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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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今回は食べ物回・・・かな?


「レイド~。お待たせ~」


 すると暫くして、漸くフールの奴が戻ってきた。


「えへへ~。良いモノ持ってきたよ~。ジャ~ン」

「……?」


(なにコレ?)


 口には出さず、目線だけでフールの奴に訴える。


「コレはね、“ココチの実”だよ~」


 聞いたコトのない名前の実だった。


 差し出されたその実を横目で見てみると、茶色で拳程の大きさをしている。形はまん丸で表面がツルツルしており、縦に一本の筋が入っているのが特徴だ。


「さっき船内で売っているのを見つけたんだ~。きっと美味しいよ~」


 “きっと”の部分に一抹の不安を覚えるが、「美味しい」と言うからには食べられるのだろう。

 また吐いてしまうのが怖いので余り食いたくはないのだが、せっかくフールがこうして俺のために買ってきてくれたのだ。食わねば罰が当たるかもしれない。


 俺はその“ココチの実”を受け取ると、手に持ったソレを一頻り眺めた後、取り合えず一口だけ齧ってみようと口を開け――


「ああまってまって。そのまま食べたら歯が折れちゃうよ~」


 実に齧り付く寸前で待ったを掛られた。


 歯が折れる程硬いと言う事は、この茶色い部分はどうやら“皮”ではなく“殻”らしい。


「えっと~、これを食べるにはまずこうして~」


 フールはそう言ってもう一つ同じ実を取り出すと、その実の上側と下側に手を添へ、中心の筋に沿わせて捻るように力を込める。


「ン、しょっと」


 キュパッ


 すると、まるで瓶の栓でも抜くような音を発て、掴んでいた上部分の殻がパカリと外れ、その内側から白みがかった半透明の果肉が姿を現した。


「はい。これで食べられるよ~」


 持っていた実と殻の外された実を交換する。


 渡された実を改めてよく見てみると、半透明の部分が中々に涼し気で美味そうに見える。

 その内側には何やら黒い部分が透けて見えているが……この部分も食べられるのか?


「あ、真ん中の黒いのは種だから食べないでね」


(え? これ種なのか。随分とデカいな)


 詰り、実際に食えるのはこの半透明の部分だけらしい。見た目の割りに食える部分は意外と少ない。

 もし実の断面で見た場合、その比率は殻が一、果肉が三、そして種が六といった処だろう。一つだけでは余り腹の足しには成りそうにない。


(ま、もともと腹一杯食おうと思ってないから良いんだが……)


 俺は中心の種から果肉を削ぐように歯を立てると、先ずは一口だけココチの実を咀嚼してみた。


「ン、ン――」

「ど~お?」

「……あ、意外とイける」

「ホント? もっと食べられそう?」

「ああ」

「よかった~。まだ有るからね~」


 本当に意外なことに、その果肉はスルスルと何ら抵抗なく喉を通り、逆流する事なく素直に胃へと落ちて行った。

 直ぐに気分が悪くなり吐き出してしまうと思っていたのだが、寧ろ食べる前より後の方が気分が良くなった位だ。


(何だコレ? こんなの今まで食った事ねぇぞ)


 俺達の暮らしている〈メルトス〉にある酒場〈黒羽〉では、通常の食材の他に国中で作られる数々の果実も取り扱っている。

 特にそこのマスターは変わり者で、たまに何所からか珍しい果実を仕入れては、ソレを俺達に特別に御馳走してくれる事があるのだ。


 なので俺も、この国にある果実には割りと詳しい方なのだが、この“ココチの実”とやらは今迄一度もお目に掛かった事がない。


 先ず初めに感じたのは、その甘く好い香りだ。

 顔に近付けた時点で既に高い芳香を放ち、果肉に歯を立てると更に大量の香が溢れ出してくる。

 だが、決して甘すぎて不快という類の香りではなく、寧ろ鼻に抜ける清涼感を含んだその香りは、吐息と共に胃の中のムカムカを外へと連れ去ってくれる。


(香りも良いが、この歯応えも変わってるな)


