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レイド「今回俺の出番は?」
ぬぁーい(ない)w
フール「ボクある~」
レイド「なん・・・だと・・・」
※三部同時投稿です。第68からどーそ^^
「何をしている? 休憩なら後にしろ、標的は直ぐそこだぞ」
“耳付は”目の前で唐突に座り込む“唄草”に眉を顰める。
「まぁ良いから聞きなよ。彼らは上、僕らは階段、旦那達は入口を塞いでる。僕らが焦った処でそう簡単には逃げられないさ。それに、僕の指示に従うよう言われたろ? 大好きな旦那からの言い付けだ、守った方が良いと思うよ?」
「……フン、好きにしろ」
そこまで言われてしまえば、最早“耳付き”に言葉はない。
腑に落ちない部分は多々あれど、先程の台詞が気に成る事もまた事実。口出しは控え、“耳付き”は大人しく“唄草”の言葉を聴く事にした。
「ここ一ヶ月、旦那はよく君と僕とを一緒に行動させていただろう? 先日、〈トルビオ〉で“レイド君達の監視”をする時も一緒だった」
「……そうだな」
「勿論、君に僕の事を監視させる意図もあっただろう」
「――ッ」
それを口にした瞬間、“耳付き”の表情が僅かに険しくなる。
確かに“耳付き”は“唄草”と行動を共にし、その動向を監視するようアレッシオから命じられていた。
無論それは密命であり、“唄草”自身に気取られぬようこれまで注意を払っていた。にも関わらず――
「別にそう驚く事じゃないだろう? あの旦那の事だ、僕みたいな素性の怪しい奴をおいそれと信じる筈がない。少し考えれば分かる事さ。まぁ、もう一ヶ月近くも一緒に居るんだ、少しは信じてくれても良いと思うけどね」
まるでそれが当然とばかりに、“唄草”はいつもの薄い笑みを崩す事なく言ってのけた。
「だけど、旦那の狙いは僕の監視だけじゃない。君に僕の行動を“見せる”為だろうね」
「“見せる”? 貴様の行動をか? 一体ソレに何の意味がある」
「そりゃあ、僕が君より仕事ができるからだよ」
「……貴様」
途端、“耳付き”の視線がスッと細まり、その内側に殺気の光が灯り始める。
「でもね、正直僕は君達“獣人”の方が、僕ら“常人”より優れていると思ってる」
「……その言葉を素直に信じるとでも?」
「皮肉じゃないさ、本心だよ。事実君は僕なんかより目が良いし、耳も良いし、足も速い」
内容的には相手を賞賛するものなのだが、“唄草”が言葉を重ねれば重ねる程、“耳付き”の表情は険しいモノになって行く。
「でも、だからこそ君達獣人は、その能力に頼り過ぎる節がある」
「……矢張り分からんな。この目も耳も私の物だ、頼って何が悪い」
「別に頼る事が悪いなんて言ってないさ、“頼り過ぎるのは良くない”と言ってるだけだよ。コレは君達獣人の特徴だけど、君達は自分の落ち度を見付けた際、必ずと言って良い程自分の能力を更に鍛え上げようとする。“より見えるよう”、“より聞こえるよう”、“より動けるよう”に」
「同然だ。己に至らぬ部分があればそこを鍛える。それは貴様ら常人とて同じ筈だ」
「それは仰る通りなんだけどねぇ……要は、鍛える“方向性”の問題なんだよ」
「“方向性”だと……?」
そこまで言われ、しかし未だ目の前の男が何を伝えたいのかが解らない。
だが、“耳付き”はこの話の内容が何か己の核心に触れるのではないかと、奇妙な予感めいたモノを感じていた。
「例えばだ、君はさっき最上階に人が居る事を突き止めた。でも、その正確な人数までは判らなかった」
「……ああ」
「でもね、実はあの時僕も旦那も、既に上の階に“二人”の人間が居る事には気が付いていたんだよ」
その言葉を聴いた瞬間、少女の藍色の瞳が見開かれる。
無理もない。獣人である彼女は、自らの能力に多大な自信を寄せている。
