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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
21/75

20

ヒドイなこれは・・・


 ◇


 酒場〈黒羽〉のトイレ内にて――


(ま、一応な……)


 店のフロアには俺達以外に誰も居なかったが、一応中に誰かが居ないか確認しておく。


 個室の扉を全て開けてみたが、案の定中には誰もいなかった。どうせならこの一つにでも入ろうかと思ったが、そうすると“話し合い”をしている最中に誰かが中に入って来ても俺が気付けないかもしれない。

 扉の直ぐ裏側で誰かが聞き耳を立てていないとも限らないので、それなら個室の中よりも手前の広い空間に居た方が安全だろう。


 誰も居ない事を確認し、俺はおもむろに短剣の柄の布を解きに掛かる。巻いた時と同じくクルクルと解いていくと、解かれた布の下から一週間前に見た時と同じ黒光りする柄が現れた。


「フゥ、よし」


 意を決し右手で短剣の柄を握る。すると、とたんに例のクドイ罵声が頭の中に響いて――


「……」


 響いて――


「…………?」


(あれ?)


 響いて――こないのだが……。


(なんだ? 壊れたか?)


 てっきり柄を握った瞬間に、あの途切れの無い罵詈雑言の波が押し寄せて来ると思ったのだが、一向に罵詈雑言のバの字も聞こえてくる気配がない……一体どういう事だろうか?


「オーイ、もしもーし」


 もしかしたら、本当にマスターが無茶な使い方でもして、刀身にヒビでも入ったのかもしれない。


「おいおいマジかよ」


 あわてて鞘から短剣を引き抜いて確かめてみるが、特に変わった所は見受けられなかった。

 刃には毀れもなければ歪みもない。相も変わらず背筋をゾクリとさせるような黒く鋭利な刀身が、ギラリと鋭い光を反射している。

 マスターの事だから嘘なんて吐いちゃいないだろうが、使われていたのが嘘のように刀身には一点の曇りも見られなかった。


 さて、そうとすると、コイツはどうして喋らなくなったのだろうか?


(鍛冶屋にでも持って行くか?)


 だがしかし、仮に今の状況が古代遺物の“体調不良”――なのかどうかは解らないが、その様なモノであった場合、どうすれば良いのかなんて俺には皆目見当がつかない。

 人間や家畜の医療施設に持って行った処でどうにか成るとは思えない。なので、それなら武器に詳しい鍛冶屋の所に持って行こうかとも考えたのだが……残念ながら、それで問題が解決するとは到底思えない。


 それにもし持って行った処で、ヤッパリどんな説明をして良いのかが解らない。下手な事を言えば、矢張り要らない騒動を引き起こす事は目に見えている。それだけは御免被りたい。


(……いや、まてよ)


 確かに、コイツが喋らなく成ったのは問題かもしれない。だが逆に考えると、コレはコレで良いようにも思えてくる。

 そもそも、短剣が喋るコト自体が異常なのだ。喋らなく成ったのなら、それはこの短剣が“異常な短剣”から“只の短剣”に戻っただけの話。

 いや、違うな。そもそもこの短剣は、“元から喋っていなかった”のかもしれない。


 つまり、一週間前に起こったあの出来事は全て俺の“気のせい”であり、疲れて馬鹿な夢でも見ていたと考えれば良いのだ。

 そうすれば、俺は単純に自分の親父から短剣を一本貰っただけで、ややこしい厄介事にも巻き込まれる事なく、これから先も普段通りの遺跡発掘に精を出す事が出来る。


『……キ』


「ん?」


 直後――


『キッサマアアアアアアアア!!』


「ヌをッ!?」


 脳ミソを直接ぶん殴るかの様な大音量が、頭の中に鳴り響く。


 完全な不意打ちにド肝を抜かれ、右手に握っていた短剣がポロリと手から零れ落ちる。

 俺の手から離れた短剣はその先端を下へ向けると、そのまま俺の右足の甲目掛け真っ直ぐに落下。


「アブねッ!!」


 危うく足が串刺しに成り掛けたが、咄嗟の判断で立ち位置をずらし何とか足への直撃は免れた。


 ドスッ


「ンげッ!?」


 だが、短剣は俺の足を貫く代わりに、鈍い音を発てそのままトイレの床へと突き刺さる。しかも、俺の胸元から床までの自由落下のみで、刀身の半分近までが床に沈んだ。

 一目見た時から切れ味が良いだろうとは予想していたが……まさかこれ程とは思わなかった。


 因みに、床に使用されているのは“木材”ではなく、“石材”で作られた“石床”である。

 最早、驚きを通り越して呆れる切れ味だ。足をずらすのがもう少し遅れていたら、きっと刀身は簡単に俺の足の甲を貫通し、俺の足をトイレの床に縫付けにしていただろう……危ない処だった。


