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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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 ◆


 町の東西を繋ぎ、南北を分断する様に横たわる〈メルトス〉の中央通り。

 その通りに面する一画に、〈黄金の瞳〉より規模は若干劣るものの、それ以上の重厚さと威厳さを兼ね備えた石造りの建築物が存在する。

 入口横の看板には、盾の表面に描かれた向き合う二頭の獅子の紋。


 丁度、町の中心部に在る〈黄金の瞳〉と、町の西出入口との中間に位置するその建築物こそ、この〈メルトス〉の治安を守護する者達がその居を構える、〈治安維持隊〉“メルトス活動拠点”である。


 その“拠点”の最上階に在る一室。〈メルトス治安維持隊〉隊長――〈ダルク・ノイーレ〉が詰める執務室の扉が叩かれた。


「誰か?」

「“唄草”です。戻りました」

「入れ」


 ダルクの招きに扉が開かれると、その向こう側から逆立った深緑の短髪が特徴的な、二十代半ばの青年が部屋へと入ってくる。

 その青年は昨晩、レイド達を追い回した内の一人。仲間の内で“唄草”と呼ばれていた人物だった。


「ただいま戻りました」

「随分と早い帰還だな……まさか、役目を放棄した訳ではあるまいな?」


 そう言って彼を出迎えたのは、この部屋の主であるダルクではなく、彼と同じく昨晩レイド達を追い回していた小柄な人物。

 現在はフードは被っておらず、躊躇なくその下の素顔を晒している彼女は、“唄草”に対し遠慮など一切ない疑いの眼差しを向けている。


「酷いな“耳付き”。幾らボクが君等と違う“雇われ”だからって、そんないい加減な任務のこなし方なんてしないさ。コレでもボク、結構真面目なんだよ」

「フン。どうだか」


 浅黒い肌。深く染まった蒼色のショートヘア。それより更に濃い藍色の瞳。

 顕わに成った顔とその声色から女性である事は明白だが、その顔付きと体格にはまだ幾分の幼さが残っている。

 しかし、その瞳に宿る光は歳不相応に鋭く、纏っている雰囲気はとても少女のモノではない。


 そして、頭の上に生えている特徴的な一対の三角耳は、彼女が亜人種――“ルラール族”で在る事の何よりの証し。


「……それで」

「うん?」

「……首尾は」


 言葉少なにそう“唄草”に訊ねたのは、部屋の壁際に立つ人物。

 全身を鎧で包み、ともすればまるで室内に飾られた装飾品の類では――と、疑う程静かに佇むその人物もまた、“フルフェイス”と呼ばれた彼等の仲間の一人。


 そして部屋の奥、町の中央通を見下ろす事のできる窓際には、彼等の長であるアレッシオ・ソラーゼンが、朝市の撤収に取り掛かる人々の様子を眺めながら、ただ黙して立っていた。


 昨晩。レイドを取り逃し〈黒羽〉から立ち去った後、彼等はこの国〈レムンレクマ〉直属の組織である此処――〈治安維持隊〉へと身を寄せていた。

 現在この室内に居るのは、部屋の主であるダルクを含め、アレッシオ率いる四人組の計五名のみである。

 

「あ~。ソレなんですけどぉ~」


 すると“唄草”は、何ともバツが悪そうに話を切り出す。


「申し訳ありません。しくじりました」


 そう言って、アレッシオに対し真摯に頭を垂れた。


「な……き、貴様! アレだけ大きな口を叩いておきながら――!」

「止せ」


 “唄草”からの謝罪を聞いた“耳付き”が、途端に激昂し彼に食って掛かろうとするも、隣に立つアレッシオに肩を捕まれ制される。


「し、しかし隊長。コイツは」

「“唄草ソレ”に任せたのは東出入口の監視だ。単純に監視対象を見逃しただけなら、今尚監視を続行している。こうも早くは戻らん」

「お。流石はアレッシオの旦那。分かっていらっしゃ――」

「――ッ!!」

「おぉっと……」


 下げた頭を元の位置へ戻し、アレッシオに向けられた“唄草”の軽口を、“耳付き”が獰猛とも言える眼付きでもって黙らせた。


「報告を聞こう」


 アレッシオは“耳付き”の肩から手を下ろし、身体の正面を窓から“唄草”へと向ける。


「今朝――と言っても、まだ日は出てなかったんですがね。旦那に言われた通り町の東口を見張っていたんですよ」

「それで?」

「旦那の読み通り。例の〈黄金の瞳〉専用の自走輪が一台――確か〈巨大鰐クロコダイル〉とか言いましたっけ? ソレが朝市の終わる少し前あたりに、町から出て行くのを確認しました」

