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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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???「させない!」


 ◆◆◆


 レイドとシュルシャ、互いの距離が完全になく成ろうとした――正にその時。


 ガタンッ


 突如、荷台の奥から何かがぶつかる音が響く。


「「ッッ!!!!」」


 瞬間、未だ抱き合ったままの両者の体が宙に浮く。


 奇妙に長く感じられた滞空の後、地に足が着くと同時に背後を確認するレイドだが、元から積んであった積荷が崩れたりなど、別段変わった処は見受けられなかった。


「なぁ、今物音が――」


 「しなかったか?」と聞きながら、シュルシャに視線を戻すレイドだったが、彼女の顔を見た瞬間、一目でその様子がおかしい事に気が付く。


「お、おい。どうした?」


 先程まで閉じられていた瞳は見開かれ、その視線は高速で周囲を泳ぎ回っている。血の気が失せた顔色は蒼白で、額からはまるで滝の様に冷や汗が流れ落ち、頭の上の三角耳は、今にも千切れてしまうのではと思える程の勢いでクルクルとその向きを変えている。


「ニ……」

「あ?」


 すると――


「ニョハァ~~~~~ッ!!」

「うぉ!?」


 突然、今迄聞いた事のない奇声を上げると、次の瞬間にはまるで軟体動物を思わせる動きでもって、シュルシャは瞬く間にレイドの腕の中から滑り出た。


「気持ちワルッ! なんだよイキナリ?」

「え、ええ!? な、何がだニャ? シ、シュルシャは何の事だかまっっったく分からないニャ~~~~?」


 シュルシャの突然の奇行にたじろぎ、何があったのか訊ねるレイドだが、それに対し彼女はあからさまな白を切る。

 その態度は余ほどショックな事でも在ったのか、挙動が不審過ぎて逆に隠す気があるのかと疑う程である。


「いやお前、何かって今――」

「ニャーーー!! 何もない! 何もないニャーー!」


 シュルシャはレイドの台詞を遮ると、それに続けて怒涛の如く言葉を募る。


「シ、シュルシャは只、レイドに金目ウチの自走輪を使うよう勧めて、ついでに見送り来て別れの挨拶をしただけニャ! それだけニャ! それ以外でも以下でもないニャ! 良いニャ!?」

「あ、はい」

「よしッ! じゃあもうシュルシャは行くニャ。道中気を付けてニャ。ばいニャー!」

「え、ちょ、おい――!」


 相手を言いくるめるというよりは、強引に押し切る形で会話を打ち切ると、シュルシャは彼女にしては珍しい機敏な動きでもって荷台から飛び出し、相手の答えも聞かぬ間に荷台の扉を閉じてしまう。