 なので、こうして内心の冷や汗を拭いつつも、一応怪我はせずに済んだのだが――


「やぁっぱり喋りやがったよコイツ……」


 果して何度目だろうか、こうして俺の淡い期待が打ち砕かれるのは……。


(まぁアレだな、神さまも「いい加減に観念しろ」とでも言ってるんだろう)


「ハァ~~……」


 なので深い溜め息を吐きつつも、俺は自分の運命を苦々しくも受け入れ、床に突き刺さっている短剣を引き抜く事にした。

 短剣は石床に深々と突き刺さっているにも関わらず、今回も大した力を入れずに易々と引き抜く事が出来た。


『ッチ。外したか』

「狙ってやったんかいオマエは!?」


(怖ぇよコイツ!!)


「ったく……取り合えず一週間ぶりだな。元気でやってたか?」

『お主、いけしゃあしゃあと……』

「何言ってんだよ、お前が素直に親父からの伝言を話さねぇからだろ。自業自得じゃねぇか」

『それで我をあの大男に預けたと言う訳か』

「ああ。なんせお前、物理的な拷問の類なんぞ効きそうになかったからな、“精神的”に攻めてみる事にした」

『ホゥ。ない頭使ってよう考えたのぅ……』


 あれ? なんか台詞に随分と覇気が無い気がする。一週間前に比べてキレが無いと言うか、勢いが感じられないと言うか……うん、疲れているっぽい。

 物理的な手段で効果がないのなら、精神的な手段で口を割らせるのが良いと考えた俺の作戦は、どうやら見事に功を相したらしい。


 そもそも“刃物”ってヤツは、汎用性が非常に高い道具だ。食材を切ったり布を切ったりと、その使用方法は人によって千差万別。

 だが、料理には料理用の“包丁”があり、裁縫には裁縫用の“鋏”があるように、“短剣”とはあくまでも“戦闘”――もしくは、“護身”を目的に創り出された代物である。


 そこで俺は、この短剣を精神的に攻めるのならば、短剣本来の“戦闘”や“護身”を目的とした使用を避け、本来とは別の使い道をしてやれば良いのでは……と、考えた次第だ。


 そんな訳で今回この骨董品には、料理用の包丁役に徹して貰う事にした。プライドの高さそうなコイツ相手なら、割と効果的な作戦だろう。

 最初は手近な所でフールの奴にでも渡して、野菜の皮剥きやら肉の解体やらをやらせようとしたのだが、それだと少々インパクトに欠けると思い直し、ソッチ方面の本職であるマスターに任せる事にしたのだ。


(俺の家と酒場である〈黒羽このみせ〉とじゃ、料理に使う刃物の使用頻度が段違いだからな)


「んでどうだ、ちったぁ話す気に成ったか?」

『……』


(……あれ?)


「流石に堪えたんじゃないか、喋る短剣さまともあろうお方が野菜の皮むきなんてよ」

『……』


(……おンや?)


「肉切ったり魚をおろしたりで辟易したろ。なんつったって天下の古代遺物さまだからな」

『……』


(コイツ、まさかまた突然叫んで、俺の足に自分を落下させるつもりじゃねぇだろうな)


 などと警戒しつつ、今度は落とさないよう柄を握る手に力を込めると――


『……野菜の皮むき……じゃと……』

「お?」


 聞こえてきたのは唐突な雄叫びではなく、地の底からわき上がる様な、低く、重い声色だった……。


『肉を切る。じゃとぉ……。魚のおろし。じゃとぉぉ~……』


 何か、握った柄を通してドス黒いモノが伝わってくる気がした。


「お、おい――」

『ンなことぉ……どぉぅでもよいわあああああああああああ!!!』

「ッーーーー!!」


 頭に響く再びの大絶叫、耳を塞いだ処で無駄なのが辛い。


大絶叫それやめんかッ! 脳ミソぶっ壊れるわッ!!」

『ンやかましい!! お主! 我にした仕打ちがどの様なモノなのか分っておるのか!?』


(“分っておるのか”って――)


