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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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 ◇


「ホラよ、コイツも食ってけ」

「うわ~い」


 フールの前にフルーツの盛り合わせを差し出して、マスターはまた厨房の奥へと引っ込んだ。


 久しぶりと言う事で、コレはマスターからフールへの奢りだそうだ。結構良い値段がする筈なんだが、マスターもなかなかに太っ腹である。

 俺も横から手を伸ばし、そこから紅い実を一つだけ摘まんで口の中に放り込む……うむ、美味い。


「――それからの事後処理がまた大変だったんだニャー」

「ホー、そうなんかい」


 ハンバーグを食い終わった後、俺達はノンビリと食後の会話に花を咲かせていた。

 とは言へ、フールは出されたフルーツを頬張ってるし、俺はさっきから聞き手にまわっているので、喋っているのは主にシュルシャの奴だけだが。


 なんでも、俺達が遺跡から町に帰ってきたその日、大通りで自走輪同士の事故があったのだとか。

 二台の自走輪がすれ違い様に接触して片方が横転。その際、荷台に積まれていた三十匹近くの剪定蟹が檻から逃げ出してしまったらしい。


 幸いな事に人的被害はなかったが、現場は只でさえ人の多いこの町のメインストリートだ。

 結構大きな騒ぎに成り、逃げ出した剪定蟹の回収や混乱の沈静化に〈治安維持隊〉だけじゃなく、〈黄金の瞳〉職員も引っ張り出される羽目に成った……その時の愚痴を、今の俺は聞かされている訳だ。


「――でニャ、ウチでも自走輪を扱うにあたって、もっとちゃんとしたルールの整備に取り組もう、って話が出てきた訳ニャ」

「ふーん、成る程ねぇ」


 後に事故の原因は、片方の自走輪運転手の脇見運転によるものと判明。

 運転中に一体何に気を取られていたかは知らないが、まったくもって迷惑な話である。


 自走輪は牽獣を動力としない分、その運用性が馬車や牛車などより明らかに優れている。

 だが従来の馬車や牛車なら、もし進行方向に異変があった場合、結構なスピードで進んでいない限りは、牽獣が異変に気付いて勝手に減速したり停止したりしてくれる。


 しかし、自走輪を操っているのはあくまで一人の人間だ。運転中にソイツの意識が別の方を向いてしまえば、進む先の異変に気付く奴は誰も居なく成ってしまう。

 その結果が、今回の事故に繋がったと言う訳だ。


 だが今回のような事故は、何も一度や二度の話ではない。この町で自走輪が普及し始めてからと言うもの、大なり小なり頻繁に起こっている問題の一つである。

 その為〈黄金の瞳〉では、自走輪を運転するにあたり、これまでの馬車や牛車などとは違った、ある程度の技術習得を前提とする“運転許可制度”を確立し、事故防止に繋げたいと考えているらしい。


(コイツ等からしたら、割と切実な問題だろうからな)


 〈黄金の瞳〉では、発掘者に対し自走輪の貸し出しも行なっている。

 あの爺さんの“先見の明”ってやつだろう。〈黄金の瞳〉は恐らくこの町で、一番多くの自走輪を所持している組織だ。

 その狙いは、自走輪を貸し出す事によって得られる利益と、発掘者達による遺跡探索の促進が目的だ。しかし、こうも事故が頻発するとなると、各方面からの苦情は勿論のこと、自走輪の修理費用もバカには成らない。

 今回の“運転許可制度”は、ソレを考慮しての提案なのだろう。


「だからジーチャンが、シュルシャも乗れるように成っとけぇって……ちょっとレイド、ちゃんと聞いてるかニャ?」

「聞いてるよ。でもお前、ルールの整備つったって、この町の中だけじゃ意味ねぇだろソレ」

「それは心配ご無用だニャ。既にウチのジーチャンの指示で、関係各所に報告は完了済みニャ」

「ふーん」


(あの爺さん、仕事だけは早ぇからな)


「今頃は王都のお偉方の耳にも届いてる筈ニャ」

「早ッ! 早ぎるだろ流石にソレは!?」

「チッ、チッ、チッ。ウチのジーチャン舐めたらいかんのニャ」


 一瞬耳を疑ったが、どうせあの爺さんの事だ、そんな重要な案件がその場の思いつきで出てきた筈がない。

 多分前々から事前に考へ、色々と根回をし、その上で提案を出すタイミングを見計らっていたんだろうが――


(でも、そこからの展開が少し早すぎやしねぇか?)


