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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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「ウオオオオオオオ!!」


 走る。走る。走る。ここ一週間分の稼ぎを空飛ぶ不逞の輩から取り返すため、俺は疾走を超えて爆走する。


 ドドドドドドド――


 俺が見つけたコインを飲み込んだ泥棒鳥は、大きな翼を一杯に広げ、緩やかな風に乗り悠々と空を滑空している。

 大方、地上を這いずるばかりの人間など、空を飛べる自分に追いつける筈がない……とでも思っているんだろうが!


「甘い! 発掘者の執念深さナメんじゃねぇ!!」


 例へあのコインに二束三文の値打ちしか無かったとしても、されど二束三文!

 歴史的経済難を迎えつつある我が家にとって、それでも貴重な飯の種だ。そう簡単に鳥畜生如きの餌なんぞにされて成るものかッ!!


「逃がさん! 絶対に逃がさんぞーー!!」


 もはや怨嗟にも近い想いを吐きながら、空を行く泥棒鳥を全力で追い駆ける。


「ムッ!?」


 すると、舗装された道を走っている俺の前方に、その進行を阻むかの如く一軒の家屋が現れた。

 地面を走る俺とは違い、障害物の一切無い空を飛ぶ泥棒鳥は、依然進路を変える事なくその家屋の向こう側へと飛んで行く。


 もし俺がここで進路を変へ、目の前の建物を迂回しようものなら、きっと俺はあの泥棒鳥の姿を見失なう、もしくは追い付けなく成る可能性が高い。

 なら、俺にとってその選択肢は論外だ。故に、残された選択肢はただ一つ――このまま“直進”あるのみ!!


「ウオオオオオーーー!!」


 尚も速度を落とさず突き進む俺に、前方に聳える壁がみるみる迫る。このまま行けば、間違い無くあの壁に激突するだろう。

 だが、このまま壁に激突して全身の骨を粉砕する積りも無ければ、体当たりで壁をぶち抜く積りも無い。

 何故なら、今俺が目指している先は建物の“壁”ではなく、その“手前に有るモノ”だからだ。


「トウッ!」


 家屋の壁ぎりぎりまで近付いた俺は、そこで鋭く進行方向を切り換えた。

 もっとも、壁との衝突を避けて左折や右折をした訳ではない。目指した先はそれ以外の方向――壁の“上方”へと向け、俺は力の限り跳び上がった。


 ガシッ


 そして、そのまま壁の手前に組まれている“足場”の一つに手を掛けると、俺は両腕の力を駆使し、一気に身体をその“足場”の上へと引き上げる。


「ハッ!」


 ガシッ


「ホッ!」


 ガシッ


「もういっちょうッ!」


 ガシッ


 一段目の足場に上がった後はもう一段上の足場へ、その足場に上がったらまた上の足場へと繰り返し、俺は三階建ての屋根の上へと瞬く間に踊り出た。


「どこ行きやがった!?」


 そうして地面に居た頃より大分見通しの良くなった視界を空へ向けると、そこには大きな翼を広げて去って行く泥棒鳥の姿が。


「ソッチかーーー!!」


 その姿を確認し、俺は屋根の上で爆走による追跡を再開した。


 現在この町では、至る所で建物の増改築が盛んに行なわれており、そのため多くの建物の周りには、鳶職によって組まれた“作業用の足場”がそこかしこに設けられている。

 縦向きの支え木と横向きの板で作られた足場は、一見すると人の住む家を丸ごと閉じ込めた檻の様にも見える。

 なので、その気に成ればソレを利用し、建物の屋根まで簡単によじ登る事が出来るのだ。


「おっと! ゴメンよッ!」

「オワッ!? おいコラッ! 何処走っていやがる!!」


 屋根の上を行く途中、角材を担いだ鳶職の人と危うくぶつかりそうに成るが、ギリギリのところで擦れ違った。


 まぁこの足場は鳶職の皆さんが仕事の為に作った簡易的なモノだ。なので、基本俺のような部外者が通って良い場所ではない。

 今は非常時ゆえ部外者である俺も利用させて貰うが、仕事中の彼等からしたら只の邪魔者以外の何者でもないだろう。

 だが、こっちだって生活が懸かってる。仕事の邪魔をして申し訳ないとは思うが、説明している時間も惜しいので、悪いが強硬突破させてもらおう。


「トウッ!」


 屋根の端まで辿り着くと、今度は直ぐ隣の屋根へと飛び移る。

 登って下って跳ねて飛んでを繰り返し、人で込み合う下の通りの様子を尻目に、俺は昼下がりの町を軽快に走り抜けて行った。




 ◆◆◆


 “自走輪”――古代遺跡の中から発見された“失われた技術”の一部を流用し、現代の人類が創り出した車両の一種。

 牽獣が牽くことなく動かす事が可能であり、これから先の時代の物資輸送に多大な貢献を齎すであろう最新鋭の乗り物である。


挿絵(By みてみん)


 そんな最新鋭の乗り物である自走輪に乗り込み、従来の馬車の手綱とは明らかに違う“操縦桿”を操り、人やその他の自走輪で込み合う〈メルトス〉の大通りを進む、一人の男が居た。


