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シノブ「明けましておめでとうございます」
シュルシャ「今年も宜しくお願いしますニャ~♪」
申し訳程度の出演。この二人に今年の出番は有るのか!?
◇◇◇
幾らシノブさん特性の“煙玉”と“閃光玉”とは言え、その効果は延々続くモノではない。
入口で目の眩んだ連中はそのうち元の視力を取り戻し、鐘楼内の煙もいつかは晴れる。
そうなれば、連中は直ぐにでもこの最上階までやって来るだろう。
しかし――
「あれ? 居ないな」
そこに俺たちの姿はない。
最上階は見通しが良く、その階に俺たちが居ない事は一目瞭然。
その代わり、最上階に来た追っ手は俺たち以外の“ある物”を発見する。
「アッチャー、壁を下りたのか。こりゃあ旦那に叱られちゃうなぁ」
それは、天井を支える支柱の一本に括り付けられた一本の“ロープ”。
最上階から下の地面にまで伸びたそのロープを見れば、俺たちがどういう経緯で最上階から抜け出したのかが分かる筈だ。
「旦那ー! 詠みが外れましたー!」
最上階にまで来た追っ手、“緑髪の男”が下にいる連中に声を掛ける。
「最上階にはもう誰もいませんよー! 奴ら塔の裏側から壁沿いに降りたみたいです!」
「そこから奴らは見えるか」
「いえ! もう見えませーん!」
残念だが、上から辺りを見回した程度では、もう俺たちを見付けることは出来ない。
そこら中に散らばっている瓦礫や廃墟の陰に隠れながら移動すれば、連中に見付からず周囲の森に逃げ込むことも出来るのだ。
そうなってしまえばこっちのモノ。密度の高い森の中に逃げ込めば、馬に乗って俺たちを追ってくるどころか、探し出すことすら困難になる。
「全員、直ちに周囲を捜索しろ。必ず見付け出せ!」
アレッシオからの号令を受け、その場にいる全員が即座に行動を開始する。
皆まるで示し合わせたように四方に散らばり、俺たちを探し出そうと周囲の捜索に走り出す。
「何をしている“唄草”! 貴様も早く降りて来い!」
「はいはい、分かってますってば。ロープ下降とか最近やってないからなぁ、手の皮めくれなきゃいいけど……」
もと来た鐘楼内を戻るより、俺たちが残したロープを使った方がより早く地面まで辿り着ける。
“唄草”と呼ばれた緑髪の男は渋々といった様子でロープを手に取ると、腰ほどの高さのある柵を乗り越え外壁を降りようと身構える。
「よっと……ん?」
「何をしている! 急げ!!」
「今行きますよー! ホント、今回のチームは人使いが荒いなぁ……」
そんな愚痴とは裏腹に、“唄草”はロープを伝って手際よく地上へと戻ると、直ぐに他の連中と同じくその場から離れて行った。
そうして、俺たちを追ってきた四人組が鐘楼の根元から立ち去り、その後暫くの時間が経った後――
「…………行ったか?」
俺は“その場”でムクリと体を起こし、慎重に周辺の状況を伺った。
「……よし、大丈夫そうだな」
下の様子を確認したが、幸いもう連中の姿は見当たらない。
恐らく俺たちがもうこの〈アマス大鐘楼跡地〉には居ないと判断して、周囲の森にまで捜索範囲を広げたのだろう。
どうやら見事こちらの思惑に嵌ってくれたらしい。
「意外と呆気無かったが……まぁいい。おいフール、もう良いぞ……?」
そう隣にいる相方に声を掛けるのだが、何故か返事が返ってこない。
「フール?」
「スピ~~……」
「お前ホントすごいなっ!?」
見ると、相方様は暢気に寝息なんか発てていらっしゃった。相変わらず何事にも動じない鋼の精神の持ち主である。
