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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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ついにレイド達に休息の時が。

そして、作品最大の謎が解き明かされる! のか!?


「え! ココ!?」


 驚きに若干声が裏返ってしまった。


(いやだってコレ、普通に民家のドアだぞ)


 改めてドアの周囲を見渡すが、やはり宿屋の看板らしき物は何処にも見当たらない。宿屋の店構えとしては、余りにお粗末と言わざるを得ない。

 そもそも立地条件が最悪だ。こんな住宅地のど真ん中に宿を建てても、宿泊を目的に立ち寄る人間なんてまず居ないだろう。


 一体、何を思ってこんな所に宿を構えたと言うのか……。


「……いや、実はこのプレートは本当に表札で、“ナミマノク・チキテイ”さんという人のお宅なのかもしれん」

「それはないんじゃないかな~」


(……うん、俺もそう思う)


 だがまぁ、折角ここまで来たのだ。仮に間違っているにせよ、一応は訪ねてみても良いだろう。


 コンコン――


「あの~……」

「はいはい」


 指の関節で軽くドアをノックすると、暫くしてドアの向こう側から声が聞こえてきた。

 ガチャリとドアが開かれると、開いた隙間から一人の婆さんが顔を覗かせる。


「あら、どちら様?」


 目尻の下がった優しそう目を俺に向けて、一体何事かと首を傾げている。


「ええっと、俺たちオッサンから紹介されて」

「……はぁ?」


 いかん、流石に“オッサン”では誰からの紹介か判らんだろう。


「だからその、こう頭に赤いバンダナを巻いていてですね、ヒゲが生えていて船で働いてる――」

「ボクたち“ゼルヒ・カールマン”さんの紹介できました~。ここが〈波間の朽木亭〉ですか?」


 俺が婆さんへの説明に窮していると、それを見兼ねたフールが割って入ってきた。


「ああ、アンタたち“ゼルヒ”の紹介かい。そうだよ、ここが〈波間の朽木亭〉さ」


 どうやら、ここがあのオッサンが言っていた宿屋で間違いないらしい。

 良かった。地図が間違っていた訳でも、俺が読み間違っていた訳でもなかったようだ。俺の存在価値は保たれた。


「よ、よかったぁ、や~っと着い……うっぷ!」


 胃の内側から突然せり上がってきた衝動に堪らず膝を折る。


(あ、やばい、安心したら一気にきた……気持ち悪い……)


「わわ、レイドしっかり~」

「なんだいアンタ、随分と顔色が悪いじゃないか。ちょいとオマエさーん」

「す、すんません……何か、漸く船から降りたのに、さっきから足元が揺れてるような感覚が続いてて……ウウ……」


 ここまで酷いと、もう何か悪い病気でも患ってるんじゃないかと思えてくる。

 ここ数日はまともに食事も取っていなかったので、食中毒の類じゃないとは思うのだが……。


「ああ、ゼルヒの紹介ってことは、アンタたち船でこの街にきたんだね。だったら心配いらないよ、そりゃたぶん“陸酔い”さ」

「お、“おかよい”……?」


 何だソレ。“船酔い”や“乗り物酔い”は聞いた事があるが、その“陸酔い”とやらは今まで聞いた事がない。


「おバアさん、それって病気~?」

「ええ? アハハ、病気じゃないよ。どうせ船旅にあまり慣れてなかったんだろう? よくある事さ」

「どうしたターナ。ん、お客さんかい?」


 すると、今度は奥の方から爺さんが出てきた。たぶんこの婆さんの旦那さんだろう。


「ああオマエさん。この子どうやら酷い陸酔いみたいなんだよ。ちょいと裏まで連れて行っておくれよ」

「おお、そいつは辛かっただろう。さ、肩を貸してやろう」

「うう……すんません……」

「あ、荷物はボクが持ちます~」


 そうして、俺たちは建物の中に招き入れられた。

 お年寄りに肩を借りて歩くのは少し情けない気もするが、正直背の低いフールに支えられるよりは何倍も歩き易い。


「……なぁフール、“ゼルヒ”って誰だ?」

「“赤バンダナのオジサン”のことだよ~」

「え、そうなの……?」


 そういえば、あのオッサンの名前を聞いた覚えがない。フールの奴、一体いつの間に名前なんか聞いてたんだ?


「レイドってばあんまり自己紹介とかしないし~、いつも相手の名前とか聞かずに仲良くなるからね~」


 言われてみればそうかも知れないが、俺だってちゃんと自己紹介くらいするぞ。現にこの前だって……あれ? いつしたっけか?