「……貴様はどう見る」

「ありゃ当たりですよ。十中八九、レイド君が乗ってると思いますね。ボクは」

「根拠は」

「勘です」


 即答。

 軽率とも思えるその発言が、再び“耳付き”の癪に触った。


「ふざけるなよ貴様」

「いやいや“耳付き”、ふざけちゃいないさ。これでもボクは本職の“発掘者トレジャーハンター”だよ」

「……だから何だ」

「もし今みたいな重要な局面で自分の勘が間違っていたら、もう既に十回以上は命を落としてるさ。ボクにとっちゃ、“勘”は十分な“根拠”だよ」

「フン。適当な事を」


 アレッシオは少し考える素振りを見せた後、今度は大きな机の向こう側に座る男性――この執務室の主であるダルクへと視線を送る。


「貴公はどうだ。ダルク隊長」

「そうですな……」


 矛先を向けられたダルクはその端整な顔立ちを若干崩すと、太く濃い眉根を寄せ思案する。


「……確かに、此度の〈巨大鰐〉の出発は、いつもに比べ些か早過ぎる。予定を変更し、急遽出発が決まった様な印象を受けます……ですが――」


 そこで一旦台詞を区切ると、ダルクは顔に一際難し気な表情を浮かべる。


「この件に“あの”ゴルド・マーベリックが関わっているとなると、少々事が単純過ぎる気もしますが……」


 過去、ゴルドと同じ発掘チームにいたアレッシオと、現在同じ町に居を構える〈治安維持隊〉の隊長であるダルクの二人は、“アレッシオ・ソラーゼン”という人物の特徴を良く理解していた。


 〈黄金の瞳〉御用達の運搬専用自走輪――〈巨大鰐〉の信頼性は、確かに他のどの運搬方法に比べズバ抜けている。

 遺跡での発掘品はもとより、何か“大切なモノ”を隠して町から運び出すには、凡そ最適と言える手段であろう。

 それが今朝方、いつもとは違う時刻に一台。まるで急かされる様に町から出立したとなれば、その積荷なかみを疑うのは至極当然の流れと言える。


 “狡猾”――正にその一言に尽きる様なあの老人が、人ひとりを町から出す手段としては、今回の方法は些か露骨に過ぎる。

 或いは、それを加味しての“偽装”である可能性も在るのだが……。


「あの男の事です。コチラの動きも既にある程度は当たりを付けているでしょう。此処は“囮”と考えるが妥当かと思いますが……しかし……」


 “ゴルドが噛んでいる”――ただソレだけの要因で、彼を知る者達の思考には濃い霞が立ち込めてしまう。


「フン。見事にヤツの術中に嵌っているなダルク・ノイーレ隊長。貴公は少しあの男を過大評価し過ぎだ」

「ム……そうでしょうか?」


 しかしアレッシオは彼とは違い、断言するかの様にそう言い放った。


「あの男は普段複雑に物事を絡め取るが、その根元は一貫して“単純”と“効率”を重視する。覚えておく事だ」

「と、仰られますと?」

「貴公が今している“考察”自体が無意味なのだ。その様なモノに時間を食潰すのなら、“唄草”の言う勘の方がまだマシと言える」


 アレッシオは次に、隣に立つ“耳付き”に視線を向ける。


「貴様は分かるか。私の言っている意味が」

「え――と……」


 突然に話しの矛先を向けられた“耳付き”が、慌てた様子で考え込むも――


「……わ、分かりま……せん……」


 暫くして、申し訳なさそうにそう答えた。彼女の頭の上の耳が力なく伏せられる。


「おいおい“耳付き”。別に旦那はそう難しい事は言ってないよ」


 その様子を見かねた“唄草”が、軽い口調で“耳付き”に声を掛けた。


「う、煩いッ! なら貴様はどうなのだ!?」

「そりゃまぁ。なんたって今ボクが言った事だからね」

「何だと――?」

「その前に。はいコレ、旦那宛だ」


 そう言って懐から一通の手紙を取り出すと、“唄草”はソレをアレッシオへと差し出した。


「……」


 アレッシオは、まるで最初からそれが分かっていたかの様に手紙を受け取ると、宛名も何もない無地の封筒を開け、直ぐ手紙の内容に目を通し始める。


「おい貴様。さっきのはどう言う意味だ?」

「どうもこうも。さっきボクが言ったろ――“しくじった”って」


 昨晩。アレッシオ達がレイドを取り逃した後、レイドがそのまま〈黄金の瞳〉へと身を寄せた事は、既に〈治安維持隊〉の隊員からアレッシオの耳へと届いていた。

 だが彼等アレッシオの率いる部隊は、その活動の内容を外部に漏らす事の出来ない所謂“秘密部隊”である。〈黄金の瞳〉という国連機関に正面から堂々と乗り込み、対象を確保するなどいう暴挙に出れる筈も無い。


