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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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29

(やられた! こいつ等待ち伏せしていやがった!)


 考慮はしていた。だが、さっきの小柄な追跡者を撒いた事で、完全に気が抜けていた。


「ゥ――ゴホッゴホッ!」


 一寸遅れ、漸く肺に空気が流れ込んでくる。盛大に咳き込むと同時に、膨れた肺に圧迫された胸と背中に鈍痛が走る。


「グ……痛ってぇ……」


 咳と痛みに俯いた顔を再び上げると、そこには月の明りを冷たく映す“大剣”の切っ先が有る。


「答えろ――」

「ああ……?」


 俺が声を出せる様に成るのを見計らい、“全身鎧”がさっきと同じ質問を繰り返す。


「“闇の宝玉”はドコに有る」


(“闇の宝玉”だぁ?)


 フルフェイスの内側から発される声は篭っていて多少聞き取り辛いが、どうやらコイツ等の狙いはその“闇の宝玉”ってヤツらしい。

 俺はてっきり、腰に納めてあるこの“短剣”が狙われているかと思ったんだが、どうやら違ったみたいだ……ま、そりゃそうか。

 短剣コイツを見付けたのはつい最近だし、詳しい話はフールやマスター含め誰にも話してない。一見してコレにどれ程の価値が在るかなんて、傍目から見て解る筈がない。よって、ここまでして狙われる理由にはならない筈だ。


「さぁな、知らねぇよンなモン」


 一応、正直に答えてみる。

 嘘じゃない。実際に“闇の宝玉”なんて代物、今迄に見た事も聞いた事もない……まぁ、そう言った処で素直に見逃してはくれないだろうが。


「……まぁ良い、簡単に口を割るとは思っていない」


 ――ほらな。


「へ、聞く耳持ってねぇなら最初から聞くなよ」


 じゃあ何か、俺はその知りもしない“宝玉”とやらの為に夜の町を走らされたり、町中で弓を射られたり、眉間に槍を突き付けられたり、大剣で腕や足を斬り落とされそうになったのか。

 しかも、そんな物知らないと事実を話しても、相手の方は何でか知らんが俺がその在り処を知っていて、嘘を吐いているとたかを括ってるって訳だ……冗談じゃねぇぞコラ。


(なんだそりゃ。理不尽なんてモンじゃねぇ、言い掛かりにも程が在るだろ)


 アッタマきた。事と次第によっちゃまともに話を聞いてやる積りだったが、こうなると意地でもコイツ等には捕まりたくはなくなった。

 だが、仮に逃げ出すにしろ、今の様に剣先を突き付けられていては満足に身動きが取れん。さっき〈黒羽〉でシノブさんから貰った“とっておき”も、今の状況じゃ使うのは難しい。


「逃げ出そうなどとは考えない方が良い。殺すなとは言われているが、抵抗するのなら手足の二~三本斬り落としても良いと言われている」

「ああ……それでか」


 さっきまで俺達を追っていた二人もそしてコイツの攻撃も、何故か致命傷を避けている節があった。もし本気で俺を殺すつもりなら、前の二人はともかく、目の前のこの全身鎧なら簡単に俺を殺せただろう。


(“言われている”……ね)


「立て、場所を変える」

「……」

「聞こえなかったのか? 立て。それとも私が担ぐか? その場合――」


 大剣の切っ先が顎の下に添えられ、クッと上を向かされる。


「“コレ”で少々“軽く”成ってもらうが……構わんか?」

「…………チ」


(冗談に聞こえねぇんだよ)


 しぶしぶといった具合に立ち上がる。

 胸と背中の痛みが未だに気にはなるが、立てない程じゃない。骨にも異常はなさそうだ。


 さっきコイツの攻撃を躱せたのは、幸運だった部分が大きい。次にもし同じ様にやり合ったら、今度こそ本当に腕の一~二本斬り落とされかねない。


「両手を上げ掌は開け、妙な動きは見せるな」


 ――さて、どうしたモンか。


(いっそ、玉砕覚悟でヤリ合ってみるか?)


 今の俺の腰には、発言はくどいが切れ味はやたらと鋭い短剣ヤツが居る。コイツを使えば或いは――とも思ったが、たぶん無駄だな。

 窮地のネズミはネコすら噛み殺すらしいが、コイツと俺の実力差はネズミとネコ以上に離れてる。噛み付く以前に、首そのモノを落とされたら洒落にならん。

 それに、俺の専門は戦闘じゃない。負けると判っててヤリ合うのは馬鹿の所業……って、あれ?


(そういえば、フールの奴どこ行った?)


 さっきから何か変だと思ったら、俺の相方の姿が何所にも見えない。顔は動かさず視線だけで辺りを見るが、矢張りどこにもその姿は見受けられなかった。


 まぁコイツ等の狙いは俺みたいだし、俺に構わず素直に逃げてくれると良いんだが……アイツ、見た目によらず無茶するからな。

 俺としては一人でなんとかしようとせず、誰か助けでも呼んできてくれると有り難いんだが。


 そうして、自分の相方を見付けようと引き続き視線をさ迷わせていると――


(……ン?)