「ンなモン、料理用の包丁として食材を――」

『戯けッ! そんなコトどうでも良いと言っておるじゃろうが!!』

「え? そうなの?」


 結構良い手だと思ったのだが、コイツにとっては自分が包丁として扱われるのは別段どうと言う事はないらしい。どうも、俺の目論見は外れた様子。

 正直意外だが、ひょっとしたら以前に親父が包丁として使っていて、それで既に耐性がついていたのかもしれない。

 もしくは実はコイツは短剣ではなく、そもそも包丁として創られていたとか……。


(いや、流石に両刃の包丁なんか無いだろ。使い辛いわ)


 ソレはともかくとして、包丁として使われるのが問題無いのなら、この短剣さまは何故にこんなにも憤っていらっしゃるのか?


「包丁扱いされても構わないなら、特に問題なんかネェだろ」

『包丁として使われる事ももんじゃいじゃ戯け!!』


(いや、“もんじゃいじゃ”て……)


 この短剣、舌も歯も無いくせに噛みやがったよ……あ、“刃”なら有るのか。誰が上手いこと言えと。


『そもそも、我はあの変態に包丁として扱われていた訳ではない!』


(あ、ヒデー奴だなコイツ、マスターのコト“変態”だとか言いやがった)


 あの人は見た目も中身も気持ち悪いし、初めて会った奴は大抵が怯える威圧感の持ち主だが、決して“変態”なんかじゃないぞ……って、ウン?


 “包丁として使われていない?”


(あれ、でも使われた形跡、在ったよな……?)


 水垢だか手垢だか知らないが、柄に巻かれていた布には確かに汚れていた。

 だから使われていた事に間違はないのだろうが、包丁としてじゃないのならコイツは一体何の用途に使われていたのだろうか?


「じゃあオマエ、この一週間何してたんだよ」

『……お主、アヤツの事をどう思う』

「アヤツ?」

『ソーヤ・キャベロンの事じゃ』

「ああ、マスターか」


(――って、あれ? 何でコイツがマスターの本名知ってるんだ……ああ、親父が教えたのか)


「一応マスターの名誉のために言っとくが、あの人は別に変態じゃねぇぞ」

『何じゃ、知り合いを貶められて気に触ったか?』

「あの人はオネェ言葉を喋るマッチョ天使のハゲオヤジで、時には相手に不快感を与えるような変わった態度を取る事もあるが、だいぶ気持ち悪いだけの気の良いオッサンだぞ」

『……前後の台詞になにやら大きな矛盾を感じるんじゃが……。つか軽く言い過ぎじゃろソレ』

「あの人が変態じゃないと証明するには、言い過ぎくらいが丁度良いんだよ」


 それに、あの人は只でさえ誤解を受けやすい人だ。

 しかも第一印象のインパクトも相当なモノなので、最初の頃にきちんと“変態”であることを否定しておかねば、知り合いである俺まで変態扱い――いやいや、後々のマスターの人間関係に大きな支障をきたしかねない。


(まったく。色物の知り合いを持つとフォローに苦労するぜ)


『い、いや、それは逆効果……まぁよいか……』

「んで、マスターがどうした?」

『お主、今言ったじゃろう、アヤツの事を“ハゲオヤジ”と』

「ああ、言ったが――あ、因みにあの人実際はハゲてねぇぞ、全身が気持ち悪いくらいにツルツルだが、あれ剃ってるだけだからな」


 その理由としては、作った料理に自分の髪の毛が入らない様にと考えているらしいが、マスター曰く“体毛は肉体の美を損ねる”のだとか何とか。

 前者はまぁ評価しなくもないが、後者は正直どうでも良い。そう言う話は共感の出来るご同類として頂きたいモノである。


『……知っとるよ』

「ん、そうなのか?」


(何だ、親父の奴そんなコトまで話したのか?)


