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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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再開しました。さぁ書くぞー。


遂にトルビオに到着。


 ◇◇◇


 〈港湾都市トルビオ〉――〈レムンレクマ王国〉の東にある〈ドルムド大風穴関〉と、北にある〈交易都市ルガ〉に次ぐ、この国の南に位置する第三の玄関口。

 そして、この国と大陸南部とを海路で繋ぐ、唯一の都市でもある。


 “第三の玄関口”と評されてはいるが、その発展規模は他の二つに比べ明らかに頭一つ――いや、二つ分は飛び抜けている。


「やっぱこっちから見てもデッケー街だなー」

「そーだねー」


 三年前に陸路でこの街に来たときも、同じような感想を持ったことを覚えていた。


 俺たちの暮らす〈メルトス〉同様、この街もここ数年で著しい発展を遂げたのだが、その規模は辺境の〈メルトス〉とは比ぶるべくも無い。

 俺たちを乗せた船は未だ湾の外側に居るというのに、遠目に見る街の全容はその奥行きも含め、目測だけではとても測りきれない大きさがある。


「それに見た目も〈メルトス(うち)〉とは大分違うな。なんつーか小奇麗で気品があるわ」

「きれーだねー」


 今日が晴れているのもあるが、坂の上から下へ整然と並ぶ白く統一された建物の群れは壮観で、海と空の蒼色によく調和していて中々に見栄えが良い。

 遺跡という予想外の“鉱脈”を発見し、取り急ぎの増築や建て増しを繰り返す我らが〈メルトス〉とは違い、この街は端から“発展する事”を前提に創られている。


 やがて湾口の左右に守衛のごとく聳え立つ二本の灯台が、俺たちを船ごと湾内へと向かい入れる。


 入港を知らせる銅鑼の音と共に湾内へ船が滑り込むと、そこには大小様々な船が停泊しているのが見て取れた。

 恐らく小さな船が近海で漁をする漁船で、大きな船が大陸南部へと向かう交易船と言ったところだろう。


 徐々に近づく桟橋では、入港したばかりの船から積荷を降ろしたり、逆にこれから出港する船に積荷を運び込んだりと、多くの人間が忙しなく動き回っている。

 活気という面でも、決して〈メルトス〉に劣ってはいない。


(……なんか、三年前より大分増えたな)


 港の様子を眺める俺の目を特に引いたのが、そこで働いている人種の比率だった。


 この街〈トルビオ〉は、この国と大陸南部とを直接繋ぐ唯一の玄関口だ。なので必然、大陸の南部方面から来る種族の数が他の街と比べて多い。

 俺が三年程前にこの町へ来たときもその傾向は顕著で、あの頃はこの国の人間と南部方面の人間が凡そ半々の割合で働いていた。

 だが今、こうして船の上から桟橋で働く連中をパッと見る限りでは、その比率はこの国の人間が“三”、南部方面の人間が“七”と言ったところだろう。


 何故見ただけそんな事が判るのかというと、俺たちの国の人種と大陸南部から来る人種には、その見た目に大きな違いがあるからだ。

 顔付きや肌や髪の色が違うなんてレベルじゃない。この国での人種の主流は俺たち“常人ノーマー”だが、大陸南部では“獣人アルマー”――つまり、シュルシャのような見た目の奴が主流だ。