 視界の上端、全身鎧の背後に有る鳶職用の足場の一番上に、何やらこそこそと動いている人影が見えた。

 月の逆光でシルエットしか分らんが、フールの奴じゃない。だけど、あの頭の上から突き出している特徴的な“二つの三角形”には、良くも悪くも見覚えがある。


(アイツ、あんな所で何やってんだ?)


「後を向け」

「……」

「早くしろ」


 そう言われ、大人しく全身鎧に背中を向けようとした処で――


 ……ギィ…


「ん?」


(今、何か音が……気のせいか?)


「どうした、余り手間を取らせる様なら――」


 ……ギィ……ギ、ギギ――


(いや、気のせいじゃねぇ!? こいつは!)


 ギギギギギィーー


「ちょっ! オイオイオイッ!!」


 “ソレ”の高さは建物の三階分。増改築用の角材やら煉瓦やら、その他もろもろの建材資材が大量に積まれている“鳶職用の足場”が、俺の正面――全身鎧の背後から、覆い被さる様にコッチに向かって倒れてきた。


「――ッ!? ナニッ!!」

「危ねぇ!」


 俺とは違い背後から――しかも頭全体を覆う兜のせいだろう、さっきの“軋み”を聞き逃し、自分に向かって倒れてくる足場に気付くのが遅れた全身鎧は、背後を振り返った瞬間に萎縮し、咄嗟にはその場から動く事ができなかった。


 対して、俺の反応は早かった。

 倒れてくる足場に驚いて動きを止めた全身鎧が、このままじゃ足場と資材の下敷きに成ると理解した瞬間、反射的に全身鎧の身体を左へと突き飛ばし、俺はその反動で右へと跳んで避難した。


 ガラン、ガンッ、ガラガラガラーー


 間一髪。さっきまで俺と全身鎧が居た位置に、鳶職用の足場と大量の資材が降り注ぐ。

 硬く重い木材同士のぶつかり合う音が響き、煉瓦の接着に使う土嚢でも破けたんだろう、辺りに大量の粉塵が舞い上がった。


「ゴホッ! ウォホッ! オエ」


 濃密な埃っぽさに顔をしかめる。

 この辺りのこの時間帯はただでさえ暗い。そこにこの粉塵だ、これじゃまともに前も見えん。


(今の内に此処から離れねぇと)


「ゴッホ! ゴホ!」


 腕を伸ばしつつ、前の空間を探りながら何とか足を進めると――


「レイド、レイドー」


 通りの端の方から、なにやら聞き覚えのある声に名前を呼ばれた……つか、やっぱりアイツか。


「こっち、こっちニャー」


 耳を頼りに声のする方へと進んで行くと、伸ばしていた手が掴まれ、体ごとグイッと近くの路地へ引き摺り込まれた。


「ゴホゴホ、ハァーー」


 そこで、漸く粉塵の中から抜け出す事ができた俺は、急いで新鮮な空気を肺の中へと送り込む……ああ、生き返る。


「フゥ。悪い、助かったシュルシャ」

「ニャンのニャンの、良いってことニャ」


 暗がりの中でも怪しく輝く金の瞳。真紅に染まった頭髪の間からは、“猫”特有の三角耳が二枚対になって飛び出している。

 そこには、さっき〈黒羽〉で別れた筈の俺の知り合い――シュルシャの奴が立っていた。


「兎に角、今はこの場から離れるニャ」

「ゴホ、同感だ……ってそうだ、おいシュルシャ、お前フールの奴見なかったか?」

「フールなら大丈夫ニャ。さっき“ウチ”に向かうよう言っておいたニャ」

「は? なんで?」

「ウチのジーチャンが呼んでたからだニャ。因みに、イセアも呼ばれているニャ。だから、こうしてシュルシャが迎えに来たのニャ。いや~間一髪だったニャ~」

「爺さんが?」


 既に夜も遅い時間なんだが、この緊急時に一体何の用があるんだあの爺さん……いや逆だな、“緊急時”だからか。


「しっかし無茶したな。あの足場、崩したのお前だろ」

「いニャ~、実はチョットだけ崩してあの鎧の気を引くつもりだったんだけどニャ、まさか全部倒れるとは思わなかったニャ……怒った?」

「いや、ンな事ねぇよ、本当に助かったからな。さっきの〈黒羽〉の奢りをチャラにしても釣りが出る」

「ニャんと、ソレは良いコト聞いたニャ~」


 シュルシャの言う通り、コイツにはあの足場そのモノを倒す心算はなかったんだろう。それでも倒れた原因は、多分あの全身鎧が足場用に組まれた柱を、一度に二本もぶった斬ったせいだ。

