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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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……第三回……料理小説

 ◇


 “話し合い”が終わりトイレから出ると、途端に大勢の人の喧騒が耳に飛び込んできた。どうやら、俺の居ない間に随分と客が入ったらしい。


(込んできたな)


 この店に来る連中はさまざまだが、“美味くて安くて量が多い”を謳い文句にしている以上、その客層は“お上品”とは程遠い。


 現に込み入ってきた店内を見回せば、目に入るのは遺跡帰りの発掘者や、仕事が終わった鳶職の連中、又は何処ぞの警護に雇われた傭兵等々、マナーとは掛け離れた厳つい奴等ばかりだ。

 今日一日の労働から解放され、盛大に酒杯を傾ける奴もいれば、その日の儲けを倍にしようとカード賭博を始める奴もいる。

 なんとも騒がしい限りだが、これがこの〈黒羽〉のいつもの光景だ。


 俺もこういう騒がしさは嫌いじゃないのだが、それはあくまで遠巻きに見物する程度で、絡んだり巻き込んだりするのは勘弁して貰いたい。

 ああやって楽しそうに騒いでいる姿を見ると、多少は羨ましく思ったりもするのだが……酒弱ぇんだよな、俺。


(ん……?)


 壁沿いにカウンターへ戻って来ると、フールとシュルシャとシノブさんが、何やら三人だけで話し合っている。

 辺りの喧騒がうるさい上に小声なので、俺の所からでは何を話しているかは分らない。


「――でわレイドさ――まだキがついて――ですネ」

「まったく――イドも発掘以外は――だニャー」

「んー、ボクは――今の――でも良い――」

「――いってるニャ、フールが――」


 一体何の話をしているのか。この三人、何かと機会を見つけてはよくこうして密会を設けている。

 これだけ堂々としていて密会もないモノだが、何故か俺にだけはその内容を教えてくれようとはしない。

 それならいっそ、もっとコソコソして貰えないだろうか。出来れば俺の目も耳も届かない場所でしていただけると在り難い……気に成るし、何より悲しくなってくる。


 未だ三人とも俺には気が付いていないので、盗み聞きでもしてやろうかと思ったが、そうすると確実に後が怖い。止めておこう。


「あ、戻ってきたニャ」


 コッチが声を掛ける前に、シュルシャの奴が俺に気付く。すると三人はいつものようにアッサリと会話を中断させ、俺に席を開けてくれた。

 カウンター向こうの厨房からは、豪快な調理の音が聞こえてくる。どうやら、注文したハンバーグはまだ出来上がってはいないらしい。


「随分と長かったニャー。ひょっとして大きウミュッ――!?」


 シュルシャが台詞を言い終える前に、その両頬を顎ごと下から掴み上げてやる。髭を引き抜くよりかマシだろう。


「これから食事だってのに妙なこと口走るなよ」


 両側からの圧力に負けた唇が、愉快に前に突き出ている。


「分ったか?」

「ミ、ミュミュウ~――!」

「よし」


 頷いた事を確認して開放してやる。


「うう~、引っ張られたり潰されたり、そのうちシュルシャの可愛い顔が歪んでしまうニャ~」


 勿論、無視する。


「で、また何を話してたんです?」

「フフ、ヒミツですよ」

「ですよ~」


 一応聞いてみたが、案の定密会の内容は教えて貰えなかった。

 この件に関してはシノブさんもシュルシャの奴も、フールの奴ですら俺に口を割ろうとはしない……俺の悪口とか言ってないよな?


「シノブちゃーん、注文お願ーい!」

「あ、ハイ、かしこまりマシター! では、シツレイしますネ」

「あぁ……」


 他の客に呼ばれたシノブさんが、別の席へ注文を受けに行ってしまった。

 くそぅ。さっきまでの“話し合い”さえなければ、もっと長くシノブさんと一緒に居られたというのに。

 これだからマナーのなってない客は嫌なのだ。注文くらい直接マスターに言いに行けば良いモノを。

 シノブさんはこの店のウェイターだが、ウェイターである前に一人のシノブさんだぞ。そのシノブさんをこき使うとは何事か。


「……むぅ、分かり易い」

「やっぱりシュルシャが三番さんかニャ~」


(一体何を言っとるんだコイツ等は?)