そしてソレは、彼女のチーム内において最も――いや、ズバ抜けて優れていると言って良い。
だと言うのに目の前の男は、そして彼等の長であるアレッシオもまた、自分にすら出来なかった人数の把握まで出来ていたと言うのだ。
獣人である自分にすら出来なかった事を、常人である二人が容易くやってのけた。それは、彼女にとってまるで理解の及ばない現象であった。
「……貴様、まさかまた“勘”などと適当な事を言う積りか?」
「いやいや、今回はちゃんとした“根拠”もあるよ」
「“根拠”だと?」
「う~ん、“焚き火の跡”には気付けても“コッチ”にはまだ気が付かないか……」
呟きながら首を傾げる“唄草”の態度に、“耳付き”の中で苛立ちが募る。
「さっきから何だ? 言いたい事があるならハッキリと言え!」
「……“足跡”だよ」
「……何?」
「考えてもごらんよ、この辺りは滅多に人も立ち寄らないただの廃墟。更にこんな閉塞感溢れる空間じゃあ埃も溜まり放題だ。そんな場所を歩けば、足跡が残らない方がおかしいだろう?」
「……あ」
「こういった場合は特に階段付近が判断し易い、歩幅が限定されるからね。通った人数の把握や進んだ方向なんか一目瞭然だ」
そう言って、“唄草”は自分の座っている階段の上の段を指差した。
近付いて確認するまでもない。鐘楼内は薄暗いが、“耳付き”の視力ならば今立っている場所からでもその痕跡を見付ける事が出来る。
そこには大きな足跡と小さな足跡が、まるで寄り添うようにして残されていた。
振り返ればここに来るまでの途中にも、床に自分達以外の足跡が残されているのが見て取れる。
「これを見る限り、体格の大きい人物と小さい人物が一人ずつ。向きからして上に昇ったようだけど、下に降りて来た形跡はない。という事は、この足跡の主達はまだ上の階に居るって事になる」
「あ、あ……」
そこで漸く“耳付き”は自らの失態に気が付いた。そして、今直ぐにでも頭を抱えたい衝動に駆られる。
「まぁ流石に僕らにはどの階層に居るかまでは掴めなかったけど、もし君が足跡に気付いていれば、“恐らく二人”なんて曖昧な報告をしないで済んだだろうね……旦那は君に、ソレを期待していたんじゃないかな?」
最早言葉もない。先程己の中で埋める事の出来なかった二割りの不明瞭さが、この程度の観察と洞察で埋める事が出来たのだ。
自身の敬愛する人物の期待に応える事も出来ず、ましてその本当の望みを理解する事も出来なかった。
過ぎた事などと一蹴できる筈もなく、悔やんでも悔やみ切れない想いがその胸中で渦を巻く。
「まぁ仕方ないさ。君はまだ若いし、この手の事は経験が何よりモノを言う。君の鍛えるべきは只でさえ優れた身体能力じゃなく、“柔軟な思考と発想”だね」
この男の言う通りだ……。
常人より優れている。ただそれだけの理由で彼女は自らの目に頼り、自らの耳に頼り、そして自らの身体に頼ったあげく“考える”事を怠った。
(そういう事ですか、隊長……)
だからこそアレッシオは、“耳付き”に“唄草”の監視を命じたのだ。
この男の行動を見張らせると同時に、発掘者として彼女に足らないモノをこの男から学ばせ、そして盗ませる為に。
「さてと、じゃあそろそろ行こうか。余り“露骨”過ぎるとまた旦那に叱られる」
そこまで言って話を打ち切り、立ち上がって腰の埃を払うと、“唄草”は四階へと続く階段を改めて昇り始める。
“耳付き”は俯いていた顔を上げると、昇って行くその背中を一度だけ鋭く睨み付けた後、無言で彼の後に付き従った。
――その後、彼らの間に言葉はなかった。
まるで今迄交わしてきた会話が無かったかのように――いや、それまでの会話が有ったからこそ、彼らは何も語らず最上階へと足を進めた。
