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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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 ◇◇◇


 ――翌日


 〈波間の朽木亭〉での朝食を済ませた俺は、昨日レビストさんから受け取った資料に目を通していた。


「へ~、そうなんだ~」


 資料の内容はここ〈トルビオ〉の北側の森、〈オグマ森林地帯〉に存在する〈アマス大鐘楼跡地〉の調査報告書と、その周辺地図である。


 報告書には、遺跡のことが詳細に記されていた。

 まぁマスターから事前に話は聞いていたのだが、矢張り〈アマス大鐘楼跡地〉は〈メルトス〉の〈ムーゼ遺跡〉ような“生きた遺跡”ではない。

 どうやら地上に複数の建物の基礎や柱、石壁の一部が残るのみの完全な廃墟と化しているらしい。


 罠や遺跡怪物などの危険はないが、お宝と呼べる物も存在しない。

 当時の建物はその殆どが原型すら留めていない状態だが、そんな廃墟の中央に、一つだけその原型に過去の面影を残すモノが建っている。


 〈アマス大鐘楼〉――建物十階分の高さがあり、大人の歩幅で十歩程の直径がある円柱の鐘楼だ。


 大鐘楼“跡地”との名前が付けられている遺跡だが、どうやら“鐘楼のあった跡”ではなく、“鐘楼のある街の跡”という意味らしい。

 その内側は七つの階層に区切られており、頂上の七階は半円ドーム型の天井で覆われている。

 報告書によると、その七階には大人三人が腕を回して尚抱え切れない大きさの、巨大な鐘が吊るされていたらしい。


 鐘は純金だったとも純銀だったとも言われているが、随分昔に盗掘者の手によって盗まれてしまっており、その真相は定かでない。


 けしからん話だと思うが、もし当時俺が発掘者として活動していても、多分同じようにその鐘を狙っていたことだろう。

 だがそれだけ大きいとなると、金にしろ銀にしろ一人で盗み出す――訂正、“発掘”する事は到底不可能だ。

 かなり多くの人手が要るだろうから、当時も大勢でその鐘を運び出したのだろう。


「うんうん。そうだよね~」


 だが、幸いなことに今回の俺の標的はソレではない。報告書を読み進めている内に、俺は一つの気に成る記述を発見した。


 《遺跡にて多数の鳥型の石像や装飾を発見。風化が進みほぼ原型を留めてはいないものの、部分情報により鶏であると推察される》


(“鶏”……ねぇ)


 報告書には、幾つかその鶏のイラストも描かれていた。

 道端の手摺りのような部分に飾られていたり、壁の装飾として描かれていたりと、遺跡の随所でその姿を見ることが出来るらしい。


 恐らく、コイツが親父の伝言にあった“鶏”だろう。

 資料にもあるが、大昔この遺跡に住んでいた人達は、〈明鳥王ガルダ〉を信仰の対象としていたのかもしれない。

 光と熱を司るガルダは、一説では“鶏の王”とも呼ばれる存在だ。遺跡の至る所にその姿を配し、敬っていたとしても何ら不思議な話ではない。


「あ~、そうじゃないかと思ったんだ~」


 問題は、果たしてその内のどれが、親父の伝言にあった“鶏”か、なのだが――実は、それに付いての予想は既に着いている。


(やっぱ、肝心なのは“梟”の方だよな……)


 報告書を三回ほど見直しているが、親父の伝言にあったもう一羽の鳥である“梟”の記述はどこにもない。 

 流石に、この報告書だけで問題解決とは行かないらしい。まぁあの親父の残した伝言なので、一筋縄にはいかない事は解っている。


 報告書には他にも様々な情報が事細かに書かれているが、別に俺は考古学者という訳ではない。

 役に立つのはこの位で、後は実際に現場に行く以外、例の“プレゼント”を見付け出す方法はないだろう。


「アハハ~。分かる分かる~」

「……おい」

「そうなんだよ~、困っちゃうよね~。それでね――」

「おいこら、フール」


 自分のベットに横たわり、さっきから何やら楽し気に呟いている相方が、俺の呼びかけに気付いて漸く顔を上げた。


「ん? な~にレイド?」


 その手には、朝の眩い日差しをギラリと凶悪に反射する、漆黒の短剣が握られている。


「さっきから何を話しとるんだ?」


 朝食を取り終えてのんびりとした時間帯。見た目が小さく可愛らしい相方が、俺の隣でその短剣相手に楽しそうに話し掛けているのだ。

 何とも倒錯的な光景。事情を知らない奴が見れば、自分か相手どちらかの正気を疑っても仕方のない光景だろう。


「何って、ただの世間話だよ~」

「じゃあ何でさっきから俺のことチラチラ見てくんだよ」

「……特に意味はないかな~」


 何だ、今の若干の“間”は……。


(こいつ等、ホントに何話していやがった?)


