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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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いつも午後6時投稿だったけど、曜日も日曜に固定しようかな。


 ◇


「アタタ……ったく、あのバカ猫」


 〈黄金の瞳〉の客間の一室。来客用のベットの上に仰向けに成った俺は、鼻筋に残った鈍痛に顔を顰めていた。


「あー……」


 薄暗い部屋の中、天井の木目を見るともなしに見て、建物の外から入り込む外の喧騒を、聞くともなしに聞いている。

 身体は疲れている筈なのに、意識は未だに眠気の底に沈まない。顔の痛みも原因だろうが、それ以上に、さっきのシュルシャとのやり取りが、中々頭から離れない。目を瞑る度に脳内で再生され、折角やってきた睡魔を追い返してしまうのだ。


(何やってんだかねぇ、俺)


 シュルシャの奴が妙に人の事を持ち上げるモンだから、コッチも変に熱が入っちまった。

 だが、今は完全にその熱は引いている……お陰でさっきから軽い後悔に襲われっぱなしだ。


(いらんコト言い過ぎた)


 言い合いになった際、ただシュルシャの奴を説得さえすれば良かった。実際、俺の何度目かの台詞で、アイツは理解しないまでも納得はしていた筈だ。

 だが俺は、ソレが分かっていたにも関わらず、尚も言葉を続けてしまった。あそこまで行くともう説得じゃない、ありゃ只の愚痴だ。ンなもん突然聞かされた側からすれば、そりゃ頭にも来るだろう。

 だが俺は、その全てが間違いじゃないとも思っている。


 シュルシャはああ見えて、何処か俺のコトを過大評価している節がある。だがアイツがどう思っていようと、俺は発掘者の中じゃ只の小者だ。

 確かに俺は、目の前のデカいお宝をみすみす誰かにくれてやる程、業腹じゃない。でも、家族や今在る大切なモノを犠牲にする程、勇気がある訳でもない。そして、お宝と家族と大切なモノ、その全部をまとめて手に入れて守れる程、偉くもなければ凄くもないのだ。


 そんな俺に出来る事といえば、それは選択する事だけだ。そして俺は今回、お宝を諦めて大切なモノを守る事を選択した。その選択が間違っているとは思わない。俺は他人が言うよりは、自分の事を理解しているつもりだ。

 自分の立場、自分の能力、自分に出来る事、出来ない事。今回の決断は、それらを総合的に考えて出した、俺が最良と思える判断だ。

 だから俺は、この結論が間違っていないと断言できる……のだが――


(「言い訳ばっかりしやがって!」)

(「間違っていない事と正しい事は、決して同じではないんじゃぞ」)


