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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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3

  ◇


 そこは、それまでいた地下遺跡とは違い、煩い程の喧騒で満ちていた。


 年齢、体格、性別、種族問わず、多くの人々が忙しなく行き交い、幾つもの言語や騒音が耳を打ち、様々な体臭や香水の混じった独特の匂いが鼻をつく。

 眼にも耳にも鼻にも喧しい空間だが、こういった雰囲気は嫌いじゃない。まぁ好って訳でもないんだが、この場に居る連中は皆俺のように、遺跡で一山当てようと考えている“同好の士”でもある。

 要は全員ライバルという名の商売敵な訳だが、同時にお互いの間に妙な仲間意識が芽生えてしまうのも、まぁ仕方のないことだろう。


 今の俺は、そんな騒々しいのにどこか落ち着く、そういった場所に立っていた……ずぶ濡れで。


 目の前に垂れ下がった黒髪の先端からは、丸い雫がポタリポタリと滴り落ちている。

 髪だけじゃない。全身から滴る水滴は足下の床を黒く染め、俺を中心に小さな水溜りまで作り上げていた。


「――つまり、崖の下には川が流れてて、その川に落ちたお陰で事なきを得た、と」

「……ああ」


 例の遺跡から命からがら逃げ出し、その先の断崖絶壁から予期せぬ身投げを強いられた俺達は、そのまま下に流れる河へと落下。

 奇跡的に無傷で済んだは良いものの、その河の流れが意外に早く、随分と下流の方にまで流されてしまったのだ。

 だた、そのまま泳ぎ疲れて溺れる前に海ではなく、元居た町へと帰ってこれたのは、まぁ不幸中の幸いと言って良いだろう。


「ニャるほどぉ~……ニャーハハハハハハハハ!!」


 俺からの説明を聞き終えた褐色赤毛のネコ耳娘が、突如腹を抱えて笑い出した。


「ニャーハハハハハ!」

「……」

「ニャハハ! ニャハハハ!」

「……」

「ニャーーハハハハハハハ!!」

「笑い過ぎだッ!」


 ドンッ


 その爆笑っぷりに腹が立ち、目の前のカウンターに固めた拳を振り下ろす。

 もし俺とこのネコ娘の間が鉄格子で隔たれていなければ、今すぐにでもその襟首引っ掴んで宙吊りにしてやっている処だ。


「コッチは危うく死に掛けたんだぞ! なのに労いの言葉もなくイキナリ爆笑たーどうゆう……は、は……ブァッックショーーイ!!」

「ウニャッ!? 汚なッ!」

「ンあぁー、チクショウ」


(寒い。やっぱ着替えてから来るべきだったか)


