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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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「もしかして……“武器”?」


 ここで漸く、シュルシャもお宝の正体に感づいたらしい。


「ホッホッホ」


 隣の爺さんが嬉しそうに笑い出す。


「仮に“武器”その物じゃなくても、“武器利用”が可能なモノ」

「しかも国軍のトップが自ら動くとなると、十人や二十人に怪我をさせる程度の物じゃない」


 俺とシュルシャが交互に互いの意見を喋り出す。


「兵隊の千人や万人相手でもやり合える、“兵器”クラスの代物の可能性が高い」

「もしそうなら、情報が漏れても何も問題なんかない。それ所か、逆に自分達の有利に成る」

「相手が強力な武器を持ってると分かっていれば、そう簡単に手を出すバカはそうは居ないからな」

「じゃあアイツ等の本当の狙いは、ただお宝を手に入れる為だけじゃなく」

「大方、強大な武力を手にした事による他国に対する“牽制”――って処だろうな」


 それなら情報の“秘匿性”は失われても、“優位性”が失われる事はない。

 寧ろ、自分だけがその兵器を独占していると言う事実を内外に広める事で、その“優位性”を更に高める事が出来る。

 そうすれば、今迄機密だった情報から得られる“利益”は、“只の利益”には留まらない。それこそ、ソレは“圧倒的な利益”にまで膨れ上がるだろう。


「成るほど、そう言う事か」


 うんうんと関心した様に頷いているシュルシャに一言――


「おい、シュルシャ」

「ん、何?」

「語尾」

「あ、な、成る程“ニャ~”! そう言う事だったんだ“ニャ~”!」


 慌てた様子で例の語尾を付け足すネコ娘だが……何がコイツをそうさせるんだか。


「どうだ、爺さん」

「ウム。ワシも大凡おおよその予想は同じじゃよ」


(“大凡”……ね)


 どうやらこの爺さんは、現時点で判明している情報から、俺たちが出した予測以上のモノを掴んでいるらしい。

 だがまぁ、それはあくまで爺さんの“立場”ってモノも在る。既にスタートの時点から、この爺さんは俺たちより遥か前方に立っているのだ。

 それを踏まえた上で、俺たちの予測した答は及第点――と、爺さんは判断したんだろう。


「じゃがなイセア、一つ聞いても良いかの」

「何だよ」

「何故、彼奴の最終的な狙いが“牽制”――つまり“抑止力”だと思うんじゃ?」

「何故って……」

「アレッシオが“光の花”を只の“抑止力”としてだけではなく、隣国への侵攻――すなわち“侵略”に利用するとは思わんのか?」

「いやいや爺さん、ソレは流石に在り得ないだろ」


 俺達の暮らす〈レムンレクマ王国〉は、大陸の西端に有る。そしてその方々を、広い海と険しい山脈に囲まれている。

 特に隣国と国境を接している東側には、広大な山脈地帯が南部から北部にかけて横たわっている為、西方東方どちらの国にとっても、守るに易く攻めるに難い地形に成っているのだ。要は、天然の城壁だ。

 もし無理矢理にでも軍隊を行軍させようものなら、その道程で多くの兵が脱落し、敵側の関に辿り着く頃には、既に隊全体が満身創痍と言った状態に陥る。


 幾ら強力な兵器を持っていようと、戦争の基本は兵士の数だ。そしてこの国は、他の国に比べ圧倒的に人口が少ない。

 近年の移民受け入れと遺跡発掘事業によって、その数は順調に増加の一途を辿ってはいるものの、単純に人口を増やした処でその全てが国軍に入隊する訳じゃない。

 当然、緊急の際には半強制的に徴集される場合もあるが、そういう連中は所詮は“烏合の集”……前線で使い潰しにされるのが落ちだ。


 そして戦いとは、攻めるより守る方が圧倒的に有利。だから、兵士の数が少ない軍が戦争で勝利するには、防衛戦が主流となる。

 無論、実戦では不足の事態と言うものが腐る程存在するので、実際には少数が多勢に攻め込んだ場合でも、状況に応じては勝利する可能性も十分に在り得る。だがソレも、結局は行動の選択肢が多ければの話だ。

 長く険しい山道を進軍し、疲弊しきった兵では十全に動く事も侭ならず、満足に舗装もされていない限られた道筋では、行動が極端に制限されてしまう。そんな状況下では、相手に勝つ事なんて不可能に近い。


