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腕を組んで考える。ソファーの背もたれに上体を預け、足を組んで眼を瞑り、思考を深みに落として行く。
「おー。珍しくレイドが本気で考え込んでるニャ」
「何を人事のように言っとる、お主も考えんか」
「え? シュルシャもかニャ?」
「当たり前じゃ」
(持っている情報から“機密性”が失われて、それで尚且つ“圧倒的な利益”を得る方法……か)
「因みに、レイドの奴より答えるのが遅かったら、一週間は昼のオヤツは抜きじゃな」
「ニャ!?」
「ミリーヤ、頼めるかの」
「分りました、作る数を一つ減らしておきます」
「わ、分ったニャ! 考える! 今から考えるから!」
(……煩いなぁ)
爺さんがこんな質問をしてくる以上、その方法が存在しない――なんて事はないだろう。
普通に考えるなら、秘密にしていた情報が外に漏れた場合、当然“不利益”が発生する。情報の“優位性”が失われるからな。
だが、そんな状況でも利益が得られるって事は、先ずその前提を変えて考えないといけない……でも、優位性がなくなるのに、利益を得る方法なんて本当に在るのか。
(……いや違う、そうじゃない)
“利益”を得るには、他の奴等を出し抜く“優位性”は絶対に必要だ。逆に“優位性”さえ失わなければ、“利益”を得るの事はそう難しくはない。
だから考え方としては、『情報の“優位性”を失って“利益”を得る』ではなく、『情報の“機密性”は失っても“優位性”は失わない』――そんな方法を考えなきゃいけない。
「分ったニャ!」
爺さんの隣で、シュルシャがバッと手を上げる。
「実はソレは“偽の情報”で、ソレによって敵を混乱させるのニャ!」
成る程、ワザと偽の情報を流して相手の混乱を誘うのは、情報戦の基本だ。常套手段と言っても良いが、だからこそ効果的でもある。
それに、これなら“本物”の情報の“機密性”を保ちつつ、敵を混乱させるという“利益”を得る事も出来るのだが……その考え方は、今回の件には当て嵌まらないだろう。
案の定、シュルシャの回答を聞いた爺さんは首を横に振った。
「ハズレじゃ」
「何でニャ!?」
「最初から言っとるじゃろう、情報は“本物”じゃ。情報のかく乱なんぞには使えんわい」
「に、偽物と偽った本物の可能性が……」
「可能性だけなら確かに在るがのぅ、それにしては情報の重要度が高過ぎる。そんなギャンブルじみた真似するには、少々リスクが大き過ぎるわい」
「ぐぬぬ……」
そう、今回の情報は本物だし重要度も高い。そんな代物を、ただ相手の混乱を誘う為だけに使うとは到底思えない。
「……なぁ爺さん」
「なんじゃ」
「結局、そのお宝ってのはどんなモンなんだ? 確かさっき、“光の花”とか言ってたよな」
「ウム……実の処、その“光の花”と言う名までは判明しておる。じゃが、それ以外はさっぱりじゃ。そのまま植物の事を示すのか、或いは何かの比喩なのか」
「そうか……」
在る意味“古代遺跡の専門家”である〈黄金の瞳〉ですら、“光の花”についての正確な情報を把握してはいないのか……妙だな。
(追っているお宝の正体が解らない――そんな不確かな情報で、国軍のトップが自ら動くか?)
ただでさえ、相手は目の前にいるこの爺さん――俺の親父以上に厄介なこの人を相手に、情報戦で一度出し抜いている。
それだけでも只者じゃないっていうのに、しかも過去には爺さんとマスター、更には俺の親父相手にすら“借し”を作ったような人物だ。そんな迂闊な行動を取るとは考え辛い。
(つまり、コレも考え方が間違ってんのか?)
