪魔な藪をハムの奴で掃いながら進んでいると、やがて森が開けて一つの滝が姿を現した。
横幅およそ五メートル弱、高さは建物で二階分って処だろう。上で宙へと投げ出された水流が空中で白く染まり、下の滝つぼへと吸い込まれていく。
「わ~、綺麗な滝だね~」
「そうだな」
そんなに背は高くはなく、水量も少ない滝なので音も飛沫もそう派手なモノじゃない。だが、それでも周囲の雰囲気にマッチした、中々見応えのある風景だ。
しかし、今の時間帯はそろそろ夕暮れを通り越し、空は茜色から藍色に染まりつつある。明るい昼の内に来ていれば、もっと綺麗に見えただろう。
「ここが目的地なの?」
「どうだ? ハム」
『うむ、間違いなかろう。お主の予想が正しければ、丁度あの滝に“ガルダ像”の影が重なる事になる』
「そうか」
(という事は、だ――)
「レイド?」
「お前はちょっとここで待ってろ」
フールと荷物をその場に残し、俺は一人滝へと向う。
泳がないと滝には近付けないと思ったが、よく見ると側面の壁沿いに滝へと続く足場のような出っ張りを見つけた。
その出っ張りを利用して滝へ近付くと、俺は水流で隠れている滝の裏側を探るように目を凝らす。
すると白く濁った落流の向こう側に、ひと一人が通れそうな細い亀裂のような穴を発見した。
(よし! 漸く見つけたぞコノヤロー!)
それだけ確認した俺は直ぐに滝から離れ、残してきたフールの許へとトンボ帰る。
「たぶん当たりだ。滝の裏に洞窟がある。あの奥が“梟の隠れ家”だろう」
「おー、やったねー」
どうやら、俺の予想は今度こそ的中したらしい。
俺は早速見付けた洞窟に潜る為、自分の荷を解いて必要な道具を見繕う。
さっき見た限りじゃあ洞窟はそんなに広くはなかったが、深そうにも見えなかった。持って行く物は必要最低限で良いだろう。
(無駄に多く持っていっても邪魔にだけだろうしな)
「やっぱりレイドは凄いね~、本当に見付けちゃうなんてさ」
「いや、まだ本当に有るか判らんぞ。案外ここもハズレかもしれないからな」
「そんな事ないよ~。ボク、レイドの説明聞いて納得したもん」
最初にたどり着いた先で何も発見できなかった俺たちは、新たな目的地を少し離れた北側へと変更した。その結果、この滝とその裏の洞穴を発見したという訳だ。
なぜ目的地を変更したかというと、無論それには理由がある。その切っ掛けは、矢張りフールの発した一言だった。
『やっぱり“フクロウ”だから~、暗くならないと出てこないんじゃない?』
それを聞いた瞬間、俺は単純に有り得ないと思った。
親父の残した例の伝言には、梟は“夜明け”に隠れた事になっている。
今の俺たちはその隠れた梟を探しているのだから、仮に探す時間帯が間違っていたとしても、それは暗い夜ではなく明け方頃になる筈だ。
だがそもそもの話、時間帯によって探し物が見付かったり見付からなかったりする仕掛けなんて、だいぶ大掛かりなモノになる。
そんなモノはあの場所の何所にも見当たらなかったし、隠れている筈の梟が時間帯によって場所を変えるとは思えない。
なのでその時の俺は、フールの台詞を一度は的外れと結論付けようとした……のだが、そこでふと一つの可能性に思い至った。
梟の隠れた時間帯が“夜明け”だというのなら、隠れている梟がその場を移動する事はない。移動すれば、折角隠れた鶏の影から出てしまう事になるからだ。
同時に、影を作っている鶏も移動はしない。何といっても、本人は今もあの鐘楼の頂上で石像として居座っている。動ける筈がない。
だが俺は、親父の伝言の中で唯一“夜明け”という時間帯でもその位置を変える存在に気が付いた――“太陽”だ。
「“明の最”か~。確かに季節によってお日様の位置って変わるよね~」
「ああ」
実は最初の目的地に到着した際、俺はまだその時点で親父の伝言に小さな違和感を覚えていた。
最初はソレが何か自分でも判らず、ただの気のせいと放置していたのだが、今の考えに至って漸くその正体が判明した。
《“夜更かし梟”》
そもそも、どうして“夜更かし”なんだ?