 だからこそこの国は、建国以来どこの国の侵略も受け付けず、又どこの国に侵攻する事もなかったのだ。


 それにこの国には、未だ広大で肥沃な土地と、其処から齎される農作物が有り、そして何より遺跡発掘事業が産み出す多くの資源や“失われた技術”が有る。

 国全体で見ても比較的治安が安定しており、飢饉や伝染病などの悩みの種を抱えている訳でもない。


 詰まるところ、隣国から侵略される理由があっても、隣国を侵略する理由が見当たらないのだ。


「――だったら、何も無理して隣の国を攻める必要なんかねぇだろ」

「フーム……」


 俺がそう結論付けると、爺さんは何処か冷めた様子で一つ息を吐いた……何処か納得いかない様子だ。


「……まぁ良かろう。イセアと一緒に答えたと言う事でシュル、お主のオヤツ抜きは二日だけで良いぞ」

「え~……」


 不服で不満で未練たらたら――って感じの返事だった。


「おや、不満かの? それなら元の一週間に戻しても――」

「いやいやいや! それで良い! それで良いですニャ!」


 ――さて、予想も多いが、此処までで色々な事が解った。


 先ず、俺を追ってきたあの四人組。

 〈黒羽〉でマスターに俺の事を尋ねていた“緑髪の薄ら笑い”。

 町中にも関わらず俺に矢を射ってくる様なイカれた奴だが、夜の町で距離も在り、それでいて走っていた俺に矢を――フールのお陰で当たる事はなかったが、確実に当たる軌道で射ってきた。場慣れしてる感じだったし、腕も相当立つ。


 〈黒羽〉から逃げた際、しつこく最後まで俺達を追ってきた“小柄な人物”。

 足の速さも去る事ながら、建物の屋根まで登って俺達を追ってきたのだ。多分種族は“獣人”。声の様子から女だと思うが、もしかしたら見た目通り只の子供かもしれん。それだとちょっと男か女か判らん。性格的には少し抜けている所はあるが、あの足の速さと体力は驚異的だ。


 そして、家への帰り道で待ち伏せしていたあの“全身鎧”。

 被っていた兜のせいで顔も声も性別すらも判らなかったが、多分男だろう。あの全身鎧フルプレートは、他の誰より印象深い。胆力、速度、剣術、どれを取っても一流だった。今の俺の両手両足が繋がってるのも、ハッキリ言って偶然か、それともなければ奇跡の類としか思えない。正直、今コイツが奴等の親玉だって聞かされても、多分、俺は信じるだろう。


 最後に、奴等の本当の親玉らしい人物。

 コイツについて、俺は顔も見てないし声も聞いていない。だが、その名前だけは分かってる。“アレッシオ・ソラーゼン”――それが、奴の名前だ。

 この国〈レムンレクマ王国〉の正規国軍〈レクマ騎士団〉“師団長”。実質、国軍のトップだ。

 爺さんからの話を聞く限り、その実力は相当なモンだが、俺が驚いたのはソイツが爺さんや俺の親父相手に“貸し”を作ったって事だ。

 国軍のトップなんて肩書きを差し引いても、それだけで俺には十分コイツが化け物に思える。


 俺を追ってきたあの三人は、どうやらコイツの私兵らしい……まぁ確かに、正規の軍兵には見えなかったが。


 奴等の狙いは、遺跡発掘者達の間で伝説や御伽噺として語られてきた〈三遺の十二宝〉の一つ、“光の花”と呼ばれているお宝だ。

 その正体は、遺跡の専門家とされる〈黄金の瞳〉でさえ、正確には把握していない。なのに奴らはどういう訳か、そのお宝に関しては専門家以上の情報を掴んでいる。

 恐らくは武器か兵器。そうじゃなくても、そういう用途に使える類のモノだ。最終的には奴等はソレを、他国に対する“牽制”――即ち“抑止力”として利用する事を目論んでいる。


 そしてそのお宝を手に入れる為には、“闇の宝玉”と呼ばれる“鍵”がいる。

 何故かは分からないが、奴らは俺がソレを持っている――若しくは、何らかの形でソレに関わっていると確信しているらしい……無論、俺はそんなモン持っちゃいないが。


「さて、これで理解できたかの。ワシがお主の事を、この騒動の中心人物だと言った意味が」

「ああ。流石にここまで現状を突き付けられればな」


 爺さんが水を向けてくる。


「爺さん、因みに俺の親父の行方は?」

「捜索は続けておるが、残念な事に未だ要として知れん。じゃが少なくとも、この国の中に居らん事は確かじゃ」

「そうか……」


(こりゃ決まりだな)