「おいコラ、起きろフール」
此処がベットならいつも通り蹴り落としてやる処なのだが、如何せん今ここでソレをすると最悪命に関わる。
なので俺にしては珍しく、こいつの柔らかい頬を伸ばしたり縮めたり潰したりしながら、優しく穏やかに起こしてやる事にした。
「フュ~、フェフィ~?」
ムニュ~っと両頬を潰した処で漸く目を覚ました。
突き出された唇のせいで何を言っているのか全く理解できないが、まぁそれはどうでもいい。
「よし。起きたな」
「う~~……」
フールはゆっくり体を起こすと、まだ眠たそうに両目を擦る。
「しっかりしろよ。いつまでも寝惚けてると“地面まで真っ逆さま”だぞ」
「うい~……あの人たちは~?」
「ああ、旨い事やり過ごせた。もうこの辺りには居ねぇよ」
「そっか~、流石はレイドだね~」
「礼なら帰ってからシノブさんに言え。あの人の“煙玉”と“閃光玉”が有ったから成功した作戦だからな」
現在俺たちの居る場所は、〈アマス大鐘楼〉の“屋根の上”である。
何故こんな所に居るのかというと、勿論あの四人組の目を欺くためだ。
煙幕と閃光で時間を稼ぎ、その隙にロープでこの鐘楼から降りたと思わせておいて、実際には最上階より更に上の“屋根の上”にまで登っていたのだ。
これぞ“相手の裏を読む”ことを信条としている親父直伝の作戦、名付けて――『遠くに逃げたと思わせて実は近くに隠れている作戦』である。
ネーミングセンスはこの際置いておくとして、まともに遣り合っても逃げ切れないと悟った俺がよく利用する作戦であり、意外と勝率が高い。
(ホント、〈黒羽〉でシノブさんに貰っといて正解だったな)
今回もこの作戦のお陰でまんまと逃げ果せたが、もしも煙玉や閃光玉を使わず普通にロープを下に垂らしただけだったら、こうも上手くはいかなかっただろう。
わざわざ煙幕や閃光で時間を稼いだからこそ、相手は稼いだその分だけ俺たちが“遠くに逃げた”と考えるのだ。
まさかアレだけ手の込んだ真似をしておいて、未だ俺たちが自分達の頭の上に居るとは思うまい。
逆にこの時間稼ぎをせず、ロープを垂らしただけで相手の目を欺こうとした場合、成功率はグッと下がる。
察しのいい奴なら、割と簡単に俺たちが屋根の上に居ると感付いてしまうだろう。
「ちょっと暑いけど、ポカポカしてて気持ちい~ね~」
「また寝るなよ」
「うい~、もう下りる~?」
「いや、その前にやる事がある」
「やるコト~?」
俺がわざわざこんな所にまで逃げてきたのは、連中から身を隠す為でもあるのだが、実はもう一つ理由がある。と言うか、寧ろこっちの方が本題だ。
「ホレ、見てみろ」
そう言って、俺はフールの背後を指差した。
そこは俺たちの居る半球型の屋根の中央、この鐘楼で最も高くなっている部分。
「ん~? あ――」
俺に言われて後ろを振り向いたフールが、“ソレ”を見付けて驚きの声を上げた。
「“ニワトリ”だ~」
そこには、これまで見てきた物より一際大きい“鶏の像”が飾られていた。
長い年月により風化し、広げられた翼は片方が根元から折れ、表面に施されていたであろう細かな装飾は、その全てが風雨によって削られてしまっている。
台座の部分などは、少し力を加えるだけで簡単に折れてしまいそうだ。
「正確には違うな、コイツは“ガルダ”だ」
「“ガルダ”? ニワトリじゃないの~?」
「ん、いやまぁ……鶏の一種みたいなモンだな」
「ふ~ん」
確かに鶏の石像に違いはないのだが、この石像だけは今迄見てきたどの鶏よりも作りが凝っている。