あの伝言の“鶏と梟”が“昼と夜”を表しているだけなら、わざわざ梟に“夜更かし”なんて単語を付け加える必要はない。
それに、鶏の“空飛ぶ”は“高い所”を示していた。それならこの“夜更かし”も、矢張り何かの比喩である可能性が高い。
いや、あの親父の事だ。間違いなくこの言い回しにも意味がある。
「普通なら“夜更かし”ってのは夜遅くまで起きている事をいう。だが夜行性の梟の場合、昼と夜の意味合いが“逆”になる」
「つまり~、“朝”になってもなかなか眠らない、って事だよね~」
「そうだ。いつもより寝るのが遅い……逆に言えば、“いつもより夜が明けるのが早い”って意味にも取れる」
そして一年で夜が明けるのが最も早い日――それが“明の最”だ。
“明の最”は一年で最も夜が明けるのが早く、同時に昼の時間が最も長い日でもある。
要は一日の日照時間が変化する訳なのだが、なぜ日照時間が変化するのかと言うと、太陽の軌道が変わって空に居る時間が長くなるからだ。
軌道の変化する理由とか難しくなるので説明は省くが、今重要なのは“明の最”では太陽は“真東”からではなく、そこから少し“南寄り”から顔を出すという点だ。
でも俺は、初め単純に真東から日が昇るモノと予想していた。
「ふつうお日様って東から昇るからね~。仕方ないよ~」
もしこの考えが正しければ、親父の残した伝言の“朝日”は真東よりもっと南――“東南東”位の位置から顔を出す事になる。
俺は地図上の鐘楼から東南東に線を引き直すと、その直線上にある山の高さから、朝日が“ガルダ像”に当たる角度をざっと割り出してみた。
その結果、新たに判明した目的地が当初予想していた地点より、大分北に寄ってしまったという訳だ。
「ったくあのクソ親父め、もっと解り易い伝言にしろっつーの。ホント性根が悪いっつーか。コレで見付からなかったらどーすんだよ」
などと、ぶつぶつ愚痴りながら荷物を物色していると――
「でも~、ボクはやっぱり大丈夫だと思うな~」
しゃがんだ格好で俺を見ているフールのヤツが、いつもと変わらぬ能天気さで、だがどこか自信あり気にそう言い切った。
(コイツにしては珍しいな)
何か根拠でもあるのかと思い、直接本人に聞いてみる事にする。
「根拠でもあんのか?」
「う~ん。根拠ってほどのモノはないんだけど~」
(ないのかよっ)
発掘者として少しは成長したものと期待したんだが、そんな事はなかったらしい。
「でも、レイドのお父さんはレイドならちゃんと理解できると思って、この伝言を残したんじゃないかな~?」
そこで、荷物を弄っていた俺の手がピタリと止った。
「……そう、思うか?」
「うん。だって伝言を残したって事は、逆に言えばその内容を理解してほしいって事でしょ~。だからレイドならきっと見付けてくれるって、お父さんそう信じてたんだよ~」
目線だけ上げてフールの奴を見てみると、相方はそうに違いないとばかりにニコニコ顔で俺の事を見詰めていた。
「……さて、そいつはどうかな。お前は俺の親父を知らねぇから、変な幻想でも持ってるんじゃねぇのか?」
「え~、そんな事ないよ~。実際こうして見付けたじゃないか~」
「だーから、まだ見付けてねぇっつの」
ピシッ
「あうっ」
もう既に梟を見付けた気になっている相方の額を軽く小突くと、フールは膝を曲げた状態のまま後ろ向きにコテンと倒れた。
「む~、レイドひどい~」
「良いから、お前は夜営の準備しとけ。もうだいぶ暗くなってきたからな」
見上げた空はだいぶ藍色が濃くなり、瞬く星もその数を増している。
これ以上は流石に限界だ。そろそろ夜営の準備を始めなければ、本格的に手元が見えなくなってしまう。
幸い今居る場所は地面が平坦で森が開けている。水も直ぐ近くにあるし、夜営をするには手頃な場所だ。
「レイドは~?」
「俺は今からあの洞窟に入る。だからそれまでに取ってきた蛇でも調理しといてくれ」
本当なら慎重を期してここで一旦休んでおきたい処だが、今の俺たちは例の四人組に追われているまっ最中だ。
これだけ森の奥に入ったからには簡単には見付からないだろうが、出来る事は早めに済ませてしまった方が良いだろう。
それに外が明るかろうと暗かろうと、洞窟の中に入ってしまえば大した差はないからな。
「ボクは一緒に行かなくて良い?」
