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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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チクチクツー


いったい何の音でしょうか?

「つか、お前だって他人事じゃないからな! この先も貨物船の出港が長引いてみろ、下手すりゃコッチの方が時間も金も掛かるんだからな!」


 そう、もしこのまま悪天候が続き、貨物船が港から出られなければ、当然俺達はこの〈トラスビオ〉での足止めを余儀なくされる。

 この町での滞在期間が長くなれば、それだけ〈トルビオ〉へと辿り着く時期は遅れ、今泊まっている宿代などの支払いによって資金もまた減って行く。


 更にこの町は東を山、南を海、西を森と三方を囲まれている。その為、もしあの四人組が俺達の後を追って北側からこの町へとやって来た場合、俺達は逃げ道を失う事に成ってしまう。

 最良と考えて選んだルートが、最悪の結果を呼び寄せる事に成ってしまうのだ。


 流石に一~二週間もこの悪天候が続くとは思わないが、長引けばそれだけ連中のやってくる可能性は高く成る。

 そうなった場合を想定し、山越えや森の中に入る事態も視野に入れておくべきかも知れないが……そう成ればどちらにせよ逃げ切る事は難しいだろう。


 そんな状況に焦った俺は今日の朝方、駄目もとで宿屋の主人にいつごろ船が出るのかを尋ねてみた処――


「船? ムリムリ、こんな“時化しけ”じゃ沖になんか出られませんって。え? なら何時なら出港できるかって? そうですねぇ……ハッキリしたこたぁ言えませんが、今の時期ならあと三日はこんな天気が続くんじゃないですかねぇ。は? もっと早く出港できないかって? いやお客さん、ソレをコチラに言われましても――って、あれ? お客さーん?」


 ――と、どうにも色よい返事を聞く事は出来なかった。


 その後に部屋へと戻った俺は、そこで己の愚かさと浅はかさを改めて痛感し、さっきから一人部屋の隅で落ち込んでいたと言う訳だ。


「くっそ~。いっそ今からでも北の迂回ルートに戻るかぁ?」


 宿屋の主人が言う様に、あと三日でこの天候が回復するのならまだ時間的な取り返しはつく。だが、実際に三日で回復する保証は何処にもない。

 もしかするとこうしている間にも、あの四人組がこの町へとやって来るかもしれないのだ。それを考えるのなら、今からでも来た道を引き返し、当初予定していた北側の迂回ルートに戻るべきなのかもしれない。


「……でもさ~レイド~」

「うん?」


 チクチクツー、チクチクツー


「仮に天気が良くなるのが三日後だとして~、元のルートに戻るのも三日はかかるんでしょ?」

「……そうだな」


 〈巨大鰐〉と別れた宿場町からこの町に来るまで三日掛かった。当然、戻るにも同じだけの日数が掛かる。


「それがどうかしたか?」

「もしあの人達が天気の良くなる頃にこの町に来るとしたら~、今から戻っても途中で鉢合わせになるんじゃない?」

「……あ」


 確かに言われてみればその通りだ。しかも、状況的にはそちらの方が性質が悪いだろう。


 この前俺達が奴等から逃げ切れたのは、場所が俺達のよく知る地元だったのと、他に助けてくれる多くの味方が居たからだ。

 もしも奴等と見知らぬ土地、そして味方の居ない状況でバッタリと鉢合わせなんかした場合、次ぎもまた逃げ切るかは怪しい処だ。


「先のコトばっか考えてても仕方ないよ~。ここはお腹をめくらなきゃ~」


(コイツ、さっきから頭の痛くなる正論ばかり吐きおってからに……)