 関わっている情報の重要性や、国軍のトップ自らが私兵を率いて動いている状況を鑑みるに、相手は後先を考えていない――いや、“後がない”と言っても良い。

 作戦が頓挫する可能性を視野に入れず、成功する事だけを前提に動いている印象が強い。


 作戦を立案する際、最悪の事態を想定しないのは愚かだが、爺さんが一目置いているアレッシオが、それを考慮していないとは考え難い。

 逆に、知っていてあえて想定していないのだとしたら、ソレは自身の退路を自らで断つ行為に等しい。

 つまり、奴らは自らの立ち居地を、あえて死地に変えてこの件に挑んでいる事になる。余程の執念や覚悟を持っていなきゃ、とてもじゃないがそんな真似はできないだろう。

 もし下手を打てば、敵対勢力に塩を贈る結果に成りかねないのだ。失敗する訳にはいかない、文字通りの“命懸け”だ。


 そしてこのアレッシオという人物、その行動は一見大胆に見えるが、爺さんの話しに寄ると随分な慎重派らしい。なので今回のこの件にも、恐らく十分な勝算を持って挑んでいる可能性が高い。

 だが、どれだけ高い勝算が在ったとしても、奴の計画には避けて通ることの出来ない難関が存在する。

 それが、さっきから爺さんが言っている“中心人物”の存在――即ち“俺”だ。


 情報の出所である俺の親父の居所が未だに知れない以上、奴等の標的は必然、俺に絞られる。


「言ってみれば、奴らにとって俺は“起点”だ。どれだけ綿密に計画を立てようと、結局はお宝を手に入れなけりゃ話しに成らない。そしてお宝を手に入れる為には、その鍵である“闇の宝玉”が必要不可欠なんだが……その為には、先ず俺を確保する必要が在る」


 俺のその言葉に爺さんは深く頷いてみせた。


「ウム、そうじゃ。じゃが、彼奴がお主を狙うのは、何もお宝を手に入れる為だけではないぞ」

「ああ、だろうな。お宝を手に入れるには鍵が要る。だが逆に言えば、鍵がなければお宝は手に入らないって事だ。つまり奴らにとって鍵の入手は、自分達がお宝を手に入れるのと同時に、他の誰にもお宝を渡さない事にも繋がる」


 だからこそ“俺”――“闇の宝玉”の確保は、奴らにとっての命題だ。何と言っても、ソレがなくては話しに成らないし、確保さえ出来てしまえば、奴らの今抱えている問題の半分以上が、実質解決したも同然なんだからな。


「ウムウム。何じゃ、ちゃんと解っておるではないか。流石はワシの孫じゃな」

「都合の良い時だけ身内にすんじゃねぇよ」

「ホッホッホ。それで、お主は之から如何するんじゃ?」

「どうするって言われてもなぁ~。どうすっかなぁ~」


 ――とは言へ、之からの俺に取れる行動なんてタカが知れてる。


「……なぁ爺さん」

「何じゃ?」

「暫くの間、フールの奴を預かってもらって良いか?」

「それは構わんが」

「その間、俺は遺跡に潜る。爺さん、アイツ等をこの町から追い出すのにどれ位の時間が掛かる」

「そうじゃなぁ……」


 ソファーに身体を預け、爺さんは思案顔で髭を撫で付ける。


「……ワシがお主を〈黄金の瞳〉に置いている様に、この町で彼奴らを囲っておるのは〈治安維持隊〉の連中じゃろう。お引取り願った処で、そう簡単にはいくまい。じゃが、彼奴らとてそう長くはこの町に留まっては居られまい。早くて三日、長くとも一週間といった処じゃろうな」

「まぁた一週間も潜ってなきゃいかんのか……」


 軽く頭痛に襲われる。


「遺跡の中はワシ等の領分じゃ、中に入ってさえしまえば、彼奴らにも手出しはさせんよ」

「そりゃ有り難いね」


 下手したら、このまま一生の内の半分を遺跡の中で過ごす……なんて事にならなきゃ良いが。


「じゃが、それだけで彼奴らが諦めるとは限らんぞ」

「だよな。ここまでやって来たんだ、強硬手段に出てくる可能性もある」


 多分、相手にはもう後がない。だったら、このまま時間切れで退場――なんて幕引きには、多分成らないだろう。

 目的の物が手に入らないとなれば、奴等は情報の漏洩を恐れて、最悪この俺を殺しにくる事も考えられる。自分の物に成らないなら、相手の手に渡る前に破壊してしまおう――そういう考え方だ。