「……おい、ちょっと短剣ソレかせ」

「ああ~。折角お話してたのに~」


 俺は読んでいた資料を置き、フールから短剣を取り上げると、おもむろにソイツに向かって話しかけた。


「おい」

『何じゃ』

「今フールと何話していやがった? 変なこと吹き込んだりしとらんだろーな」

『何じゃその言い草は。そのような真似我がする筈ないじゃろう。そやつの言うように、ただの世間話をしておっただけじゃよ』

「お前が一体世間様の何を知っとるんだ?」


 ウン万年も昔の骨董品が、今代の世情に詳しいとは到底思えない。


『何を言っておる。詳しくないからこそ、そやつから世間の事を聞いておったのではないか』

「嘘吐くんじゃねぇよ、明らかにフールの方が聞き手だったじゃねーか」


 さっきまでのフールの呟きを聞く限り、フールが口にしていたのは主に相槌ばかりで、とてもコイツ相手に世情を説明しているような雰囲気ではなかった。


『……ッチ、要らん処で察しの良い』

「だから舌もないくせに舌打ちなんかするんじゃねぇよ」

「うわ~、こうして見ると変な感じ~。レイドが一人で短剣とお話してる~。大丈夫? 疲れてない?」

「ご心配なく! でもソレって絶対普通の気遣いじゃないよね!? つか、お前もさっきまで今の俺と同じ状況だったからな!」


 それなのに、何で俺だけ精神こころの病を心配されなきゃならんのだ? 理不尽なことこの上ない。


「冗談だよ~。だってレイドだもん、その程度のことで心配なんかしないよ~」


(あンれぇ? それはそれで何かもの凄く複雑だぞぉ??)