相手は国軍のトップだ、迂闊な行動なんて取らないし、不確かな情報なんかじゃ動かない。
じゃあ、そんな奴が自分自身で動き出す状況ってのは、一体全体どんな時なのか。
(……ああ、そうか。しかも相手は“国軍”のトップ)
その時、閃くモノが在った。
「成る程、解ったぜ爺さ――」
「ハイッ、ハーイッ! 解ったニャ! シュルシャが先、私が先ィ!!」
俺が爺さんに質問の答えを返そうとすると、突然シュルシャの奴が大声を張り上げて立ち上がり、自分の顔を指差しながら必死に成ってアピールを始めた……コイツ、そんなにオヤツを抜かれるのが嫌なのか。
「分った分った。じゃからそんな大声を出すでない。ビックリするじゃろう」
「そうよシュルシャ、もうマスターも御歳なのだから」
「あ……ご、ごめんジーチャン。大丈夫?」
「ああ。平気じゃよ」
ミリーヤさんの言う通り、確かに爺さんは結構いい歳だ。イキナリ隣で大声を出されて、身体に良い事はないだろう。
「まったく、あわよくばそのまま逝ってしまうかも知れないのよ。少しは注意なさい」
(そうそう、あわよくばそのまま逝って――)
「「「えっ!?」」」
瞬間、ミリーヤさんを除いた全員の声がハモる。
「……何か?」
何故か今日のミリーヤさん、いつにも増して言葉の毒が濃い気がするんですか……気のせいじゃないですよね。
「……の、のう、ミリーヤさんや」
「何でしょうかマスター」
「ワシ、何かお前さんを怒らせる様な事、したかのぅ?」
「いいえ、別段その様な事は」
「そ、そうか?」
「ですが先日、ここの受付に来た若い女性から、ウチの職員からセクハラを受けたという旨の苦情が寄せられまして」
「あー何かそれ、リンシャンが受けて大変だったって怒ってたニャー」
「そ、そうじゃったのか~、ソレは知らなんだなぁ~」
(おいジジイ、眼が泳いでんぞ)
「それは無理も在りません。その時間、丁度マスターは町の散策に出ておいででしたので」
「そ、それは確かに、仕方がないかの~」
「はい……ただ、本来であればその時間は、お願いしていた書類の確認をして頂いていた筈――だったのですが」
「そ、そそそ、そうじゃったかの~」
(おいジジイ、冷や汗が滝になってんぞ)
「し、しかしセクハラとは、な、中々不届きな輩も居たもんじゃの~。誰かは知らんが、職員の不始末は組織の“連帯責任”。皆にはちゃんと言い聞かせておかねばならんのぅ」
ウムウムなんて頷いているが、ドサクサに紛れて責任の所在をボカす魂胆が見え見えである。
「因みに、その女性の証言に寄ると、犯人の人相は私の良く知っているお方に良く似たお年寄り……だったそうです」
「のうレイドよ! 今日はお主の家に泊めてもらっても――」
「嫌だよ! それに今日はもう帰らんぞ、此処に泊まるからな。あと、サラッと俺まで巻き込もうとすんな!」
こんなしょーもない事に巻き込まれようモンなら、ミリーヤさんから爺さんへのとばっちりで、俺まで火傷を負うどころの話じゃ済まなくなる。
それなら自分の全身に油でも塗って、山火事の中に飛び込んで行った方がまだマシだ。
「ええい! 今はそんな話はどうでも良いんじゃ! ほれシュル、解ったんなら早く答えんか!」
「あ、ゴマカシたニャ」
「誤魔化したな」
「……無駄な足掻きを」
因みに――〈黄金の瞳〉の中で年寄りの職員と言うと、目の前のエロジジイ以外には居なかったりする。
「まぁ良いニャ、シュルシャの答えを言うニャ。えーと……アレ、何だっけ?」
「何で今考えてるんだよ」
「ち、違うニャ! 今の騒動でド忘れしただけニャ。ちょっと待つニャ」
似合わない悩み顔で眉間に皺を寄せ、二~三度首を捻るネコ娘。
「……そうだ! 本物の情報を相手にワザと渡して探させて、相手がお宝を見付けた処を横から掻っ攫う――ってのはどうニャ?」
(何だ、その“今思い付いた”――みたいな態度は)
だが、考え方としては悪くない。自分に出来ない事を相手に任せ、最終的な結果のみを自分の物にする。
最小限の労力で最大限の成果を得るのは、如何なる作戦においても命題だ。こう見えてこのネコ娘は馬鹿じゃない……発想は完全に小悪党のモノだが。
ただ残念なのは、暮らす環境のせいかコイツの考え方には少し“素直さ”が足りない。