「そう、だな……因みに腹は“めくる”な、“くくれ”」

「ま、ボクはレイドの決めた事なら、なんにも文句はないんだけどね~」


 チクチクツー、チクチクツー


「――ン」


 プツッ


「うい。出来た~」


 すると、さっきから服のほつれを縫っていたフールが糸を噛み切り、その服を嬉しそうにたたみ始めた。どうやら、繕いモノが思いのほか上手くいってご満悦の様子。


 相変わらずのマイペース具合だが、その何事にも動じない姿勢は、たまに俺より肝が座っている様にも感じられる。


「フンッフフッフフ~ン♪」


 服の繕いが終わると、どうやら次はそのまま自分のリュックの補強をする事にしたらしい。

 鼻歌まじりに空のリュックを手元に引き寄せると、背負いベルトの繋ぎ目に糸を通し、更に強度を高めている。


 道具は壊れた物を修理するより、そもそも壊れない様にする事の方が肝心だ。しかも、今の俺達の装備は〈黄金の瞳〉で買い揃えたばかりの新品。予防策は早めに討っておくに限る。

 俺も昔はよく自分でやっていたのだが、フールに教えている内にいつの間にかコイツの方が俺より上手く成っていた。

 今じゃもう、俺が補強するよりコイツがやった方が装備が壊れにくい。


 以来ウチの裁縫全般はフールの奴に任せており、コイツも暇を見つけては趣味のように針と糸を扱っている。


「フンフンフ~ン♪」


 チクチクツー、チクチクツー


「……なぁ」

「ん~。な~に~?」


 外は嵐だと言うのに、いつもと何ら様子の変わらないフールの姿を横目に見ながら、俺はこの旅に出てから今までする事のなかった質問を口にした。


「……お前、何で付いて来たんだ?」

「ん~、ついてこない方が良かった~?」

「いや、ソレはねぇな」


 そこはキッパリと否定しておく。実際に〈メルトス〉を出発してからのこの十二日間、その僅かな間に果してどれだけコイツに世話になった事か。


 チクチクツー、チクチクツー


「なら良いじゃない。問題な~し」

「そりゃあ俺的にはな……」


 そう、俺的には何も問題はない。寧ろ助かる位だ。

 そもそも、ただ〈メルトス〉から遠出する程度なら、俺がフールの奴を置いて一人町を出るなんて真似は絶対にしない。


「でも、お前はどうなんだ?」

「ボク~?」


 チクチクツー、チクチクツー


「俺が何処に行くのか、どうせシュルシャかゴルドの爺さん辺りから聞いてるんだろ?」


 だが俺は“とある理由”から、この旅にはフールの奴を同行させない事に決めていた。

 だからゴルドの爺さんにフールの事を頼み、コイツの苦手な早朝のうちに一人で町を抜け出す事にしたのだ。


 しかし、無事に〈メルトス〉を抜け出した後、俺と一緒に〈巨大鰐〉の荷台に積まれていた木箱の一つを開けてみた処、何故かその中にコイツが詰め込まれていたのである。

 流石にその時点で町へと引き返す選択は論外だったので、結局こうして一緒に旅をする事にしたのだ。


 チクチクツー、チクチクツー


「うん。シュルちゃんから聞いてる~」

「……お前、それアッサリばらして良いのか?」

「え~。だってそんなこと隠したってしょうがないし~」


 確かに、フールの奴が〈巨大鰐〉の積荷に紛れ込んでいた以上、この件に〈黄金の瞳〉関係者が関与した事は明白だ。

 しかも、出発の直前にシュルシャと会話をした際、アイツが妙にドモっていた様子も印象に残っている。

 情報漏えいの出所が、七対三の割合でシュルシャか爺さんかの何方どちらかだとは踏んでいたのだが……コレで確証が取れた。


 しかも、俺が今回の旅にフールを同行させない理由を、あのネコ娘は理解している。

 と言うより、アイツなら恐らく最初から、俺がフールの奴を連れて行かない事を事前に予想していただろう。


(あンのネコ娘ぇ、帰ったら絶対折檻してくれる! ヒゲの一本も残らんと思えっ!)