 次に感じたのはその独特の歯応え――いや、“歯触り”と言った方が良いかもしれない。

 林檎のようなシャキシャキとした感覚でも、葡萄のようなプリプリとした感覚でも、柑橘のようなツブツブとした感覚でもない。

 キュッキュッと歯に擦れるような独特の“歯触り”で、コレが中々に面白く何時までも噛んでいたくなる。


 そして肝心の味なのだが、実はコレが一番印象が薄い。

 甘みも酸味も僅かにしか感じず、だがソレが却って俺の食を進ませる。

 味が薄いと言う事は、同時に雑味も薄いと言う事だ。寧ろ今の俺にはキツくて濃い甘味より、この薄味の方が在り難かった。


(こりゃ良い。今の俺でも幾らでも食える)


 半透明の見た目通り水分も多く含まれている為、飲み込むのもそう苦ではない。

 そうして実を一つ食べ終わる頃には、口も鼻も喉もスッキリとし、いつの間にか随分と気分も楽なモノに成っていた。


 普段なら量と味共に物足りないと感じるだろうが、今の俺には正にピッタリの食材だ。


「ふ~……」


 そのまま実を三つ程平らげ、ようやく体調と空腹感に人心地がついた頃には、上体を起こしその場に座われる位には回復することが出来た。


「すまんフール、助かった。気分も大分マシに成ったわ」

「うい。レイドが元気に成って良かったよ~。アム」


 そう言って、フールも自分のココチの実に齧り付く。


「でもお前、よくこんな実の事知ってたな。〈メルトス〉じゃどの店でも扱ってねぇだろ」


 少なくとも俺は見た事がない。


「この実のコトはね~、前に〈黒羽〉のマスターに教わったんだ~」

「ん? そうなのか? でも、確かあそこのメニューにもこんな実なかったよな」


(珍しいからって食わせて貰った事もねぇし……)


 もしかしたら、フールにだけマスターが馳走したのかもしれない。コイツはよくあのマスターから料理を習っているので、そういう事がたまにあるのだ。


「でもボクも食べた事はないよ。教わっただけ~」

「なんだ、食った事ないのか」

「うい。なんかこの実って普通に食べる用じゃなくって、お酒の材料なんだってさ~」

「ああ、だからか……」


 成る程、それなら俺がこの実の事を知らないのも納得がいく。俺は酒を飲まないからな。


「〈黒羽〉でも出してるお酒で、前にちょっと話題に成ったんだ~。その時に色や形、味とか殻の割り方を聞いたんだよ~。はい」

「おう」


 また新しく殻を外した実を渡され、再びそれに齧り付く……一体幾つ買ってきたんだ?


「それで、たぶん今のレイドには良いだろうな~って思ったの。この船の中で売ってるとは思わなかったけど、もしかしたらレイドみたいな人の為に売ってるのかもしれないね~」

「まぁ、たしかに普段から食べる感じのモンじゃねぇしな」


 匂いは良いが味なんて殆どなく、何より食える部分が随分と少ない。

 だが、確かにコレだけ香りが強ければ、酒の原料としては良いのだろう。他の酒と割って飲めば、そう悪くはないのかもしれない。


(まぁ、俺は酒飲まんから何とも言えんのだが)


「それで、コレ一つで幾らしたんだ?」

「んとね~。朝市で売ってる林檎三個分くらいかな~」

「高ッ!? おいおい、足元見られたんじゃねぇのか?」


 〈メルトス〉の朝市で売られている林檎の値段はそう高いモノではない。

 だが、食う部分が全体の三割程しかないと言うのに、それで林檎三つ分の値段は少々高過ぎるのではないだろうか。

 恐らくは、俺のように船酔いでツブれている奴を対象に、相場より高い値段設定で金を巻き上げているのだろう。


 必要としている相手に商品を高値で売付けるのは商法として間違ってはいないが、相手の弱みを突くやり方は余り褒められたモノではない。

 そんな商いをしていれば客からの心象は悪くなる上、何より他の商人が相場の価格で売り出した場合、そちらの方に客をさらわれ決して長続きはしないのだ。


「ん~、そんな事ないんじゃないかな~。前にマスターから聞いた値段とそんなに変わんなかったし」

「はぁ? ンな訳ねぇだろ。林檎三つ分なんて明らかに高すぎ――」


(いや、待てよ……)