 男の名は――〈カドック・ロアール〉


 年齢は十八。髭はなく、濃い藍色の長髪は鬱陶しげに頭の後ろで纏められている。

 その大柄な肉体には平均以上の筋肉が備わっており、更にそれを覆う日に焼けた皮膚には、年齢に見合った健康的な張りが在る。

 だが、そんな無骨な体躯の割に、顔には常に温和な表情を浮べた彼からは、高圧的な印象など微塵も感じられない。

 それ処か、その青く澄んだ瞳には、見る相手に童子の様な無邪気さを連想させる輝きがあった。


「ンン~ン~~♪ ンン゛~~♪」


 明らかに自身のサイズに合わない操縦席に身体を押し込み、妙にコブシの効いた鼻歌を唸りつつ、彼は手元のハンドルとレバーを器用に操作する。


 彼の操縦する自走輪の荷台には大きな檻が積まれており、その中には十数匹の遺跡怪物である剪定蟹が鋏を封じられた状態で押し込まれている。

 この剪定蟹を〈黄金の瞳〉にまで運送する事が、現在の彼の主な仕事であった。


「いやー、やっぱ都会はスゲーなぁ。自走輪コイツの操縦には随分慣れたけども、この人の多さには何時まで経っても慣れねぇわ」


 カドックがここ〈メルトス〉にやって来たのは、今から丁度一年ほど前。

 メルトスよりも更に西。凡そ辺境も辺境と言える農村出身の彼がこの町にやって来た理由は、他の者達とそう変わる物ではない。


 “一攫千金”――遺跡の持つ価値と、その遺跡発掘により急激な経済発展を続けている〈メルトス〉の噂は、遠く彼の故郷にまで響いていた。

 その噂を耳にした彼は、自身の好奇心と僅かな野心に突き動かされるまま、両親の反対を押し切りたった一人でこの町にまで出稼ぎにやって来たのである。


「しっかし、此処に来てもう一年かぁ。これでようやく見習い期間が終了すれば、オラも晴れて立派な発掘者の仲間入りだぁ」


 人の良い笑顔を浮かべつつ、彼は呟きながら手元のハンドルを右に切る。


 実の処、“発掘者”に成る為に必要な“資格”と言う物は、明確には存在しない。

 発掘者に成りたいのであれば、遺跡に潜り探索をし、それなりの“成果”を上げれば良いだけの話である。


 ただし、この〈メルトス〉の周辺に在る三つの遺跡の“所有権”は“国”が所持する物であり、その管理を任されているのが〈黄金の瞳〉なのである。

 故に〈黄金の瞳〉の会員と成らずに発掘作業にあたった場合、その行動に幾らかの制限ペナルティが課せられる事を覚悟しなければ成らない。


 逆に〈黄金の瞳〉に入会すると言うのであれば、未入会時には無かった様々な“制約”を課せられるものの、同時に多くの“恩恵”を受ける事ができる様に成る。


 具体的には遺跡内への“通行料の減額”、期限内までに戻らない発掘者への“捜索隊の派遣”、〈黄金の瞳〉での発掘品取引時における“手続きの簡略化”。

 他にも遺跡発掘、探索、調査の為の装備品、消耗品購入の“割引”等々。様々な支援を受けられる様に成る。


 よって、この町で遺跡発掘をするのであれば、〈黄金の瞳〉への入会はある意味必要不可欠とも言えるのだ。


「そうすりゃこんな下っ端仕事ともおさらば出来る。今よりももっともっと稼げるように成るんだ」


 〈黄金の瞳〉に入会する方法は大きく分けて三つ。


 一つ目は、黄金の瞳に対し多額の寄付金を支払う方法。

 二つ目は、遺跡関係の仕事に従事し、小さくとも長期間成果を上げ続ける方法。

 三つ目は、遺跡発掘、探索、調査のいずれかにおいて、何か大きな成果を一つでも上げる方法である。


 当初、カドック本人が目指していたのは三つ目――いわゆる“短期型”での〈黄金の瞳〉入会を望んでいた。


 長い農作業で培った彼の肉体は力強く、まだ若く大きな身体は健康そのものであり、剣等を扱わせても村で彼に適う者は居なかった。

 彼はその身体と技術と自信を胸に、一流の発掘者――“怪物狩り”を目指してこの町へとやって来たのである。


 だが、此処に来たばかりで元手の資金に不安が在り、金貸しに借金をする勇気の無かった彼は、当時人員を募集していた一つの怪物狩りグループに入り、そこで発掘品と発掘資材の運搬係りに任命されたのであった。