 なので、遠目から見てもその違いはよく判る。

 特徴的な耳や尻尾の他、身体中を体毛に覆われた者や、頭部が明らかに動物のような者など、〈メルトス〉でも滅多に見かけない種族も数多く見えた。


「よう兄ちゃんたち、もう直ぐ桟橋に接岸するぜ」

「ん?」

「あ、バンダナのオジサンだ~」


 俺とフールが並んで港の様子を眺めていると、この船旅中に度々会話を交わしたあの赤バンダナのオッサン船員が声を掛けてきた。


「良かったな兄ちゃん。これで船酔いから開放されるじゃねーか」

「まぁ助かるっちゃー助かるんですけど、船酔いにもそろそろ慣れたんで、今更って感じもしなくもないような?」


 俺たちが〈トラスビオ〉を出港してもう四日――いや、“たった”四日と言ったほうが良い。


 通常の陸路なら二週間以上掛かる道程を、この船旅はその半分以下の期間で成し遂げたのだ。その快挙は、正しく画期的と言ってなんら語弊がない。

 だが、いくら掛かる期間が大幅に短縮されたからと言って、その行程は決して楽なものではなかった。特に、船酔いに苦しんでいた俺の場合は……。


 船旅の最中、胃の中に物を入れては吐き出すを散々繰り返していた俺は、船室で横になったままうなされ、ただただ目的地に着くことをばかりを願っていた。

 しかし、この四日目で漸くその船酔いにも慣れ、こうして甲板を立って歩けるようにまで回復したのである。


 だからせめて、もう一日早く到着していれば、陸に上がる感動もひとしおだったかもしれない。


「ほぅそうかい。船の生活にゃ慣れたか……“ソイツは残念だったな”」

「……はい?」


 何だろうか。そう言って僅かに口角を上げるオッサンの顔付きが、この船旅の序盤に見た不吉な笑みを連想させる。


「ま、せいぜい陸の生活を楽しむんだな。この街には色々と見所もあるが、当分の間は忘れられないモンに成ると思うぜ……色々とな」

「……何か、前にも同じような台詞を聞いた気がするんすけど」


 前は確か、この船旅が「色んな意味で忘れられないモノになる」と言っていた。

 事実この四日間の船旅は、俺の人生において絶対に忘れることの出来ない体験となった……悪い意味で。


「そうか? まぁそー気にすんな、船を降りれば直ぐ分るだろうさ」


 相変らず含みのある笑みを浮かべるオッサンを見ていると、やっぱり嫌な予感を拭い切れない。


 このオッサン、この四日間の付き合いで悪い人間じゃないのは分っているんだが、微妙に人をからかっては楽しむ癖がある。

 船酔いで起き上がれない俺を気遣って、何度か船室にまで様子を見に来てくれたのは有り難かったが、オッサン特有の下ネタ発言には色々と困らせられる場面もあった。


 まぁ俺はそれでも楽しかったから良いだが、フールの奴が居心地悪そうにしてたな。

 “男はどうしたら喜ぶ”とか、“男はこうしたら安心する”とか、そんな内容の話をコイツに幾らしたところで、何の意味もないと言うのに……。


 どうも大きな勘違いをしているらしいので訂正しようと思いはしたのだが、俺は船酔いの半死半生状態で碌な説明ができず、フール自身は嵐の過ぎ去りを待つが如く、ただニコニコとオッサンの話を聞き流すのみだ。

 お陰で結局最後まで、オッサンの勘違いを正すことは叶わなかった。


「おっと、そろそろホントに接岸の準備に取り掛からねぇと。じゃあなお二人さん。探し物が見付かるよう、及ばずながら応援してるぜ」

「こっちも世話になりました。オッサンも身体には気をつけてな」

「バイバーイ」


 甲板の上を駆けながら手を振り、赤バンダナのオッサンは俺たちのもとから去って行った。


「気の好いオジサンだったね」

「ん? お前苦手じゃなかったのか、あのオッサン」

「そんなコトないよ~。色々と参考になる話も聞かせてもらったし~」


(いや、お前があの話を参考にしちゃイカンだろ)


 どう参考にするのか少し気には成ったが、なんか怖いのでそれは聞かないでおく事にする。


 やがて桟橋と船の間に幾本ものロープが渡され、俺たちをここまで運んできてくれた〈スレイブ・セプス・サーリー号〉が桟橋へと固定される。

 広く大きな帆をたたみ桟橋の一角に鎮座するその様は、長旅の途中で羽を休める巨大な一羽の渡り鳥のようにも見えた。


 船と桟橋との間に掛けられた橋を渡り、運び出される積荷と共に船を降りる。実に、四日ぶりの大地だ。


「うおー地面だー大地だーやっと戻ってこれたー!」

「ついたねー」


 無事に下船を果たすと、俺は足元に並んだ石畳を何度も踏みしめる。

 船旅にもそこそこ慣れ、陸に戻ってもそれ程感動しないかと思いきや、実際に地面に立ってみると全然そんな事はなかった。


(陸地万歳! 人間はやっぱり陸の上で暮らす生き物だぜー!)


