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まぁなんだ、これが俺の冒険譚だ。  作者: TSO
第一章 〈光の花〉と〈闇の宝玉〉
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 ◇◇◇


『相手の裏を読め』――それが、俺の親父の口癖だった。


 そう可笑しな事を言っている訳じゃない。寧ろ当時まだ子供だった俺ですら、素直に納得できる内容だった。

 人の一生において相手の“裏を読む”という技術は、かなり重要な位置を占めるのだと、俺の親父は言っていた。


 分かり易く例えるなら、“商売の交渉”なんかが良い例だ。

 売り手は買い手に、どれだけ商品を高く売りつける事ができるか。買い手は売り手から、どれだけ商品を安く仕入れる事ができるか。

 商談の最中、互いに主張をぶつけ合い、相手の譲歩と妥協を削り出し、如何に自分にとって有利な条件を引き出せるかを模索し合う。


 その為には相手の考えの先読み――つまり、相手の“裏を読む”技術が必要不可欠となる訳だ。


 他には、“逃走と追跡”なんてのもそうだろう。

 逃げる側は追う側の気持ちに成って、追う側は逃げる側の気持ちに成って考えるのが、逃走と追跡の基本といえる。


 人はその日常の中に虚偽と真実、本音と建前を巧みに織り交ぜて暮らしている。

 大抵は互いの会話などコミニケーションの円滑化が目的で、その“裏”を読んだ処で指摘などしない。しかし稀に、そこに“悪意”を混ぜ込む輩が存在する。

 そういう悪意の食い物にされない為にも、相手の裏を読む技術、相手の気持ちに成って考えることは、今の時代を生き抜く上で無くてはならない技術スキルなのだ。


 そうして俺こと〈レイド・ソナーズ〉も、今まさにその技術をフル活用している真っ最中だったりするのだが……。




 ◇


「現実は……無常だ……」


 此処はとある“地下遺跡”。その薄暗い通路の片隅で、俺は一人ガックリと膝を折っていた。


「オカシイ……絶対ここにある筈なんだが……」


 正直、いい加減ウンザリしてきた。無我の境地に至るには、俺じゃあまだまだ修行が足りんらしい。かと言って、いつまでもこうして四つん這いに成っていても仕方がない。

 その場唯一の光源であるランプ片手に立ち上がると、俺は周囲の壁の捜索を再開した。積み上げられた壁石の一つ一つを、手に持った短剣の柄で軽く叩いて行く。


 コツコツ


「ハァ……此処も違う」


 そもそも、俺は何故こんな場所に居るのか。何故、こんな場所で壁なんかを叩いているのか。

 このような経緯に至るまでには、勿論諸々な事情が存在するのだが、端的に言えば“盗掘”――もとい、“発掘”の為である。


 今俺の居る地下遺跡には、多くの“怪物”や“罠”などが存在しており、とても安全な場所とは言い難い。

 だが、そんな危険を冒しても尚、それ以上の利益を得る事の出来る“お宝”が、こういった遺跡には存在する。

 俺達はそんなお宝を見つけ出し、飯の種にする為にこの遺跡にやって来た“盗掘者”――もとい、“発掘者トレジャーハンター”なのである。


 コツコツ


「やっぱ読みが外れてんのかな~?」


 壁を叩くだけの簡単なお仕事を続けながら、思わずそんな弱音が漏れる。


 最近、どうにも独り言が増えた気がする――が、何時からかそんな事いちいち気にしていられなく成った。

 こんな真っ暗な場所でかれこれ一週間近くもこんな作業を続けてるのだ、独り言でも呟いていなかったら、いつ発狂するか分かったモノではない。


(いや、此処まで来て何言ってんだ、自分の読みを信じろ! 俺!)