 最近は気温が上がってきたから大丈夫だと思ったのだが、やっぱり川の水はまだまだ冷たい。

 早々に家に帰って濡れた服を着替えたいのだが、此処での用事が済むまでは帰りたくとも帰れない。


「ばっちぃニャー。いやー悪かったニャ、笑ったりして。でも相変わらず退屈しない生活おくってるニャ。シュルシャは羨ましい限りだニャ」

「んな訳在るか! お前も百匹単位の大蟹に追われてみろ、それでもその考えが変わらなかったら褒めてやる!」

「ニャハハ、それは遠慮するかニャ~」

「ったく……」


 この人を小馬鹿にしたような態度のネコ耳娘――名前は〈ル・シュルシャ〉


 〈ルラール〉と言う種族の雌で、猫のような耳と尻尾とヒゲ、それと体の所々に生えた短い体毛が特徴的な“獣人アルマー”だ。

 見た目は愛嬌が在って可愛らしいとは思うのだが、この性格のせいで俺はコイツの頭を“撫でる”より“殴る”を優先しがちになる。


 目の色は金色。肌は褐色で体毛は赤。腰まで届く長髪を三つ編みで束ねているので、腰からだけじゃなく後頭部からも尻尾が生えている様に見える。

 年齢は知らん、というか余り気にした事がない。多分俺と同じ位だとは思うのだが、種族によっては外見なんて年齢の判別材料には成らんからな。


 ――因みに、俺の年齢は十六だ。


 〈ルラール〉たち獣人は住んでいる地域や場所、気候によってそれぞれ肌や体毛の色が異なる。

 体格は俺たち“常人ノーマー”とほぼ変わらないのだが、身体能力は俺たち常人よりも高く、幾つかの感覚器官も優れている場合が殆どだ。

 だが実は俺、このネコ娘が飛んだり跳ねたり走ったり、そういった現場を目撃したことが一度もない。


 いつも此処にこうして座っているか、或いは飯を食っているか昼寝をしている姿しか拝んだ事がないので、実際にコイツの身体能力が常人を上回っているかどうか、比較検討の余地がないのだ。

 なので、もしかしたらコイツが〈ルラール〉と言うのはあくまで人の噂で、頭の上に生えているネコ耳や腰の尻尾も、実はただの飾りである可能性がある。


 ――と、言うのは流石には冗談で、コイツが動かないのはあくまでコイツの性格が怠け者だって言うだけの話だろう。


「ニャ……レイド、今何か失礼なこと考えてなかったかニャ?」

「カンガエテナイヨー」

「うわ、うっさん臭いニャ~」

「うるせーな。つかお前のその「ニャ~」も十分胡散臭ぇよ。いい加減普通に喋れ」

「嫌ニャ」

「何で?」

「こうして喋った方がカワイイからだニャ。ニャンニャン♪」

「ヨシッ! お前ちょっとコッチ来い!! 今すぐそのヒゲ毟り取ってやる!!」

「ニャハハ! そんな事されたら真っ直ぐ歩けなく成るからお断りニャ~」

「クッ! このッ!」


 鉄格子の間から必死にシュルシャに向け腕を伸ばすも、俺の手は相手に届かず虚しく空を切るばかり。

 しかも、俺の手の届かないギリギリの位置に顔を置くあたり、コイツの性根の悪さが伺える。


「さて、と。それじゃあそろそろ漫才はお開きにして、仕事の話に移っても良いかニャ?」

「オ・マ・エ、が振ったんだろうが!」

「それで、その石棺の中から見付けた今回の“発掘品”って何ニャ?」


(コイツ! あっさりスルーしくさって!)


「……お前、後で覚えとけよ。ほれ、コレだ」


 俺は今回の遺跡発掘の“戦利品”――あの石棺の中で発見した“お宝”を、ズボンのポケットから取り出した。


「刮目せよ! コレこそが今回、俺とフールが一週間と言う長き時間を賭して手に入れた、世にも貴重なお宝である!」


 そう多少大げさに言って胸を張り、取り出した“ソレ”をシュルシャの手に乗せてやる。


「こ、これはまた……ニャん、とも……」


 “ソレ”を手渡されたシュルシャの顔が、何とも微妙なモノに成った。まぁ無理も無い。

 よって俺は、まだ良く分かっていないであろうこのネコ娘に、懇切丁寧にこのお宝の価値を説明してやる事にした。我ながら紳士である。


「どうだ? 中々見事な“大判メダル”だろう」

「……“大判”と言うより“小判コイン”ニャね」

「ヌ……よ、良く見てみろ、表面には何とも見事な“装飾”が」

「掠れてて、只の凹凸にしか見えないニャ」

「ヌグ……ざ、“材質”が、き、希少価値の高い金属で」


 ペロ……


「これ、只の銅ニャけど」


(舐めて判るのかよ!?)