 相手は何の躊躇もなくこっちの手足を切り落とそうとする連中だ。それ位の事はしてくるだろう。なので今回は、フールの奴は連れて行かない方が良い。


「――でだ、俺が無事に遺跡に入ったら、例の親父の伝言と、俺がアンタ等のお目当ての物を持ってないって事を、爺さんの口から連中に伝えてくれよ。昔のチームメイトなんだろ、爺さんの話しなら信じるんじゃないのか?」


 奴らの直接の狙いは、あくまでも鍵である“闇の宝玉”と、ソレに繋がる“情報”だ。目的のものさえ手に入れば、奴らも大人しく引き揚げるだろう。

 多少考え方が甘いかもしれんが、俺達が之からもこの町で今の生活を続けていくには、恐らくコレが一番良い方法だ。


「……良かろう、お主がそれで良いならな」


 俺からの提案に、爺さんは一瞬目を細めてから首肯する。


「よし。じゃあそれで頼む」

「ウム。了解した。遺跡にはいつ向かう?」

「奴らの部隊の特徴は機動力だろ。だったらこっちも成るべく早い方が良い。一週間分の準備を済ませて、明日の朝には此処を出て行く」

「分かった。ではお主が遺跡に入ったのを確認した後、ワシからアレッシオの奴に掛け合ってみよう。上手く行けば、彼奴らも早々にこの町から出て――」

「ちょ、ちょっと待つニャ!」


 俺と爺さんで今後の方針を話し合っていると、途中でシュルシャから横槍が入る。


「レイドは本当にそれで良いのかニャ!?」


 シュルシャが困惑した様子でそう聞いてくる……まぁ、言いたい事は分かる。


「……良いんだよ」

「そ、それじゃあお宝を、みすみす奴らにくれてやるって事かニャ?」

「ああ、そういう事だ」

「そんな……」


 ソファーから立ち上がったその顔には、より一層濃く染まった困惑の色と、俺に真っ直ぐ向けられた金色の瞳には、普段のコイツからは滅多に見る事の出来ない、幾許かの哀愁と苛立ちが漂っている。


「そんなの、おかしいニャ!!」

「おかしいって、何がだよ」

「だって……だってそんなのレイドらしくない! “あの”レイド・ソナーズの台詞じゃない!!」


 今迄の大声とは違う、きつく張った声が耳を突く。

 また語尾を着け忘れているようだが、今回も気付く様子はない……まぁ、今ここで指摘するのは野暮だな。


「あのなぁ……お前が俺をどう思ってるか知らないが――」

「私の知ってるレイドなら、目の前のお宝を諦めるなんて事しない! どんな手を使っても、誰よりも早く宝を手に入れる!」

「おい、ちょっと待て、人の話を――」

「そしてまた、〈黒羽〉でその時起きた事を聞かせてくれる。他の人達の誰よりも、ハチャメチャで、愉快で、荒唐無稽な冒険譚を!」

「おいコラ」


(聞いてるそっちは愉快かもしれんが、こっちは割と毎回命懸けなんだぞ)


