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(しっかしこれ、全然恩返しになってねぇな)
遺跡の資料のお返しにと船に乗った感想を話していた筈なのに、気が付けば俺が大陸一周という魅力的な船旅に誘われている。
恩を返すどころか、更なる恩を売られてしまったのではないか?
「あ、あの、他に何か、聞きたい事とかありませんか……?」
大陸一周の誘いに対するお返しなんて、正直幾ら金を積んだところで足りる気がしない。
もう何をどう返せば良いのか見当もつかないので、恐る恐るそう提案してみた。
(せ、せめて千分、いや、万分の一でも返せんものか?)
「そうだなぁ……」
すると、レビストさんは少し考えた後――
「それじゃあ、レイド君の事を教えて貰おうかな?」
「俺の事ですか?」
――と、今度は何故か俺の事を聞いてきた。
「と言っても、世間話程度のコトで構わない。君の街での暮らし、友人の話、遺跡での発掘の様子、最近あった面白い話でも良い」
「……確か、三年前も同じような事を言ってましたよね?」
余り覚えてはいないのだが、確か前回ここに来た時もそんな質問をされた気がする。
「そうだね。何せ交易会社なんかやってる身だ、遠くから来たお客の話は、それだけでも十分役に立つんだよ」
そう言ってレビストさんは人の良い笑みを浮かべた。
成る程。流石は交易会社の社長さんだ、情報と言うものの重要性を良く理解していらっしゃる。
交易とは、要は遠くにある物をそれを必要とする者の下に運んで利益を得る商売だ。
俺のように〈メルトス〉なんて西の辺境から来た人間の話は、この人にとってはきっとそれだけで価値のある代物なのだろう。
「その程度の事で良いなら、幾らでもお話しますよ」
それで大陸一周の恩が返せるのなら安いものだ。
(まぁまだ誘われただけで、実際に乗ると決めた訳じゃないんだが……)
そうして俺は〈メルトス〉での生活をレビストさんに話した。
商売の参考になりそうな話だけでなく、俺がこれまで遺跡で発掘した物についてや、今が旬の〈メルトス〉の食い物まで。
ゴルドの爺さんや〈黒羽〉のマスターの近況に、未だ行方不明で連絡の一つも寄こさない親父のこと。
アホだが仕事の出来るネコ娘の友人や、俺と同じ黒瞳黒髪の超絶美女が居ること等々、それはもう何の脈絡もなく様々な話をした。
黙って俺の話を聞いていたレビストさんだったが、何故かフールの話題が出た時だけ、相方についての質問をされた。
「その相方とは仲良くやっているのか」とか、「君の役に立っているのか」「これから先もその人物とコンビを組むのか」等々……。
何故そんなことを聞くのか判らなかったが、その様子は微かだが、俺の相方を否定的に捉えているように感じた。
嘘を吐く必要もないので、素直に「仲良くやってるし役にも立ってる。之から先も一緒にやっていく」と答えたのだが――
「あの、何でそんな事を……?」
俺の話をして俺が卑下されるのは構わないが、その矛先があの小さな相方に向けられるというのは余り面白い話ではない。
そんな俺の心情を察したのか、レビストさんは軽く苦笑を浮かべると、直ぐにそんな俺の考えを否定した。
「ああ違うんだ、気を悪くしたのなら謝ろう。別に君の相方の能力や素行についてケチを付ける気はないんだ。ただ、少し心配でね」
「……何がですか?」
「うん。これはまぁ、ただのお節介と思って聞いて貰いたいのだけど……」
レビストさんは話す前にお茶で口内を湿らせると、ソーサーにカップを戻してからゆっくりと口を開いた。
「僕もやっていたから解るが、“遺跡発掘”とはとても危険な仕事だ。それは君も解っていると思う」
「……はい」
それについては素直に首肯できる。
遺跡発掘だけが危険な仕事という訳ではないが、他の仕事と比べれば、遺跡発掘は間違いなく危険な部類に入る。
「僕はね、そんな危険な真似を、余り君にやってほしいとは思っていないんだよ。なんなら僕の商会に高待遇で雇い入れて、やがては一支部を任せても良いとすら思ってるんだ」
「えぇ!?」
それはある意味、大陸一周の誘い以上に意外な台詞だった。
三年前にこの人と話した時は、そんな事は一言も言っていなかったのだが……。