「じゃあ、アタシはお客さんの部屋の準備をしておきますからね」

「ああ、頼むよ。さ、こっちだ」


 爺さんに肩を貸されたまま居間らしき場所を通り過ぎると、何故か建物の裏にまで連れてこられた。


「さ、ここに座りなさい」


 小さな椅子に腰を下ろされる。


「ここは……?」

「ウチの裏庭だよ。見てみなさい、そこに湧き水があるだろう」


 言われて顔を向けると、裏庭の端にある魚の顔をした飾りの口から、澄んだ水が滾々と湧き出ているのが見える。


「飲んでみなさい。これで少しは気分も良くなるはずだ」


 爺さんはコップにその水を汲むと、それを俺に差し出した。

 見た目は唯の水なのだが、この気分の悪さから開放されるならもう何でも良い。

 俺はコップを受け取ると、爺さんの言葉を信じて直ぐに水を喉へと流し込んだ。


「――っぷは~~~~!!」


(う、美味い! 何だコレ!?)


「あっあの、もう一杯良いですか?」

「ああ、金なんか取らんから、好きなだけ飲みなさい」

「あ、有難うございます。おいフール、お前も飲んでみろ」

「うい~」


 俺はコップをフールに渡すと、自分は湧き水を両手に受けてがぶ飲みする。


 その水は若干甘く、周囲の気温に負けないくらい冷えており、滑るように喉元を通り過ぎると、身体の中に溜まった熱を吸い取るように下げてくれる。

 その感覚はまるで身体の中を涼風が吹き抜けたようで、体温だけでなくさっきから感じている気分の悪さまで吹き払ってくれるようだ。


 爺さんが言った通り、お陰で気分の悪さも大分落ち着いた。


「冷たくておいし~」

「ああ、ホントにな。生き返る」


 比喩ではなく、こんなに美味い水を飲んだのは生まれて初めてだ。

 船の中で寝込んでいた時は、あの“ココチーの実”に大分世話になったが、この水はそれ以上に身体の隅々を潤してくれる。

 しかも幾ら飲んでも無料ただときた。財布の風通しまで良くならないのは実に有り難い。


「この水、何か入ってるんですか?」

「いやいや、何も入っちゃおらんさ。見てごらん、此処からも見えるだろう。あの“ディエンダラの壁”が」


 爺さんの指差す先を見てみると、その方向には“ディエンダラの壁”と呼ばれるこの大陸最大の山脈が、青空の向こう側に透けて見えた。


「あの山からの恵みの水が、たまたまウチの裏庭で湧いていおるんだよ。この水を飲んどる陰で、この歳になってもこうして元気に歩けとる」


 そう言って呵々と笑う爺さんは、確かに元気そうだ。

 もっとも、この爺さんより歳食って元気な年寄りが身内に居るので、そんなに驚きはしなかったが……。


 しかし、あっちの爺さんはこの水を飲んでいないのに、何故あんなにも無駄に元気なのか。

 まぁ、あれ以上元気に成られるのも困りものなので、この水を飲んでいなくて良かったのかもしれない。


「ねぇおジイさん。“陸酔い”ってな~に?」

「ん? そうさな、簡単に言ってしまえば“船酔い”の逆だな」

「逆……ですか?」

「ああ」


 頷くと、爺さんは“陸酔い”について説明してくれた。


「そもそも“船酔い”とは、“足元が揺れる”という陸とは違った環境が、船に乗った者に大きなストレスを与えることから起こる」

「それは……今回の船旅で痛感しました……」

「そのようだね。だが、その状況に慣れて陸に戻って来ると、今度は逆に“足元が揺れない”という環境が、その者にとってのストレスになってしまうんだよ。これが“陸酔い”だ」

「じゃあ、さっきから足元が揺れてるこの感覚も……」

「船の揺れに慣れたせいだな。陸に上がっても、身体が未だ揺れておると“誤認”しとるんだ。だから交易船など、長期の船旅を頻繁に続ける船乗りの中には、陸酔いが嫌で陸に上がるのを拒む者もおる」


 つまり、俺の場合は慣れない船旅のせいでストレスを感じ“船酔い”になり、陸では船旅に慣れたせいでストレスを感じ“陸酔い”になったという訳か。


「成る程、そういう事か……もう船になんか絶対乗らねぇ!」


(乗っては地獄、降りても地獄なんてやってられるか!)


