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初の連続投稿。この回が難産だった。
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遺跡発掘により急速な発展を続ける〈メルトス〉だが、なにもこの町に住まう全ての住民が遺跡発掘に従事している訳ではない。
確かに現在この町の経済発展の基盤は、町の周辺に点在する遺跡の“発掘事業”に寄る処が大きい。
だが、遺跡発掘が盛んになる以前より、この町に置ける経済の主軸は、広範囲に及ぶ肥沃かつ平坦な土壌と安定した気候、そして豊かな水源に寄ってもたらされる大量かつ良質の農作物である。
耕作地で作られる穀物、野菜、果実。牧場で飼育される家畜の肉、卵、乳汁等々。
この国〈レムンレクマ〉の食卓に並べられる食品の殆どが、この町で生産されていると言っても過言ではない。
大陸の西端。辺境と言って良い位置に在りながらも、〈メルトス〉はこの国全体の食料事情を一手に担う、紛う事なき要所なのである。
そして、人間とは衣食住の安定した供給を確保し余裕が生まれると、自然と“贅沢”というモノを覚える様に成る。
この〈メルトス〉の町では、その様な土地柄と近年の移民受け入れにより、その傾向が“ある分野”に対し特に顕著に現れた。
即ち――“料理”である。
様々な人種に寄ってもたらされた文化が合わさり、合わさる事に寄って複雑に絡まり融合したこの町では、調理法や調理器具、調味料などが独自の発展を遂げ、それはこの大陸全土における食文化の、ある種の“革命”とすら言えるモノと成った。
その為、この町には酒場や食事処といった、“食”に関する店舗が非常に多く存在している。
そして、そんな飲食系店舗の一つ。ある一軒のレストランの厨房に、洗剤の泡で満ちた流しに両手を突っ込み、その中に浸かった皿の山を、ただ黙々と洗い続ける男の姿が在った。
男の名は――〈カドック・ロアール〉。
年齢は十八。大柄で筋肉質な体躯をしていながらも、その身に纏った雰囲気は、青く澄んだ大きな瞳も相まって随分と温和な印象を感じさせる。
普段はその顔に人懐っこそうな笑顔を自然と浮かべているカドックだったが、厨房の流しで黙々と皿を洗う今の彼の顔には、憂鬱気な表情が張り付いていた。
「ハァ……」
「おいコラ新人。しっかり働けよ」
「へ、ヘーい!」
溜め息と共に止まりかけた手を店長に見咎められ、慌てて両手の動きを再開させる。だが、その表情は依然として晴れてはいない。
(なーんでこんなコトになっちまったのかなぁ……)
一人前の発掘者として成り上がる事を夢見、この〈メルトス〉の町へやって来たカドックではあったが、今より一週間程前――正確には八日前の昼頃。
彼は自分が所属していた、“怪物狩り”をメインに行なっている遺跡発掘チームが所有する“自走輪”の操縦を誤り、他の自走輪との接触事故を引き起こしてしまったのである。
その結果、カドックが乗っていた自走輪は横転。相手側の自走輪も通り脇の外灯に激突。
幸いな事に操縦者は両者共に無傷で済んだものの、横転した際に自走輪の荷台に積まれていた檻が落下。その弾みで檻の錠が外れ、中に満載されていた遺跡怪物である“剪定蟹”の集団が、人で溢れる昼の大通りに解き放たれてしまったのである。
安全の為に左右の鋏は縄で縛られ、開く事も何かを挟む事もできなく成っていたとは言へ、現場は一時大混乱に陥った。
驚き、その場から一目散に逃げ出す者。何が起こったのか分らず、立ち尽くす者。混乱を収めようと集まる〈治安維持隊〉と〈黄金の瞳〉の職員たち。
中にはこれ幸いとばかりに、逃げ出した剪定蟹を持ち逃げする様な輩まで現れる始末。
事故を起こしてしまった当の本人はと言うと、その余りにもあんまりな光景に開いた口が塞がらず、ただただ茫然自失という体であった。