特に特徴的なのが、その大きな鶏冠と長い尾羽だ。
伝説によると、〈明鳥王ガルダ〉は華の様な大きな鶏冠と長大な尾羽を生やしていたらしい。
今では劣化してその二つを確認することは出来ないが、この石像にはその名残が僅かだが残っている。
「そしてコイツが、俺たちの探してた“出発点”だ」
「う~ん、確かにこの子だけおっきくてカッコイイけど~、何でこの子なの?」
「勿論、見た目以外にも理由はある。コイツはな、“飛ぶ”んだよ。鶏のくせにな」
「飛ぶって……あ」
そう、親父の伝言にはこうあった――
《一羽は空飛ぶ鶏、もう一羽は夜更かし梟》
普通の鶏は空を飛ばない。当たり前すぎて逆に気が付かなかったが、この“空飛ぶ鶏”が〈明鳥王ガルダ〉の事を示しているのは明白だ。
俺がもっと早くにこの事実に気が付いていれば、下でやっていた調査の必要なんて無かったかもしれない。盛大に時間を無駄にした気分だ。
「でも~、それじゃあどうしてこの子がここに居るって分かったのさ~?」
無論、単なる当てずっぽうでここまで登ってきた訳ではない。この場所にならこの像があるだろうと、半ば以上の確信を持ってやって来たのだ。
「教えてやっても良いが、先ずはやる事を済ませちまうぞ。余りもたもたして連中が戻って来ても厄介だからな」
「やるコト?」
「言ったろう、この像は“出発点”なんだよ。つまりこの場所から伝言の内容に従っていけば、“到達点”まで辿り着けるって寸法だ……っと、コイツでいいか」
そうして荷物から取り出したのは、〈トルビオ〉でレビストさんから貰った一枚の地図。
俺はその地図を広げて眺めるのではなく、くるくると巻いて一本の筒状に変化させた。
「さてフール君、君は俺の親父の伝言を覚えているかね?」
丸めた地図でフールの帽子をポフポフ叩く。
「うい、覚えてるよ~」
「じゃあ質問だ。あの伝言によると、お宝の隠し場所である梟は一体どこに隠れてる?」
「ニワトリの後ろ~」
(お、即答しやがったな)
どうやらちゃんと覚えていたらしい。関心関心。
「そうだな。んで、今この石像は今東側を向いてる訳だから、必然コイツの後ろは西側になるな」
そう言って俺が西側を指し示すと、釣られてフールの奴も西を向く。
その視線の先には、鐘楼の頂上から見渡せる広大な森と山と空が広がっていた。
「……ね~レイド、フクロウなんて見付からないよ~?」
「いや、この情報だけじゃ流石に見付からねぇよ。そこで次の質問だ」
「うい」
「梟は“いつ”、“どうして”鶏の後ろに隠れたんだ?」
この問いが、この伝言の謎解きの肝になる。
「う~んと、確かフクロウは太陽が嫌いで~、夜が明けたからニワトリの後ろに隠れちゃったんだよね~」
(何だ、ちゃんと分かってるじゃねぇか)
「つまりだ、太陽の光から隠れることが出来る鶏の後ろって言ったら、そりゃドコの事だと思う?」
「え? そりゃあ日の光が当たらない……あっ」
そこで、それまで戸惑い気味だったフールの顔がぱっと明るくなる。
「そっか、“影”だ~」
「おお。何だフール、今日は調子良いじゃねぇか」
「えへへ~」
「お察しの通り、要は夜明けの日差しがこの像に当たった際、この鶏の影が出来る場所に“梟”――つまり親父の残した“プレゼント”とやらが隠されてるって寸法だ」
「そっかそっか~、そういうコトか~、成る程な~」
よほど関心したのか、フールは腕を組んだ格好で何度も頷いている。
けっこう大きく頷いている筈なのだが、被っている帽子がずれたり落ちたりしないのが不思議だ。
(一体どうやって止まってるんだ?)