 耳の奥に、さっきのシュルシャと爺さんの台詞が思い出された。

 どういう訳かさっきから、あの二人の言葉が耳の奥に棘の様に突き刺さり、しつこく何度も繰り返されるのだ。


「――ん?」


 そうしていつまでも眠れずにいると、部屋の扉が遠慮がちに叩かれる。もし寝ていたら、絶対に気が付かないであろう大きさのノックだ。


「ァ――」

「……よぉ」


 鳴らされたノックに返事はせず、寝床から出て直に部屋の扉を開けると、其処には俺の安眠妨害の元凶であるネコ娘が、所在無さげに突っ立っていた。

 俺がまだ起きているとは思わなかったんだろう、戸惑い気味の金色の瞳が、俺の視線から逃る様に宙を泳いでいる……つか、コイツも家に帰ってなかったのか。


「……入るか?」

「ニャ、ニャハハ~。それはちょっと危なそうだから止めとくかニャ~」

「そうか」


 全快とは言わないまでも、そう軽口を叩ける辺り多少は調子が戻ったんだろう。語尾も戻ってるし。


 一瞬ボソリと、“条約がなんたら~”なんて台詞が聞こえた気がしたが……一体何の事だか。


「「……」」


 ――さて。夜も遅い時間、若い男女が部屋の前で無言で向かい合っている訳だが、果たして何と声を掛けたら良いモノか。


「……悪かったな」

「ぇ――」


 だが、次に何を言うかを決める前に俺の口から出たのは、そんな謝罪の言葉だった。そして、一度その台詞を口にしてしまうと、其処から先の言葉に悩む必要はなかった。


「いや、あそこまで言う気はなかったんだ。アレじゃ只の愚痴だからな。しかも、何だかお前の事を責めるみたいに成っちまった……そりゃお前だって癪に障ったろ」

「……うん」

「まぁ、俺も内心はお前と同じだからな」

「シュルシャと、同じかニャ……?」

「ああ。あの伝言は、確かに親父が俺に残した物だし、ソレを他の誰かにくれてやるなんて冗談じゃねぇ。実際、あの全身鎧に襲われた時は、意地でも教えたくねぇと思ったしな」

「……レイドらしいニャ」

「そうか? でも、さっきの俺の決断は、それとは真逆になっちまったけどな。お前がいぶかしむのも無理ないとは思う……でもな、アレも考えた末の決断なんだよ」

「……」


 そこで、またもシュルシャの奴は俯いてしまう――が、今回は足癖を披露する気はないらしい。ただ黙ってコッチの話しに耳を傾けている。


「しかも、相手はそこらの発掘者や傭兵じゃねぇ、下手すりゃ国を敵に回すかもしれねぇんだ。俺一人なら兎も角、フールやお前、俺の近くに居る連中全員に危害が及ぶ可能性もある……考えてない様に見えて、俺も結構色々と考えてるんだぜ」

「……違うニャ」

「は? いや、ちゃんと考えてるって」

「そうじゃないニャ」


 俯いていた顔を上げると、シュルシャは今度は逃げることなく、真っ直な視線を俺の視線にぶつけてくる。普段は見られない――いや、今迄の長い付き合いで、一度も見た事もない様な真剣な表情。

 大きくて美しい金色の瞳に間近で見詰められた俺は、二の句が告げなくなる。


「……」

「レイドは勢い任せな処は在るけど、決して考えなしって訳じゃないニャ。フールやシノブ、シュルシャの事や〈黒羽〉のマスターの事。皆の事を大切に思っている事も、ちゃんと分かってるニャ」

「お、おう、そうか……どうしたんだイキナリ?」


 突然そんな風に言われると若干面映いというか……つか、いつもと様子が違って調子が狂うんだが。


「でも、あの時シュルシャが思っていたのは、そんな事じゃないニャ」


(“そんな事じゃない”?)


「コレはきっと、誰もレイドには言わないコトだニャ。フールも、〈黒羽〉のマスターもシノブも、ウチのジーチャンもミリーヤも、きっとレイドには言わないニャ。だからきっと、コレはシュルシャが言わなきゃいけないニャ」


 そう言って、更にグイッと俺との間を詰めてきた。

 大きく張り出した胸の先端がこっちの胸に触れそうになり、俺は気圧される様にして身を引いてしまう。


「お、おい」

「ねぇレイド、レイドはよくこう言ってるニャ。『相手の裏をかけ』――って」

「……まぁ、親父からの教訓みたいなモンだからな」


 正確には裏を“かけ”ではなく、裏を“読め”なんだが。


「それなら教えてほしいニャ。レイドは、“自分”の裏には気付いてるのかニャ?」

「あン?」


(何だそりゃ)


 自分は自分だろうに。そこには裏も表もないと思うが。


 確かに場合によっては、俺だって本音と建前を使い別ける事は在る。だがそれは、あくまでも俺自身の考えであって、それがまるで他人の頭の中の様に分からない――なんて事は有り得ない。

 大体、この場合の“裏”って言うのは所謂、“隠し事”や“嘘”の類だ。なので今のシュルシャの言い方だと、『自分自身に対しての“隠し事”や“嘘”に気が付いているのか』――と言う意味に成るんだが……訳が分からん。