(くそぅ。あと少しで俺も発掘者の仲間入りだったっていうのによぅ)
「ハァ……」
事故があったあの日から、もう何度目かも分らなくなった溜め息を吐く。
この国では、未だ自走輪の操縦に明確な規則などは設けられてはいない。しかし、自走輪が普及する以前より、馬車や牛車などと言った乗り物はこの大陸各地で古くから利用され続けてきた。
故にその運用には多少なりともルールが存在し、現在ではそのルールがそのまま自走輪の操縦に適用される形と成っている。そしてソレは、当然の如く今回の事故にも当て嵌まる。
脇見による操縦ミスが招いた接触事故は、完全にカドック側の過失であると判断され、彼はその場で〈治安維持隊〉に拘束。
死傷者などは出ておらず、初めて起こした事故であり、カドック本人も素直に罪を認め反省している点から、情状酌量の余地在りと判断され開放された。
だが、その際に事故によって壊れた外灯の修繕費と、ぶつけてしまった相手の自走輪の修理費という、決して少なくない料金の支払を請求される事と成った。
更にその後、発掘チームへと戻った彼は、こちらでも転倒したチーム所有の自走輪の修理費と、逃げ出し、或いは盗まれて回収しきれなかった分の剪定蟹の賠償までもを同時に迫られたのである。
自分の不注意から起こしてしまった事故の為、弁解や拒絶が出来る筈も無く、カドックは素直に全額を返済。
幸いにも借金まで作る羽目には至らなかったが、お陰でこの町へ来てからの一年、実家への仕送りを続けながらもコツコツと溜め続けていた資金は一気に底を付き、更には発掘チームからもアッサリと切り捨てられる事と成った。
世知辛くも、彼はたった一日の間に、無職文無しと成ってしまったのである。
(だいたい、なんだってあんな所を人が走ってたんだ?)
皿を洗いながら、カドックは事故当時の出来事を思い返す。
素直に罪を認めたとはいへ、そもそもあの時、屋根の上を走っていたあの“謎の人物”さえ目撃しなければ、あの様な事故は起こらなかったかもしれない。
人の溢れるこの町で、特定の人物を手掛かり無しの状態から探し出すなど不可能に近い。
事は既に詮無い話ではあるが、カドックは屋根の上を走っていたあの人物に対し、せめて一言二言の文句を言ってやらねば気が収まらない想いであった。
「くっそ~!!」
溜め息の変わりに恨めしそうに言葉を吐き出すと、カドックはその苛立ちを晴らすかの様に、皿にこびり付いた汚れを洗い落としに掛かる。
彼の大きな手はその見た目とは裏腹に迅速かつ繊細に動き、その素早さに洗剤の泡が徐々に増へ、その横には白く輝く皿が次々と積み上げられて行く。
「できた!」
そうして、あっという間に洗い物を済ませると、手に付いた洗剤の泡を水ですすぎ、首から吊るした前掛けで水気を拭い取る。
皿洗いに集中したお陰か、少しだけ心の苛立ちも収まっていた。
(ま、今は取り合えず、この仕事を頑張るしかねぇかなぁ)
以上の通り、カドックは職と資金を同時に失ってしまった訳だが、幸いな事に次の働き口には直ぐに就く事ができた。
発掘チームをクビに成った直後、この一年チームに貢献してくれたカドックに対するせめてもの温情として、チームのリーダーがこのレストランのオーナー兼シェフに彼を雇って貰えるよう口添えをしてくれたのだ。
カドックは、未だ発掘者に成る夢を諦めてはいない。しかし、町の中で暮らしていく以上、最低限の収入と蓄えは確保しておかねばならない。
故に当面はこのレストランで働き、発掘作業に必要な資金を調達する事が、彼の当面の目標であった。
(でも、このまま料理人に成るってのも良いかもしんねぇな。この仕事思ってたより面白れぇし、“まかない”も出っからなぁ)
「店長ー。皿洗い終わったんですけどぉ」
「おうバイトか。丁度いい、コレ持って行ってくれ」