 実際に口から出る言葉とは裏腹に、何故か頭の中の台詞だけは威勢が良い。

 この威勢の良い台詞こそ、今の俺から“引き際”を奪っている最大の原因なんだろう。無事、此処から生きて出られれば良いのだが……。


 コツコツ、コツコツ


 さて、一抹の不安を覚えつつ壁叩きを再開した俺だが、何故こんな事をしているのかと言うと――ことの始まりは、この先に在る奇妙な小部屋の存在だった。


 今俺の居る通路の先には、一つの小部屋が存在している。それだけなら大して不思議でも何でもないのだが、何故かこの小部屋、そこだけ遺跡本体から妙に離れた位置にある。

 今居る遺跡の基本的な構造は、同様の大きさの部屋が升目状に幾つも隣接していて、隣の部屋と部屋を結ぶ通路もそう長くはない。けど、この通路とこの先の小部屋だけは様子が違った。

 遺跡の中心から離れるように伸びた、長くて真っ直ぐな通路。そして、その先に在る小部屋の壁には、上下前後左右、どの方向にも隣り合う部屋が存在しない“孤立”した状態に成っている。


 この遺跡を簡易的にでも測量した人間なら――いや、測量しなくても、発見しただけで何か在ると臭わせる小部屋の存在。

 結果、この小部屋は発見された当初から、多くの発掘者よって徹底的に調査が行なわれてきた。

 しかし多くの人間が入念に調査したにも関わらず、小部屋からはお宝はおろか、隠し部屋や隠し通路、隠し階段の一つも発見されなかったのである。


 一応俺も調べてみたが、もともと一辺が大股で三歩程しかない正方形の空間だ。調べる所など殆ど無く、結局何も発見出来なかった。

 今じゃ只の“はぐれ部屋”として誰にも気にされず、近寄ろうとする奴も居なくなった。寄った処で何も無いなら、骨折り損のくたびれ儲け。時間を無駄にするだけだ。


(……でも、そいつは素人の考え方だ)


 怪しい部屋を調べて何も出てこなかった。けど俺からすれば、怪しい部屋から“何も出てこない”事実の方がよっぽど怪しい。


 そこで例の“技術”の出番だ。この場合なら、お宝を探している俺はお宝を“隠す側の立場”に成って考えれば良い。

 もし俺がお宝を隠すのなら、いったい何処に隠すのか。少し分かり辛い言い回しになるが、俺ならお宝を“探す奴の裏を読む”事に専念する。

 だとしたら、こんないかにも怪しい小部屋には絶対にお宝を隠したりしない。隠すだけの価値が在り、それが貴重な代物なら尚更だ。


 そう、俺なら絶対部屋の“中”には隠さない。だから俺は、この部屋以外にあるもう一つの怪しい場所――この“通路”の方に着目した。


 この通路、これだけ距離が長いにも関わらず、罠らしきモノが一つも無い。

 だからこそ、部屋にはお宝が存在しないとも考えられるのだが、それならこの通路も小部屋の存在も、本当に無意味なモノに成ってしまう。

 果してそんな意味の無い建造物一つを造るのに、古代の人々は無駄な労力をつぎ込むだろうか?


(俺はそうは思わない)


 遺跡内には、一見して意味が無さそうな代物がそこかしこに存在する。だが、俺の今までの経験からすると、そう言った代物には必ず何かしらの意図が込められている。

 それなら、今回だって意味が在るに違いない。つまりこの“小部屋”の存在は、お宝の本当の隠し場所を悟らせない為の、“フェイク”なのではないだろうか。


 そう考えた俺は自分の直感を信じ、こうしてまだ誰も調べていない通路の探索に取り掛かった訳なのだが――


「正直、早まったかもしれんね……」


 コツコツ、コツコツ


 探索すると言っても、具体的にはこうして石壁に使われている積石を一つ一つ叩いて、その音を聞くだけの簡単なお仕事である。

 そして先程から言っている様に、この通路は遺跡に在る他の通路に比べてえらく長い。

 壁、床、天井に使われている積石の数は合計で数千、下手をすると万にまで届くかもしれない……我ながら、よくこんなことを始めようと思ったモノだ。


 こんなにも暗く、音も風もない空間での気の遠くなる単純作業。

 普通の奴なら二~三日で音を上げそうなこの作業を、俺達はもう一週間も前から遺跡内に篭りきりで続けている。

 だと言うのに、未だ半分も探索が済んでいないこの現実。なのに何故、俺がこんなにも長い間こんな作業を続けていられるかと言うと――


(いいや! もう一週間も進展なしなんだ! 今更後になんて引けるか!!)


