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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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その頃のレイド君。箱に入って三分で意識を手放す。

レイド「Zzz・・・」

「しっかし流石だニャー。声を掛けられるまで全く気付かなかった。やっぱり〈黒羽〉じゃなくウチで働いた方が良いんじゃないかニャ?」


 狩猟民族であるルラール族のシュルシャは、通常の人間より優れた身体能力を有しており、特にその視力と聴力は他の亜人種に比べて高く、辺りの気配にも非常に敏感な種である。


 だが、幾らレイドとの事で頭を悩ませている最中だったとは言え、この女性はそのシュルシャをして、自らの接近をまるで気取らせなかった。

 更に言えば、此処は足場の悪い屋根の上。通常ならば登る事すら困難なその場所に物音一つ発てず上がり、顔色一つ変えずに彼女の背後を取って見せたのだ。


 どのように考えても並の人間には――少なくとも、町の酒場で働く只のウェイトレスには、とても真似の出来る芸当ではない。


「イエ。ますたーニハ、ごおんモアリますし、イマノおしごトも、キニいっていマスのデ」

「ムー。それは残念」


 自分の職場への勧誘をあっさりと断られたシュルシャだが、彼女等にとってそれはもはや定例句である。

 最初の頃は割りと真面目に勧誘を続けてきたシュルシャだったのだが、本人にはその気が全くなく、どの様な好条件を提示しても上手く逃げられてしまうだけなので、結局は諦める事と成った。


「で、首尾はどうだっかニャ?」

「ハイ。サスガはゴルドさまです。サクバン、オミセをおとずレたカタの、おヒトリとオアイできましタ」

「ふむ。ジーチャンの読みが当たったか。相手の方も用心深いと言うか執念深いと言うか……じゃあ“アレ”は?」

「シカと、おトドケしました」


 だがしかし、組織の“内”への勧誘を諦めたシュルシャの“ボス”だったが、ならば“外”での活動に手を貸して貰おうと、こうしてタマに彼女に内緒の“用事”を頼むように成った。


 無論、破格の条件付きでだ。


「デスが、アレだけでホントウに、ヨロしかったのデスか」

「まぁジーチャンの事だから大丈夫だとは思うけど。どうかしたかニャ?」

「いえ。タダ……」


 そうして少し考える素振りを見せた後――


「“ショウコもノコさず、タイジョウしてイタダけるホウホウ”が、イクつかアリましたノデ」

「ソレは流石に物騒過ぎるニャ!!」

「そう、デスか?」

「ハァ……“シノブ”は何時もは冷静に見えるのに、レイドの事と成るとタマに見境無くなるからニャ~」

「フフ。そうカモしれまセンね」

「……笑う処じゃないニャよ、ソコ」


 何処かズレた返答をしながら、尚も気にせずクスクスと漏れる笑みに諦めの息を吐きつつ、シュルシャは再び〈巨大鰐〉へと視線を戻す。

 もう随分と小さく成ってしまったが、彼女の金色の瞳は未だシッカリとその姿を捉える事が出来た。


「ソチラは、ドウでしたカ?」

「コッチも特に問題は――」


 “ない”――そう言い掛けた処で、シュルシャは“先程の一件”を思い返す。


 顔の温度。特に耳の辺りが一気に熱く成るのが分かるが、此処で動揺してはいけない。

 下手に隣に居るシノブに気付かれれば、“先程の一件”の追求は免れないだろう。“条約”にはギリギリで引っ掛かっていないとは思うが、それでも何かしらのペナルティを負わされる恐れが在る。