 足元が揺れる生活になんて何の未練も無い。もういっそこのままうつ伏せに寝転んで、地面に頬擦りでもしたいくらいの感動だった。


「服が汚れるからダメだよー」

「いや、流石にしねーよ。それ位感動してるってことだよ」


 相変わらず人の思考を読む俺の相方だが、恐らく船酔いに苦しんでいないコイツには、この動かない大地のありがた味というものが分らんのだろう。

 悲しい奴め。人間は常日頃から、様々な物に感謝しながら生きていく生き物だというのに。


(ま、常日頃から俺が一番感謝しているのは、間違いなくコイツなんだが……)


「にしても、アッちぃな~……」


 頭上の青空を仰ぎながら独りごちる。


 現在俺たちのいる〈トルビオ〉は、〈メルトス〉より南に位置している。なのでその分〈メルトス〉より夏が来る期間が早くて長く、気温もまた高い。

 船上では常に潮風を感じていたのでそれ程ではなかったが、こうして下船してみるとその暑さがより鮮明に実感できる。


「これからどうするの~?」

「何はともあれ、まずは宿を取らねぇとな。えっと……あれ? 教わった宿の名前なんだっけ?」

「“〈波間の朽木くちき亭〉”って言ってた~」

「ああ、それだそれ」


 前に船の中で赤バンダナのオッサンと話をしていた際、〈トルビオ〉に身内や知り合いは居るのかと聞かれた事がある。


 この街に知り合いが全く居ないという訳ではないのだが、出来ることならその知り合いには余りお世話にはなりたくはない。なので、その場では居ないと答えておいた。

 するとオッサンは親切にも、俺たちに一軒の宿を紹介してくれた。伝手つてのない俺たちには正しく“渡りに船”であり、お陰で野宿をする心配が無くなった。


 親父の伝言の件もあって色々とやる事はあるのだが、今は兎に角荷物を置いて一息吐きたい心境だ。


「うっし、んじゃ行くか――っとと」


 荷物を背負い直し、早速その宿へと向かおうとするのだが、一歩目を踏み出したところで体が僅かにふらついた。

 危うくその場に転びそうになるが、咄嗟にフールが腰の辺りで支えてくれる。


「大丈夫~?」

「ん、悪ぃ。人生初の船旅だったからな。やっぱ疲れが溜まってんだろ」


 船の中では船酔いのお陰で一日中横になっていたが、疲れは取れるどころか寧ろ体に蓄積している。

 体を動かすのも疲れるが、寝っぱなしというのもソレはソレで辛いものがある。それが四日続けてとなれば尚更だ。


「さ、とっとと行こうぜ。腹も減ったし、風呂にも入りてぇからな」

「うい~、ボクもお風呂入りた~い」


 食ってもまた吐き出すのが怖く、まともな食事を取らなかった俺の胃袋は当然の如く空っぽで、この四日で大分体重が落ちたような気さえする。そりゃふらつきもするだろう。


 更に船の上では水は貴重品で、汗などを掻いても満足に体を拭く事もままならなかった。

 お陰で俺もフールの奴も、汗や潮風で身体中ベトベトの髪はボサボサ。フールの綺麗な水色の髪も、今ではくすんでいつもの透明感が失われてしまっている。

 体臭だって凄いことになっていそうだが、幸い(?)周りの連中も俺たちと似たり寄ったりなので、大して気には成らなかった。


(まぁ、臭いことに代わりはないんだろうが……)


「ええっとぉ……コッチの方だな」


 早いとこ食事と風呂にありつこうと、俺たちはオッサンから貰った地図を片手に紹介された宿屋――〈波間の朽木亭〉へと向かったのだった。


(ま、歩いてりゃそのうちいつも調子に戻るだろ)