 例え時間と金が掛かっても、今後の旅に船なんか利用しないと、固く心に誓うのだった。


「え~、船楽しかったよ~?」

「そりゃお前はな! つか、何でお前は平気なんだよ!? 乗ってる時も降りた後も!?」


 しかも、船の中ではほぼ付っきりで俺の看病をしていたのだ。こいつだって楽しむ余裕なんか無かった筈だが……。


「まぁ中には船酔いに成らない体質の者もおるな。よって陸酔いにも掛かり難い」

「納得いかなねぇ! でもお陰で凄く助かった! ホントにお世話になりました!」

「ういうい~」

「……アンタら、少し変っとるのぉ」


 会ったばかりの爺さんにまで呆れられてしまった。


「ほれ見ろ、お前のせいで早速変な奴だと思われたじゃねぇか」

「あはは~」


(何故笑う?)


「さて、そろそろアンタたちの部屋の準備もできた頃だろう。荷物を置いてきなさい、その間にワシは風呂を炊いておこう」

「わ~い、お風呂~」

「え、今からですか?」

「んん? なんだ、風呂には入りたくないのか?」

「い、いえ、コッチとしては願ったりなんですけど……良いんですか?」


 無論、爺さんのその提案は、今の俺たちにとってとても有り難いものだ。

 だが、湯を沸かすには当然ながら時間が掛かるし、ここが宿屋ならそれなりの手順もあるだろう。

 予約も無しに突然訪れた客の為に、到着後すぐに風呂を用意するなんて、普通の宿屋ではまず在り得ないことだ。


 この湧き水と同じように、常に温かい温泉でも湧いているのなら話は別だが……。


「なに、そう気にする事はない。ウチは老後の暇つぶしにやってるような小さな宿だ、それ位の融通はきく。それに陸酔いの一番の治療法は、なんと言っても体の不快を極力取り除いてやることだ。風呂に入ってサッパリし、ベットで休んでスッキリすれば、翌日には酔いなんぞキレイに吹っ飛んどるよ」


 そう言うのであれば、素直に好意に甘えさせて貰う事にしよう。

 既に色々と限界なので、このまま部屋に行っても爆睡できそうだが、その前にせめて長旅の汗や垢くらいは落としておきたい……あと、出来る事ならついでに腹も満たしたい。


「あの、ここって食事も出ますか? 何か食べさせて貰いたいんですけど。あ、金なら有るんで」

「ふむ。まぁ昼食は基本的に出していないんだが、かまわないよ。簡単な物になるが、アンタたちが風呂から出るまでには用意しておいてあげよう」

「あ、ありがとうございます!」

「おジイさん、ありがと~」

「なんのなんの。部屋は二階だ。扉を入って直ぐ左の階段を上がれば良い。風呂場はそこだ。ま、ウチは他の宿屋と比べて小さいからな、迷うことはないだろう」


 見ると、湧き水の隣に小屋のようなものが建っている。

 恐らくあの中に風呂場が在って、ここの湧き水を湯水として引き込んでいるのだろう。


「分りました」

「う~い」


 しかしこうなると、風呂の湯が沸くまで少し時間がある。

 その間に少し眠っておきたい気もするが、今眠るときっと直ぐには起きられない。最悪、風呂も飯も逃すことになってしまう。


「そうそう――」


 荷物を持ち、早速用意してもらった部屋へと向かおうとする俺とフールを、途中で爺さんが呼び止める。


「風呂なら直ぐに炊けるからな。着替えを用意したらまた直ぐここに戻ってきなさい」

「……え?」


 一瞬、自分の耳を疑った。部屋に戻って直ぐと言うのは、幾ら何でも風呂の湯が沸くには早すぎる。

 聞き間違いかとも思ったが、爺さんは口の間から白く綺麗な歯をニヤリと覗かせると――


「ウチの風呂は“特別製”でな。この湧き水に並ぶ、我が家の自慢の一つだよ」


 そう言って、自信タップリに笑って見せた。



 ◇


「あ゛~~~……いぎがえる~~~……」


 さっき飲んだ湧き水に引き続き、本日二度目の転生を果たす俺。


(しっかし、まさか旅先でこんな立派な風呂に入れるとは思わなかった)