「あ~レイド、今シュルちゃんの事イジメようとか思ったでしょ~」

「……知らんな」


(だから何故分かるのかと……)


「ダメだよ~。レイドが町を出る事は聞いたけど、付いて行くって決めたのはボクなんだから~」

「いや、つってもな~」

「ってゆ~かさ~――」


 チクチクツー、チクチク……


 するとそこで、今まで順調に縫い物を続けていたフールの手が止まった。


「今回の件……ボク、ちょっとだけ怒ってるんだよね~」

「え?」


 いつもより、少し小さめの口調。

 手の動きは止っているのだが、視線は未だ手元に落したまま、俺の方に向けようとはしない。


(あれ? コレ……ひょっとしてヤバイ感じ?)


「ほら~、ボクってさ~、レイドの相方“だった”わけじゃない? “建前”かもしれないけどさ~」

「い、いや……」


 過去形じゃありません現在進行形です。建前じゃありません本音です。


「なのにさ~、今回みたいな事をされるとさ~、少し哀しくなるってゆ~か~、逆に胸の奥からふつふつ沸き上がるモノがあるってゆ~か~……」

「あの、フールさん?」


 先程から、言葉の端々から生える棘がチクチクと心に痛いです。


(あ、間違いない。これヤバイ奴だ)


 俺の位置からだとフールの斜め後ろ姿しか拝む事が出来ず、ギリギリその表情を伺う事が出来ない。だが、それが替えって此方の不安を増長する。


「……クス」

「ッ!?」


 ほんの少しだけ漏れた僅かな微笑。ソレを聞いた瞬間、俺は目の前の小さな背中から、何かドス黒いモノが湧き挙がる気配を感じ取った。


「……ねぇ。レイドなら、どう思う?」

「へ!? ど、どうって……?」


 勘違いか気のせいか、声のトーンも先程より若干落ちた気がする。


「だ~か~ら~さ~~……」


 すると、フールはまるで時計の秒針か何かの様に、ユックリと顔の角度を此方へと向け始めた。


(ま、拙いッ!!)


 今、あの顔を此方に振り向かせてはイケナイ。でないと部屋の外側だけでなく、部屋の内側でも嵐が吹き荒れる事に成る! そんな気がする!!


「相方“だった”人に突然おいて行かれたら~、自分ならどう思うかって聞いて――」

「正直スマンかったーー!!」


 ズゴンッ


 俺はフールの台詞が終わらない内にベットから飛び降りると、床板を打ち抜く勢いで頭を下げた。この前ハムの奴にしたモノより、確実に誠意の篭もった土下座である。

 額を床にぶつけた衝撃で一瞬意識が飛びかかったが、現状を乗り切る手立ては最早コレ以外には残されていない!