 探索を初めて四日程経過した頃、その時点での俺達の“発掘物”――つまり“儲け”はゼロだった。それはもう、モノの見事に何の成果も無い状態だ。

 もしこのまま町に帰ろうものなら、四日間の努力は水の泡。いや、遺跡発掘の為に準備してきた食材などの消耗品を勘定に入れれば、確実に赤字である。


 ここ最近、掘り出し物も見付けられてないので稼ぎも少なく、この遺跡に入るのだって無料タダではない。

 下手をすると、一日の食事が三食水と塩だけという、命を賭けたドキドキ耐久生活の幕が切って落とされるかもしれないのだ。


(其れだけは何としてでも避けねば成らん! 流石にあんな想いはもうしたくない!!)


 こうして見事に引き際を見誤った俺たちは、時間が経てば経つほどに後戻りが困難になり、粘りに粘ってたちまち一週間が経過。

 尽きた食料は現地調達でまかなってはいるものの、そろそろランプの燃料やその他の消耗品が心許なく成ってきた。こればかりは町に戻らねば補充が出来ない。

 ここまでやって稼ぎ無しは痛すぎるが、明りが無くなれば遺跡ココから出ることすらまま成らなくなる。流石に潮時かもしれない。


「ハァ……」


(仕方ねぇ、今日の探索が終わったら一旦町に戻るか。久しぶり風呂にも入りてぇし、まともな寝床で眠りてぇし……)


 グゥ~……


 遂に胃袋まで根を上げ始めた。そろそろ昼飯時らしい。最近太陽を拝んでいないせいで時間の感覚が狂ってきてるが、未だ腹の虫は正確に飯の時間を教えてくれる。

 今頃この通路の入り口、俺を挟んだ小部屋と逆の方向では、俺の相方が昼飯の準備に奮闘しているはずだ。その飯を食いながら町に帰る旨を伝えて、食い終わったら撤収の準備に取り掛かろう。


「一週間掛けて稼ぎゼロとか……心が折れるぜ。……でもまぁ、今は太陽の光が拝めて部屋のベットで休めるなら――」


 コツコツ、コツコツ、コンコン、コツコツ


「――何だって………を?」


 コンコン、コツコツ、コンコン、コツコツ


「お、おおっ!?」


 今後の予定を考えながら壁の積石を叩き続けていると、膝ほどの高さに在る石の一つに、他とは音の響き方が違うものを発見した。


 コンコン、コンコン


 音の響きが今迄と比べ明らかに軽い。まず間違いなく、この積石の裏側には空洞が存在している。


「うぉっしゃーーー!! キターーーー!!」


 今にも折れて砕けそうだった心に瞬時に活力が注ぎ込まれる。勢いよく両腕を振り上げると、俺は早速音の違うその積石を調べに掛かった。

 上から押しても何も起こらないので、隙間に指先を入れて何とか引っ張り出してみると、その積石は思いのほかアッサリと引き抜くことが出来た。

 広い壁の一箇所に開いた小さな穴は、割りと深くて奥が見辛い。ランプの明かりをかざして中を覗くと、何やら奥にレバーの取っ手らしき物が見える。


「よ、っと」


 肩口まで腕を突っ込み、ギリギリで穴の中のレバーを掴む事が出来た。


(……躊躇なく掴んでしまったが、コレこの後に及んで罠とかじゃないよな?)