 だがまぁ、これ以上突っ込むと負けな気がするので、この話はここで打ち切ってしまおう。


「ゴホン。良いから、お前はもう黙ってなさい」

「う~い」


 そうして俺がビシリと話題を打ち切ると、フールはつまらなそうにベットの上でゴロゴロしだした。


「ん~~――うぎゅんっ」


 あ、落ちた。


「はぁ……んで、本当は何を話してたんだ?」


 改めてハムの奴に聞いてみる。


『うむ、まぁそやつに昔の事を聞かれてな、色々と話しておったんじゃよ』

「昔の話ねぇ……それで、何でフールは俺のこと見てたんだ?」

『そりゃあお主の過去の“暴露話”じゃからのう、話の途中でお主の顔に目が行くのも無理のない――』

「セイッ」


 ドスッ――


 その台詞が終わらない内に、俺は部屋の柱に向けハムの奴を投げつけた。

 相変わらずの異様な切れ味で、全力の投擲でないにも関わらず、刀身はその半分程が易々と柱の中に突き刺さってしまう。


 ちなみに、刺さした場所はフールの手には届かない高い位置である。


「あ~、ダメだよレイド。オジーちゃん達に怒られるよ~」

「フール君、ちょーっと良いかね?」

「う、うい?」

「顔貸しなさい」


 俺はベットの上へと戻ってきたフールの頭を両手でグワシと挟み込むと、そのまま体ごと持ち上げる勢いで自分の鼻先に引き寄せた。


「君たち、何やら俺のことで随分と愉快な話をしていたらしいねぇえ~」

「ナ、ナンノコトカナ~?」


 この期に及んでも白を切ろうとするフールだが、俺の気迫に押されたのか額には冷や汗が浮かび、その視線はあらぬ方向に元気よく泳ぎまくっている。


「一体どんな話をしていたのかものすごーく興味があるんだが……言ってみ? 怒らないから」

「も、もう怒ってるじゃないか~」

「はっはっは~。ヌァニを言っているのかなぁ君は? ほうら、俺はこんなに笑顔じゃないかぁ~」

「あう~、その笑顔が怖い~」


 人の笑顔が怖いとは、中々に失敬なことを言うヤツだ。

 まぁこの程度で勘弁してやろうと、掴んでいた頭を開放してやった。


「ったく、黙って人の過去ほじくり返すとか、余り良い趣味じゃねぇぞ」

「うい~……ごめんなさ~い」

「だいたい本人が目の前に居るんだ、俺に直接聞けば良いじゃねぇか」

「それはそうなんだけどさ~。でも、レイドだって自分が赤ちゃんの頃のコトなんて、覚えてないでしょ~?」

「一体何を聞いとるんだ……そりゃあ、な……」


 確かに自分の事とは言へ、流石にそんな昔の出来事まで覚えてはいない。

 だがそうか。もうその頃には、ハムの奴は親父と俺の直ぐ傍に居たのか。記憶力も異常に良い奴だから、当時の事を覚えていても何ら不思議ではない。


「ボクってレイドの子供の頃の話とかあんまり知らないでしょ。だからシュルちゃんとか、時々すごく羨ましく感じるんだよね~。それでつい聞きたく成っちゃったんだ~」

「だから聞けば教えてやるって。それにシュルシェの奴が特別って訳じゃねぇだろ」

「分かってないな~レイドは。ボクたちの中でシュルちゃんは特別なんだよ~。ただ聞いて知るのと、当時一緒に居て体験するのとは全然別物なの~」


 その“ボクたち”の中に誰が含まれているのかは知らないが、まぁ言いたい事は解らなくもない。だが、コレばかりはどうしようもないだろう。

 運が悪かったと諦めてもらうしかないのだが、コイツの場合は俺どころか自分の昔の記憶すらないのだ。

 もしかしたら心のどこかで、“過去”と言うモノに固執している部分があるのかもしれない。


「……気持ちは分かる。だけどな、やっぱ自分の過去をベラベラと喋られるのは気に食わねぇし、隣でそんな話をされたら気に成って仕方がねぇんだよ……分かるな?」

「うい~……」


 だが、俺自身も覚えていない昔のことで、そこまで目くじらを立てる必要もないだろう。

 それに、どうしても秘密にしたいような、そんな後ろ暗い過去など俺にはない……訂正。全くない訳ではないが、その手の大半はフールの奴と共有している。

 なので、今更コイツ相手に昔の事を隠そうとしたところで、余り意味がないのだ。


「だからせめて、そういった話をする時は俺の居ない所でするか、俺に気付かれないようにやってくれ」

「……いいの?」

「まぁ今更お前相手に隠すような事なんてねぇしな。よっぽど変なコト聞かねぇ限り、別に構わねぇよ。分かったな?」

「うい、わかった~」

「うし。じゃあ出かける準備しろ。買出し行くから」

「う~い」


 そう俺に言われたフールは、早速せっせと外出の支度を始める。


(……ま、これで良かったんだよな)


 昨日の宿への帰り道、ついに俺はフールにハムのコトを説明した。


 親父が俺にコイツを残した事、コイツが遥か古代の代物である事、何より人と会話が出来る事、そして親父の伝言をコイツから聞き出した事。

 突飛な話で最初は信じて貰えないだろうと思ったのだが、フールの奴は意外とすんなり俺の言ったこと受け入れた。


 ――というか、初めからオカシイとは思っていたらしい。


 まぁ俺がいつも持ち歩いていた短剣が、いつの間にか全く違う見た目に変わっていたのだ。気付かない方が逆におかしいだろう。

 だが、俺の様子から何やら事情が有ると察したらしく、俺が何か言うまでは自分から質問する事は控えていたのだという。


(ホント、優秀な相方だよ)