その足取りは矢張り迅速ではなかったが、途中崩れそうな足場を避け、穴の開いた床を飛び越えながら、着実に目的地へと近付いて行く。
グッ――
「ん?」
「(待て)」
“唄草”が五階へと続く階段に片足を掛けた処で、声を潜めた“耳尽き”がその歩みを引き止める。
何事かと振り向くと、彼女の頭に生えている三角の両耳が、ピクリピクリと何かに反応するように動いていた。
「(二つ上の階に一人居る。真上だ。恐らくレイド・ソナーズだろう)」
「(……へぇ)」
先程、遠回しに考えが足りないと忠告したばかりだが、それを加味しても彼女の能力が優秀である事に変わりはない。
壁を隔てた向こう側に誰が何人潜んで居るかなど、それこそ“唄草”には“勘”で判断するより他に方法はない。
暫し足を止め、“唄草”は状況を整理する。
ここより二つ上の階という事は、標的の現在位置は六階。このまま五階へと昇れば、天井を一枚隔てて丁度自分達の頭上に立たれる事になる。
(待ち伏せかな? レイド君って真正面から遣り合うタイプじゃないからね)
〈メルトス〉にて行った調査により、“唄草”はレイドの人物像をほぼ正確に掴んでいた。
実際はそれより以前から把握はしていたのだが、その調査を行った事により情報を更に確かな物へと変える事が出来た。
現状のように鐘楼の入口を塞がれ、行き場のない上階に追い詰められた程度では、自暴自棄に陥って正面から相手に向かって行くような愚挙は犯さないだろう。
何かを企んでいると考えるのが妥当だが、何より彼は“あの男”の息子である。果たして、一体どのような手を仕掛けて来るのか……。
(でも“一人だけ”って言うのが気になるなぁ。もう一人の相方は最上階かな?)
“唄草”の性格上、本来ならここで相手に呼び掛け、その反応を探りたい処である。
だが残念なことに、レイドと彼等の間には既に〈メルトス〉での一件があり、快い反応が返って来るとはどう考えても在り得ない。
更に彼は先程アレッシオから、“しくじるな”と釘を刺されたばかりである。
(……ま、無難に行くとしますか)
「(どうする?)」
「(もし僕らがここで出し抜かれても、まだ下には旦那達がいる。取り合えず、進まない事には始まらないでしょ)」
「(分かった)」
その言葉に頷くと、二人は慎重に階段を昇って行く。
そして、“唄草”に続き“耳付き”が五階の床に足を踏み入れた、次の瞬間――
「下がれ“耳付き”!」
「ッ!?」
ボンッ
突然、上の吹き抜けから何かが彼等の足元へ投げ込まれ、小さな爆発音と共に視界が一瞬で白く塗り潰される。
「ゴホッ! コイツは、ゴホッ!」
(まさか“煙幕”とは、流石にコレは予想してなかった!)
咄嗟に手で口と鼻を塞ぎ目を細める。
この手の手法には相手の眼や喉を潰すため、煙に毒物や刺激物が混入されているえげつない物もある。
この煙はどうやら無害のようだが、体内に取り込んでも良いことなど一つも無いだろう。
「クッ! おのれ!」
「だから下がってってば! 一旦戻るから!」
それでも尚前に出ようとする“耳付き”を押し留め、“唄草”達は昇って来た階段を引き返す。
“耳付き”の聴力ならば、或いは目視せずとも煙幕の中を進めるかもしれない。
だが、こうも足場が悪い状況下では、流石に視界が確保出来ないまま進むのはリスクが高すぎる。
その上ここは閉塞された塔の中。今直ぐ煙を散らす程の強風など吹く筈もなく、濛々と立ち込める煙はそう簡単には晴れそうにない。
結果、二人は暫しの足止めを余儀なくされた。
「ゴホ……ふぅ、こう来たか」
「くそっ! 何なんだあの男は! ふざけた真似ばかり!」
煙幕から抜け出した“唄草”は直ぐに新鮮な空気を胸に吸い込み、“耳付き”は即座に口から悪態を吐き出した。
ズバァンッ
「おおっと?」
「今度は何だ!?」
すると今度は先程より大きな爆発音――いや、“炸裂音”と言って良い強烈な音が、鐘楼の外側より彼らの耳へと届いた。