「君には少し分り難いとは思うけれど、僕は君のことを本当の息子のように思っているんだ。息子のアリストが生まれてからは、特にそう思うようになった」
少し照れくさそうにそう語るレビストさんだが、それを聞かされた俺としては何とも複雑な心境だ。
何せこの人と最後に顔を合わせたのは、もう三年も前の話。
それより以前、俺が物心付く前になら、何度か〈メルトス〉で顔を合わせた事もあったそうだが、レビストさんの仕事が軌道に乗り始めてからは、顔を合わせる機会がなくなってしまった。
そんな人に、突然“自分の会社で働かないか”と誘われては、此方としてはどうしたって戸惑いが先に立ってしまう。
「その……お気持ちは、嬉しいのですが……」
「あ、いや、だからと言って今の君を否定する心算はないよ。例え危険でも、それは君が自分で決め、そして自分で選んだ道だ。そんな君の選択と覚悟に対して、本当の親でもない僕がどうこう言う筋合いはないからね」
「はぁ……」
「……でも、その“相方君”の方はどうだろう?」
「え……?」
するとレビストさんの表情が僅かに引き締まり、鋭い視線が俺へと向けられる。
「……レイド君、この際だからハッキリ言おう。君は、自分の能力を過小評価し過ぎている」
「え……?」
「君は自分では余り自覚できていないだろうが、君個人の発掘者としての実力は、間違いなくこの大陸でもトップクラスに入るだろう」
「そう、でしょうか……?」
「そうだ。少なくとも、今の僕では君の足元にも及ばない」
レビストさんはそう断言するが、果たして本当にそうだろうか?
つい一ヶ月程前まで金欠で虫の息寸前だったというのに、そんな奴が大陸でトップクラスだと言われても、俺自身ピンとこないのだが……。
「通常、遺跡発掘で組まれるチームの人数は平均で五~六人。これより人数が増える事はあっても、減るなどという事は滅多にない。それなのに君たちは、たった二人で遺跡発掘に挑み、ちゃんとした成果を上げ続けている」
確かに、平均的な探索者のチーム編成は五~六人だ。
俺たちの暮らす〈メルトス〉での平均はもっと多いが、それより人数の多いチームはあっても、それより人数の少ないチームは極端に少ない。
「まぁ、確かに少ない方だとは思いますけど、その代わり大人数のチームより安全策を取っているだけですよ。遺跡に潜っても、成果が無いなんて場合もザラですし」
だが、それならそれでやり様はある。他のクランが潜る場所とは重ならず、端の方でチマチマ小銭を稼げば良い。
親父が俺の前から消えて以来、俺はそうやって生計を立ててきた。危険なことには極力近づかないようにしながら……。
「それが既におかしいんだよ。さっきも言ったが、遺跡発掘に危険は付き物だ。僕の知る限り、“安全策”などと言うものは存在しない」
「それは……」
違う――とは言い切れなかった。
事実、なるべく危険を避けて発掘をしてきた俺たちだが、本当に安全であった事など一度もない。
「更に言わせてもらえば、君はなんの成果も無いと言ったが、それも間違いだ。例えたった二人だけのチームだと言え、毎回二人とも無事に戻ってくるというのは、それだけでも十分立派な“成果”だよ」
「……単に、俺が臆病なだけです」
「臆病な事の何がいけないんだい? 僕は交易会社のトップだ、多くの交易船を持っている。そして、その船を任せている船長の全員にこう言っている。『無理はするな。危険だと思ったら出港を取り止めるか、直ぐに港に戻ってこい』とね。数日の遅延が莫大な損失を生む時もあるが、船と一緒に積荷が沈んでは元も子もない。乗員の命も含めてね」
レビストさんが再びカップに口を着ける。
「十年近く遺跡発掘を続けてきて、未だ一度もチームの人間に致命的な被害が出ていないというのは、僕の知る限り君のチーム“だけ”だ。君の父上ですら、発掘作業中にチームの人間を亡くしている……」
そこで言葉を切ったレビストさんの表情が、どこか悼むように重く沈んだものになる。
恐らく過去にチームを組み、亡くなった仲間の事を思い出しているのだろう。そして俺にも、その内の一人に心当たりがある。
……俺の、“お袋”の事だ。
「……レビストさんこそ、俺のことを過大評価し過ぎですよ。俺より凄い奴なんて、この世には幾らでもいます。俺は、たまたま運が良かっただけです」