 一体どうすれば、自分に対して隠し事や嘘が吐けると言うのか。


「そりゃ、自分の裏くらい誰だって分かるだろ」


 そもそも、自分の本音が分かっていなければ、建前なんて作れる筈がない。


「なら、ジーチャンとの話し合いの後、レイドは之からどうしたいって思ったニャ?」

「だからさっきも言った通り、今回は素直に手を引いて――」

「違うニャ。そうじゃないニャ」

「何だよさっきから。似合わない言い回ししやがって。何が違うんだよ?」


 はっきりしないシュルシャの態度に、徐々に苛々が募る。


 基本コイツは裏表のない性格で、その発言も真っ直ぐだ。俺との付き合いもかなり長いから、考えている事も他の奴より分かりやすい。それでもたまに、何を考えているのか全く分からん時もあるが、そういう場合は本人すら何も考えていない場合が殆どだ……ンなもん分かるか。


 なので、いつもならコイツの考えている事なんて手に取る様に――ってのは大袈裟かもしれんが、大概の事は理解できた。

 にも関わらず、さっきからコイツと交わしている会話では、俺にはコイツが何を言いたいのかが全く理解できん。


 いつもとは違う表情。いつもとは違う距離。いつもとは違う声色。茶化すのではなく、からかう訳でもない。

 今迄の長い付き合いの中で、一度として見る事のなかったその態度から、まるで別人の様な印象を受け、俺の中でコイツに対する判断の基準が揺らいでしまう。


「ソレは、レイドが周りの事を考えて出した答えだニャ」

「だからそうだって何度も言ってるだろぉが! 本当に何が言いたいんだよお前は!?」

「そんなのシュルシャにだってわかんない!!」

「ンな――!?」


 余りにはっきりしない態度にいい加減辟易し、本気で文句を言ってやろうかと思った処で、俺より先にシュルシャの奴が爆発した。


「何て言って良いか分かんないけど、でも……レイドには何も考えて貰いたくない!!」

「はぁー!?」


 これまでで最も訳の分からん事を言われ、俺のコイツに対する理解が裸足で逃げ出そうとする――が、縋り付く様なシュルシャの視線と、実際に俺の胸元を掴むシュルシャの手が、その逃走を引き止めた。


「フールも私も関係ない! 周りの事なんか関係ない! 私はレイドに――!!」

「……」

「感じた事を、してもらいたい………ニャ」


 そうして言いたい事を言い切ったのか、シュルシャは力を抜く様に胸元を掴んだ手を離すと、再び顔を俯かせてしまう。


「……ゴメン。ホントは、さっき蹴っちゃったコト、謝ろうと思っただけだったのニャ」


 詰め寄ってきた時と違い、今度はゆっくりと俺から距離を取ると、シュルシャはそのまま俺に背中を向け、トボトボといった足取りで廊下の角へと姿を消してしまった。


 途中、肩を落とし、尻尾も耳もうな垂れたその背中に声を掛けようとしたが、今迄見た事もないシュルシャの態度に完全に調子を崩された俺には、掛ける言葉が一つも思い浮ばなかった。

 結局、喉の奥に篭るモノを吐き出せないまま、俺は角の向こうに消えるシュルシャの姿を、ただ黙って見送ってしまう。


「……たく」


 そうして、扉の前に取り残された俺は部屋の中に戻ると、ベットの上に再び横に成る。我が家の寝床と比べ、考えられない量の空気を含んだマットが、窮屈そうに俺の体を受け止める。


「何だよ……クソ」


 ソレは、一体誰に向けた愚痴だったのか。


 扉の向こうにシュルシャの姿を確認した時、俺はその時点で心の平穏が戻るモノと勝手に期待した。

 互いに言いたい事を言い、伝えたい事を伝えれば、付き合いの長い俺とアイツの仲なら、上手い事この内心に居座った良く分からん蟠りを、綺麗に払拭できると思ったのだが……その結果がこの有様だ。


 シュルシャと俺、互いに言いたい事を言い合ったにも関わらず、内心の蟠りはそのなりを潜める処か、より一層デカくなって俺の胃袋を重くする。しかもコイツは、人の内側でデカくなるだけなっておいて、未だにその姿をハッキリとは現さないのだ。