「はいよぉ! 特性ハンバーグ三つ、お待ちぃ!」


 ジュウウウウ――


「「「おおー!!」」」


 シノブさんが俺達から離れて直ぐ、注文していたハンバーグが目の前のカウンターに乗せられる。


 よく熱せられた鉄板にこんがり焼かれた楕円形の挽肉が乗せられ、引かれた油に肉の上から零れた特性ソースが混ざり合い、バチバチと威勢よく跳ね回っている。

 そして食欲をそそる芳しい香りが、白い湯気と共に踊る様に立ち昇り……や、やべぇ、見てるだけでヨダレが。


「じゅるり」


 隣のフールも俺と同じで必死にヨダレが零れるのを堪へ、出されたハンバーグをジッと凝視している。

 まぁ前回の発掘作業から帰ってからというもの、まともな御馳走なんかコレが初めてだからな。俺も気持ちは同じだ。


「――って、おいヨダレ! 零れてる零れてる!」

「ウイッ!」


 ゴシゴシ


 どうやら空腹感に堪え切れなかったらしい。

 俺が指摘してやると、フールは慌てて自分の口元を袖で拭った。


「オラよ! ナイフとフォークだ、熱いから気を付けて食いな!」


 マスターがカウンターに置いた小さなカゴの中から、俺達は我先にと自分用のナイフとフォークを手に取る。


「「「いっただっきまーす!」」」


 そう言い終える前に構えたフォークを肉の表面に突き立て、沿わせるようにナイフを差し込んでいく。

 瞬間、端の方だと言うのに、その僅かな切れ目からジュワリと溢れ出た肉汁が、焼かれた表面を伝って鉄板の上へと流れ落ちて行く。

 その後もナイフは抵抗なく肉を切り進み、そこから昇るアツアツの湯気が晴れたその先からは、まるで滝の様に肉汁を滴らせる肉の断崖がその姿を現した。


 切った断面からコレだけの肉汁が出てくると言う事は、その肉汁が外へ逃げ出さないよう、最初の段階で肉の表面がシッカリと焼かれているコトを意味している。

 それでいて焼きすぎなんて事はなく、肉の内側には均一に火が通っていて生焼けなんて部分は一切ない。

 これは微妙な“火加減の調節”と肉の“返し”のタイミング、そして最後の“蒸らし”の見極めが出来てこその技だ。


 しかも、この特製ハンバーグが出てきたタイミングを考えるに、マスターはその作業を三つ同時にこなした事に成る……とても素人に真似の出来る芸当じゃない。


(流石はマスター、この店が人気なのも頷ける)


 さて、見た目にばかり気をとられていないで、いい加減頂く事にしよう。

 俺は切り取ったハンバーグに息を二~三回吹き掛けてから、それを豪快に口の中に放り込む。


「ハフ、ハフハフッ、ハフッ」


 涙が出そうに成る熱さに耐えながら、久々の御馳走をしっかりと噛み締めながら味わう。

 途端、口の内に湧き満ちるえも言われぬ幸福感に、俺は自分の目頭が熱くなるのを感じた。


 人間、痛みに堪える涙はあっても、幸せに抗う涙はないのだ。


「う、美味い……!!」

「美味し~~」

「アチャ、あひ、あひゅい~」


 若干一名この感動を素直に味わえていない輩もいるが、正直この美味さはヤバイ。

 金さえ有れば、毎日食ったって良いくらいだ。


 使われている肉は一種類だけの単一肉じゃなく、マスター独自の比率で配合された合い挽き肉。

 詳しく聞いた事はないが、大勢の客に安く品を提供する以上、そうそう良い肉を使える筈が無い。なのに、これだけ美味く感じさせる事ができる秘結は、この肉の配合比率にこそあるのだろう。


 肉の味付けは最低限の塩と香辛料のみ。そのため肉本来の旨みと甘みをシッカリ感じ取ることが出来るのだが、その反面、食べ続けていると味が単調に成ってしまう。

 旨みの詰まった肉汁が、段々としつこく感じてくるのだ。


 そこで肝と成るのが、このハンバーグの上に掛かっている“マスター特製ソース”である。

 さっきから漂っている香ばしく食欲を誘う匂いも、熱した鉄板に零れているこのソースが原因だ。


 これも材料を詳しく聞いた訳じゃ無いからよく解らないが、多分幾つかの果物や野菜をベースにじっくりと熟成させた物だろう。

 見た目は赤黒くドロリとしていて濃厚そうだが、味の方は酸味の有る甘目のさっぱり系ソースだ。

 だがこのソース、香りもコクも有って美味いのは確かなんだが、酸味が強すぎるのが問題だ。


 徐々にしつこさを増す“合挽き肉”と、舌を刺す様な酸味の“ソース”。

 どちらか片方づつだと、どうしても長く食べ続ける事が出来ない二つだが……実はこの二つ、合わさるコトでその様相を一変させる!


