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お久しぶりです。今回は短め。
◇◇◇
フールを肩に乗せ夜の町をひた走る。
「くっそー! ダグのヤロォ!」
(何もあのタイミングで絡んでくる事ねぇだろ!)
「……ねぇレイドォ」
「あん?」
「あの人たち、追っかけてきてるよ」
「分っとるわンなコト!!」
(相っ変わらず緊張感がないなコイツは!)
実際さっきから背後で俺達を追い駆けてくる奴等の足音が……そら追ってくるわな。
一体俺に何の用が有るのか知らないが、あんな得体の知れない連中と関わり合いに成るつもりなんて毛頭ない。
〈黒羽〉ではその場の勢いに任せてダグの奴まで放り投げてきた訳だが、あの“全身鎧”に対して悪かった等とは微塵も思っていない。
もし俺とまともに話がしたいのなら、素直に名前と素性を明かして普通に話し掛けてこい。あんな格好じゃ警戒してくれと言ってる様なモノだ。
なので、この場はこのまま逃げ切る事にする……話が有るならまた後日きやがれ。
「おいフール、何人ついてきてる?」
自分は逃げに専念しつつ、後の様子をフールに確認させる。
「う~ん二人かな。さっきカウンターにいた男の人と、一番背のちっちゃい人ぉ」
「そうか」
という事は、“全身鎧”と残りの一人はマスターが足止めでもしてくれたのだろう。後で礼を言っておこう。
「あ、でもあの人たち結構早いよ~。近付いてきてるぅ」
「うぇっ! マジかよ!?」
フールの奴を担いでいるとは言へ、それでも俺に追いついてくるのか。
どうやら、このまま単純に走って逃げ切るのは難しいらしい。このままだとそのうち追い付かれる。
(これでもいつもよりは速ぇ筈なんだが……軽くショックだ。ここ最近のサボりが祟ったか?)
しかし、俺にとっては遺跡の内側だろうと外側だろうと、こと“逃げ”に関しては十八番中の十八番だ。
例え俺より足が速かろうと、“捕まらなければ”此方の勝ちであり、“捕まえられなければ”向こうの負けだ。
「よし。このまま大通りに出て人混みに紛れるぞ」
「りょ~か~い」
遺跡発掘によって発展しているこの〈メルトス〉は、昼夜問わず大勢の人々で賑わっている。
特に人口が集中しているのが町の中央通りで、今俺達の今要る〈黒羽〉前の通りにはそれ程多くの歩行者は行き交っていない。
まぁ時間が時間なので、食事や酒盛りで盛り上がった連中がそこいらをうろついていたり、酔ってへばったりはしているが……。
とにかく、このまま真っ直ぐ進んで通りを二つ程跨げば、もう其処は人混みで溢れる中央通りだ。
俺達を追ってくる奴等の足がどれだけ速くても、先にコッチが中央通りに辿り着いてしまえば、人の群れに紛れて逃げ切るのは割りと簡単だろう。
「どうだ、逃げ切れそうか?」
「たぶん大丈夫~。でもあのちっちゃい人速いなぁ、レイドより速いかも~?」
「ンなもん追い付かれる前に逃げ切りゃ良いんだよ」
そんな事を言っている間に一本目の通りを越えた。
このまま真っ直ぐ進んでもう一本通りを跨げば、直ぐに中央通りに出られる。そうすればもうコッチのモノだ。
「……あれ?」
「よっしゃ! このまま大通りに出――」
「えいっ」
「イィデデデデデ!?!」
大通りまであと少しといった所で、イキナリ何の前触れもなくフールに右側頭部の髪の毛を思い切り引っ張られた。
(つか! 今首からグギって嫌な音が!!)