 そんな自分の甘い認識を、後に後悔することに成るとは露知らず……。



 ◇


 船の上からこの街を見た際は、整然と並んだ白い建物が小奇麗で気品があるように見えた。

 だが、船から降りた先の波戸場の雰囲気は、そんな整然とは随分とかけ離れたものだった。


 常人と獣人が入り乱れた波戸場は活気で満ち溢れ、飛び交う言葉も〈メルトス〉より大陸南部の色が濃い。

 頭上では白い海鳥がニャーニャーと騒ぎ、海からは波の音が間断なく響き、周囲から聞こえてくる競りの怒鳴り声や客引きの声が騒々しい。

 遠くの店内からは聞いた事もない楽器の音色が耳に届き、その乱雑さは〈メルトス〉の中央通りにも引けを取らない。


 だが、俺たちの暮らす〈メルトス〉と決定的に違う所は、そこで扱われている品とこの場に充満する独特の匂いだろう。


 〈メルトス〉の中央通りでは、主に遺跡での“発掘品”と“農作物”が取引されている。

 しかしこの〈トルビオ〉で主に扱われているのは、大陸南部からの“交易品”と、地元の近海で獲れる“海産物”だ。

 その為、この街を走る自走輪が積んでいる荷は“発掘品”ではなく“交易品”。そして辺りの露天では、“農作物”ではなく“海産物”が主に扱われている。


 お陰で周囲には魚特有の生臭さと、海から漂う磯の香りが交じり合い、〈メルトス〉では感じられない独特の空気が充満している。

 恐らく、周囲を満たすそんな匂いも要因の一つとなったんだろう。今日泊まる宿を捜して歩いている俺の中で、とある悪魔が目を覚ました。


「うぉえぇぇ~」

「レイド平気~?」


 建物の壁に寄りかかってうな垂れる俺の背中を、フールが何度も擦ってくれる。


「はいお水~」

「うう、さんきゅ」


 口の端から零れることも気にせずに、グビリグビリと水筒の水を煽る。

 体温と変わらない位に温くなっている水だが、喉を落ちる感覚だけでも今の俺には救いになった。


「ッブハ~~~」


(ちっくしょう、こいつぁ一体何なんだ?)


 直ぐにいつもの調子を取り戻すと思って歩いていた俺だが、それからも身体のふらつきは一向に収まる気配はなく、寧ろ悪化して前後不覚にまで陥った。


「……なぁフール、この街の地面揺れてねーか?」

「んん? 地震~?」

「いや、うっぷ……そんな感じの揺れじゃなくて、こう、さっきまで乗ってた船みたいに」

「地面が船みたいにゆれる訳ないじゃないかー」

「ですよね……おぇ」


(おかしい……)


 何故かさっきから足元の地面が揺れているように感じてしまい、まともに立っていられないのだ。

 ここ最近で漸く船旅にも慣れ、船からも降りたというのに、今の俺の状態は紛れもなく散々味わってきた船酔いの症状そのものだった。


 何で陸に上がった今になってまで、同じ苦しみを味合わなきゃならんのだ?


(そういえば……)


 乗ってきた船が桟橋に着く間際、赤バンダナのオッサンとした会話を思い出す。

 その時感じた嫌な予感が、どうやら見事に的中したらしい。


(くっそ~あのオッサン、このこと言ってやがったのかぁ?)


 それならそうと言ってくれとも思ったが、恐らく船酔い同様、今回も事前に言われたところでどうする事も出来なかっただろう。


(まぁ、今更グチったところで始まらねぇか)


「大丈夫? 歩ける?」

「ウウ、流石にこんな道端でへばっていられねぇよ。それに宿までもう少しだ。その階段を上がって右の建物だな……うっぷ」


 フールに肩を貸してもらいながら、文字通り這うようにして路地の階段を上がって行く。


 何でもこの先に在るのは、あのオッサンお勧めの宿屋らしい。

 料金も比較的安く飯も美味いからとオッサンは言っていたが、ここに来るまでの通りは細くて見通しが悪く、しかも坂を登った少し高い場所にある。

 慣れない船旅に疲れた身には、少々酷な道程だ。


「あれ? っかしいな……」

「どうしたの~」

「いや、貰った地図によるとこの辺りの筈なんだが……」


 フラフラの状態になりつつも、オッサンから貰った地図を頼りに何とか目的地に到着した俺たち。

 だが、そうして辿り着いた通りを幾ら見回しても、件の宿屋らしき建物は何処にも見当たらない。

 見えるのは前後に延びる細い通りと、両側を挟む白い壁、そして建物の隙間の向こうに見える、青くて澄んだ空だけだ。


(オイオイ、まさか道を間違えたか?)