「成る程、それなら情報が本物でも不自然ではないのう」
「よしッ!」
辛くもオヤツ抜きと言う凶事を回避した喜びを、腰溜めに固めた拳で表現すネコ娘。なかなか勇ましいガッツポーズだが、そんなネコ娘に俺から一言だけ――
「おい、シュルシャ」
「ニャ?」
「惜しい」
「……へ?」
続いて爺さんからも――
「じゃが残念、ハズレじゃよ」
「ニャーーー!!」
まるで、この世の終わりが如き悲鳴が室内に満ちる……煩せぇ。
「な、何でニャ!? 納得のいく説明を要求するニャ!」
「ウム。イセアは解ったかの?」
「まぁな」
「それでは、コヤツに説明してやって――」
「わー待った! ダメダメそれナシ! 私が答えるニャ!」
「答えるったってお前、解らねぇんだろーが」
「せ、せめてもう少し時間を」
「時間って、どれ位?」
「……い、一時間、くらい?」
「アホゥ。もう夜も遅ぇんだ、ンな時間掛けられるか」
「じ、じゃあ三十分だけでも」
「却下だ。いい加減諦めろ」
「うう……」
意気消沈。うな垂れる肩と頭上の耳に多少の哀愁を感じないでもないが、別にコイツのオヤツがどうなろうと俺の知ったこっちゃない。
それに、いい加減今日はもう疲れた、俺もそろそろ頭が廻らなく成ってくる……早い話がもう寝たい。
「い、いや、まだレイドが間違えるという可能性も……」
まだ何かブツブツ言っている様だが、残念ながら今縋っているその希望が、ただの幻でしかない事を教えてやろう。
「そもそもお前、考え方が捻くれてんだよ。もっと素直に考えてみろ」
「ニャ? この存在そのものが素直な美少女捕まえて何言ってるニャ?」
「“素直”って意味が“欲望に忠実”って言うなら確かにその通りかもな!!」
「いや~それ程でもぉ~」
「褒めてねぇよ! 遠回しに“謙虚に成れ”と言っとるんだ俺は!!」
本当にこのバカ猫は、皮肉や建前なんぞモノともしねぇな。因みに“美少女”の方にはツッコまんぞ、そこまで付き合っていられるか。
「兎に角! 答えはもっと単純なんだよ」
「ニャ?」
「ホウ。で、お主はどんな答えを出したんじゃ?」
目の前の二人から興味津々なんて視線が向けられるが、俺自身はそうもったいぶる気はない。なので、とっとと話してしまう事にする。
「要は、お宝を一番最初に手に入れれば良いんだよ」
「うん……で?」
「それだけ」
「…………は?」
一瞬、シュルシャの金目が点になる。
「え……? それだけ?」
「そう、“ソレ”だけ」
「い、いやいやいや、そんな当たり前の事言われてもニャ~」
「ウム。正解じゃ」
「そうそう、正解……ってぅええええ!!!」
「喧しい! お前いい加減にしろよ!」
「で、でも、そんな答えで正解なんて……納得いかないニャ~~!」
歯軋りに地団駄と、定番で在りながら中々分かりやすい反応を見せてくれるネコ娘。自分で答えられなかったのが余程悔しかったんだろう……なんて、コレッぽっちも思わんが。
「私のオーヤーツーが~~……!」
この通り、優先順位にブレがない。その点だけは信用できる奴だ。
「大体、お前は難しく考え過ぎなんだよ。要はお宝の情報が漏れても、肝心なその利益が相手に渡さなければ良いんだ」
「……うん」
「なら答えは簡単だ。仮にお宝の情報が外に漏れたとしても、その情報が相手に伝わる前に、お宝を手に入れちまえば良いだけじゃねぇか」
だからこそ、連中は速度重視の少数精鋭でこの町に来たんだ。
爺さんの話し振りからしても、この情報の核心部分が周りに曝されるには、まだ多少の時間的猶予が在る。
要は、その時間のわずかな間、自分達以外の勢力が実際に動けるだけの情報を得るよりも早く――若しくは、その情報が相手に渡ったとしても、既に手遅れな段階までの優位性を確保した後でお宝を手に入れる事さえ出来てしまえば、その時点で勝負は決着したも同然だ。
何も、これだけ重要な情報を使って、相手の混乱を誘う様な真似や、相手を利用してお宝を手に入れる様な危険を犯す必要はない。
「で、でも、お宝を手に入れる事が出来たとしても、それが他の連中にバレたら色々と厄介な事に成るんじゃあ……」
確かに、〈三遺の十二宝〉なんてデカイお宝を無事手に入れたとしても、今度は逆にソレが原因で厄介な連中に狙われたりする可能性も在る。だがそれは――