「本当にそうかい? こう見えて僕は、商売を通じて何人もの人達を見てきた。人や物を見る目は、ソーヤや君の父上にだって負けない自信がある……まぁ、ゴルドさんは別格だが」
「まぁ、あの爺さんは……」
ゴルドの爺さんは、今も昔も様々な現場で様々な人間と直に顔を合わせている。“相手を見る”のも、“自分を見せる”のもお手のものだ。
あの爺さん相手に腹芸で渡り合える奴がいるのなら、怖いもの見たさで一度だけでも会ってみたい。
「そして、そんな君だからこそ、相方も一流であってほしいと僕は思っている」
「“一流の相方”?」
レビストさんの表情が再び引き締まる。
「君からの話を聞いていると、その相方と君の仲はとても良いみたいだね。その事については、異論の余地はないのだろう。だが、君とその相方との実力は、とても同じとは良い難い。違うかい?」
「それは……仕方ないじゃないですか」
フールと俺が出会ったのは三年前。そして、俺に付き合って遺跡発掘をするようになってから、まだ二年も経っていない。
そんな奴がイキナリ俺と同じ真似をしようにも、無理があると言うものだ。
「そう、仕方がない。経験と時間と言うモノの差は、それだけで埋める事が難しい実力の差だ。その相方が君と同じ実力を持つまで、今の君と同等かそれ以上の時間が必要となるだろう」
「分ってます。ですけど、それは俺も相方も覚悟の上です。だから、今は俺がアイツに発掘のしかたを教えてるんです」
そしてその成果は、発掘を重ねる毎に確実に出てきている。
最初は荷物持ちも満足に出来なかったフールの奴が、今ではその程度軽くこなしているし、遺跡での俺の言い付けも守り、俺がフォローする回数も減ってきている。
平均より小さなあの体で、必死に俺についてきているのだ。
そんなアイツの頑張りを、この人は実力が違いすぎるからと、それだけの理由で切り捨てろと言うのだろうか?
だとすれば、とても承服の出来る話ではない。
「俺の相方はアイツで、アイツの相方は俺です。もう二年近くもコンビを組んできたんです。今更代える心算はありません」
「……君の言い分も分かる。人を育てると言う事は大切な事だし、何よりチームを組むにあたって重要なのは互いの信頼関係だ。それを抜きにして、実力だけでチームのメンバーを決めるのは愚策を通り越して論外だ、話にならない。そう言いたいのだろう?」
「はい」
(……何でだ?)
だた〈トルビオ〉に来たついでに、親父の過去の仲間に挨拶をするだけの積もりが、何だってこんな会話をこの人とする羽目になっているのか……。
「だが、君はさっき僕にこう言ったね。“安全策”を取っていると。つまり君は遺跡発掘に挑む際、今の君と相方のチームに見合った発掘の仕方をしてきた訳だ」
「そうです」
「それじゃあ聞こう……“これから先も、そのやり方は通用するのかい?”」
「――ッ!!」
その台詞は、まるで叩き付けるかのように俺の頭に響いた。
静かで冷静な声にも関わらず、棍棒で殴られるような衝撃を確かに感じた。
「深くは聞かない。だが、今回君が探している物は“あの”お父上が残したものであり、更にはアレッシオまでが直に動いている。とても唯の“探し物”なんて雰囲気じゃない。そんな物を探すにあたり、今の相方が“足手纏い”にならないと、君は断言出来るのかい?」
「それ、は……」
確かに、今のフールは三年前のアイツとは違う。初めの頃より、ずっと実力を付けている。
私生活まで含めれば、今ではお互いに欠かす事の出来ない間柄だ。寧ろ最近では、俺の方が助けられる事だって多いくらいだ。
だが、こと遺跡発掘だけに限って言えば、まだまだ未熟な部分は多い。
仮に“もしもの事態”が起こった際、状況にもよるが、アイツ一人ではとても対処しきれないだろう。
そして今迄の俺は、そんな俺とフールの能力に見合った場所や方法で、なるべく危険を避けながら発掘作業を続けてきた。
だがそれは、あくまでも場所が“〈メルトス〉にある遺跡”という、俺にとって昔から世話になってきた庭のような場所だからに他ならない。
これから向かうかもしれない先、かの伝説級のお宝である〈三遺の十二宝〉――その内の一つである〈光の花〉がある場所に、果たしてどんな危険が潜んでいるかなど、今の俺には皆目見当もつかないのだ。