 長きに渡り硬直していたレイドとの関係、その改善の兆しが漸く訪れたのだ。何としても、此処でそのチャンスを逃す訳にはいかない。


「……コホン。うん。特に問題は無かったニャ。“忘れ物”もちゃんと届けたし」

「そうデスか」


 そう言って、シノブもまた去って行く自走輪へと視線を向ける。


 既に輪郭すら定かではなく、今差し掛かっている丘を越えてしまえば、その姿は完全に見えなく成るだろう。

 その時が訪れるまで、屋根に居る二人はその場を離れるつもりはない――いや、離れられなかった。


「……心配だニャ~」


 当初、シュルシャの内に在ったあの自身を押し潰す様な不安感は、レイドとの一件で今はその也を潜めている。


 だが、結局の処アレは一時なモノに凌ぎない。辛く苦しい感情に、ある種それ以上の劇薬が注ぎ込まれた様なモノである。

 その反応が少しずつ落ち着いてきた為、これまでと同様とは言わないまでも、小さな心配と不安が再びその顔を覗かせ始めたのである。


「ダイジョウブですヨ。あのヒトタチなラ」

「シノブは心配じゃないのかニャ?」

「ええ。シュルシャさんとオナジように、あのヒトタチのコトも、シンジテいますカラ」

「……シノブは強いニャ~」


 シノブもまた、その想いはシュルシャと同じであろう。

 だからこそシュルシャには、まるで迷いなくそう言ってのける彼女の事が、とても強く、そして羨ましく思えた。


 自分も、彼女の様にそう言って笑えるだけの強い心を持てれば、今回の様に大切な誰かが自分の傍を離れた時、こうして胸を締め付けられる想いをしなくて済むのかもしれない。

 もし仮に、自分と同じく胸を痛めていたとしても、彼女ならその動揺を態度にも顔にも出さず、〈黒羽〉での仕事を今迄通りそつなくこなす事だろう。


 残念だが、今の自分にはまだその様な真似は出来そうにない。

 恐らく、これから先の数日間は完全には立ち直れず、仕事や私生活で幾度かの“ポカ”をやらかすだろう。自分にとって今回の一件は、それ程ショックな出来事なのだ。

 ミリーヤやリンシャンから貰う小言を、今から覚悟しておかなければならない。


 だが、自分とシノブとの違いを意識し、ソレを流石と思う反面、悔しいとも感じるシュルシャだったが――同時に、自分はそれで良いのだとも思えた。


 何故なら、今しがた彼女の見送った人物は、今の自分を変えようとして、外の世界へと旅立ったのだ。

 そう成るようにと、色々と焚き付ける発言をしたシュルシャだったが、結局の処ソレを選んだのはレイド自身である。

 そこにどの様な葛藤が在ったかなど、シュルシャには知る由もない。だが、その選択をする事が彼にとって特別困難だった事は、付き合いの長い彼女には、何となくだが理解できた。


 ならば、この機会に自分も変わって行こう。

 シノブやソーヤ、ゴルドやミリーヤ程ではないにしろ、せめて守られるばかりの存在ではなく、彼の隣に立って互いに支え合える――いや、寧ろ自分が彼を守る存在に成ろう。


 なに、そう難しい話じゃない。

 何故なら彼女は昔から、そう願って今まで進んで来たのだから。


「――ぃよしっ」


 レイドを乗せた〈巨大鰐〉が丘の向こうへ姿を消したのを確認し、シュルシャは勢い良くその場に立ち上がる。縮めていた身体を思い切り伸ばし、自身の頬をパンパンと叩く。


 そして一言――


「朝ごはんでも食るかニャ!」


 空腹のままでは力は出ない。何をするにしろ、先ずは腹ごしらえを済ませるのが先決。

 そしてその後は、自分の部屋に戻って泥の様に寝ってしまう心算だった。


「シノブはこれからどうするニャ」

「ワタシも、カエッてチョウショクに、させてイタダキます」

「そっか」


 実の処、シュルシャは昨日の晩から何も口にはしていない。

 それ処か、彼女も昨晩はゴルドが手配した〈巨大鰐〉の準備の手伝いや、ゴルドからシノブへの仕事の依頼の伝言など、寝ずの作業に追われていた。


 歳の若いシュルシャは、ただ寝ないだけならば一晩二晩程度の徹夜をしてもまだ余裕が在る。

 だが今回の一件は、“今の処は”まだレイド個人とその身内の問題だ。よって〈黄金の瞳〉という組織自体が、その件に直接的に手を貸す事は出来ない。

 その為、シュルシャは彼女“個人”として、レイドをこの町から安全に送り出す為、誰の手も借りず一人深夜の町を走り回っていたのである。


 いかに只の人間より体力の優れた獣人とはいえ、その疲労は決して小さなモノではない。疲れも眠気も、いい加減そろそろ限界だった。


「今回はお疲れ様だニャ。報酬は後日、何時もの様に〈黒羽〉に届けるから。それじゃ、ばいばいニャ」


 シュルシャは最後にそう言い残し、シノブに背を向けその場から立ち去ろうとする――直後、彼女の肩に手が乗せられた。


「スコシ、おマチを」


 その口調はいつも通りの穏やかなモノだったが、肩に置かれた手はどうもそうは言っていない。

 それは、“引き止める”と言う感じではなく“逃がさない”――と言ったモノで、その細腕の何処にそんな力が在るのか、捕まれた肩はガッチリと固定されたかの様に動かせない。