 それに俺は、別に面白可笑しく話して聞かせている訳じゃない。毎回、常にその時に起きた危機的状況を、身振り手振りで必死になって伝えているだけだ。

 まぁ話しを聞いた側には、何故か毎回大笑いされるが……お前ら少しは人の苦労を敬いやがれ。


「それにコレって、レイドのお父さんがレイドに残した伝言でしょ?」

「まぁ、それは確かにそうなんだが」

「だったら!」

「だあああ! 良いから少し落着け!」


 一喝し、興奮気味のシュルシャの台詞を遮る。

 突然の大声に驚いたのか、シュルシャは頭の上の耳と腰の尻尾をピンッと立て、口を噤んでじっと此方に視線を向けている。


「……良いか。確かにあの伝言は、親父が俺に残したモンだ。それに俺だって、こんなどデカいお宝話し、誰かにただで譲ってやる気なんが更々ない」

「じゃあ――」

「でもな、今回ばかりは相手が悪過ぎる。相手は国軍のトップだぞ、そこら辺の成金や傭兵、他の発掘者連中とは“格”が違う。下手に逆らえば殺されるかもしれねぇ」

「でも、それでもレイドなら……」

「お前が俺をどう思っているか知らねぇが、俺はただの一介の発掘者だよ。国に喧嘩を売るような度胸なんかねぇし、今迄の事だってただ運が良かっただけだ」


 他人の俺に対する評価がどんなモノだろうと、俺は発掘者としちゃあ小者の類だ。


「別に大儲けしようなんて考えてねぇ。小遣い程度の稼ぎをちょくちょく出して、可もなく不可もなく生活できりゃそれで良いんだよ」

「で、でも……」


 尚も引き下がろうとしないシュルシャだが、吐き出されるその台詞はどんどんと短く、語尾は徐々に窄んで行く……何だか、俺が悪い事している気に成るじゃねぇか。


「お前だって、俺が厄介事を嫌ってるのは知ってるだろ?」

「……うん」

「俺はあのバカ親父とは違う。好んで危ない橋を渡ったりしない。それに、今の俺にはちっこい相棒も居る。下手に被害が広がれば、アイツも危ないかもしれねぇんだ。お前にもそれくらい分かるだろ」

「……」


 そこまで言うと、シュルシャは完全に口を閉じてしまう。座っている状態の俺からは、俯いて陰の落ちたその表情を見る事は出来なかったが、足の横で握り固められた掌からは、どこか痛々しさが漂ってくる。


「身の丈に合わない事すりゃ怪我をする。俺みたいな小者は、荒らされた後の遺跡で、こそこそ残されたお宝を探してるのがお似合いなんだよ」


 だが、さっきのシュルシャとは逆に、今度は俺の口が止まらなかった。別にその場で言わなくて良い台詞が、勝手に口を突いて出てきてしまう。


「………カ…」

「ハチャメチャも、愉快さも、荒唐無稽も、ドタバタだって必要ない。平穏こそが一番だ」

「イ……の…」

「大体俺は、争い事や競い合いなんか嫌いなんだよ。喧嘩だって好きじゃない。だから俺はいつだって、ネズミみたいにチョロチョロ逃げる回る事に専念してんだ」

「イセ…の……」

「そんな俺が、大昔の王様が残したどデカいお宝を手に入れる……? ハッ! ンな事出来る訳な――」

「イセアのブァカアアアーーー!!」


 ドゴオオオオッ


「ぶげらっ!!」


 突然のシュルシャの絶叫の後、目の前が真っ暗に成ったと思った直後、鼻っ面に強烈な衝撃が飛んできた。前のめりだった上体がもの凄い勢いで跳ね上がり、座った状態のまま、三人並んで座れるソファーごと後向きにぶっ倒れる。

 もしソファーが倒れてなかったら、首から上だけがそのまま後の壁にまで飛んで行っていたかもしれん。


 衝撃を受けた際、体と一緒に平衡感覚までふっ飛んだらしく、思考と視界が二重にも三重にもブレる。それを無理矢理に重ね合わせ、何とか首だけを持ち上げて前を見ると――褐色で健康的な右足を床と水平に突き出したシュルシャの奴が、その体勢のまま固まっていた。


「お……おま…この、バカねこ…!」


 どうやら俺は、このバカ猫に顔面を思い切り蹴り飛ばされたらしい。平手打ちや拳で殴るんじゃなく、まさか顔面に蹴りが飛んでくるとは思わなかった。

 いつの間にか靴を脱いでいるあたり、妙な処で良心的なのかもしれんが……だったらそもそも蹴るんじゃねぇよ。


「このバカアホタコレイド! 言い訳ばっかりしやがって! もう知るかバカアホタコレイド!!」


 分かりやすい罵声――というか悪口を吐き捨てると、シュルシャは倒れた俺とソファーを軽々と跳び越え、そのまま部屋を出て行ってしまう。


「まったくあの子は」

「ホッホッホ。若いのぉ」


 部屋から飛び出していったバカ猫を見て、呆れた様に嘆息するミリーヤさんと、楽しそうな様子で微笑んでいるジーサン。


「じゃがレイドよ、“間違っていない事”と“正しい事”は、決して同じではないんじゃぞ」


 そんな、爺さんの良く解らん説法を遠くに聞きながら、俺は未だハッキリしない意識の回復と、蹴られた顔の痛みが和らぐのを待つのだった……助け起こしてはくれんモノか。


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