 お陰で、頭の内側からコイツを追い出す目途が一向に立たない。俺の深夜の精神状態は、悪化の一途を辿っている。


 顔を蹴られた痛みはいつの間にかなくなったが、たぶん今日はもう、日の出までに俺の下に睡魔がやって来る事はないだろう。


「あ゛~~」


 頭を掻きながら上体を起こす。身体は休息を求めているものの、このままベットの上で悶々としていたら逆に疲れが溜まる。だったらいっそ、徹夜してしまった方が気が楽だ。


 なので、ソレならソレで気晴らしにと、コッチの気苦労など気にも留めず、隣の部屋で暢気に熟睡しているであろうフールの奴に、どうにか夢の中でその苦労の一端でも味わって頂けないものかと画策する……取り合えず、耳元で『マスターの入浴シーン』とでも延々囁いてやろう。


(スマンな。しかし、コレも俺の相方としての宿命よ)


 喜びも苦しみもお互いに分かち合ってこそ、真のパートナーと言うモノではなかろうか……まぁ、その“苦しみ”に“寝不足”が含まれるかは微妙な処だが。


「さてさて、それでは――」


 早速、夢の中に居るであろう我が家の働きアリ君に、俺の下らない気晴らしの犠牲になって頂こうかと、ベットから腰を上げようとした処で――直ぐ横の机に置いたままの短剣に目が留まった。


「……」


 上げかけた腰を下ろし、暗い室内でもハッキリと分かる漆黒の短剣に手を伸ばす。持ち上げた短剣の鞘に視線を落とすが、流石にその表面に掘られた模様までは、闇に隠れて見る事ができない。


 模様を確認するだけなら、直ぐ傍にある“否火灯”に明かりを灯せば良いだけなんだが、何となくこのまま闇の中に居たかった俺は、持ったままの鞘の表面に指を這わせる。

 その手触りだけでも、鞘の片面にだけ彫られた五つの花と、短剣の全体を覆うよう無数に掘り込まれた鱗状の模様が確認できる。


 すると、鱗模様の上で指を滑らせた時、柄から先端にかけてと、先端から柄にかけての手触りが違う事に気が付く。先端から柄にかけて指を滑らせると、妙なザラ付きが指の滑りを邪魔するのだ。どうやら、彫られた菱形の一つ一つに若干の角度が付けられていて、それが“返し”の様に成っているらしい。


(なんか、本当にトカゲや蛇の鱗みたいだな)


 なんて感想を抱きつつ、そのまま短剣の柄を握る。握るだけだ、鞘から抜いたりはしない。


「よお……起きてるか」

『起きとるよ』


 俺の呼び掛けに、手に持った漆黒の短剣――ハムの奴は即座に応じた。


 頭の中に直接響くその声に、まだ若干の違和感を感じるものの、逆に若干の違和感しか感じない自分に最大の違和感を感じた……まぁ多分これが普通なんだろう。うん、俺は普通だ。


『寧ろ、ここ数千年間は寝た記憶がないのう』


 なんて、さっそく人外ならでわの答えが返ってきた。


「数千年――って、じゃあそれ以前は?」

『実は良ぉ覚えておらん』

「覚えてねぇのかよ」


 しかし、何千年も昔の事を思い出せってのは、流石に無理がある……のか?


『まぁ何じゃ。之だけ長いこと存在しておるとな、自分がいつ起きておるのか、夢を見

ておるのかが判らなくなるんじゃよ』

「おい。ソレは流石に不味くねぇか?」

『いんや、特に問題はないぞ。夢か現か判らんのなら、夢でも現でも同じ様に振舞えば良いだけじゃよ』

「……」


 本当にコイツは、人の持っている尺じゃ計り切れんとつくづく思う……なんかもう、色々と超越していやがる。


「……そうか。じゃあ俺もあと数千年生きたら、今の言葉を参考にさせて貰うわ」

『ウム。先人の言を謙虚に拝するのは良き事じゃ。謹んで今後の人生の糧にするがよい。文化とは、そうやって受け継がれるモノじゃからの』


 ――かと思えば、こうして壮大にして偉そうに、人間臭い事も言う。


 だが俺は、コイツと在りもしない今後の人生設計を話し合う為に、こんな深夜に声を掛けた訳じゃない……つか、受け継ぐかンなモン。


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