 もしそうなら、この罠の製作者は掛け値なしの性悪だ。此処まで必死に成って探し当て、それで発動する罠とは如何なモノか……。

 レバーを引いた瞬間に腕が抜けなくなって、その状態で通路の天上が下がったりしようものなら、間違いなく俺の人生はバットなエンディングを迎えてしまう。


(もしくはそのまま腕がバッサリ……とか)


 嫌な予想が次々と脳裏に浮かんでは消えて行く。だが、このままこうしていても始まらない。此処まで来たら、もう覚悟を決めて突き進むのみ。


「よし……いくぞ!」


 ガコンッ


 思い切ってレバーを引くと、それは確かな手応えと共に手前に倒れた。


 ギゴゴゴゴゴ――


 そうして、何か重い石どうしが擦れるような音を響かせながら、俺の後ろ――通路の床に使われている敷石の一つが、下からユックリと迫り上がってきた。

 通路の中心から現れた敷石は、どうやら只の石ではなく“石棺”――詰まりは石の箱らしい。そのあからさまな見た目は、『中にお宝が入っています』と言っている様に見えた。


「ハッハーー!! さすが俺ッ! 読み通りだったじゃねぇか! やっぱ宝探しの秘訣は“信じる心”と“忍耐”だぜぇ!」


 幸い突っ込んだ腕には何の異常もない。一週間に及ぶ俺達の苦労が、遂に報われた瞬間だ。一時は諦めようかとも思ったが、今ではそれすら良い思い出である。

 まだ箱の中身を確認した訳じゃないが、これだけ厳重に隠匿されていたのだ。売り払えば三食水と塩の生活を回避出来る処か、当分は衣食住に余裕の在る生活だって送れるだろう。


(これで暫くは枕を高くして眠れる!)


 逸る心を押さえつつ、用心しながら石棺の周りを確認する。

 ランプの明かりを様々な角度から当て、怪しいモノが在るかどうかを確かめてみる……どうやら罠の類は無いらしく、鍵も掛かってはいない様子。


「……よし、大丈夫そうだな」


 安全を確認し、石棺の蓋に手をかける。


 果たして、箱の中にある代物は金銀財宝のお宝か、価値在る古の書物の類か、はたまた何か特殊な機能や効果を持った“古代遺物”なのか。

 何百何千という昼と夜と時代を越え、今まさに太古の秘宝が現代の光に照らし出される。


「では、ゴカイチョ~~♪」


 重い石蓋をずらし、俺は期待に胸躍らせて石棺の中を覗き込む……すると――


「…………へ?」


 其処には、全く予期していなかった物が納められていた。


「…………ナニコレ??」


 その余りに予想外の光景に暫し呆然とし、俺は箱の中に在った“ソレ”を何の気なしにヒョイと手に取ったのだが――


 ガコン


 ……それが失敗だったらしい。


「あン?」


 手に取った“ソレ”をじっくりと観察する暇も無く、今度はレバーが在った側とは逆の壁に、突如“穴”が出現した。

 穴は床面と接する低い位置に在り、大きさは人ひとりが這って進める程度の幅と高さがある。

 一瞬、隠し通路を出現させるスイッチでも作動させたのかと思ったが、お宝を見付けた後に作動する仕掛けなんぞ、大部分が罠だと相場が決まっている。


「ヤバッ!?」


 俺は慌てて身構えると、ランプの明かりをその穴へと向けた。


 穴の奥は暗くて良く見えない。寧ろ差し向けられたランプの明りが、より一層穴の奥に詰まった影を濃いモノへと変えている。

 だが、俺はランプをかざす腕を下ろすことが出来なかった。何か、どうしようもなく嫌な予感がしたからだ。


 すると、明かりを当ててからそう間を置かず、穴の奥から“ソイツ”が姿を現した。


 チョキン、チョキン


「……“剪定蟹”?」


 其処から出てきたのは一匹の“剪定蟹せんていがに”――その名前が表すように、蟹の姿をした“遺跡怪物”だ。


 背中の甲羅は大人ひとりが抱える程の大きさで、両手の鋏もその甲羅と同じ位の大きさが在る。その威圧的な見た目通り、コイツの鋏の挟み込む力はとんでもなく強い。

 胴体から生えた六本の足を器用に動かし、蟹の分際で左右どころか前後移動もお手のモノときている。

 それと、遺跡怪物の殆どに共通して言える事だが、その体表は真っ白で、所々に青白く“発光”するラインが走ってる。

 お陰で暗い遺跡内での不意の遭遇などは避けられるので此方としては助かるのだが、この発光に一体どんな意味が在るのかは未だ判明していない。


 普段の性格は割りと大人しいのだが、縄張り意識が非常に強く、コッチが不意にその縄張りに侵入したりちょっかいを出して怒らせようものなら、甲羅の前から突き出た目を赤く点滅させ威嚇しながら襲い掛かってくる。