「あノ、レイドさン。スコシよろしいデスか?」

「ん? ああ、はい。何ですかシノブさん」


 そう疑問に思っていると、シノブさんに声を掛けられた。

 シノブさんから話し掛けられた以上、最早あのジジィの事なんぞどうでも良い。さっさと思考を打ち切って、シノブさんとの会話に集中する事にする。


「これ、マエにたのまれてイタものでス。どうぞ」


 すると、シノブさんが俺に赤、青、緑の三つの“巾着きんちゃく”を渡してくれた。


「おお! ありがとうございますシノブさん!」


 この“巾着”という代物は、要はシノブさんの国で使われている“道具袋”の事だ。

 普段俺達が使ってる様な、動物の皮を二枚合わせた構造ではなく、もっと立体的というか丸っこいというか……まぁ、何か可愛らしい形をしてる小さな袋だ。

 割と丈夫で使い勝手も良く重宝するのだが、俺がシノブさんに頼んでいた物はあくまでも巾着の“中身”であって、この巾着その物じゃない。


 因みに、この巾着もその“中身”も、全てシノブさん手作りである。


「いつもすみません、丁度在庫が切れちゃってて」

「コンカイは、あまりカズがありまセンので、ごチュウイしてくださイね」

「はい、本当にありがとうございます」

「お~いシノブちゃ~ん、お会計お願~い」

「はーい、タダいまー。それでは、おシゴトにモドりますね」

「あ、はい……」


 最後に小さくニコリと笑って、シノブさんは呼ばれたオッサンの所へ行ってしまった……おのれオッサン!


「レイド、シノブから何貰ったんだニャ?」

「おのれぇ……って、へ? あ、ああコレか?」


(――さて、何と言ったら良いモノか)


「うーん……なぁ“秘密兵器”だな」


 そう言って、貰った三つの巾着をポンポンと手の平で玩ぶ。


 シノブさんとの約束で、残念ながら巾着の中身については、シュルシャの奴にも詳しい説明をしてやる事が出来ない。

 しかも俺は遺跡での発掘中、何度も“コレ”に命を救われている。なので“秘密兵器”と言うのも、あながち間違いとは言い切れない。

 コレが有るのと無いのとじゃ、遺跡に入った時の安心感がまるで違う。俺がシノブさんに対して頭が上がらない数多くの要因の一つだ。


(この前の一件で、在庫を全てあの蟹共に食われたからな……)


「……怪しい」

「は?」

「一体何貰ったんだニャ。シュルシャにも見せるのニャー!」

「わっ! バカ止めろ猫娘! コレは本当に駄目なんだって!」


 伸びてきた腕に巾着を奪われまいと、俺も慌てて巾着を持った腕を背後へ逃がす。だが、シュルシャはそれでも俺から巾着を奪おうと、そのまま俺に圧し掛かってくる。


(うぉ!? ちかっ!)


「ニャッ! ウニャッ!」


 シュルシャの手が届かない様、巾着を持った腕を右へ左へ振って抵抗する。同時に、目の前で大きい二つの物体も、右へ左へと揺れている。

 あとコイツ、生意気に香水でも着けているのか、匂いの他にも体温とか感触とか、密着してるお陰で色々と魅惑的な感覚がダイレクトに伝わって……。


(――って、イカンイカン!)


「だああ暑っ苦しい! 離れんかーー!!」

「ムギューー……!」


 至近距離にあったシュルシャの顔を無理矢理ひっぺがし、そのまま後の席にまで押し返す。


(くそ、こんなバカ猫の色香なんぞに惑わされて成るものか!)