其処は、近代の人間が未だ足を踏み入れた事のない未踏の地。
もしかしたら其処では、今の自分の実力以上のものを要求される状況に陥るかもしれない。
そんな時、俺は相方であるフールの奴を連れ、無事〈メルトス〉へと帰る事が出来るのだろうか……。
(……いや、愚問だな。俺がアイツを巻き込んだんだ)
その時は――
「“相方を護るのは自分の役目。自分が犠牲になれば良い”――そんな事を考えている顔だね」
「ッ!?」
ギクリとした。慌てて顔を上げれば、レビストさんは未だ厳しい顔付きで俺を見詰めている。
「言ったろう、人を見る目には自信があるんだ。もっとも、君は少し顔に出易い性質のようだけれどね」
「……親父の奴にも、良く言われました……爺さんにも」
「そうか」
俺から視線を外すと、レビストさんはカップに残った最後のお茶を飲み干した。
メイドさんが直ぐに新しいお茶を入れようとするが、それをレビストさんは手で留めた。
「君のその考え方が正しいとは思わない。だが、間違っていると断言できるほど僕も無責任じゃない。時には、そういった考えだって必要になる世界だ……しかし君は、考慮しなければいけない“肝心な点”を忘れている」
(“肝心な点”……?)
「確かに君の実力なら、余程の事がない限りその相方を救う事が可能だろう。だが逆に、君自身に何かが起った時、“相方は君を助けられない”という点だ」
「ッ!!」
「恐らく“残された者”の背負う苦しみが、今の君には解らないだろうね。仲間を失う事の悲しみ。無力である自分を苛む自責の念……まだ失った事のない君に、きっとそれは理解できないだろう。それは幸福なことであり、また残酷なことだ……」
二の句が……告げなかった。
レビストさんが言うように、俺には今まで大切な人間を亡くした経験はない。
お袋が死んだのは俺の物心が付く前だし、親父だって行方を晦ませただけで死んだ訳ではいない。
同じ発掘者の中でなら、遺跡内で命を落とした連中の話は幾らでも聞く。だが、そいつらが俺にとって大切な仲間かと言えば、そんな事はない。
俺にとって大切な仲間というものは、それこそフールやシュルシャやシノブさん、マスターやゴルドの爺さんに、ミリーヤさんみたいな本当に身近に居る人達だけだ。
「さっき君は覚悟の上だと言った。だが君は、そんな想いを最後まで理解できないまま、残された相方にだけそれを背負わせる事になるかもしれない……それもまた、覚悟の上かい?」
「それは……」
同時に思い知らされる――
確かに俺は、発掘中に何か危険な事が起った際、フールの安全を第一に考えてきた。それこそ、俺の命に代えてでも、アイツだけは護るくらいの心算でいた。
だが、レビストさんの言うように、そうして残された後のフールの事を、俺はそこまで深くは考えていなかった。
無論、何も対策を講じていなかった訳ではない。
もしもの時は、マスターかゴルドの爺さんを頼るよう、フールの奴には言い含めてある。
先方の二人やその周りの人達にも事前に話は通してあるので、決して悪いようには成らないだろう。
だが、俺が居なくなったことで、フールの奴が先の人生を棒に振るようでは意味がない。
そして、現時点でその可能性は、非常に高いと言わざるを得ないのだ。
「役割をそれぞれで分担するのは良いだろう。だが、何らかの理由で片方が倒れてしまった場合、無事なもう片方がその役割をカバーしなければ、最悪チーム全体が危険に晒される」
それは道理だ。
例え発掘の最中にフールの奴が倒れても、俺ならアイツに任せている役割のフォローができる。
そもそもアイツが来る前は、俺一人で遺跡に潜っていたのだ。それくらいの事はできる。
だが、もしも俺が倒れた場合、フールが俺の役割をフォローする事は、今のアイツには不可能だろう。
そうなれば、結果的に残されたフールも危険に晒される。“チーム全滅”の可能性は、決して低いものではないのだ。
「相方とは……“パートナー”とは、互いにとって常に“平等”であるべきだ。“役割”の面でも、“能力”の面でも……そして、“危険”の面でもね」
結局その後の俺は、最後までその台詞の明確な肯定も否定もできないまま、レビストさんの館を後にする事になった。