「お前! イキナリ何しやが――!!」
そう、俺が頭上の相方に文句を言おうとした、次の瞬間――
ヒュ――
「る、ウン……?」
突然、後方から飛んできた何かが俺の左肩を掠め、そのまま俺達を追い抜き前方へと飛んで行った。
(……いや、“何か”と言うより、今のってまさか――)
ガシャーーーン
前方の建物の中で、何かが引っくり返るが盛大に響く。
だが、俺はその音とは逆の方向――前に走る足はそのままに、自分の背後を振り返った。
当然、そんな無理な体勢で走れば速度は落ちる。だが、今しがた左肩を掠めて行った物体が、俺にはどうにも気になった。
ある程度の速度低下は覚悟して、俺もフールと一緒に“ソレ”が飛んできた後方に視線を移す。
「――じょ」
すると、俺達を追い駆けて来た二人組み。その内の一人、小柄な人物の後を走っていた緑髪の男が、通りの途中で立ち止まっているのが見えた。
そして、その男の左手には――一つの“弓”が握られている。
「冗談じゃねええええ!!」
視線を直ぐ前方に戻し、走る足に更なる気力を叩き込む。
「あのヤロォ信じられねぇ! こんな町中で“矢”ぁ打ってきやがったぞ!?」
胡散臭く、得体の知れん奴等だとは思ってたが、まさかここまでイカレた連中だとは思わなかった。
今の矢、フールのせいで体が傾いてなかったら、確実に俺に命中していただろう。
それに、こんな町中で矢なんて物騒なモン撃てば、何の関係も無い人間に“流れ矢”が命中する事だって在り得る。
だから町中でのいざこざでは、例え武器での争いになったとしても、“飛び道具”の使用はご法度だ。
もしそれで通報されて、この町の〈治安維持隊〉にでも捕まろうモノなら、下手すりゃ一生檻の中で過ごす羽目に成る。例え飛ばした“流れ矢”が、誰にも命中しなくても、だ。
「ルート変更だ! 曲がるぞフール!」
「ういうい」
「右ッ!」
「と~う」
フールが体を右に傾け、それに引かれる様に進行方向を右へと変える。
大通りはもう目と鼻の先だが、このまま真っ直ぐ進んでいたら、一体何本の矢が無防備な背中に打ち込まれるか分かったモノではない。
そうなる前に、俺達は急いで右手の路地に飛び込んだ。
「つか何で俺がこんな目に!? 俺何か悪い事したか!?」
「レイド何かしたの~?」
「しとらんわッ!!」
遺跡内部で怪物に襲われる事はあっても、こんな町中で堂々と命を狙われる様な恨みなんぞを買った覚えはない……多分。
「タブンか~」
「だぁから! そうやってたまに人の頭の中読むのやめんかッ!」
◆◆◆
「おっと、避けられた。じゃもう一発」
「止めろッ! 貴様何を考えている!?」
“緑髪の男”が弓に二本目の矢をつがえた処で、その射線上に“小柄な人物”が割って入る。
その隙に、彼等の追っていた目標は傍の路地へと駆け込んでしまった。
「あらら」
「殺さずに生け捕れという、あの方の言い付けを忘れたか!?」
後方から突然放たれた矢に気が付いた小柄な人物は、レイド達を追う事を急遽中断し、背後の緑髪の男へと詰め寄った。
だが、そう口調を荒げ詰問する小柄な人物に対し、男の方はどこ拭く風。肩を軽く竦めると、なんでもないかの如く飄々と返事を返す。
「いやだなぁ、狙ったのは肩だよ肩。彼を殺す積りなんてないってば」
「狙うのならせめて足を狙え! いや、そもそもこんな町中で矢を放つなど!」
「いやー、まさかあれが避けられるとは思わなかったなぁ。失敗失敗」
「貴様……!」
男の何ら悪びれる様子のない態度に据えかね、小柄な人物が男の襟に掴みかかろうと手を伸ばす。だが、その腕は男の襟首に届く寸前に、次の台詞によって押し留められた。
「おっと、いいのかな? 早く追わないと本当に彼に逃げられるよ?」
「ック!……此処から先は私一人で追う。貴様は付いてくるなッ!」
叩きつける様にそう言い放ち、小柄な人物は緑髪の男を残して一人レイド達の後を追い、暗い路地の中へと消えて行った。
その後姿を見送り、緑髪の男はもう一度肩を竦め首を振る。
「やれやれ。あのお嬢さん、此処がよそ者だってこと理解してるのかなぁ。多少強引でも早々に決着をつけた方が……おや?」
すると、彼の背後からカシャカシャと軽快な音を発て、酒場で別れた“全身鎧”が駆け寄ってきた。
「遅かったね。何かあったかな?」
「……“巨人”に捕まっていた」
「ああ、あのマスターか。彼、噂通りの曲者だったよねぇ。いや、噂以上かな? 流石は旦那と同じ元“黒”のメンバー」
「状況は?」
「“耳付き”が一人で追ったけど、ありゃ駄目だね。なので、ボク達は当初の打ち合わせ通りに動くとしよう」
男の台詞に全身鎧が頷くと、二人はレイド達と小柄な人物が入って行った路地とは別の方向へと走り去って行った。