「ヌググゥ……! し、しかし! 古い物で在ることに代わりはない! こ、“骨董”としての価値なら其れなりに――」

「どう見ても二束三文ニャ、本当にありがとうございニャした」

「お前は猫の皮を被った悪魔か!? 人の一週間分の苦労と努力を全否定して楽しいのか!? しまいにゃ泣くぞ!!」


 ――と言うか既に半分涙目である。


 いや、実の処、薄々勘付いてはいたのだ。あれだけ厳重に隠されていた石棺の中に、こんな小さくて薄汚いメダルが一枚のみ。

 初め見た時はその光景に思考が停止しかけたが、それ以降はどう考えたっておかしいと思った。


(ああ思ったさ! 思ったとも! でもな、“一週間”だぞ“一週間”!!)


 その間あんな暗い場所に篭りきりで、結果得られる報酬が二束三文……正直、遺跡で蟹に追い詰められた時以上に精神ダメージがでかい。

 そして何より、我が家の経済ダメージが深刻だ。赤字どころの話じゃない、“大”赤字だ。塩と水だけの生活から遠ざかる処か、それ目掛けて順調に邁進している状況である……。


(現実なんて……知りたくなかった……)


「……なぁ、チョットだけでも色付かねぇか? もう数週どころか数日単位でピンチなんだが」

「そう言われてもニャー、“ウチ”は過程よりも結果重視ニャ。相手の苦労に応じて報酬変えてたら、他の発掘者に示しが付かないニャ」

「だよなぁ~……ハァ~……」


 ガックリと肩を落とす。


 少しは報酬が増えないモノかと交渉してみるも、此方の要望はあえなく切って捨てられる。

 まぁコレに関しては、シュルシャの奴も絶対に折れたりしないだろう。端から分かっていた事なので、俺も無理に粘ったりはしない。

 コイツの言分は理に適ってるし、訪れる客全てを平等に扱うのがコイツの仕事だ。寧ろソレが出来ない奴が、目の前の“受付”に座っていて良い筈がない。


「それで、どうするニャ? 買い取るならこの値に成るけども」


 パチパチと幾つかの玉が弾かれた算盤そろばんが差し出される。

 それを見てもう二~三桁上の玉を弾き上げたい衝動に駆られるが、そんな真似をした処で無駄に虚しくなるだけだ。

 非常に遺憾では在るが、いいかげん現実逃避も限界である。事実を受け止め、せめて明るい未来を模索しよう。


(既にお先真っ暗な気がしないでもないが……)


「……いや、今回はパスだ。他の買い手を探してみるわ」

「“他”って……発掘品は全部“ウチ”に卸して貰わないと困るのニャ~」

「そう言うなよ。買い手が見付からなきゃ、どうせ“ココ”に持って来ることに成るんだし」

「そういう問題じゃないんだけど……」


 そう言いつつも、シュルシャは素直に俺にコインを返してくれる。


 コイツの言う通り、本来であれば遺跡での発掘品は、全て“ココ”に卸す決まりに成っている。

 だがしかし、そんな決まりに素直に従っているのは、発掘者全体の半分も居れば良い方だ。


(それに、ここ最近で物価も随分と上がったからなぁ)


 コッチも生活が懸かっているのだ。手に入れた物は少しでも値を高くさばかなければ、日々の暮らしが立ち行かなく成る。

 そんな発掘者側の事情もシュルシャの奴は理解しているので、こうしていつも出来る範囲で“見てない”“聞いてない”を装ってくれる……もちろん、“平等”にだ。


 何も決められた事をこなすだけが仕事ではない。“客”と“店”、互いの良好関係を維持する為には、こうした融通を利かせる事もまた仕事の内だ。

 コイツはそれが良く判っているので、客側からの評判は割と良い。店側からはどうか知らないが、そう悪い評価は受けていないだろう。

 なので実の所、俺も含め多くの発掘者がコイツに対して頭が上がらなかったりする。簡単な頼みごと程度なら、きっと誰も断れないだろう。


(つっても、調子に乗ると痛い目に合うがな)


 今の説明だけだと、シュルシャは客側に随分と寛容――つまり“規則に甘い”印象を受けるが、それはあくまでも“出来る範囲”での話だ。

 少し反れる程度なら見逃してくれるが、大幅に規則から逸脱した行為や、あからさまな違反、もしくは無視したりする奴が居ようモノなら、コイツはそれこそ決まりに沿って問答無用で刑罰を執行する。