「……」


 ……おかしい。


 〈巨大鰐〉を見送っている最中、シュルシャは密かにシノブから距離を取っていた。

 気付かれないよう慎重に離れ、此処ぞと言うタイミングで自然にこの場を後にする手筈だったのだ。


 事実、先程まで両者の距離は確かに離れていた。少なくとも、一歩や二歩近付いた程度では、絶対に手の届かない距離が在った筈である。

 だと言うのに、シュルシャがシノブに背を向けた直後、まるで最初からそんな距離など無かったかの様に、シノブは一瞬でシュルシャの肩に手を乗せてきた。


 手の力といいその身のこなしといい、この人は本当に何者なのか――と、シュルシャは思わずにはいられない。


「どうしたのデスか、シュルシャさん。サキホドから、ナニカようすがおかしいデスよ。ゴきぶんデモすぐれなイのですカ?」

「へ? そんな事ないニャよ。強いて言えばお腹が空いて少し眠い程度ニャ」


 肩が動かせないので顔だけ向けて答える。


「……レイドさんと、ナニかありましタか?」


 内心に抱える秘密を見事に言い当てられ、シュルシャの心臓が跳ね上がる――が、何とか表情には出さずに済んだ。


 ここまで、特に怪しい素振りは見せないよう心掛けてきた彼女だが、どうやら何処かで感付かれたらしい。

 その勘の鋭さにも驚かされるが、シノブはまだ確信までは持てていないようで、未だシュルシャの顔を見続けている。


「どうしたんだニャシノブ、突然そんな事聞いてきて……何か在ったも何も、“例の物”を届けて見送りの挨拶をしてきただけニャ。ソレ以外には特に何もなかったニャよ」


 無論、何もなかった筈がない。


 “例の件”からまだ一時間と経過していないのだ。先程の出来事をほんの少しでも思い出そうモノなら、直ぐにその時の情景がありありと脳内に浮かび、自分の体温と脈拍が急激に上昇するのが解る。