「それに、昨日はアレだけ派手にやったしね。夜の酒場で暴れたり、屋根の上を走り廻ったり、建設中の現場を滅茶苦茶にしたりと……うん。ホントに派手に暴れたもんだよ」


 台詞の最後に“兜”の方を見る“唄草”だったが、その視線に対し“兜”は特に反応を返そうとはしない。

 全身を鎧で包んだその人物は、相も変わらずじっと壁際に佇んでいる。


「町中で弓を引いたバカも居たがな!」

「いや~。まぁソレも在って、ボク等は町中――特に昼間なんて明るいうちからの活動は、出来るかぎり控えなきゃいけない。少なくとも、昨日のほとぼりが冷めるまではね」

「解っている。だから隊長は、あの男がこの町に居る間には手を出さず、人目に着き難い郊外で捕縛する算段を立てたのではないか」


 今朝。この町の出入口付近を確認した際。そこにアレッシオ達の姿がない事や、歩哨の数がいつもと変わらない様子を見て、レイドは自分の素早い準備と行動が、アレッシオ一味には予想し切れなかったのだろ――と、そう判断した。

 だが、実際はその真逆。相手の裏を読もうとしたレイドの考えを、アレッシオは完全に看破していた。


 出入口付近の歩哨の増員をせず、検問の設置もしなかったのは、寧ろレイドを警戒させずに町の外へ出す為。コチラに気付かれていないと油断を誘い、彼を人気のない郊外へと誘い出す為の布石。

 だからこそアレッシオ達は、あえてレイドを乗せているであろう〈巨大鰐〉をそのまま町の外へと見送ったのである。

 後は、レイドを追って自分達も町を出立し、奇襲をもって対象を捕縛する予定であった。


 レイドが直接馬を走らせたり、定期の乗合い馬車などを利用せず、“難攻不落”と呼ばれる〈巨大鰐〉を利用したのは些か不都合ではあるが、ソレもまたアレッシオにとっては予想の範疇。

 かの鋼鉄の牙城を陥落させる為の“切り札”を、彼は既に用意していた。


「んで、本当に今日中にレイド君が町を出て行くのかを確認する為、その見張りをボクが旦那から頼まれたわけだ……ばれない様に、遠くからね」

「フン。だが結局は失敗したのだろう。初めの頃は『弓兵だから任せておけ』などと大きな口を叩いておきながら、結局はこの様か。呆れてモノも……いや、チョッと待て……」


 そこで“耳付き”は、それまでの会話の内容に違和感を覚えた。


「……貴様。あの男を乗せた自走輪を目撃したと言ったな」

「乗ってるかどうかは勘だけどね」

「貴様の勘はこの際どうでも良い。つまり貴様は、当初の目的通りあの男が町から出たのを確認し、その報告の為に此処に戻ってきたんだな」

「そうだよ。初めからその予定だし」

「なら貴様……一体何を失敗したんだ?」


 そう。ここまでの話しを聞く限りでは、この男が特に何かを失敗した様には聞こえない。寧ろ、その行動に不備はない様に感じられる。

 そもそも、彼がアレッシオから命じられたのは“見張り”であるのだから、その任務中に対象を発見し、こうしてその報告に戻るのは同然。何らおかしな処はない。


 仮に対象を発見出来なかったとするのなら、アレッシオの言う通りこんなに早く戻る事はない。未だ見張りを続行している筈である。

 もしくは発見した自走輪に対象が乗っていない可能性もあるが、“唄草”は事前にアレッシオから、その手の怪しいと思える乗り物が町から出ても報告に戻るよう言い含められていた。