「俺一人で行く。狭いしそんなに深そうな横穴じゃなかったからな、何もなければ直ぐに戻ってくる」
「うい、わかった~。じゃあ野宿の準備と蛇たち焼いて待ってるね~」
そう言って笑うフールの両手には、首が切り落されて血抜きをされた腹目蛇が四本握られている。
「ああ。頼む」
とはいえ、実はここに来るまでに捕まえた腹目蛇は、正直そんなに美味くなかったりする。
森の中で取れる食材としては、たぶん下から数えた方が早い部類の曲者だ。
それでもフールのヤツならそこそこの味に仕上げるだろうが、過度な期待はしない方が懸命だろう。
なので、もしあの洞窟の奥で親父が残した物を本当に見付けたとしても、美味い飯を食いながら二人で乾杯――とはいきそうにない。
祝うなら〈トルビオ〉の街に戻ってから、出来る事ならまたあの〈波間の朽木亭〉の料理でも食べて祝杯を挙げたいモノである。
「よし。じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
幾つかの道具をリュックから腰の鞄に移し、俺は再び滝の傍へと向った。
側面の壁沿いに滝へと続き、上からの落水に打たれながら洞窟の中へと潜り込む。
(やっぱり中は暗いな)
ただでさえ外では日が暮れ始め、入り口は水のカーテンで閉ざされている。
お陰で洞窟の奥には全くといって良い程光が届いておらず、まさに一寸先は闇状態だ。
だがこっちも発掘者、暗いのには慣れっこだ。慌てず騒がず、俺は腰の鞄から早速一つ道具を取り出した。
「頼むぜぇ、折角高い金払ったんだからよ」
取り出したのは長さ二十センチ、直径十センチ程の円筒形の物体。
両端に金属、そして真ん中の部分は透明なガラスで覆われた、細長いランプのような見た目をしている――というか、その用途は実際のランプと変わらない。
“灯節筒”――暗い遺跡内を効率的に探索できるよう〈黄金の瞳〉が開発した、明かりに火を使わない照明器具だ。
その光源には、遺跡怪物の身体の節々で青白く輝く“発光器官”が利用されている。
その原理は街中で使われている“否火灯”と同じだが、“灯節筒”は設置型ではなく、個人が携帯できるよう小型化されている。
一晩中輝いている否火灯ほど長持ちはせず、また値段もそこそこする。
なのでコレまでは普通のランプを使用してきた俺だが、今回装備を一新するにあたって購入してみたという訳だ。
「えっと、確かココを回せば良いんだよな?」
筒の上の摘みを捻ると、筒の上から中心に通っている管の中に白色の液体が注ぎ込まれる。と同時に、液体の注がれた発光器官から煌々とした光が溢れ出した。
「わっ!」
(何だこりゃ!? 想像以上に明るいな)
その光はランプや松明より遥かに明るく、夕暮れ時に慣れた俺の目を一瞬眩ます程の明るさを放つ。
だがそのうち目が慣れてくると、その光のお陰で洞窟のだいぶ奥まで視界が通るようになった。
「おー、意外と良いじゃないか」
流石、発掘者仲間の内でも人気のある“金目印”の商品だ。
火を使っていないから今のように滝に打たれても問題なく使えるし、横倒しになって油が漏れる心配もない。
ただ、使われている“燃料”が油ではない為、その補充が〈黄金の瞳〉以外では出来ないというのが難点ではある。
あと火を使っていないから、当然火種として使用する事もできない。
(やっぱり中は冷えるな。とっとと行くか)
滝の裏側にあるせいか、洞窟内は外より気温が低い。身体も濡れてるし、冷え切ってしまう前に中の探索を済ませてしまおう。
俺は灯節筒を前に掲げ、洞窟の奥へと足を進めた。
洞窟内部はひと一人が漸く通れる程の広さしかなく、壁はゴツゴツしていて人の手が入った形跡はない。間違いなく天然の洞窟だ。
(罠の心配はなさそうだな。あと危険なモノと言えば――)
「ハム」
『ん、何じゃ?』
「この中にも生き物は居そうか? 具体的には毒蜘蛛とか毒蛇とかのヤバそうな奴」
『……いや、今の処そういったモノの気配はないの』
「そうか」
普通こういった暗くて狭い場所は、虫やらトカゲやらの溜り場になっている事が多いのだが、滝の裏にあるせいかそういった生き物は居ないらしい。
ソレはソレで好都合なのだが、全く居ないとなるとソレはソレで残念だ。太ったトカゲの一匹でも居れば、捕まえて今夜の晩飯にできたモノを……。