 そのまま素早く扉に閂を掛けると、シュルシャは自走輪の前方に在る運転室に向かい、分厚い鋼板が貼り付けられた扉をガンガンと叩く。

 すると、自分の頭より高い位置にある窓が開き、中から顔に硬いシワを刻んだ壮年の男が顔を覗かせた。


「おっちゃん。もう出発して良いニャよ!」

「なんだシュルちゃん、もう良いのか? ご自慢の彼氏とは当分会えなくなるんだろ? もう少しユックリでも構わねーんだぜ。あんまり早く出発しても怪しまれるからな」

「べ、別にレイドは彼氏って訳じゃないニャ!」

「ありゃ、そうなのか。だったら尚の事、ツバ付けておいた方が良いんじゃねのか?」

「(そんなの、出来る事ならとっくにやってるわよ!)」


 ボソリと下を向いて漏らすその呟きが、頭上の男の耳に届く筈もなく。


「あン。どうした?」

「……別に、何でもないニャ」

「そうかい? 兎に角よ。男なんて奴はカミさんの目がなけりゃ、簡単に新しい“鞘”を作っちまうモンだ」

「おっちゃんみたいにかニャ?」

「ダーッハハハ! 俺の首にゃーもう母ちゃんの縄が掛けられてらー!」

「じゃあ、その前は?」

「多い時は片手の指じゃ足りなかったのは覚えてるぜ。ダーッハハハ!」

「はぁ……」


 言っている事はとても褒められたモノではないのだが、男の豪快さと気風の良い笑顔に因って、シュルシャの追求など霞も同然にあしらわれてしまう。

 “荒くれ”も多い〈黄金の瞳〉の受付を日々こなすシュルシャではあったが、この男の語る所謂“男の世界”と言う代物は、未だ彼女には理解し難い領域である。


「まぁ良いニャ。その件にはしっかり“保険”をかけてあるから大丈夫だニャ」

「お、そうなのかい? 流石に手回しが良いね。あの爺さんの肝入りなだけはある」

「そんな大層なもんじゃないニャ。ほら、いい加減もう出発するニャ。余り遅くなるとシュルシャがレイドに恨まれるニャ」

「おう。ンじゃそろそろ行くか。“積荷”はちゃんと届けっからよ。シュルちゃんは心配しないで良いぜ。大船に乗った気でいてくれや」

「あったりまえニャ。寧ろこの程度こなせなくちゃウチの職員失格ニャ」

「ダハハハ! ちげぇーねー!」


 そう言って男は運転室に引っ込むと、自走輪の心臓エンジンに火を灯す。


 ソレを合図にシュルシャがその場から離れると、途端、通常の自走輪を遥かに凌ぐ馬力を有した“古代機関”が、大型動物にも似た低い唸りを轟かせその活動を開始する。

 巨大で頑丈な車輪がユックリと動き出し、地面の敷石に挟まれた砂利は両者の間で更に細かく轢き潰される。

 車体を上下させず移動するその様は、全身を覆う無骨な鋼板も相まって、さながら巨大な鰐の如き威容を誇る。


 余談ではあるが――この〈黄金の瞳〉専用の自走輪は、その積荷の内容からこれまで数多くの盗賊や夜盗の襲撃を受けてきた経緯がある。

 しかし運用以来、積荷を奪われたといった報告は、未だかつて只の一件も挙げられてはいない。


 馬や牛といった従来の牽獣を使わない為、昼夜を問わず走り続け、牽獣を殺して動きを止める事も不可能。車体全体を鋼板で包んだ事に因り、矢が刺さらなければ火が点く心配もない。従来の弱点であった車輪にも、分厚い車輪盾ホイールガードが当てられる念の入れよう。

 そして何より驚異的な物が、ソレだけの装備を身に纏い、更にそこに幾つもの積荷を乗せているにも関わらず、それでも尚その車体を動かせるだけの動力を産み出す大出力の“古代機関”である。


 こうなってしまうと、最早盗賊たちの使う寄せ集めの装備など歯牙にすら掛ける事はない。下手に手を出そうものならば、返り討ちに合う事は目に見えている。

 そうしてこの自走輪には、その見た目と実績からか、関わった人間の間である一つの呼び名が定着した。


 通称――“難攻不落の〈巨大鰐クロコダイル〉”


 その“怪物”が、ユックリと町の出口へと近づいて行く。


 案の定、〈治安維持隊〉の隊員に呼び止められるも、遺跡発掘が盛んなこの町では、〈黄金の瞳〉専用の自走輪の出入など別段珍しいモノではない。

 未だ特別に検問が敷かれた様子もなく、積荷資料の簡単な閲覧のみを済ませると、〈治安維持隊〉は目視による積荷の確認も行なわないまま、比較的あっさりと〈巨大鰐〉を町の外へ解き放ってしまった。


 少々迂闊に思える対応だが、通常の検閲とは町から“出て行く物”よりも、“入ってくる物”に重点を置くきらいが在る。

 故に今回の様な対応も、別段珍しモノではない。“何時もの事”――そう言ってしまって差し支えなかった。




 ◆


 その後、舗装された街道を進み、〈巨大鰐〉は順調に町から遠ざかって行く。徐々に小さくなるその姿をシュルシャは一人、三階建ての屋根の上から眺めていた。


「さて、どうなる事やら……」


 その金色の双眸は、しっかりとレイドを乗せた自走輪を見詰めている。

 だが、腰に生えたその尻尾は、未だ不安げにフラリフラリと揺れていた。それが風に因るものでない事は、その上で静止している赤い三つ編みを見れば明白だろう。


 これまでの彼女は、レイドが父親の残した伝言の真相を確かめるよう、そう焚き付ける類の発言を繰り返してきた。


 幼い頃からの長い付き合いと、仕事柄、彼の“成果”の一端に関わり続けてきた彼女には、レイドが今の自分に不満を持っていないのと同様に、決して満足もしていないと言う事実にも気が付いていた。