「ハグッ、ムグムグムグ…………んっ――!!」


(うまあああああい!!)


 肉汁とソースの両方を滴らせる特製ハンバーグを口にした瞬間、その内側で“味の快感”が爆発した。

 もし口の中に何もなければ、思いの丈をそのまま全力で口に出していただろう。


 こってり濃厚な肉汁はソースの酸味でしつこさが打ち消され、またソースの酸味は肉汁と混ざり合う事でまろやかに、且つコクと旨みが何倍にも跳ね上がった極上のモノへと姿を変える。

 久方ぶりに食ったマスターの特製ハンバーグ。子供の頃から食ってきた味だが、未だに全く飽きる事がない。いや、それ処かこの特製ハンバーグは、食うたびに美味く成ってる気さえする。


「ハグ! ハグ! モグモグモグ! バクバクバク!」


 ここまで来ると、もう手も口も止まらない。

 食べるペースを全く落とす事なく、俺は瞬く間に熱々のハンバーグ一皿を食い切った。


 久方ぶりってのは確かに有るが、マスターの料理はある意味俺にとっての“お袋の味”って奴だ。

 慣れた料理に飽きない味。フールの奴が作る料理も悪くはないが、マスターの料理は明らかに“格”が違う……ま、フールの奴に料理を教えてるのもマスターなんだが。

 フールの奴も、いつかはマスターに追い付いてみせると意気込んで、今も料理の腕を磨き続けている。


 俺としては、美味い料理を食えるなら何も文句は無い……だが、今は何より――


「マスター! ハンバーグ御代わり!」

「おう! 少し待ってろ!」


 今日も今日とて、酒場<黒羽>は大繁盛であった。



 ◇


「フゥ……ごっそさん」


(食ったぁ食ったぁ)


 結局その後、追加でもう一皿注文した俺は、合計三皿の特製ハンバーグを完食してしまった。

 コレだけ食っても飽きさせないのが、このハンバーグの凄い処だ。


 俺はもう食い終わったが、両隣に居る二人は未だに一皿目をつついている。

 料理の美味さに俺の食が進んだってのもあるが、この二人もまた食うのが遅い。

 一人は小さい顔と同じ小さい口でマイペースに食ってるし、一人は見た目通りの猫舌だ


(まぁマスターのハンバーグは冷めても美味いからな、ノンビリ食えば良い)


 俺は膨らんだ腹をさすりつつ、店内の様子を眺める。


(賑やかだねぇ)


 夜の酒場ってのは、その町の縮図だ。

 近年の移民受け入れでこの町には様々な人種や種族、老若男女があらゆる場所に入り乱れてる。

 現に今も俺の目の前で、性別も年齢も種族も様々な連中が、酒をかっ喰らっては肩を寄せ合って盛り上がり、互いに杯を交している。


(一部の“差別主義者”にとっちゃゾッとする光景だろうな)


 だが、この町に入って来るのは何も“人”だけじゃない。

 それと同時に、様々な“文化”や“風習”、“価値観”や“宗教”なんて物もセットで入り込んで来る。そしてそういったモンは、争いの火種に成り易い。


 どこの人種や種族の文化や風習にも、良い処も有れば悪い処も有る。

 そしてそれ等は内側から見るか外側から見るかによって、それぞれの見方が当然のように変わってしまう。

 そんな僅かな差異が、多くの連中の心に優越感や劣等感ってのを産み、それが争いや諍いにまで発展する訳だ。

 普段、そういったモノは理性が押さえ込んでくれるんだが、酒場って場所にはその理性を取っ払う効果が有る。


 だがこの<黒羽>では、そんな理性が取っ払われた連中が集まっているにも関わらず、そういったい揉め事を起こす連中は滅多に居ない。

 居たとしても、起きるのはせいぜいが軽い言い争い程度で、“深刻な事態”にまで発展するケースは極々稀だ。

 要は、そんな理性の薄い状態でも、その程度のいざこざで済ませる事が出来るのが、今のこの町の現状という事だ。


 まぁもっとも、ココは“差別主義筆頭”なんて呼ばれてる種族が主人をやってるような店だ。

 それだけで、この町の懐がどれだけ広くて深いのか、伺い知れると言うモノだろう。


(……ホント、良い町だよココは)


 なんて、今の自分が置かれている境遇に感謝しつつ――


「――フッ」


 俺は自分の顔に掛かった“黒髪”を、下から軽く吹き上げるのだった。

第一回――トカゲ

第二回――鳥

第三回――ひき肉

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