『更に我はこうも言ったな、“包丁として使われておらん”と』

「ああ言ったな、だから今迄いったい何に使われてたんだ……って――」


(何故だろう、すぅんげぇ嫌な予感がヒシヒシと……)


『……』

「おい、チョット待てよ、まさかお前……あのマスターの――」


 そこで、俺の喉がグビリと鳴る。知らぬ間に頬を冷や汗が伝い落ちた。


「……“体毛処理”に使われた……とか、言わない……よな?」

『……』

「……お、おい?」

『………………フ』


 その自嘲を含んだ僅かな笑みが、ここ一週間の間にコイツに起こった出来事を雄弁に物語っていた……マジか。


「あー、なんだぁ、そのぉー……災難だったな」

『お主が言うでないわあああああああッ!!』


 頭で響く大音量。


「い、いや、まさかそんな事に成るとは夢にも思わず。悪かった悪かった。謝るから」

『じゃから! そんな軽い台詞で済ませるでない!! この一週間というもの、我は毎日アヤツの頭髪や髭、眉毛や睫毛等を丹念に剃り続けたんじゃぞ!!』

「うーわー……」


 一週間前。詳しい経緯を説明せず、マスターにコイツを“好きに使ってくれ”と頼んだのは俺の方だったとは言え――


(人が貸した短剣で何やってんすかマスター……)


『しかも、剃ったのは頭部だけに留まらんかった。腕毛、スネ毛、胸毛にワキ毛、あ、あまつさえ……あ……ああ、あんな……あんなトコロまでぇぇ~~~!!』


(マジでナニやってんすかマスターーーッ!?)


 コレには流石に同情を禁じえない。


(つか、マスターが言ってた〝気に入った”ってのはこの事か)


『ウオオォオ~~~』

「ま、まぁそう気ぃ落とすな。気持ちは解る」

『ゥオオ……じゃから、お主が言うなと……』

「なんだったら、帰ってから鍋にでも突っ込んで、そのまま熱湯消毒でもしてやろうか?」

『……思ったんじゃがお主、親切なのか失礼なのか、それともただ横暴なだけなのかよく判らん奴じゃな』

「何言ってんだよ、俺は身体が親切と優しさの半々で出来てる様な男だぞ」


 ただ、俺の周りに居る連中はドイツもコイツも頭の楽しい奴等ばかりで、そんな奴等への対応が少々雑に成るだけだ……俺は基本的に親切かつ優しい。


『矢張りよく解らん奴じゃな、お主』


(存在自体がよく解らんヤツに言われたくネェよ)


 まぁソレはさて置き、いい加減本題に戻ろう。


「ンでどうなん? 親父の伝言、教える気に成ったか」

『お主な、ヒトをあれ程悲惨な目にあわせておいて、素直に教えて貰えると思っとるのか?』

「いや思っちゃいないが、一応」


 “人”じゃねぇだろ――なんてツッコミはしない。


「やっぱりダメか?」

『あっっったりまえじゃ!! 教える訳なかろう!!』


(ま、そりゃそうだわな)


 精神的だろうと肉体的だろうと、“拷問”なんて乱暴な手段を取られた側からすれば、してきた側に対して進んで協力しようなんて思う筈がない。逆に一層頑なに成るのは目に見えている。


 だったら最初から拷問なんぞするなと言う話なのだが、残念な事に今回のように“拷問以外に手がない”なんて場合なら、他に手の打ちようがないのもまた事実。

 情報を聞き出すために行なった拷問のお陰で、逆に相手からの情報が引き出し難く成る――なんて、本末転倒も良い処だ。


「そうかー、やっぱダメかー」


 だがしかし、そんな悪手である“拷問”でも、それ自体は人類が昔から頻繁に行なってきた情報収集の一環であり、現代において未だ確実な成果を収め続けているのも事実。

 じゃあ、何で俺の拷問は上手くいかないのかと言うと――実は拷問って奴には、幾つか“コツ”ってのが有る。


「ソウカーソウカー、ヤッパリダメカー」


 その内の一つ。相手に拷問を仕掛けるのなら、中途半端な真似はせず――


『……ちょっと待て。お主、また何か良からぬ事を考えておらんじゃろうな』

「え? 嫌だなぁ、そんな事考えてないっすよー……ただぁ――」

『ただ、何じゃ?』


 “トコトンヤレ”