 そのせいで根元の支えが緩くなって、一部を崩すつもりが足場全体が倒壊しちまったんだろう……まぁ、不幸中の幸いだったな。


 もし仮に、崩れたのが足場の一部だけだったなら、あの全身鎧からこうして無傷で逃げ切るのは難しかった。

 足場そのものが倒れてきたからこそ、全身鎧は一瞬怯み、その動きを止めたんだ。お陰で俺は、その隙を突いてあの場から逃げ出す事ができた。

 きっとあの全身鎧、少し背後に気を取られた程度じゃあ、目前の獲物を取り逃がす――なんてヘマは犯さなかっただろう。


「早く行くニャ、レイド」

「まぁ今は、あそこに向かうのが先決だな」


 そうして俺は、前を行く猫娘の背中に続き、この町の中心部――〈黄金の瞳〉へと向かうのだった。




 ◆◆◆


 通りに吹く風は弱く、辺りに満ちた粉塵が晴れるには、まだもう暫くの時間が掛かりそうだ。


「……」


 そんな、目前に立ち込める濃霧の様な粉塵を、全身鎧は離れた位置からジッと見詰めていた。


 幾ら全身に装甲を纏っているとはいへ、あれだけの量の資材に押し潰されては、流石に只では済まなかっただろう。

 そうして、からくも崩落から逃れる事ができたものの、その際に彼等の捕縛対象であるレイド・ソナーズを取り逃してしまった事は、失態であったと言わざる負えない。


「……あの男」


 だがあの時、覆い被さる様にして倒れてくる足場に気が付き、不覚にも驚愕にその身を固めてしまった己を救ったのは、直前まで自分が腕と足を斬り落とそうとしていた捕縛対象――レイド・ソナーズだったのだ。


 徐々に薄くなる粉塵の向こう側には、多くの木材や資材が、まるで巨大な動物の亡骸が残す巨骨の様に折重なり、散乱している。そこには、既にレイド・ソナーズの姿はない。

 これを好機と当の昔にこの場を離れたのか、或いは、そのまま瓦礫の下敷きと成ってしまったのか。


「うわー、こりゃ酷いねぇ」


 全身鎧の背後から、その仲間である緑髪の男が駆け寄ってくる。そのまま全身鎧の隣に立ち、目の前に広がる光景を目撃した彼は、その予想外の惨状に呆れの声を上げた。


「チョーっとやり過ぎじゃない?」

「……私のせいではない」

「そうなの? んで、肝心のレイド君は――ってまさか!?」


 緑髪の男は、慌てて瓦礫の山へと視線を向ける。


「いや、あの下には居ない」

「そ、そうか、流石に焦ったよ」


 そう言って全身鎧は、未だ手に握ったままの大剣を背中の鞘へと収めた。


 実際には、全身鎧は自分を押し退けた後のレイドの動向を、正確に把握してはいなかった。だからこそこうして、粉塵が晴れるまでの間この場に留まっていたのだ。

 だが粉塵が晴れる以前より、全身鎧はそこにレイドが居ないであろう事を、半ば以上予想していた。


 偶然であろうと必然であろうと、あの男は自分の放った二度の斬撃を避けて見せた。しかも初手の一撃は、完全に相手の虚を衝いモノだった。

 その様な人物が、己に剣を向けた相手を救った結果、己だけが瓦礫の下敷きに成る様な愚は犯さないであろうと、全身鎧はそう確信していたのである。


「あれ、じゃあもしかして、逃げられた?」

「ああ」

「……へぇ」


 それを聞いた緑髪の男の口元が、僅かだが楽しげに歪んだ瞬間を、全身鎧は見逃さなかった。

 それは、出会った頃から常に薄い笑みを貼り付けてきたこの男の、普段は見せる事のない“裏”の顔だったのかもしれない。


「手段や過程はともかく、キミを相手に逃げ切った訳だ。フフ、こりゃ彼に対する評価を少し改めなきゃいけないかな」


 やがて、周囲から徐々に人の気配が集まりだす。

 この辺りは元から人気の少ない場所だが、同時に喧騒からも離れている。足場の倒壊音を聞きつけた周辺の住人が、不審に感じ様子を見にきたのだろう。

 このまま此処に居ては、この町の〈治安維持隊〉に目を付けられかねない。幾ら彼等に強力な“伝手つて”が在るからといって、過信しすぎて良い事はない。


「退くぞ。もう奴はココにはこない」

「だろうね。本当なら今晩中にケリを着けたかったんだけど……ハァ、まったく」


 緑髪の男が、一度息を吐いてから肩を落とす。


「王都からコッチ、馬を二度も乗り潰してきたのに。殆ど休憩なしに地元民の探索と捕縛とか、旦那も人使いが荒いよねぇ」


 一度自分が追われている事を知れば、当然追われる側は警戒する。そうなれば、目標を捕らえる事は極めて困難となる。

 できる事なら、目標の発見と捕縛は同時に成功させたかったのだが……それを思えば、〈黒羽〉での一件は間違いなく大失敗だったと言うより他にない。


「これ以上ボヤくようなら置いて行くぞ」

「了解。旦那と合流しようか」


 そうして三度みたび、両者は夜の町を駆けて行った。


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