 前に、俺の知り合いが馬鹿をやらかしてシュルシャの奴に目を付けられた事が在ったのだが、アレはもう見せしめの類だった。


(あの時は“法”ってモノの恐さを様々と見せ付けられたからな。くわばら、くわばら)


「じゃあな。手間取らせて悪かった」

「ああレイド。ちょっと待つニャ」

「ん?」


 用件が済んだのでこの場から離れようとしたのだが、何故かシュルシャの奴に呼び止められた。

 振り返ると、シュルシャは自分の後ろの棚から丸められた二本の羊皮紙を取り出し、それをカウンターの上に広げ始める。

 どうやら一つはこの辺り一帯の地図。もう一つは、さっきまで俺達の居たあの遺跡内部の地図らしい。

 デカイ組織の備品だけあって、中々どうして地図の内容は精密だ。そんじょそこらの安物とは、精度が一桁も二桁も違っている。


(どうせ値段の方も、市販の一桁も二桁も違うんだろうな)


「相っ変わらず良いモン使ってんな~」

「ニャ? 首吊る覚悟でお買い上げするかニャ?」

「……遠慮するわ」

「ま、賢明ニャね。……んで、レイドに聞きたい事が在るんだニャ」

「何だ?」

「さっき言ってた、崖から落ちた時に開けた“穴”。アレってどの辺りかニャ?」

「ああ、その事か」


 シュルシャのいう“穴”とは、ついさっき遺跡で俺達が崩した壁の事だ。

 そう言えば、その報告をまだしていなかった。コイツの側からしたら、ある意味それこそが一番重要な情報だろう。


(でもアレ、何処だったっけか?)


 取り合えず、俺は分かる範囲で地図の上を指差した。


「確か遺跡内は此処だ。この行き止まりの壁。それと遺跡の外は……あ~、多分この辺りだと思う」

「フムフム。ニャるほど」

「言っとくが、外の位置に関しちゃ正確じゃないぞ。あくまでも“この辺り”だからな」


 遺跡内部の位置ならば、蟹の集団に追われた為トラウマレベルで覚えている。だが、遺跡の外だとアレがどの辺りなのか良く分からない。

 何せあの時の俺達は、断崖絶壁に挟まれた渓谷の中腹にイキナリ放り出されたのだ。

 直後に川へと落下したので命に別状はなかったものの、じっくり周りを観察している余裕など在る筈もない。

 つまり、正確な場所の把握など出来なかったし、する暇すらなかった訳だ。


「それは仕方ないニャ。詳細はコッチで確認するから、大まかな場所さえ判れば問題ないニャ」

「フーンさよけ。用はそれだけか?」

「そうニャ」

「じゃあもう行くぞ。とっとと着替えてーからな」

「ばいばいニャ。フール君とお幸せにニャ~」


 歩き出しかけた足がピタリと止まった。


「……おい、そりゃ一体どう言う意味だ?」

「そう言う意味ニャ。もういっそ二人でつがいに成れば良いニャ」

「成れるかドアホウッ!!」

「ニャハハハハハハ!」


(突然なんちゅー事を言い出すんだこのバカ猫は!?)


 もう帰ろう。コイツと話をしていると何故かいつも最後の辺りで大きな疲労感に襲われる。実は俺、コイツに何か吸い取られているのではなかろうか?

 今日は遺跡の一件でただでさえ疲れているのだ。経済面の苦境のため摂取困難な貴重なカロリーを、これ以上無駄に消費しては堪らない。


「レイド~!」

「今度は何だよ!?」

「楽しみに待ってるニャ~!」

「待たんでいいっ!! ったくぅ!」


 なんとも良い笑顔で手を振るネコ娘に背を向け、俺は足音を荒げながら早々にその場を立ち去った。


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