皿洗いが終わり、カドックが店長に次の指示を仰ごうと声を掛ける。すると、何やらその前の調理台に、やたらと大きいドーム型の銀蓋が被せられた、これまた大きな丸い銀の皿が置かれていた。
蓋のお陰で皿の上にどんな料理が乗っているかは分らないが、それが随分と豪華な代物である事はカドックにも直ぐに分かった。
「えっと、俺が持って行くんですかい?」
「ああ。今、丁度人手が足りなくてよ。お前無駄に図体でかいんだから、コレくらい余裕で持てるだろ?」
「へぇ、まぁコレくらいなら」
試しに持ち上げてみると、平均よりも太いカドックの腕にズシリとした重みが伝わる。
大柄なカドックなら持てない重さではないが、普通の男手なら二人で運ばなければ少々辛い重さだろう。
「おお、やるじゃねぇか。よし、じゃあソレをホールの一番奥まで運んでくれ」
「分りました」
この店のホール奥には、上客用としての特別席が設けられている。この料理は、どうやらそこの注文らしい。
「ああ、それとだ新人」
早速それを運ぼうと、厨房からホールへ向かうカドックの背中に店長が声を掛けてきた。
「くれぐれもお客様には粗相のないようにな。相手はたった一代で財を築いたって大商人様だぜ」
「え……お金持ち、って事ですかい?」
「おおよ。しかも結構な美食家でな。店の味が気に入ったらしくてよ、この町に来た時は必ず店に寄ってくれんのよ。で、今じゃすっかり常連よ。羽振りも良いしな」
初めはだた料理をテーブルに置いてくれば良いと思っていたカドックだが、店長のその台詞により徐々に不安が募って来る。
「あ、あの、俺なんかで良いんですかね。俺、礼儀とかまるでわかんねぇんですけど」
「あん? ハハハ。なーに、粗相をするなとは言ったが、そこまで気にする事はねぇよ。普通に料理を席まで持って行って、「お待たせしました」ってテーブルに置いて、「失礼します」って頭下げて帰ってくればいいだけだ」
決して難しい事を言われている訳ではない。だが今のカドックにはそれが、とても困難な事の様に思えてならなかった。
できる事ならば断ってしまいたい。だが、新人である自分がそうそう店長の言い付けを破る訳にもいかない。でも、やはり断れるものなら断りたい――と、往生際悪く思考が循環する。
「じゃ、早いとこ持って行ってくれ。上客を待たせる訳にはいかねぇし、料理も冷めちまうからな」
「ぅえ!? あ、あの店長――」
「俺は地下から上物の酒を出してくるからよ。頼んだぞ!」
そう言ってカドックの背中をバシッと叩くと、店長は近くの階段から地下の酒蔵へと降りて行ってしまう。
引き止める為の言葉は出ず、皿を持っている為に腕を伸ばす事もできないカドックには、大人しくその背中を見送る事しか出来なかった。
(い、いや、落ち着け。ただ料理をテーブルにまで持って行けば良いだけだ。ぜ、全然難しくなんかねぇぞ)
「フゥ……よしっ」
覚悟を決め、大皿を抱えてホールへと足を向ける。
なるべく慎重に。頭の中では、店長に教えられた台詞と動作を繰り返し呟きながら。
(「お待たせしました」 テーブルに料理を置く 「失礼します」 帰ってくる 「お待たせしました」 テーブルに料理を置く 「失礼します」 帰ってくる 「お待たせしました」――)
ホールに並ぶテーブルの間を抜け、一番奥の席へと向かう。
この町〈メルトス〉の一般的な食事処とは違い、“安さ”でも“量”でもなく、多少値段が高くなろう“味”を追求する高級志向のこの店は、テーブル同士の間隔もゆったり広めに取られいる為、大柄のカドックでも特に問題なく通る事の出来るスペースがある。
だが、それでもカドックは慎重に、かつ恐々としながら歩を進めた。
「ん? おお、来た来た。待ってたよぉ!」
すると、カドックが料理を届けるよりも先に、大皿を運ぶその姿に気が付いた相手の方から声が飛んできた。