「……なぁフール、このココチの実ってヤツは酒の原料なんだよな?」

「うい。マスターが言ってた」

「その酒の名前は」

「えっと確か~、“コーチコック”だったかな?」

「あぁ……」


 その酒の名前を聞いて納得した。


(成る程。そりゃ高い筈だわ)


 俺は酒は飲まないが、〈黒羽〉ではよくバイトとして働いている。酒場でのバイトなだけあって、飲まずとも酒にはそこそこ詳しい。


 “コーチコック”と言えば、〈黒羽〉で扱っている物の中でも、値段表の上から順に数えた方が見付けるのが早い高級酒だ。

 改めて思い返してみると、発酵しているため若干の差異はあるものの、確かに匂いもこのココチの実に近い。


 前にマスターから聞いた話では、“コーチコック”は兎に角その芳香が素晴らしく、また味にも雑味が一切ない。

 なので、ストレートでもカクテルでも好きなようにして飲む事が出来るのだが、年間の生産量が少なく人気もある為、どうしても単価が高騰してしまうのだという。


 そして原料であるこのココチの実を見れば、コーチコックの生産量が少ない事にも頷ける。

 実の大きさは拳程あるのに対し、実際に酒の原料として使える果肉の部分はたった三割程しか存在しないのだ。

 一般に流通している酒瓶一本分を確保するには、恐らくこの実が十個あっても足らないだろう。


 そんな高級酒の原料であるココチの実が、林檎三個分の値でこうして買えるのだから、寧ろこの金額設定は妥当と言えるかもしれない。


「しかも、コレであの船酔いから開放されるなら、この値段でもお得かもな」

「ういうい~」

「ンで、あと幾つ残ってるんだ?」

「んとね~。あと五つあるよ」

「え、十個も買ったの!?」


 ココチの実一つが林檎三つ分として、合計で林檎三十個分買ったことに成る。


 俺の為にわざわざ用意してくれたのだろうが、流石にこれは買い過ぎだろう。

 手持ちの資金には未だ余裕があるとは言へ、今の状況ではいつ新たな収入があるのか分かったモノではないのだ。引き続き節制節約は心掛けねば成らない。


「ん~ん。ボク五個しか買ってないよ~」

「は?」

「売ってるオジサンに五個下さいって言ったら、もう五個オマケしてくれたんだ~」

「……」


 正直、言葉を失った。


「……スマン、もう一回言ってくれ。今何て言った?」

「“五個オマケしてくれたんだ~”」

「……」


 どうやら、聞き間違いではなかったらしい。


(十個中五個がオマケって……実質半額じゃねーか)


「……お前。どうせまた“カワイイ”とか言われたんだろ」

「うい。お嬢ちゃんカワイイからオマケしてあげるね、って言われた~。えへへ~」


(だから何で嬉しそうなんだよコイツは!?)


 どうやらフール独特の“値切り技能”は、〈メルトス〉から離れたこの船でも存分に発揮されているらしい。


(船旅を長く続けてると“女日照り”が酷いって言うしな……)


 フール自身はそう言ったモノに疎いので、そのオッサンの台詞もそのまま褒め言葉として受け取ったのだろう。

 だが、残念なことに此処は顔見知りの多い〈メルトス〉とは違う。“万が一”と言う事もあるので、ここは俺が注意しておくべきだ。


「……フール。お前、この船旅中は俺の傍にいろ」

「へ?」

「いいから。成るべく俺から離れるな」

「う、うい。分かった……」


 でないと、最悪コイツにとっても相手にとっても、不幸な出来事が起こりかねない……。


「あ、でも……」

「アン?」

「えと……お、おトイレとか……」

「俺も付き添う」

「うぇええ!?」

「……何を焦っとるのか知らんが、幾らなんでも個室までは付き合わねぇからな」

「だ、だよね~。ホ~~……」


 フールにしては珍しく、大袈裟なくらいに自分の胸を撫で下ろす。


(一体何を考えとるんだ? 流石にそこまでは面倒見切れんぞ)


 そうして、俺とフールがそんなやり取りを交わしていると――


 ギギギィ――


「わうっ」

「オォッと?」


 船が軋む音と共に一際大きく甲板が傾き、バランスを崩したフールが俺の胸元に倒れ込んできた。


「あう~」

「おい大丈夫か?」

「うい~。らいじょうぶ~」


 どうやら、鼻っ柱を俺の胸板にぶつけたらしい。微妙な涙目で自分の鼻を押さえている。


「あー、擦るな擦るな……うん?」

「ろうしたろ~?」

「いや、何かさっきより風が冷たく成ったような……」


 その時、不意に頬を撫でた一筋の風が、随分と冷たいモノに感じられた。


(……気のせいか?)