 全力を出し切れず、どこかで必ず守りに入っている。そして、その守りの対象に自分が含まれいる事を、彼女は嬉しく想う反面、逆に負い目にも感じていたのだ。


 だからこそ、彼女はレイドがこの〈メルトス〉から出て、今よりも大きな事を成し遂げるであろうこの機会を、どうしても逃してもらいたくはなかったのである。


 その甲斐有ってか、それとも最初から促す必要などなかったのか。最終的にレイドは自らの意思でこの町から出る事を決意し、シュルシャはこうしてその背中を見送る事と成った。

 それは、間違いなく彼女の望んだ結果である。だが、そうして自らの望みが叶った処で、内心で渦巻く不安と心配を消す事はできない。いや、寧ろより大きくなったと言って良い。


 本当に望む事をして貰いたい。

 危険な事はしてほしくない。


 ただでさえ相反するこの想いに、折り合いを着ける事は難しい。それが、想い人の事と成れば尚更に。


 人柄か仕事柄か、又はその両方か、シュルシャの相手を見る眼はそれがどの様な人物であれ、憧れや差別、贔屓などと言った偏見で曇る事はない。

 そしてそれは、レイドに対しても同様である。客観的な視点であるのなら、彼女は恐らく彼がどの様な人間か、現在彼の最も近くに居る相方以上に良く知っている。

 彼女の金色の瞳は誰の姿も平等に映すが、その視線の先が最も多く向けられたのは、間違いなくレイド本人であるからだ。


 彼は決して完璧な人物ではない。寧ろ、シュルシャの眼から見れば足りないモノの方が多く感じられる。

 出来る事なら自分も彼に同伴し、その足らない部分を補いたい――だが、彼女はソレを選ばなかった。


 彼女にはこの町でやる役割が在り、同時にその役割に対する誇りも持っている。その役割を勝手に放棄して、この町を離れる訳にはいかない。

 それに彼女の望むその“席”には、今の処自分より適した人物が既に腰を下している。

 更にソレは、先程まで〈巨大鰐〉の操縦士と話していた、例の“心配事”の保険も兼ねているのだ。


 だが、やはり最悪の予想と言うものは、否や応にもその脳裏を駆け巡る。

 “もし、彼が無事に帰って来なければ”――レイドの実力を疑う訳ではないが、どうした処でその考えを払い退ける事は難しい。

 如何に対策を立て保険を掛けようと、相手の姿が自分の目の届かぬ所へ行ってしまう以上、その不安が尽きる事など決してないのだ。


 普段は(おくび)にも出さないシュルシャだが、レイドが遺跡に潜る様に成ってからというもの、その手の不安は一向に薄れる気配を見せない。

 実の処まだ幼い頃からずっと、彼女はその想いに苛まれ続けてきた――其処に訪れたのが今回の一件である。


 レイドの父親が残した伝言から、今回の旅がかつてないほど危険で、また時間の掛かるモノである事が解る。

 お陰で彼女は、その胸にいつも以上の大きな不安を抱える羽目に成った。


 常に気を張っていなければ、直ぐに思考が悪い方へと傾き、身体が震え出してしまいそうな程の不安感。それは最早、“恐怖”と言って差し支えない。

 だが、先程レイドに抱き締められた瞬間、その恐怖にも似た不安感は、もの凄い勢いでその姿を消してしまった。


 子供の頃以来の抱擁。

 酷く懐かしく、驚く程新鮮な感覚。

 女性である自分とは違う、厚い胸板と広い肩幅。

 男性特有の強い鼓動とその匂い。

 そして、自分の身体より熱い体温。


 自分から、しかも冗談半分に求めたにも関わらず、何ら躊躇なく自分に覆い被さって来たレイドに酷く動揺したシュルシャだったが、直後、自身の内に雪崩れ込む様にして訪れた安堵感に、彼女は瞬く間に虜となった。