上客用の席に座った小太りの、いかにも上品で裕福そうな服装をした男性が、両手にナイフとフォークを握り締め、人の良さそうな笑顔を浮かべながらカドックに向け手招きをしている。
その様子からカドックには、この男性が注文した料理をとても心待ちにしている事が伺えた。
その姿からは少なくとも、カドックが苦手とする自身の“大商人”という肩書きを笠に着て、えばり散らす様な人物には見えない。
(な、なんだ、そんなにおっかねぇ人じゃなさそうだな)
客の浮かべる笑顔を見て、カドックの肩から無駄な力が抜ける。
緊張からか、見た目の倍以上の時間を掛けて進んだ道程も、残す所あと僅か。後は先程店長に言われた通り、料理をテーブルに置いて厨房に戻れば良いだけだ。
カドックは最後にもう一度だけ店長に教えられた手順を頭の中で反復すると、今度は高級店の店員らしく堂々と胸を張って歩き始めた。
――その直後。
「お待たせしまし――」
ヒュ、ドスッ
突如、何かが風切り音を発て、窓の外から店内へと飛び込んでくる。
ソレはまるで狙い済ましたかの様に料理を運ぶカドックの足元に突き刺さると、ものの見事に彼の足を蹴躓かせた。
「ターーーーーッ!?!」
その瞬間、カドックは自らの時間が、極端に引き伸ばされて行く感覚に襲われる。
目に映る外側の世界がユックリと動くのに対し、しかし頭の内側の思考は全く動き出そうとはしない。
体は急停止した足元のみを後ろに残し、上半身だけが前方へと進みながら傾いて行く。
料理を乗せた銀の大皿は、浮き上がる様に彼の腕から離れると、まるで大口を開けるかの様に大蓋を開き、中身の料理を吐き出しながら目の前の客へと襲い掛かった。
ガッシャーーーン
「……」
唐突に響き渡った大音量が、店内に重い沈黙を呼び寄せる。
引き延ばされていたカドックの時間は、周りに居る他の店員や客全員を巻き込んで、今や完全に停止していた。
床に落ちた大皿が踊る様にクワンクワンと回る音だけが、間抜けに虚しく木霊している。
やがて、落ちた大皿の動きが止まり、店内が完全な静寂に包まれると、それを合図にしたかの様にカドックの時間が動き始めた。
「う、うう……」
呻きながら空に成った両手を床に付き、盛大に打ち付けた顔面をゆっくりと床から引き剥がす。
「な、なんだぁ……?」
床に這い蹲ったまま、自分を転ばせた原因は何なのかと、起こした視線を足元へ向ける。そして、“ソレ”を目撃した瞬間、カドックはその余りに予想外な原因の正体に目を剥いた。
「ぅうええぇぇ!! や、“矢”あああぁぁ!?!」
カドックはガバリと起き上がり、床に尻を擦り着けたまま慌ててソレから距離を取る。
彼の視線の先には、今迄そこにはなかった筈の“矢”が一本、斜に傾いた状態で床に突き刺さっていた。
「な、何でこんな所に矢が刺さって……ん?」
半ば呆然とし、床に座り込んだまま刺さっている矢を見詰めていたカドックだったが、その向こう側に二本の足が並んで立っている事に気が付いた。
そのまま視線を上げると、其処には酒のボトルとグラスを持ち、その顔色を血の気を感じさせない蒼白に染め、まるで凍りついたかの様に動きを止めている店長の姿が在った。
どうやらカドックとは違い、彼の時間は未だ動き出してはいないらしい。
「あ、店長――ハッ!!」
一瞬、普段は見せない店長の様子が気には成ったが、一体どうしたのかと疑問を投げ掛けるより先に、自分が今まで一体何をしていたのかを思い出したカドックは、呆けた思考を振り払い、太い首が外れてしまうのではないかと思える勢いで背後を振り返る。
其処には――直視するには余りに耐え難い、惨憺たる光景が広がっていた。
「あ、あわ……あわわわ……」
その様子を一言で表すのなら――“王に接見する騎士”といった処だろうか。
色とりどりの装飾が施された謁見の間で、鎧を着込んだ騎士が両手に剣と槍を持った王の前に傅いている。