 だが、ここに来てソレをシノブに悟られる訳には行かない。


「……そうデスか」


 彼女とて、〈黄金の瞳〉の受付嬢を勤めてきたこの数年、ただ黙って受付の椅子に座っていた訳ではないのだ。


 その仕事の性質上、例え相手が誰であれ、受付嬢は平等の対応を求められる。

 そして訪れる発掘者の中には、素直に話を聞く者も居れば、聞くに堪えない暴言を吐く者や、無茶にも程の在る自己主張をしてくる輩も存在する。

 そんな様々な客を相手に、彼女は内で抱える本心を極力顔には出さず、“一部”を除いて平等の対応を心掛けてきたのである。


 その長きに渡り培ってきたスキルを活かし、シュルシャは今この瞬間、人生最高の白を切って見せる。


「ワカリました」


 そう言って、シノブは漸くシュルシャの肩から手を放すと――


「ヤハリ、なにかアッタノですね」


 そう今度こそ何かを確信したのか、シノブは自身の頬に手を当て嘆息した。


「ええ? どうしたら今の話の内容でそんな解釈が出来るのニャ? ホントに何もなかったニャよ」


 そこで、シュルシャもシノブの正面へ向き直る。

 シュルシャには自信が在った。態度にも口調にも、動揺は一切出していない。なら、まだ向こうも完全には気が付いていない筈。


 絶対に誤魔化せる。そう信じ、シュルシャはシノブの顔を見返した。


「シュルシャさん」

「何ニャ?」


 しかし、対するシノブが見ていたのはシュルシャの顔ではなく、その少し上方――丁度、彼女の頭の上あたり。


「……オみみがまっカですよ」

「!!」


 慌てて自分の両耳を掌で覆うシュルシャだが、時既に遅し。

 寧ろソレをした事に因り、シュルシャは自らの動揺を今度こそ完全に露呈してしまった。


「い、いやコレは――!!」

「さっきから、オかおハふつうナノに、オみみだけヒがでるクラいに、アカいんですモノ」

「ち、違うニャ。コレはそう言うんじゃなくて~――」


 その慌て様が可笑しいのか、コロコロと笑うシノブに尚も往生際悪く言い訳を募ろうとするシュルシャだが、所詮は後の祭り。

 さっきから口だけはパクパクと動くものの、そこから先の言葉がどうしても続かない。耳に当てた掌は徐々に熱く成り、同時に熱で浮かされるかの様に思考が定まらなく成って行く。


 事実、シュルシャを見詰めるシノブからは、彼女の耳に続き顔から首筋にかけてが、段々と紅く染まって行くのが分かる。


「シカシ、コマリました。マサか、さいショに“ドウメイ”をモチカけてキたかたが、まっさキに“ジョウヤク”を、ホゴにナサるナんて」

「ち、ちょっと待つニャ。アレはまだギリギリで条約違反じゃなハッ!!」

「……ナルほど。ツマリ“ぎりぎり”マデはイッた。と」


 着実に墓穴を掘り進む。


「い、いや……それはぁ……」


 最早、進退窮まった今のシュルシャに、シノブを誤魔化す術など在ろう筈もない。

 出来る事と言えば、己の取った言動を素直に告白し、事態の早期沈静化を計る位なのだが、残念な事に今の彼女には、その考えにまで思慮を割く余裕がなかった。


 結果、事態は刻一刻と悪化の方面へと転がり落ちて行く。


「ソうですネ。このまま、ココでタチばなシもナンですので、これカラゴイッしょに、チョウしょくをたベマしょう」

「ぅえ?」


 慌てるシュルシャなどお構い成しに、シノブは笑顔のまま提案する。


「クワシいオハナしは、そこデ」


 ……いけない。


 このまま話の流れに乗っては危険だと、シュルシャの狩猟民族としての本能が警鐘を成らす。


「お、お誘いは嬉しいけど、今はちょっと持ち合わせが……」


 最早、シュルシャには真っ直ぐにシノブの目を見る事ができない。

 出てくる台詞も、早々にこの場から立ち去りたと言う想いが透けて見える。


「ごアンシンを、ワタシがおツクリしますから」

「え、本当かニャ?」


 パッと、シュルシャの表情が期待に晴れる。


 〈黒羽〉のマスターであるソーヤの印象が強烈な為、知る者は余り多くはないが、シノブの作る料理もまた、知る者達の間では高い人気を誇っている。

 豪快さと繊細さとを絶妙のバランスで併せ持つのがソーヤの料理ならば、彼女の料理はただ一重に、繊細さに特化した料理である。


 前日の晩に酒と肉料理を食し、町中を走り回って疲れた身体と胃を抱えた徹夜明けのシュルシャには、その誘いは随分と魅力的――いや、魅惑的にすら感じられた。


「あっ――い、いやでも。今日はもう流石に疲れたから、朝ご飯食べたら直ぐに寝ちゃおっかニャ~……なんて思ったりぃ……」


 だがしかし、そう安々と誘いに乗る訳にはいかない。

 シュルシャは直ぐ様考えを改め、その提案をやんわり回避しようとする。


 だが――


「ソレなら、ごアンシンを」


 そう言って、シノブは先程よりも軽くユックリと、シュルシャの両肩に手を乗せた。


「おハナシを、キチンとキくまでは――」


 何時もより温和で優しく、それでいて何処か底冷えする笑顔を浮かべたまま、目の前のシュルシャにこう告げる。


「“ネかせませんカラ”」

「……」


 ……ああ。この人は本当に、レイドの事となると見境がなく成るんだなぁ。


 ――と、目の前で笑う彼女とは対照的に、目から光の失せてしまったシュルシャは、改めてそう感じるのであった。


その日の朝早く、どこからともなくネコの悲鳴が聞こえてきたとかナンとか・・・。

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