罠も危険な生き物も居ないみたいだが、洞窟内の壁は全体的に濡れている。滑ってコケたら面倒なので、注意しながら奥を目指す。
(……しかし、フールのヤツ)
洞窟内を進んでいる途中、さっき外で聞いたフールの台詞が頭をよぎった。
(「レイドならきっと見付けてくれるって、お父さんそう信じてたんだよ~」)
相変わらず俺の相方は、俺が想っていても口にしない事を簡単に言ってのける。
内心、自分でも分かってはいる。あの親父が、ただ悪戯に俺に解り辛い伝言を残す訳がない。
フールの言う通り、親父は俺になら解けると確信して、わざわざあんな言い回しの伝言をハムに伝えたんだ。
ただ親父のその“確信”が、俺に対する“信用”や“信頼”から来たモノなのかは、正直俺には良く判らない。
“息子の俺を信じている”――
ただソレだけの理由で姿を消し、四年間ただの一度も連絡を寄越さないというのは、親の怠慢以外の何者でもないだろう。
そんな奴が、本当に俺の事を信じているかなんて、果たしてどう証明できるというのだろうか……。
「……ッチ! アーアー知るかよ。未だに生きてるかどうかも判らない奴の事なんて」
俺は頭を振ってその考えを追い出すと、いつの間にか止っていた足を強引に前へと進ませる。
やがてそう間を置かずに、洞窟の最奥らしき場所へと辿り着く。予想通り、そんなに深い洞窟じゃなかったようだ。
「コイツか?」
その最奥の行き止まりで、俺は遂に親父の伝言にあった“梟”を発見した。
「本当にあったよ」
灯節筒の明かりで黒光りする周囲の壁と違い、白色をしたソレは周囲から明らかに浮いた存在感を醸し出していた。
大きさは拳二つ分くらい。手に取って良く見てみると、梟の形を模した陶器である事が分かる。
一応これも装飾品の類だが、そう値の張る物には見えなかった。たぶん作られたのも最近だろう。
(まんま梟じゃねーか。空洞になってるのか?)
その場で軽く振ってみると、内側で何かが動く気配がする。
どうやら中に何かが入っているみたいだが、陶器のドコを見ても穴らしきモノは見当たらない。
俺は梟を持った腕を振り上げると、そのまま壁に叩きつけて割ろうとしたのだが、そこでハムの時の事を思い出す。
あの時は何の躊躇もなくハムを覆っていた“偽の鞘”を叩き割ってしまい、その後パズルのように再び組み合わせる羽目になった。
(同じ轍を踏むのは御免だからな)
俺は壁に叩きつけるのを取り止め、改めて陶器の梟を観察する。するとその側面に、縦にクルリと一周、細い線が走っている事に気が付いた。
どうやら初めに前面と背面を別々に焼き上げ、それを蜜蝋か何かで後からくっ付けたらしい。
俺はハムのヤツを手に取ると、その線に沿って刃先を食い込ませて行く。
すると――
パカッ
「おっと」
梟の形をした陶器は前後二つに綺麗に別れ、内側の空洞が露わになった。
(入っているのは手紙と、それから――)
「おいおい、コレってまさか……」
陶器の中から出てきたのは、一通の手紙と親指の先程の小さな“玉”。
限りなく真球に近いその珠を見て、俺は一瞬ソレを何と表現すれば良いのか分からなかった。
その玉は――“暗かった”。
“黒色”なのではなく、ただ単純に“暗い”のだ。摘み上げて灯節筒の光に翳してみても、一切の光の反射がない。
表面はツルリとしているのだが、その質感は石でもガラスでも金属でもなく、温度を感じないというか、まるで空間に直接触れているような感覚に陥る。
その見た目は“空間に開いた穴”。確かに其処に存在しているのに、驚くほど存在感が希薄――端的に言って、この世の物とは思えなかった。
ハムのヤツと同じだ。明らかに人工物なのに、今の俺たちの文化レベルじゃあどう頑張ったって同じ物は作れないだろう。
(信じらんねぇ。親父のヤツ、本当に手に入れてたのかよ)
もしかしたら全くの別物である可能性もあるが、まず間違いないだろう。
ゴルドの爺さんの予想が正しければ、この“玉”があの〈三遺の十二宝〉の一つ、〈光の花〉を手に入れる為の“鍵”。
そして、あの四人組が執拗に俺たちの事を追ってくる最大の理由。
……“闇の宝玉”だ。
梟「なんでいつもより早く日が昇るんだー!」
鶏「“明の最”だからだろ。俺は寝過ごすところだった」
とゆー感じ?