「それは、奴らの狙っている“光の花”という代物が、どういった物かに寄るのう」
爺さんの言う様に、そのお宝の“種類”に寄るだろう。
「そんな事言っても……それはジイチャンだってさっき解らないって言ったニャ」
「ウム。確かに言ったのう」
その通りとでも言う様に、爺さんは深く頷いて見せる。
「じゃがそれは、あくまでも“〈黄金の瞳〉が把握していない”――というだけの話じゃ」
「だったら、尚更どんな物かなんて解る訳ないニャ」
そこで、今度は俺が首を横に振る。
「多分解ってるんだよ、アレッシオって奴にはな」
「そんなの……在り得ないニャ!」
突然その場に立ち上がったシュルシャの顔には、驚愕と困惑が入り混じった表情が張り付いている。
それは、〈黄金の瞳〉で長いこと働いているコイツなりの、組織に対する一種の矜持なのかもしれない。
「冷静に成って考えてみろ、国軍の――しかもそのトップが動いてるんだ。単純に考えて、そんな奴が正体不明のお宝なんかの為に自ら動く訳がねぇだろ。逆に考えれば、そのお宝の情報を掴んでいるからこそ、自ら動き出したと考えた方がシックリくる……爺さんも同じ考えだろ?」
シュルシャから視線を外すと、満足そうに自分の髭を撫で付けている爺さんと目が合った。
「ウム。アレッシオはああ見えて中々食えん男でのう、行動は大胆な割りに、その思考は随分と慎重な奴じゃった。昔に何度か誘った賭博でも、勝てる確率が九割――低くとも八割強なければ、決して乗ってはこん奴じゃったよ」
いや、それはもう“賭博”とは言わないんじゃないか。
「つまり爺さんの読みだと、今回もそれ位の勝率で挑んできてるのか?」
「まぁ勝率云々の話は置いておくにせよ、恐らく“光の花”という物の正体については、既に八割方から九割方まで掴んでおるじゃろうな」
「そんな……」
腰から下の力が抜ける様にして、シュルシャが爺さんの隣に腰を下ろす。
〈遺跡発掘世界機構〉の下部組織である〈黄金の瞳〉は、確かに古代遺跡の専門組織であり、他のどの組織よりも遺跡に対する多くの情報を有している。
だから、そんな組織を差し置いて、別の誰かが自分達以上の情報を掴んでいる――なんて事は考えられないし、同時に認めたくもないんだろう。
気持ちは分かる。誰だって先を越されるのは嫌なものだし、しかもそれが自分の得意とする分野なら尚更だ。
だが、それでも古代遺跡は未だに多くの謎を秘めている。全容の解明には、まだまだ長い時間が必要だろう。
もしかしたら、この瞬間にも遺跡内で新しい発見が在り、それがこの世界を揺るがす様な重要なモノである可能性も、完全には否定しきれない。
それなら、未だ〈黄金の瞳〉が把握していない貴重な情報を、組織に関係のない誰かが秘密裏に握っていたとしても、決して在り得ない話じゃないのだ。
「……〈黄金の瞳〉も知らない情報を、アイツ等どうやって手に入れたのニャ?」
やや俯き気味にそう洩らすシュルシャだが、生憎と俺には其処までの事は分からない。爺さんにでも聞けば、何かしらの心当たり位なら在るかもしれない……が、今はそれよりも――
「確かにそれも気に成る――が、今考えないといけないのは別の件だ」
「え……?」
相手はお宝の確かな情報を握ってる。そこから逆に考えれば、お宝がどんな代物かが予想できる。
「爺さん言ったよな、ただの“利益”じゃなく“圧倒的利益”を得る方法って」
「言ったのう」
「それって、“牽制”ってヤツじゃないのか?」
「ホウ……」
「どういう意味だニャ?」
シュルシャが怪訝な顔をし、爺さんの片眉が僅かに上がる。
「なぁシュルシャ、奴らが狙ってるお宝、どんな物か分かるか?」
「え、イキナリそんな事言われても……いや、ちょっと待って」
そこで、今度はシュルシャの奴が真剣な顔付きで考え始めた。
俺が本気で悩むより、コイツがこんな顔付きをする方がよっぽど珍しい。
「アレッシオ・ソラーゼンは“国軍”のトップ……それなら」
何度も言う様に、相手側は既にお宝の詳しい情報を持っている。それが判明した上で、一体誰がその情報を元に動いているかを考えれば、自然と答えは導かれる。