 只でさえ不安で弱っていた彼女の心に、その感覚は些か衝撃に過ぎた。

 体の芯を凍らせる様な不安と言う名の氷塊が、小さな温もりでゆっくり溶かされるのではなく、突如流し込まれた熱い溶岩マグマによって瞬く間に蒸発させられたのだ。

 年若く、また恋愛経験の疎い彼女に、その衝撃に抗える術など有ろう筈もない。その時点での彼女は、完全に“タガ”が外れた状態だった。


「う~~む……」


 三階建ての屋根の上、シュルシャは気恥ずかし気に耳の付け根をかく。


「らしくなかったニャ~~」


 “その場の勢い”――とは何とも恐ろしいモノで、大抵の場合、人生においての“後悔”と言う言葉の意味を痛感させられる。今回の件は、正にその典型と言えよう。

 詳しく思い出そうとすると、顔から火が出る想をする事は火を見るより明らかなので避けるが、また随分と恥かしい台詞を口走ったものである。


「あう~~……」


 今更ながらに苦悩と羞恥で頭を抱えるシュルシャだが、あの時の彼女は完全に前後不覚。

 もしもあのまま、何の邪魔も入らずにいたらどう成っていたのかと考えると、今にも全身の血が沸騰し、頭から湯気が出る想いであった。

 少なくとも、自分自身の意思で止める事は、彼女にはまず間違いなく不可能だっただろう。


 結局の処、その一線は越えずに済んだ訳だが、ソレを残念に想う反面、“条約”を破らなかった事に安堵する自分も居た。


 心情としては極めて複雑ではあるが、それでも今回の一件はシュルシャ史上稀に見る“対象”との“大接近”である。

 ここ最近の停滞気味の関係が少しでも改善されたのなら、それだけでも彼女にとっては大きな成果と言って良い。

 再会した際の対応が今から少し怖くもあるが、決して関係が悪化した訳ではないだろう。


 成らば、今回はそれで良しとするべき。そう彼女は自分を納得させ、それ以上の思考を打ち切った。


 しかし――


「……やっぱり、少し勿体無かったような気も――」

「なにガ、もったいナイ、のデスか?」

「ウッニャーーーーー!!」


 耳に息が掛かる程の距離から突如声を掛けられ、シュルシャの体がバネ仕掛けの如く跳ね上がる。

 着地に失敗し、バランスを崩した体が屋根の傾斜を滑る。


「チョッ、危なッ! 落ちる落ちる!」


 咄嗟に両手の爪を屋根板へと突き立て、ギィィーという耳触りな音を発てながら屋根の縁ギリギリで何とか滑落を食い止めた。


「ヒー、ヒー」


 まるで本物のネコの様に元居た頂上まで駆け上がると、彼女は成る丈身を低くし、ホッと安堵の息を漏らす。

 そうして一段落着いた後、シュルシャは自分に声を掛けてきた人物に、恨みの篭もった視線を向けた。


「この高さでの脅かしっこはなしだニャ~」

「フフ、スミマせん。メズラしくかんがえゴトを、していたヨウなので、すこしイタズら、したくなりマシタ」


 相手は特に気にする風もなく、口に手を当てクスクスと笑っている。


「悪戯で殺されたら堪らないニャ」

「ダイジョウブです。わたし、シュルシャさんのコトを、シンジてますカラ」

「それはそれで嫌な信用のされかただニャ」


 其処に立っていたのは、〈メルトス〉で一番の人気を誇る酒場に従事するウェイトレスであり、同時にこの町で唯一レイドと同じ黒瞳黒髪を持つ女性。


 但しその姿は、何時もの淡色を基調とした“着物姿”ではなく、機動性を重視した構造。そして、朝陽が作る影に溶け込むような黒の装束を身に纏っていた。

 他にはない特徴的な瞳と髪の色をしているのだが、そのいつもと違う姿と立ち振る舞いから、一見全くの別人の様に見えてしまう。


黒い瞳。黒い髪。黒い装束。一体何者なんだー(棒

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