 すると、先程まで静かだった甲板が徐々にざわつき始め、今まで船内にいた乗組員が大挙して表に出てくるのが分かった。


「何かあったのかな~?」

「かもな、少し様子でも見てくるか」


 一体何が起こっているのか気に成り、様子を見ようとその場に立ち上がると――


「おっと、何だお前等? こんな所で何やってんだ?」


 向かおうとしたその先から、一人の厳つい顔付きをした船員が現れた。


(丁度良い。この人に話を聞いてみるか)


 その船員はボサボサの口髭を一杯に生やし、頭には紅いバンダナを巻き、真っ黒に焼けたその肌と引き締まった肉体は、正に海の男と言った風貌だ。

 一見気圧されてしまいそうな印象のある人物だが、あの〈黒羽〉のマスターを見慣れている俺からすれば、寧ろ安心する位の普通さである。


「騒がしいですけど、何があったんですか?」

「何かも何も、船のケツからデカイ積乱雲が追っ駆けてきてんだよ。見てみろ」


 その船員が指差す先――この船の遥か後方の空に、まるで天を支えているのではないかと思える程に背の高い、巨大な雲の塊りが見えた。

 雲の下は暗く染まり、雲と海の境は完全に灰色で塗り潰されている。その中には、時折鋭く瞬く筋状の輝きが走っているのが見えた。


(雨と、それからありゃ稲光か!?)


「うわ! 嵐じゃねーか!」

「ああ、しかも思ったより足が速ぇ。このままじゃ追い付かれるってんで、急いで船の進路を変えなきゃならねぇんだ。船員じゃねぇならお前等はとっとと中に入っとけ、仕事の邪魔になるからよ」


 そう言うと、男はそのまま船尾の方へと駆けて行った。


(さっきの大きな揺れはアレのせいか)


「そう言う訳だ、荷物まとめろ。急いで船内に退避するぞ」

「う~い」


 俺とフールはさっそく荷物をまとめに掛かる。


「レイド~。もう気分平気~?」

「まだ完璧じゃねぇが、それでもさっきよりかは大分マシだ。歩く位なら問題ねぇよ」


 しかし、これから船の揺れが酷く成る様なら、この先どう成ってしまうか分かったものではない。

 また吐き気が込上げて動けなくならないウチに、速いところ船内に移動しまおう。


「よし、これで良い。そっちはどうだ?」

「うい、こっちも……ってあれ?」


 俺が一通り荷物を纏め終わると、何故かフールの奴がキョロキョロと周囲を見回し始めた。


「あれ~~?」

「どうした」


 余りグズグズしていては、気分が悪く成る前に雨に降られて全身ずぶ濡れに成ってしまうかもしれない。


(船酔いの上、濡れて風邪なんか患いたくねぇぞ)


「ココチの実が、一個足らない」

「ああ?」


 どうやら、残り五つだったココチの実が、全部で四つしか見当たらないらしい。


「おかしいな~。さっきまでちゃんと有ったのに~」


 フールの奴は、まるでオルゴール人形か何かのようにその場でクルクルと回り出し、何処かに落したであろうココチの実を探し始める。


「さっきの揺れで逃げちゃったのかな~?」

「だー! もう良いから、とっとと行くぞ!」

「う、うい~」


 俺は未だ回り続けるフールの手を取り、多少強引にその場から船内へと連れて行く。


 林檎三個分の価値があるココチの実だが、今はそんな実の為に時間を無駄にはしていられない。

 また船酔いで実が必要になるのなら、もう一度船内で買えば良いだけだ。今何より優先すべきは、互いの身の健康と安全だろう。


(……ま、実質的な損害は、林檎一個半分だけだしな)


 だがこれでもし、そのまま林檎三つ分の値段で実を買っていたら、俺ももう少しは粘って探していたかもしれない……節制節約は心掛けねば成らないからな。


やっぱフールはええ子やな~

次回はまた閑話です

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