 しかもかなりの悪食あくじきで、もしコイツ等に捕まればその大きな鋏で肉や骨どころか身に着けている装備品ごと細かく切断され、その腹の中に収められる事に成る。

 最終的には、口の周りにあるブラシの様な器官まで使って、流れ出た血痕の一つも残さず食べ尽くすその様子から、別名“遺跡の掃除人”とも呼ばれている。


挿絵(By みてみん)


 そんな、なんとも恐ろしげな剪定蟹が、今まさにその両目を赤く点滅させて俺を睨み付けているのだが――


「ハァ~、なんだコイツかよ。脅かせやがって」


 チョキン、チョキン


 その剪定蟹の登場に、俺は逆に安堵の息を吐き出した。


 剪定蟹コイツの鋏は強力で、前後左右どの方向にも器用に移動する事が出来る。

 だが実はコイツ、足が多いせいなのかその場での旋回――つまり“向きを変える”ことが途轍もなく下手だったりするのだ。


 更に自慢の大きな鋏もその構造上、自分の背中にまでは絶対に届かない。

 要するに、鋏の届く範囲には近寄らず、回り込んで背後から甲羅を掴み上げてしまえば、その時点でコイツはもう何も出来なく成ってしまうのだ……その辺りは普通の蟹と変わらんな。


「しっかし珍しいなぁ。まだこんな低層に残ってたのか」


(この辺りの階層じゃ、お宝共々“怪物狩り”の連中に乱獲されたと思ってたんだが)


 チョキン、チョキン


 遺跡に住んでいる怪物は、町まで持って行くとその殆どが金に成る。

 その為、発掘者の中には遺跡の探索や宝の発見より、“怪物狩り”に精を出す者も少なくは無い……と言うか、そちらの方が数が多い。

 剪定蟹のような狩り易い怪物は、そんな連中の乱獲対象に成り易いのだ。


 もっとも、俺の専門は“宝探し”なので、そういった連中が遺跡内の怪物を減らしてくれた方が、お宝を見付ける仕事が捗ると言うモノなのだが。


 チョキン、チョキン


「ま、小遣い程度には成るか……よし!」


 そうして俺は、さっきから目の前で鋏を鳴らし続けているコイツを持ち帰る事に決めた。無論、売っ払う為だ。


 戦闘は専門ではないし得意でもないのだが、剪定蟹程度なら俺でも捕まえられる自信は在る。要は、あの鋏に挟まれないよう注意すれば良いだけだ。

 そんなに高い値が付くとは思えんが、せっかくこうして俺の前に現れてくれたんだ。落ちている金をみすみす見逃す手は無い。きちんと拾って俺の物にしてしまおう。


(なに、一匹程度なら俺でも楽勝~楽勝~♪)


 チョキン、チョキン、チョキン


「一匹程度なら……」


 チョキン、チョキン、チョキン、チョキン


「いっぴき……」


 チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン


「……な――」


 チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン、チョキン


「なんかいっぱい出てキターーーーーー!!」


 目の前の剪定蟹を捕まえようと身構えると、さっき出てきた穴から続々と別の剪定蟹が姿を現した。

 二~三匹なんてモンじゃない、十を越えて未だ出てくる剪定蟹の数は、通路全体を埋め尽くす勢いで増え続けている。


「ちょッ! 冗談じゃねぇ!!」


(こんな数相手にしていられるか! 回れ右したのち逃走一択!!)


 幾ら剪定蟹が背後からの襲撃に弱いとは言へ、こうも集団で通路全体に広がられたら後ろに回りこむ事なんぞ出来っこない。

 コッチの不利を悟った瞬間、俺は即行で踵を返すと、通路の出口へと向け全速力で駆け出した。


 チョキン、チョキン……チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ――


「追っかけてきたあーーーーーー!!」


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