「このままお前をマスターに売っぱらおうかと思います」

『待たんかああああ!! 何でそうなるッ!? 一体誰の身体が親切と優しさで出来とるんじゃーー!!』


 まぁソレはソレ、コレはコレ。


「だってなぁー、親父からの伝言も聞けねぇし、こんな喋る短剣持ってても気持ち悪いだけだしなぁ」

『お、お主また――!』

「だったらまぁ、比較的高値で買い取りたいって言ってるマスターに売った方が、俺としては実入りが良いかなぁ……と」


 モチロン嘘だ。


 このままコイツをマスターに売り払った処で、俺が想定した売値には到底及ばないだろう。もし本当に売るのなら、初めから金持ちの所に持って行く。

 しかしモノがモノなので、仮に売るとしても只の金持ちじゃなく“相当”な金持ちを探す必要があるのだが……残念なコトに、俺にそんな知りは居ない。


『そ、そんな訳なかろう!? あの筋肉ダルマが言ったはした金程度でこの我を取引などと正気か!?』


(変態の次は“筋肉ダルマ”かよ……。つかコイツ、金の価値とか物の相場とか分るのか?)


「別にいいだろ、自分の持ち物を誰に幾らで売ろうと、俺の勝手だ」

『ま、待て待て! 考え直すんじゃ!』


 “もうお前には興味がない”――そんな調子で宣告してやると、骨董刃物は焦った様子で俺に再考を呼び掛けてきた。


『これでも我はお主らの言う古代遺物じゃぞ! アヤツ以外にもっと高値での取引相手が居ろう!?』

「んな大金持ちの取引先に心当たりなんかねぇよ。それにマスターには日頃世話に成ってるからな、俺は別にあの金額でも良いと思ってる」


 繰り返すが、モチロン嘘である。


『い、いや、しかしのぅ……』

「それとも、教える気に成ったか? 親父の伝言」

『ぐ……ぐぬぬぅ~』


(お。割と粘るな)


 だが、もう一押といった処だろう。


「マスターもお前のコト気に入ったって言ってたし、俺みたいな若造に嫌々使われるよりかは、そっちの方が良いんじゃねぇか?」

『それは、そうかも知れんが……』

「ま、俺なら断固拒否するがな」

『何でじゃ?』

「だってお前、考えてもみろよ。この一週間、あくまでもマスターは俺からお前を“預かって”使ってただけだったんだぞ」

『そうじゃな』

「それでもし、このままお前が正式にマスターの所有物に成ってみろ……あの人、きっと手加減なんかしねぇぞ」

『“手加減”……じゃと?』

「ああ、想像してみろ――」


 全身が筋肉で出来ているような大男が、自分の身体に生えた剛毛を剃る為、木目細かく泡立てたムースを腕や足、全身のありとあらゆる箇所に塗りたくる。

 肌が“剃刀負け”をするのではなく、剃刀が“肌負け”をしてしまいそうな強度の剛毛を剃り落とす為、厳つい筋肉に不釣合いな白い肌の上を、毎日毎日、しつこい程に丁寧に鋭利な黒刃が這い回る。

 全身の体毛を剃り終えた後、鏡の前でツルツルに成った自身の肉体を映しながら、マッチョな天使はこう言うのだ。


「『この無駄毛の一切ない見事な肉体美。ああ、やっぱり私ったらス・テ・キ。これもアナタのおかげねン、本当に感謝してるわ~』」


 そうして、今度は手に持ったままの短剣に視線を向けると、分厚く尖らせた唇を刀身に近づけて――


「『ムッチューーーーー』……と」

『やめんかあああああああ!!!』


 頭に響く大音量……なんか慣れてきたなぁ。


『む、無茶苦茶リアルに想像してしまったじゃろうが! 夢に出てきたらどうしてくれるんじゃーー!!』


(夢まで見るのかよこの骨董品は)


 少し驚かせようと俺の勝手な妄想で盛大に話を盛ってみたんだが、今のコイツの反応を見る限り、当たらずとも遠からずと言った処なのかもしれん。

 ソレを毎日欠かさずとか、とてもじゃないが全力でお断りしたい。寧ろ断固拒否したい。この世の地獄はここに在った!


 しかも自分で言っておいて何だが、俺もバッチリ想像してしまった。

 思いの外と言うか思った以上と言うか、想像だけでもかなりの破壊力だ……こりゃ俺も夢に見るかもしれん。


「グフ……ど、どうだ、話す気に成ったか? それでも嫌なら――」

『わ、解った! 話す! 話すから! じゃからアヤツに差し出すのだけは堪忍してくれーーー!!』


 俺は……勝った。


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