 当初は馬車や牛車とは違う自走輪の操縦に戸惑ったものの、彼はその大きな身体に似合わない器用さでたちまち操縦方を習得。

 今ではグループ内の誰よりも上手く自走輪を操縦できるまでに上達し、こうして一人だけで物資輸送を任される様にまで成っていた。


 以来一年間、彼は小さいながらコツコツと、確実に〈黄金の瞳〉入会の実績を積んできたのである。


「あれから給料も貯まったからなー。発掘者に成れた暁には、景気付けにいっちょパーっと豪華な飯でも食って……あ、田舎のおっ母ぁに報告の手紙書かねぇと」


 これからの先の予定に想いを馳せつつ、何時しかその呟きを再び鼻歌へと変へ、彼は意気揚々と自走輪を走らせる。


「ン~ンンン゛~~♪ ンン~――」


 すると――


「ン~ン~ン~~♪ ンン゛~……ん?」


 ふと視線を横に向けた彼の視界の上方に――


「な……何だありゃッ!?」


 屋根の上を爆走する、一人の青年の姿を発見した。


「ヌゥンオオオオオオオオ!!」


 ダダダダダダダ――


「あ、あの人!? 一体何やってんだ~!?」


(大工さんじゃねぇみてぇだし、幾ら此処が都会だからってオラあんな人見たことねぇぞ!?)


 その人物は脇目も振らず、何かを追いかけ屋根の上をひた走っている。

 建物と建物との間隔を上手く飛び越へ、一階分程度の段差なら軽快によじ登っては飛び降りるを繰り返し、速度を落とす事なく屋根の上を突き進んで行く。


 そんな青年の様子に、カドックは鬼気迫るものを感じ取る。


「な、何であんな所を……アッ!!」


 カドックがその人物の向かう先へと視線を移すと、少し行った先で建物の並びがプッツリと途切れているのが見えた。


「イけねぇ!」


 そこから先は幅の広い大通りに面しており、通りの向こう側には別の建物が軒を連ねている。だが距離が開いている為、流石にそこまでは飛び移れそうにない。

 いま青年が走っている場所は二階立ての屋根の上。もしこのまま地面に落ちれば、大怪我どころか最悪命に関わるかもしれない。


(チョッ! ひょっとしてヤバくねぇか!?)


「と、止めた方が!」


 しかし、そんなカドックの心配を余所に――


「トウッ!」


 とうとう屋根の端へと辿り着いた青年は、本当に何の躊躇もなく目の前の大通りへ向け跳び出したのである。


「――ッ!!」


 瞬間、カドックは息を飲んだ。

 彼の視界に映る全ての物がユックリと動き、周囲の音は凄い勢いで彼の元から遠ざかって行く。


(ああ、これが都会名物の“自殺”ってやつかぁ……。都会は自殺の名所ってのは本当だったんだなぁ……)


 そんな、都会に対し随分と偏見のあるカドックの思考はともかく、その青年の行動は傍から見れは、確かに自殺以外の何者でもない。


 翼の無い人間に空は飛べない。高い所から飛び出せば、下に落ちるが自明の理。

 まして、青年が走っていたのは二階建ての建物の屋根。すなわち建物三階分に匹敵する高さから飛び出したのである。

 カドックのような一般人には、到底正気の沙汰と思える行動ではない。


 これから後、大通りに飛び出したあの青年の運命は、恐らく全身打撲の複雑骨折。打ち所が悪ければ、最悪即死と言う可能性も有り得るだろう。

 もし仮に死亡を免れたとしても、その一生をベットの上で過ごすか、何かしらの後遺症を患って残りの生涯を生きて行く事に成る。


 そう考えるので在れば、いっそ苦しまぬようこの場で即死してしまった方が、本人にとっては幸せな事であるのかもしれない。


(ナンマンダブナンマンダブ~。どんな辛い事が在ったか知らねぇけど、せめて成仏してくれよぉ~)


 カドックは心の中で手を合わせ、これから死に行く者に拙い祈を捧げた……しかし――


 ダンッ


 その青年は、カドックのそんな未来予想に反し無事に“着地”を成功させると、自身の屍を晒す事もなければ傷や骨折の一つも負う事はなかった。


「……ふえ?」


 その青年が降り立った先は、石で舗装された通りの上ではない。大通りの横合いから走ってきた一台の自走輪――青年は、その荷台に積まれている“おりの上”へと跳び乗ったのである。


 青年が飛び降りた屋根からその檻までの高さは、実質建物一階分程度のものでしかない。

 それでも決して低いとは言えない高さでは在るのだが、その青年にとってはどうと言う事は無かったのだろう。


「デヤッ!」


 ダンッ


  その証拠に着地後、直ぐさま体勢を立て直した青年は、今度は反対側から走って来る別の自走輪に飛び移ると――


「ホッ!」


 ガシッ


 そのまま通り向こうの建物へと取り付き、壁表面の凹凸を利用して瞬く間に屋根にまでよじ登ってしまう。

 その後、空をキョロキョロと見回した青年は直ぐに何かを発見すると、ソレを追いかけ爆走を再開。屋根の向こう側へと消えて行ったのであった。


「……」


 その出鱈目とも言える光景を目の当たりにしたカドックは茫然自失。唖然を通り越して呆気にとられ、正に“開いた口が塞がらない”状態と成っていた。


 そして――


 ガランガランガランッ


「馬鹿野郎! どけーーー!!」

「ハ? うえッ!! うわああーーーッ!!!」


 全ての自走輪に備え付けられている警鐘が、自分の直ぐ真横で打ち鳴らされている事に気が付いた頃には……もう、全てが手遅れであった。

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