 爺さんの言っていた“湧き水に並ぶ我が家の自慢”とは、全てが木製の見事な浴室だった。

 公共の大浴場に比べればその規模は小さいが、普通の民家にある浴室としては手が掛かり過ぎている。

 そもそも、普通の民家では風呂自体ないことも珍しくは無い。ひょっとしたらあの老夫婦は、見掛けによらず結構な裕福者なのかもしれない。


「はふ~~~……」


 大きく息を吸い込む度に、湯気で濁った温かい空気と木の香りが、心地よく鼻腔と喉を通り抜け肺へと流れ込んでくる。

 身体の芯にへばり付いた船旅の疲れが、緩くなった脳みそと一緒に身体の外へ流れ出して行くようだ。


(しかも、まさか“こんな物”まであるとは……)


 湯船に浸かったまま横の壁を見てみると、そこには円筒形の本体から細いパイプを数本伸ばした、この場にそぐわない奇妙な装置が鎮座ましましていた。


 あの後、爺さんの言う通り部屋に荷物を置いて戻ってくると、驚くべき事に本当に風呂場からは白い湯気が立ち昇っていた。

 普通に薪の火を使っていては、こんな短時間にこれだけの量の水を湯に変えることは出来ない。

 なら、一体どうやってこんなに早く湯を沸かしたのかと疑問に思ったが、この浴室の中を覗いた瞬間にその疑問は氷解した。


「ほへ~~~……」


 “湯造筒とうぞうとう”――否火灯や自走輪のように、“失われた技術”を使って作られた装置の一つ。


 文字通り“湯を造る筒”と名付けられたこの装置は、薪など利用せずに素早く湯を沸かすことができる優れ物だ。

 否火灯や自走輪に比べればまだまだ普及しているとは言い辛いが、一部の富豪や貴族、そして大量の湯が必要になる公共の大浴場などでは、積極的に利用され取り入れらている。


 普及しない理由としては形が大きく幅を取るため、一般の家庭では据え置くのが難しい事と、一台辺りの値が張るといった理由がある。

 だが、多くの場所に普及しないその最大の理由は、遺跡から発掘される“湯造筒”を作るための材料の数が、他に比べ圧倒的に少ない事だ。因って値も張るし、また数も揃えられない。


 俺たちの暮らす〈メルトス〉でも、この“湯造筒”を利用している者は少ない。

 知り合いで持っている個人となると、あのゴルドの爺さんくらいしか思い浮かばない。

 これも、あの老夫婦が裕福だと思った理由の一つだ。


(まぁ俺みたいな奴には、そうとう運が良くねぇと手の届かない代物だ)


 実は他にもう一人だけ、“湯造筒”を持っていそうな知り合いに心当たりはあるのだが、正直アイツに関してはどうでも良い。


「ふや~~~……」


 しかし、中々良い宿を紹介してもらえた。

 まだ飯も食べていないし料金の話もしていないが、この風呂と湧き水だけでもこの宿に来た甲斐があったと言うものだ。


(あの爺さんと婆さんも人が良さそうだし――っと、そろそろ上がるか)


 本当はまだ入っていたいのだが、俺は余り長風呂が得意な方ではない。

 せっかく身体も頭も洗ってスッキリし、気分の悪さも大分薄れたというのに、逆上のぼせて倒れてしまっては元も子もない。


 湯船から出て、用意したタオルで身体を拭う。


「あっつ……」


 それにしても暑い。乾いたタオルで身体に付いた水滴を拭うと、その直後に肌からジワリと汗が噴き出してくる。

 昼の暑い時間帯に風呂に入ると、よくこういう目に合う。


「ふぅ……」


 パタパタと首元を手で仰いで風を送りながら、どうにかこの暑さから抜け出せないモノかと考えていると、ナイスなアイデアを閃いた。


(そうだ。またあの湧き水飲ませて貰えば良いじゃねぇか)


 寧ろ飲むだけじゃなく、いっそ頭から被ってしまうのも有りかもしれない。何と言っても無料ただなのだ、それくらいなら構わないだろう。


 俺は早速湧き水の所へ向かおうと、風呂場のドアに手を伸ばし――


「おいフール、お前も余り長く入ってねぇで早く上がれよ。先に飯食っちまうぞ」

「う~~~……」

「また風呂の中で眠るんじゃねーぞ」

「い~~~……」


 と、相方にそれだけ伝えて外へと出る。

 口では返事をしているが、アイツはいつも俺の倍は長く湯船に浸かっているような奴だ。出てくるまで、もう暫くは掛かるだろう。


 それまで俺は湧き水で、火照った体を冷ますとしよう。


フール「ぷへ~~ブクブクブク~……」

レイド「アブねー!! 念のため見にきて良かったー!!」

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