 お互いの身体が離れたその隙に、持っていた巾着を素早く懐に仕舞い込む。

 流石にシュルシャの奴も、俺の服の中にまでは腕を突っ込むつもりはないらしく、観念したのか恨みがましい目線をコッチに向けている。


「ムー……」

「ンな目で見んなよ。別にお前にだけ秘密って訳じゃねぇんだから」


 別にシュルシャの奴を信用していない訳じゃない。寧ろコイツに対しての俺の信頼は厚い方だ。お互い付き合いは長いし、仕事で色々と世話にも成ってる。

 だが、ソレとコレとは話が別だ。


 “巾着とその中身”を作ってくれたシノブさんにだって事情ってモノが在る。

 秘密にしてくれと頼まれた以上、ソレを無視して俺がペラペラと誰かに話すなんて事が出来る筈がない。

 特に、シノブさんからの頼み事なら尚更と言うモノだ。


「フィ~。やーっと一息吐けるわ~ン」


 ――と、そこで頭と額に浮いた汗を拭いつつ、マスターが奥の厨房からノッソリと姿を現した。

 大方、客の注文も落ち着いて、食器洗いも一段落着いたのだろう。


「ねぇレイドちゃん、一杯御馳走してくれな~い?」

「何でフールの奴には奢って俺にはタカるんだよアンタは」

「別にいいじゃな~い」

「あ、じゃあシュルシャにも御馳走してほしいニャ~」

「厚かましいなお前も!」


(コイツ等は、俺が呑めねぇの知っとるくせに)


「レイドちゃん、お・ね・が・い」

「レイド、お・ね・が・い・ニャ」


 うっふんとシナを作りながら、両腕を寄せて必要以上に胸を強調するシュルシェと、逆に両腕を開いて必要以上に胸を強調するマスター。


「ふむ……マスターの勝ち!」

「なっ!! そ、そんな馬鹿ニャ!?」

「ウフフ。シュルシャちゃん、コレが大人の魅力と言うモノよン」


(いいえ、単純にインパクトの差です)


 マスターの分厚い大胸筋の前では、如何にシュルシャの胸といえども霞んで見える。


「ぐぬぬ……だ、だったら次は、お互いのお尻で勝負だニャ!」

「いいわよ~ン。この私の可愛らしい臀部のシマリ具合……見せ付けてあげるわッ!」


 耳と尻尾をピンッと立てた威嚇モードのシュルシェに対し、マスターはハゲ頭と、不敵な笑みから覗く歯を輝かせながらのポージングで対抗する。


「「勝負!!」」

「止めんか見苦しい!! 奢るよ! ただし一杯だけだからな!」

「あンら、流石レイドちゃん!」

「話が分るニャー!」

「ハァ、ったくもぉ……」


(毎度のコトながら、コイツら飲む前から既に酔っ払ってるんじゃなかろうか?)


 俺からの言質を見事に強奪したマスターは、手早く用意したジョッキ二つに酒を注ぐと、片方をシュルシャに渡して二人同時に杯を傾ける。


 ゴク、ゴク、ゴク――


「「――プッハアアアア! ウマイ!!」」

「ああそうかい、喜んでもらえて何よりだよ」


 なんて心にも無い事を口にしてみるものの、コイツ等相手に皮肉なんてモノが通じる筈もない。


「ねえねえレイド~」

「うん?」

「はい、ア~ン」


 呼ばれて振り向いてみると、フールの奴が四角くカットされた黄色い果物を、フォークに刺した状態で俺の顔の前に突き出してきた。

 食って良いらしいので、遠慮なくソレにかぶり付くと、途端に酸味の効いた甘い果汁が口内に広がり、同時に鼻腔を爽やかな香りが抜けて行く。


「美味し~?」

「ン、ン」

「えへへ、だよね~」


 同意して頷いてやると、フールは満足気な笑顔を浮かべて残りのフルーツを口に放り込む。

 フォークに刺したフルーツを美味そうに頬張るコイツの姿を見ていると、ささくれた気分も少しは落ち着いてくる。


(コイツにはここ最近、節約だの節制だのと色々と苦労を掛けたからな)