◆
ボンッ
突如響いた爆発音。
「ムッ!?」
鐘楼の入口を見張っていたアレッシオと“兜”が咄嗟に視線を上に向けると、鐘楼の中程より少し高い位置にある小窓から、白い煙が濛々と立ち昇っているのが見て取れた。
「アレは火か? 爆薬でも使ったのか?」
「……いや、煙の量が濃すぎる。彼奴め煙幕を使いおったな」
彼等はそれだけ言って会話を終えると、アレッシオは腰の剣柄に手を添え、“兜”は背中の大剣を抜き放つ。
仮に上の二人が出し抜かれたとしても、鐘楼の入口はこの二人が押えている。
もしこの場までレイド達がやってくる事があっても、ここさえ守り切れば上に昇った二人と挟撃する事も可能である。
そうなれば、今度こそレイド達に逃げ場はない。アレッシオ達の予定とは多少異なるが、そうなれば所詮その程度と言うだけの話。
そうして、アレッシオと“兜”が鐘楼の入口を注視していると――
「……~い」
「む?」
「……お~い」
先程の爆発音とは明らかに異なる、子供の呼び声らしきものが上方から聞こえてきた。
「ここだよ~」
その声に引かれて顔を上げると、鐘楼の最上階であろう部分から、白い帽子を被った人物が手を振っているのが見えた。
恐らくは“唄草”の調査報告にあったレイド・ソナーズの相方――フール・フレイという名の人物だろう。
「えい」
気の抜けたような掛け声と共に、その人物が何やら小さな筒の様な物を投げ落とした、次の瞬間――
ズバァンッ
「ヌゥッ!?」
「グッ!?」
強烈な炸裂音が下にいた彼等から音を奪い、苛烈な閃光が全ての色を消し去った。
◆
鐘楼の外側から鳴り響く炸裂音。
「今のは……まさかっ! 隊長!?」
「チョーッと待ったぁ! ドコ行く気!?」
咄嗟に走り出そうとする“耳付き”の腕を、“唄草”が慌てて掴み引き止める。
「放せっ! 今の音は塔の外側からだ! 隊長の身に何かあったのかもしれない!!」
(あちゃー、そうなっちゃうのか)
「落ち着きなよ“耳付き”、あの二人がちょっとやそっとの事でどうにかなる筈無いだろう? それより、僕らはこの状況を利用してレイド君達が逃げ出さないよう注意しなきゃ――」
「煩いっ! そんな事は分かっている! でも、もしあの人に何かあったら、私は……!」
そう語る“耳付き”の表情には鬼気迫るモノがあり、ともすれば今直ぐにでも泣き出してしまいそうな悲哀の色が見て取れた。
その表情を見た瞬間、“唄草”が続けようとした台詞は全て喉の奥へと引っ込み、外へは出て来なくなってしまう。
「……はぁ、分かった」
そう言って、どこか諦めたように“唄草”は“耳付き”の腕を開放した。
「じゃあ下の様子が気に成るから、“君が下まで見てきてよ”。コッチは僕に任せて良いからさ」
「お前……」
先程“耳付き”はアレッシオから、“唄草”の指示に従うよう厳命された。
こう言って彼女に“指示”を出しておかなければ、それは明らかな命令違反になってしまう。
しかし、今の彼等は“軍隊”ではない。彼女の今の状態を鑑みるに、この程度ならば大目に見ても構わないだろう。
「……了解した」
“耳付き”は“唄草”の対応に一瞬戸惑を見せたが、直ぐに意を決して走り出すと、向かいの階段ではなく崩れている床の穴に飛び込み、獣人特有の身軽さと俊敏さでもって一気に鐘楼の入口へと駆け降りて行った。
「やれやれ……」
一瞬で視界から消えた“耳付き”を見送った後、大袈裟に肩を竦めた“唄草”は近くの瓦礫に腰を下ろすと――
「すみませんねぇ旦那、泣く子には敵いませんでしたよ……」
そう、本気かどうかも判らない謝罪を口にして、上階の煙が晴れるのをノンビリ待つ事にした。
レイド「今年もお世話になりました」
フール「来年もまたよろしくお願いしま~す」