 “唄草”は勘で〈巨大鰐〉にレイドが乗っていると判断したが、例え乗っていないと判断しても、彼には報告に戻る義務が在る。


 ならこの男は、一体何を持って任務の失敗と言っているのか。


「あ~~……」


 すると“唄草”はいつもの薄笑いを消し、その顔に彼にしては珍しい渋面を作る。


「実は見張ってる最中に厄介な人に見付かっちゃてねぇ……」

「“見付かった”?」

「……成る程な」


 そこで、手紙を読み終えたアレッシオが呟く様に言う。手元の手紙から視線を上げると、その鋭い眼差しを“唄草”へと向けた。


「確かにコレは失態だな。“唄草”よ」

「申し訳ありません」


 再び“唄草”が頭を下げる。

 どうやらこの件に関しては本当に反省しているらしく、その姿からはいつもの飄々とした雰囲気が感じられない。


「あの、隊長。それはどういう……」


 二人のやり取りに着いて行けず、“耳付き”が戸惑いながらもアレッシオに訊ねる。


「コヤツはな、ゴルドの放った間諜に気取られたのよ」

「な、まさか! ですがあそこは……」


 しかし、アレッシオの台詞に驚きを見せたのは、“耳付き”ではなく椅子に座って聞いていたダルクの方だった。


「貴公も読んでみるか」

「……拝見します」


 そう言って、机の上に乗せられた手紙を取ると、ダルクもまたその内容に目を通す。

 書かれた文字列に視線を沿わせて行くうちに、彼の表情が見る間に曇り始める。


「これは――!?」

「ソレがあの男のやり口だ。その気に成れば外堀を埋めようともせん。直接本丸に矢どころか槍をも投げ込んでくる」

「ウ、ムゥ……」


 唸りながら再び手紙に視線を落とすダルクの様子に、“耳付き”はますます戸惑いの色を濃くする。


「要は“脅迫”だ」

「脅迫――ですか」

「“レイド・ソナーズの追跡を今後五日は見送れ、さもなくば〈三遺の十二宝〉の一つ〈光の花〉に関する情報を、正式に〈遺跡発掘世界機構〉上層本部へ報告する”――つまりは、そう言った内容だ」

「ナッ――!?」


 その衝撃の内容に、ネコ科特有の瞳孔を持った藍色の瞳が見開かれる。


「送り主の名はないが、この筆跡は間違いなくゴルドのモノだろう」

「そ、そんなッ!! 国連の一支部とは言え、間違っても組織の長がたった一人の人間相手にそこまでの便宜を図るなど!?」

「フン」


 するとアレッシオは、何処か詰まらなさそうに鼻を鳴らす。


「いかに一つの組織を任されているとは言え、あの男が行儀良く規則になど従うものか」

「な――」

「特に、あの系譜ならば尚更だ」

「……」


 今度こそ“耳付き”は絶句した。


 もしこの手紙の内容が事実ならば、アレッシオ達にとっては余りにリスクが大き過ぎる。


 遺跡での発掘品は基本、その遺跡の在る領土を治める国が“所有権”を有する。

 だが、各国や各組織が絡む様々な事情により、“発掘する権利”は多くの者達に平等に与えられている。

 その為、今はまだゴルドの手元に留まっている〈光の花〉の情報が、〈遺跡発掘世界機構〉に報告されようモノなら、ソレは瞬く間に世界中に広がり、自分達の独占している情報の価値が一瞬で暴落しかねない。


 しかも、モノがモノだ。〈三遺の十二宝〉などと言う伝説級の宝の存在が、遺跡発掘専門の機関に因って公式に発表されれば、事態は未だかつてない規模の争奪戦に発展する可能性が在る。

 当然、それには有りと有らゆる組織が参戦し、多くの人員や資金を投じる事も考えられる。

 そうなれば“秘密部隊”として動き、限り在る人員と資金しか利用出来ないアレッシオの部隊は、他に大きく遅れを取ってしまう。

 迅速と隠密性を優先した彼等の編成が、完全に裏目に出てしまうのだ。


「“唄草”。誰が貴様にコレを届けた」

「それがですねぇ。直接手渡されたんですが、顔は拝めなかったんですよ」


 すると“唄草”は、再び言い辛そうに顔を歪め――


「なんたって町の出入口を見張ってる最中、イキナリ後から“コレ”――でしたからね」


 そう言って指二本を立てると、それを自分の喉に押し当てる仕草をする。


「いやー、もう少しで首が飛ぶ処でしたよ」


 本人は軽い口調だが、どうやら何か刃物の様な物を喉元に押し当てられたらしい。


「フン。迂闊だったな」

「い、いえ閣下! 恐らくその責任は、この私に在るかと……」


 そう“唄草”を擁護したのは、手紙を読み終えたダルクであった。


「なに分“あの場所”を進言しましたのは、私共ですので」


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