「ふむふむ~……あ、でもレイド~」
「うん?」
「今ってまだお昼過ぎだよ~。明日の夜明けまでだいぶ時間があるけど、それまでここで待ってるの~?」
「いや、流石にそこまでノンビリなんかしてられねぇよ」
そんな悠長な事をやっていては、確実にあの四人組がこの場所にまで戻って来てしまう。
さっきは上手くやり過ごすことが出来たが、連中との距離が近付けば近付く程、発見されるリスクは高くなる。
出来ることなら連中の居ない今のうちに、さっさとこの場から離れてしまうのが得策だろう。
それに、わざわざ夜明けを待たずとも、要は何所にこの像の影が出来るのかが分かれば良い。
「そこで、“コイツ”の出番って訳だ」
俺は先ほど丸めた地図を軽く振りながら、相方にニヤリと笑ってみせる。
「地図見るの?」
「おしいな。地図“を”見る訳じゃない、地図“で”見るんだよ」
「へ?」
どうやら、言っている意味が今一つ分かっていない様子。
「ま、地形を確認するだけが地図の使い道じゃないってこった」
そうして俺は鶏の石像に近付くと、筒状にした地図を石像の頭の上に設置し、その筒を石像の後ろ側から覗き込む。片目を瞑り、望遠鏡で遠くを見る要領だ。
もっとも、レンズなど嵌められていない唯の筒なので、覗いた先が大きく見える訳ではないが。
「いいかフール。影って奴はな、光源と本体とを結ぶ直線上に出来るモンだ。言ってる意味分かるよな?」
「ういうい」
「東側を見てみろ、山が見えるだろ」
東側の森の先に視線を向けると、そこには小高い山が見える。
特に珍しい形をしていたり、変わった木が生えていたりと、そんな奇妙な点は一切ない。何の変哲もない普通の山だ。
ただ“小高い”とは言っても、その高さはこの鐘楼を優に超えている。
「つまりこの鐘楼に当たる最初の朝日は、常にあの山の峰から覗く事になる」
「ういうい、そうだね~」
片手に持ったコンパスで筒の角度を東に固定し、覗いた先で上下の角度を調節する。
「要するにだ、この石像から朝日が昇ってくる真東、そしてその朝日が覗く山の峰部分をこの筒を通して見てやれば……よし。おいフール、ちょっとこの筒押さえとけ」
「うい」
「絶対動かすなよ」
「わかった~」
隣に来たフールに筒を固定させておき、俺は筒の逆側に回り込む。
そうして今度は反対側からその筒を覗き込むと、何故か向こう側から覗く紫色の瞳と目が合った。
「ジ~……」
「――って、何でお前まで覗いてんだよ!? 見えないから早く退きなさい」
「う~い」
フールが退いたのを確認し、改めて筒の中を覗き込む。
「つまり、こうして筒を逆から覗いてやれば、太陽とこの石像を結ぶ直線の先――この石像の影が落ちる先が分かるって寸法だ」
「成るほど~」
そんな、相も変わらずの間延びした声を聞いていると、本当に分かってるのか不安になるのだが、今はこちらが優先だ。
その後も何度か筒の両側から見える先を確認し、レビストさんから貰ったもう一枚の地図上に、像の影が出来るであろう場所の印を着ける。
「よし、ココだな」
印を着けた位置は、完全に森の中だった。
距離はここからそう離れてはいないが、まともな街道など通っておらず、途中に水を汲んだ幅広の川も流れている。
幸い川は浅いので、フールを担げば歩いて渉ることも出来そうだが、そこから更に森の中を進むとなると、今から移動しても三~四時間は掛かるだろう。
(シクッたな、鐘楼の調査に時間を掛けすぎた。こりゃ確実に森の中で野宿になるぞ)
「よし、ここでやる事は終わったな。アイツ等が戻ってくる前に早いトコここからズラかるぞ」
「りょ~か~い」
本来なら無理せず鐘楼内で一泊したい処なのだが、アレッシオ達が追ってきている現状ではそれも難しい。
俺たちは持ってきた鉤ともう一本のロープを使い鐘楼から降りると、四人組に見付らないよう慎重かつ速やかに西側の森へと移動した。
もうね、謎解きの解説がうまく出来てるか不安で堪りませんよ!?