「確かに、お前に一言の相談もなく、置いて行こうとした事は悪いと思ってる! ソレは認める!」

「……」

「だ、だが! 決してお前の事を蔑ろにしようと思った訳じゃない! 本当なら、俺もお前を連れて行きたかった!」

「……」

「でも、今回は状況が特殊すぎる。なにより相手が悪い。それに今から向かう先の〈トルビオ〉は、その、お前のぉ……」


 そこまで言った処で、台詞を続けようとする口の動きが鈍く成る。

 こうして俺に付いて来た以上、コイツもある程度の覚悟は出来ていると分かっている。だが、どうにもその先の台詞を口に出す事が、俺にははばかられてしまうのだ。


「と、とにかく! お前が邪魔だとか足手纏いだとか、そんな事は断じて思ってない! ソレだけは信じてくれ!」


 それでもどうにか自分の心情を伝えようと、俺は引き続き額を床に擦り付ける。


「……ハァ~。……良いよ、もう」

「え……」


 すると、此方の誠意が伝わったのか、さっきから感じていた黒い気配がふっとなくなり、それにつられる様に俺は顔を持ち上げた。


「どうせそんなコトだろうと思ってたし、ボクだってそれでレイドを責めたりなんかしないよ~」

「いや、でもお前……ホントに良いのか?」

「良いもなにも、今こうして一緒に居るじゃないか~。ボクのコト、途中で追い返そうと思えば出来たでしょ~?」

「いや、仮に俺が言った処で聞かないだろ。お前」

「それでも、レイド言わなかったじゃないか~。つまりそういうコトでしょ~?」

「……まぁ、お前が居れば助かるのは確かだからな」

「それに~――」


 そこで漸く、フールは床で縮こまっている俺へと視線を向けた。


「レイドは少し余計な気を使いすぎだよ~」

「そ、そうか?」

「そ~だよ~。まぁ、ボクはそんなレイドの事も好きなんだけどね~」


 向けられた表情は何処か寂しく、また呆れている様にも見えたが、間違いなくいつもの相方の笑顔だった。


「それに、“アレ”ってもう三年も前の話じゃないか~」

「……そう、だな」


 そう言われ、自然と脳裏に当時の出来事が思い浮かぶ。

 忘れたくとも忘れられない、俺とコイツの、ある意味最も印象深い思い出の一つ。

 それが良いモノか悪いモノかは、当人同士の“前”と“後”の状況によって異なるが……。


「“アレ”からもう三年になるのか……長いような、短いような……」

「流石に三年も経てばボクだって大丈夫だよ~。だからボクの事なんて気にしないで、レイドは自分のやりたい事をすれば良いの~」

「……なんかソレ、シュルシャの奴にも言われたな」

「そりゃ~、みんな思ってた事だしね~」

「え? そうなのか?」

「そ~だよ~。シュルちゃんが言ってなかったら、多分ボクが言ってたよ~」


(そうなのか……)


 そういえば、シュルシャの奴も似たような事を言っていた気がする。確か「誰も言わない」だとか何とか……。


「そんなレイドのサポートをするのがボクの役目。レイドだって、ボクが居ないと困るでしょ~?」

「……否定は出来んな」


 そう言って、今迄座っていたベットからひょいと立ち上がると、フールは置いてある荷物の中から治療キット手に取り、再びベットの上に腰掛けた。


「はい。ここ座って~」

「……」


 ポンポンと自分の横を叩くフールに誘われ、俺もフールの隣に腰を下ろす。


「あ~あ、ヤッパリ赤くなってる。動かないでね~」


 言うや否や、フールは先程床に打ち付けた俺の額に、〈黄金の瞳〉謹製の軟膏を塗り始めた。


「ぬりぬりぬ~り~♪」


 細く小さな指先が、クルクルと優しく丁寧に俺の額をなぞる……ちょっと気持ち良い。


「……でも、突然置いて行かれたら、ヤッパリ少し寂しいよ……」


 人の額を擦りながら、フールは先程と同じ笑みを浮かべた。

 そんな顔でそんな事を言われてしまうと、置いて行こうとした身としては流石に気が重くなる。俺自身が悪いと思っている分尚更だ。


「その……悪かったな」

「そう思うなら、もうこんなコトはナシにしてよね~。ボクたち“コンビ”なんだからさ~」


 今度は過去形でも建前でもなく、“コンビ”の部分を強調された。


「ああ、もうしねぇよ」

「約束だよ~。はい、終わり~」


 フールは俺の額にシッカリと軟膏を塗り込むと、再び治療キットを元の場所へと戻した。


「……だけどもし、また約束を破って同じ事したらぁ――」

「ん?」


 そうして、クルリと此方に振り向いたフールの表情は――


「その時は、今度こそ本気で怒るから。覚悟しといてよね~♪」

「アッハイ……ワカリマシタ……」


 色々な意味で外の嵐に勝るとも劣らない、其れは其れは可愛らしくも不敵な笑顔を浮かべておりましたとさ……。


(こえぇ~……)


フール「次はない」


※一~四話に挿絵を追加しました。

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