 なので、そのうち何か奢ってやろうと思っていたのだが、予定外の収入のお陰で予定より早く目的を達成する事ができた……フルーツはマスターの奢りだが。


(まぁ何はともあれ、喜んでもらえりゃそれで良いか)


「「ジーー……」」

「ん?」


 ふと視線を感じ、シュルシャとマスターの方に視線を戻すと、いつの間にか二人はジョッキを煽る手を止めて、俺の事を半開きに成った眼でジト~ッと凝視していた。


「……何だよ」

「今の見た? 違和感なんてまるで感じない、超が付くほど自然ナチュラルな一連のやり取り」

「ええ。それなのに“アレ”はまだなんでしょう?」


 マスターの問いに、シュルシャがコクコクと頷く……“アレ”って何だよ。


「それは……心配に成るわね~、色々と……」

「やっぱりマスターもそう思う?」

「まぁ頑張んなさいな。アタシはシュルシャちゃんだけを贔屓なんてしなけど、三人の中じゃアナタが一番付き合い長いんだから」

「なんか最近、それが一番ネックに思えてきた」


 さっきから二人とも口の横に手を添えて話し合っているくせに、声が大きいせいで会話がダダ漏れである。会話は聞かれても構わないが、俺からの質問いにも答えないと言った感じだ。

 俺が内容を訊ねた処で、適当にはぐらかされるのがオチだろう……つか、語尾はどうした猫娘。


「だから何なんだよ」

「べっつにー、何でもな~い。ハァ……マスターお代わり!」

「はいはい、まいどー」


 ――と、こんな具合に。


 この猫娘。さっきまではノリノリで悪ふざけに興じたり、俺をからかって遊んだりしていた癖に、たまにこうして不意に機嫌を悪くする時がある。

 しかも、その度にまるで原因が俺に在る様な態度を取り、それでいてコッチがその理由を訊ねても、いつも明確な言及を避けるのだ。

 普段のコイツなら、無礼千万傍若無人な物言いですら気兼ねなく俺に吐いてくるのに、こういう時だけ何故か返答を濁す……訳が分からん。


 いつ頃からだったのか、コイツがこんな良く分らん態度を取る様に成ったのは。

 あれは確か、前に俺が〈トルビオ〉からこの町に帰ってきた位の時期だったから――


(もう三年くらい前の話になるのか……? あ、そうだ。〈トルビオ〉と言えば)


 丁度そこでマスターに聞いておきたい事を思い出した。


「ねぇマスター、ちょっと聞きたいんだけど」

「ん、なぁにレイドちゃん」

「マスターって、〈トルビオ〉に行った事あるよね?」

「〈トルビオ〉? ええ、あるわよ。もう随分前の事だから、町の様子も変わっちゃってると思うけど」


 〈トルビオ〉の町――この国の南部。王都〈ファルーゼン〉から南に下がった場所に在る、この国〈レムンレクマ〉と諸外国を結ぶ第二の玄関口である港町だ。


「いや、町の方じゃなくてさ、あの辺り遺跡って在ったっけ?」

「遺跡? 在るには在るけど、でも確かあそこってボロボロの建物が幾つか並んでるだけよ」


 遺跡と言っても、その種類は場所に因って千差万別。

 この前俺達が潜っていた〈ムーゼ遺跡〉の様に、地下に広大かつ複雑に広がるモノも在れば、今のマスターの説明の様に、地上に幾つかの古い建物の残骸が在るだけ――なんてモノも存在している。


 規模も構造も全く比較にならない両者だが、どちらも古代の人々が残した“遺跡”である事に変わりは無い。


「その遺跡にさ、何かしら背の高い建物ってなかった」

「高い建物?」

「例えば――“鐘楼”とか」


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