 随分と引き伸ばしてしまったが、説明するには良いタイミングだと思ったし、どちらにせよこのまま一緒に旅を続ける以上、フール相手に隠し通すことは難しい。

 それに、〈メルトス〉からここに来るまでの間、果たしてどう説明したらよいモノかと、ずっと頭を悩ませ続けてきたのだ。

 これから先も互いの命を預けあう以上、その相方に対していつまでもこんな隠し事を抱え続けるなんて、俺の精神衛生上宜しくない。


 ――そう。

 結局俺は、コイツとのコンビを解消するのではなく、最後まで一緒にこの旅を続ける道を選んだ。


 レビストさんが言うように、旅の安全と成功を考えるなら、実力が同程度の奴とチームを組んだ方が良いのは確かだ。

 だが俺は、遺跡発掘の相方には実力よりも、“信頼関係”の方が重要と考えている。

 実力が同じで尚且つ互いに信頼関係を築けるのなら、きっとそれが一番良いのだろう。

 だが、こと発掘に関して言えば、フール以上に俺が信頼を置ける奴は存在しない。


 そして、レビストさんは他にもこう言っていた――“パートナー”とは、互いにとって常に“平等”であるべきだ、と。


 その台詞は確かに正しく、また同時に間違ってもいる。

 人に“個性”がある以上、完璧な“平等”なんてモノはどうやったって存在しない。要は“理想論”なのだ。

 だが、その理想を完全に否定する積りも俺にはない。だから、決心した。


 俺は昨日、フールの奴にこう言った――命を掛けてお前を護るが、それでも護れないと判断した時、俺はお前を切り捨てて尚生き続ける、と。

 そしてフールは俺にこう言った――自分も命を掛けて俺を護るが、それでも護れない場合、恐らく自分も俺の後を追うだろう、と。

 仮に自分だけ家に帰されても、そこでずっと俺の帰りを待ち続けるだろうとも……。


 しかしそれでは、どちらにしろフールは俺の存在に囚われ続ける事になる。それは、とても“平等”と呼べるモノではない。

 最も信頼の置ける相方との間に生じた、余りにも大きな認識の齟齬。だからこそ俺は、その差を埋める事を覚悟した。


 フールが俺の命に囚われると言うのなら――“俺もまた、コイツの命に囚われよう”。


 互いに互いの命を護り合うのなら、互いの生死も共有しよう。

 俺の死ぬ時がフールの死ぬ時であるのなら、フールの死ぬ時がまた俺の死ぬ時だ。

 ソレこそが、実力よりも信頼というモノに重きを置いた俺たちの“平等”の形であり、コイツのことを本当の“パートナー”と認めた俺なりの覚悟だ。


(ま、そんなこっ恥ずかしいこと、絶対本人には言わねぇし、特に接し方を変える積りもないけどな……)


「準備できたか?」

「完了しました~」


 お気に入りの丸い帽子を頭に乗せ、フールが威勢の良い返事をする。


「よし、んじゃ行くか」

「う~い」


 それに、互いの命を掛けるとは言っても、要はそういった状況に陥らなければ良いだけの話だ。フールも護り、俺も死なない。それで全ては丸く収まる。

 甘い考え方かもしれないが、矢張りフールとのコンビを解消するという選択肢は、俺の中には存在しない。


 コイツに地獄の底まで付き合う覚悟があるのなら、俺だって同じ覚悟をしてやろう。

 だってソレが、本当の“コンビ”ってモノだろう?


「んでフール、お前結局ハムの奴から何聞いたんだ?」

「ん~、知りたい~?」

「まぁな」


 つか、自分の赤ん坊の頃の話とか割と興味がある。

 ゴルドの爺さんやマスターから少しは聞いた事はあるが、その頃俺の一番傍に居たのは、間違いなく俺の親父とハムの奴だ。

 きっと、日頃の疲れに荒んだ心を癒してくれる、赤ん坊ながらの微笑ましい思い出話(エピソード)を聞かせくれるに違いない。


「ん~とね~。レイドのお父さんが赤ちゃんレイドをオンブしてたら、突然背中でお漏らしされて大変なコトになったとか~」

「うん。お前もうハムとの会話禁止な」

「え~~~~ッ、さっきは話ても良いって言ったじゃないか~~」

「変なコト聞くなって言っただろうが!」

「変じゃないよ~、微笑ましいよ~」

「ンな訳あるか! 今のが羞恥以外の何だってんだ!?」

「え~、良いじゃん別に~」

「ダメったらダメ!」

「ぶ~ぶ~」

「ぶーぶー言ってもダメです!」


(やっぱり、コイツにハムの事を話したのは失敗だったかもしれん……)


 そうして、そんな下らないやり取りを交わしつつ、俺たちは〈トルビオ〉の市場へと買出しに出掛けたのであった。


『…………アレ? 我、存在忘れられてる……?』


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