「勘弁してくれよ……うぷ」


 その場にヘナヘナとヘタリ込む。

 腹は減ったし気分は悪いし風呂にも入りたい。疲れた身体を引き摺って目的の場所にまで来てみれば、肝心の宿屋は陰も形も無いときた。


「うお~、もう動きたくね~……」


 疲れも空腹も気分の悪さも、そろそろ色々と限界だ。これ以上、重い荷物を背負って知らない街を彷徨いたくはない。


「う~ん。ボクが辺りを見てこようか? レイドは荷物見てて~」

「……ダメ。単独行動は禁止」


 効率を考えれば、フールの言う通り俺よりも元気なコイツに周囲の探索してもらった方が良いだろう。

 だが俺より動けるとは言っても、コイツにも慣れない船旅で確実に疲労は蓄積している。傍目には普段と変らないように見えるが、俺の目から見ればそれは明らかだ。

 そんな状態のコイツを、とても一人で使いに出すなんて真似はさせられない。


 ――特に“この街”では。


「じゃあどうするのさ~」

「そうだなぁ……」


 座ったまま周囲を見回してみる。


(そもそもココ、宿場ですらないんだよな……)


 前にこの街に来たときは、今回紹介された宿とは別の宿を利用した。


 一般的な宿場通りにある一軒で、そこでは同じような宿屋が幾つも軒を連ね、多くの人間と活気で溢れていた。

 だが今俺たちが居る場所は、そんな活気とは程遠い。多くの旅人や行商人などを一時的に受け入れる地区ではなく、地元の人間が暮らす普通の住宅地だ。

 今の時間帯は皆働きに出ているのか静かなもので人通りはなく、時折見かける人影も通りの一角を走り抜ける子供たちくらいなものである。


 もう一度手元の地図を見てみる。手書きだが雑さは感じられず、縮尺もそう間違っているとは思えない。

 辿って来た道順に間違いはないと思うのだが、ここまでの通りは確かに見通しが悪かった。なので、単純に道を間違った可能性も一概には否定できない。


 だが、俺はコレでも発掘を生業としてきた本職の“発掘者トレジャーハンター”だ。地形の把握と地図の見方には自信がある。

 幾ら疲れて気分が悪かろうと……いや、そんな時だからこそ、地図の読み間違いは犯さないよう細心の注意を払う。


 それでも道を間違えたとなれば、地図の方が間違っているか、もしくは俺の発掘者としての能力が著しく衰えかのどちらかだ。


(前半はともかく、後半は致命的だな……俺という存在の価値が無くなる)


「……すまんなフール。俺の発掘者人生もココまでかもしれん」

「レイド~」

「でも、俺とは違ってお前にはまだ未来さきがある」

「ね~レイド~」

「だから、俺が居なくなっても、お前は止まるな。俺の屍を……越えて行くんだ……ガクッ」

「けっこう余裕ありそうだけどな~……。そんなことよりレイドってば~」

「……なんだよ」


(散り行く間際に自分の意思を託そうと、折角人が悲壮感ましましで語っているというのに……)


 というか、今のやり取りだけでも体力を消耗した。もうオッサンに紹介された宿を探すのは諦めて、無難に宿場の方に行った方が良いかもしれない。


「そこそこ~」

「あん……?」


 何やらフールの奴が俺の隣を指差している。

 指先を追って視線を向けると、どうやら俺が寄りかかっている壁の横にあるドアを指し示しているらしい。

 緑色をした、何の変哲もない普通の木製扉だ。このドアがどうかしたんだろうか?


「そこのプレート~」


(プレート?)


 座ったままもう一度ドアを見上げる。するとそのドアには、確かに一枚の小さな金属プレートが打ち付けられている。

 初めは住所か表札かと思ったが、周りにある他のドアを見ても同じようなプレートは取り付けられていない。


「んん~……?」


 立ち上がり、プレートに刻まれた文字を読もうと顔を近付けると、そこには――


 “〈波間なみま朽木亭くちきてい〉”


レイド「もう、いつ倒れてもおかしくないんだが……」

フール「もうちょっとガンバろ~」

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