もっとも、ここでいう装飾された“謁見の間”とは、野菜やハーブが散乱した“テーブル”の事であり、鎧を着た“騎士”とは、油が乗り皮がパリッと焼かれた“鳥の丸焼き”だり、そして剣と槍を持った“王”とは、ナイフとフォークを持った例の“上客”の事である。
因みに、上客の頭に乗っているのは王の被る“金の王冠”ではなく、料理と共に飛んできた“銀の大蓋”であった。
カドックは手を伸ばし、客の頭を覆っている大蓋をゆっくりと持ち上げると、恐々とした様子でその内側を覗き込む。
「うわぁ……」
どうやら、大蓋が飛んできた拍子に気を失ったらしく、上客はカドックが近付いても特に反応を示さなかった。息は在るので命に別状はない様だが、前頭部に小さな瘤ができている。
顔中に張り付いた野菜の切れ端はまるで下手な化粧の様で、威厳ある王様というよりは愛嬌あるピエロといった方がしっくりくる。
「…………おい」
「ハッ!?」
後から声を掛けられ、カドックの両肩がビクリと跳ね上がる。目の横を、冷たい汗が伝って行く。
先程とは違い、勢い良く振り返るのではなく、まるで油の切れた蝶番が軋むかの様に、徐々に視線を背後へと向けると、そこには顔色を蒼白から赤へと変へ、酒のボトルを握る手を細かく振るわせている店長の姿が在った。
どうやらカドックに引き続き、彼の時間も漸く動き始めたらしい。
だがそれは、時計の針が“進み”始めたというよりは、寧ろその逆――時計の針が“戻って”行く、火山が噴火するまでのカウントダウンであった。
「い、いや、いやいや! ち、違うんです店長コレはそのぉ……そう矢! 突然矢がですね! ほ、ほらこの矢が、矢が突然ですね! と、とにかくですね、や、矢がイキナリですね、そ、その矢が、ヤでして、矢なもんですから――」
何とか此処に至るまでの経緯を説明しようとするカドックだが、その思考は既に大きな混乱の只中にある。
口から出る台詞は一向に要領を得ず、先程から忙しなく空中を彷徨う両手は全く意味を成してはいない。
だが、そうもたもたしている間にも、店長のカウントダウンは順調にその数を減らし、赤く染まった顔色が更に濃い紅へと変化して行く。
店長のそんな様子に、カドックの中で一刻も早く釈明をしなければという想いが膨れ上がる。だが、それが逆に彼の焦りを助長し、更なる混乱を呼び寄せる。
やがて、その悪循環は彼の思考を真っ白に染め、途中からは彼自身も、自分が何を言っているのかよく分らなく成ってしまった。
しかし、それでも何とかこちらの事情を理解してもらおうと、口だけは諦めずに動かし続けるのだが、まともに思考の定まっていない頭では、無論まともな釈明の言葉が出てくる筈もない。
「や、矢です! とにかく矢です! 矢がですね、矢なんですよ。それで――」
「そぉかいそぉかい。お前さん、そんなにウチで働くのは“嫌”ってかい……」
そう言ってカドックの肩に手を置き、彼に向けニッコリと笑みを浮かべる店長。
それは、真っ赤に染まった顔とこめかみに走る青筋が不気味に脈打つ、毎晩の夢に出て来ても不思議ではない、何とも印象的な笑顔であった……無論、悪夢として。
「へ?……い、いや! いやいや!! そうじゃなくて! “矢”なんですよ! “矢”です! いや、“嫌”じゃなくて“矢”なんです。決して“矢”じゃなく、あれ? いや“嫌”じゃないな。とにかく“ヤ”な訳でして、“ヤ”が――」
そして、ついに――
「ああ、お前さんの気持ちはよぉぉっく分ったよ……。そういうコトなら、今日限りで――」
「い、い“ヤ”、“ヤ”じゃなくて、“ヤ”でして、“ヤ”がぁ――」
「お前さんはぁぁ――」
「“ヤ”……“ヤ”ァ……」
――“爆発”した。
「クビだあああああああああ!!!」
「イ“ヤ”ーーーーーーーー!!!」
こうして、カドックは再び職を失った。
この回、もしかしていらな(ゲフンゲフン




